魔術盤
金髪美女は青い瞳を潤ませて私を見詰め、言葉を待っている。
状況だけ見れば色っぽいと言えなくもないが、私はそれどころではない。
彼女が言いたいのはつまりどういうことだろう?
私の『魔法』がもし、学べば使える『技術』であったら、彼女が苦労して習得した『魔術』の存在価値が無くなってしまう……と、聞こえる。なるほど、確かに魔術師ギルドが吹っ飛ぶかも知れない。
というか、もしそんなことだったら私の方が申し訳なくて土下座するぞ。
だがううむ……これは分からんな。確かにジオの魔法は私と友人のゲームマスターが妄想で設定したものだが、その妄想が現実に効果を発揮しているのがこの世界なのだ。確か『見守る者』が参照した設定ノートには、魔法使いがレベル1になるまでの修行のやり方などについても書いてあったはずだ(いや、書いたのは私なんだが)。
それをこの世界で誰かに実践してみれば、案外『魔法』が使えるようになるかも知れない。もちろん、あくまでも『魔法』は『見守る者』が私だけに与えた特例であり、この世界の人間には魔法は使えない、という落ちも十分ありえる。彼女的にはその方が気が休まるのではないだろうか?
しかし何せ私の考えることだ、女性の心理については特にあてにならない。
「……何か、不安があるのかな?」
とりあえず探りを入れてみよう。
「不安……そうですわね。これまで、自分が信じていた世界が根底から崩れるかも知れないのですから」
「なるほど」
推測は当たっているかも知れない。
……今のところ私も本当のことは分からないし、素直にそう言っておくか。
「魔法の技術というものは確かにあるが。しかし、私は今まで誰かに魔法を教えたこともないし、教えたからといって魔法を使えるようになるかどうか……正直、見当もつかない。ただ、クローラさ……君の不安も良くわかる。何故なら、私も不安だからだ」
「そう、ですの?」
私の言葉に、クローラは目を瞬かせた。結論が出なかったことに半ば安堵するとともに、私の言葉の後半が気になったのだろう。
「それまで信じていた世界が崩れるかも知れない……。私からみたら君たちの魔術も十分に驚異的なんだ。何しろジャーグルという魔術師には殺されかけたし……」
これは私も半分は本音の話だ。もう半分は、答えのでない相談をしてきた相手にひとまず共感を示して信頼を損なわないようにしようという、会社員としての私のいやらしい処世術である。
「……確かに私の方から一方的に聞くだけでは話が進みませんわね」
クローラは少し微笑んで言ってくれた。
これは丁度良いタイミングだ。魔術について気になっていたことを聞いておこう。
「そもそも魔術とは、自分の体内を循環する魔力を操作することで自然界の隠された力を操る技術なのですわ」
私の質問に、クローラは偉そうな表情で答えた。
「人間の10人に1人は生まれつき魔力を持ち、その循環を感じることができますわ。この才能がなければ、魔術師にはなれませんわね」
「なるほど。魔力を持っている人は、他人の魔力を見ることもできるんですね」
「……ええ。貴方に魔力がまったくないというのも、見れば分かる、のですわ」
それはともかく、彼女は魔術を自然界の隠された力、といっていた。私の魔法は自然の外から混沌の力を呼び込んで現実を変えるという考え方だから、根本からまったく違うな。
「では生まれつき魔力を持ってさえいれば誰でも魔術が使えると?」
「いいえ。魔力を持っていても、『魔術盤』が認識できなければ正式な魔術師とはいえませんわね」
また聞いたことのない用語だ。魔術盤?
魔力以上に、魔術師にしか感じられない現象のようで、クローラは四苦八苦しながら律儀に説明してくれた。その話をまとめてみるとこうなる。
魔術師見習いが魔力の感知や制御の修行をすすめると、『光る文字が書き込まれた窓枠のようなもの』が視界に映し出されるようになる。この窓枠のようなものを『魔術盤(正式にはもっと長ったらしい名前があるそうだ)』、現れる文字を『魔術文字』と呼ぶ。魔術文字の意味を読み解き、また組み合わせることで魔術が使えるようになるのだ。魔力を持つものでも、魔術盤を認識できるようになれるのはさらに10人に1人という狭き門で、正式な魔術師はレリス市でも12人しかいない。
「例えば、私の魔術盤には今、魔力の総量の数字の他に、火、風、鞭、矢といった魔術文字が現れていますわ。この魔術文字を意識の中で組み合わせて……例えば火と鞭を組み合わせて、火炎の鞭が敵を撃つ様子を強くイメージすることで、『ファイヤーウィップ』の魔術が発動する、といった具合ですわね」
「ほ、ほう……なるほど……」
思ったよりシステマチックな技術だな……。
「ところで、私の幻馬などを見て驚いていたのは、もしかして魔術は敵を攻撃するためにしか使えないのですか……のかな?」
「……むしろ、魔法にそういうヘンテコな効果があることが驚きですわ」
クローラは優雅に肩をすくめていった。
「ああ、そういえば。例のジャーグルが言っていたんだが、『アーファルサール』とは何か知ってい……るかな?」
どうしても、いますか、になりかける。大魔法使いの仮面が馴染むのはまだ時間がかかるだろう。
「ああ、それは……。ずっと西の島にある魔導士の国のことですわ。古代から独自の魔術を継承してきた血族が、自らを魔導士、と呼ぶのです。恐らく、魔力がないのに魔術のようなことができる貴方を見て、そういう怪しげな連中と関係があると思ったのではないかしら?」
独自の魔術か……。
聞けば聞くほど、疑問が増えていくような気がする。
まぁしかし、これが世界を知るということなのだろう。