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錬金術:中級

 『導星』。

 北の夜空の中心で輝く不動の星。要するに地球で言う北極星である。

 この世界セディアでも、古来から導星は旅人や船に方位を示してきた。

 そうした実用的な存在意義から、導星は旅をするものの守護星として神聖視されている。


 導星と魔法を象徴する書物。

 それを組み合わせたのが、私の紋章だというのだ。


 「これはまた、ずいぶんと持ち上げられたものだなぁ……」


 星だけに夜空までな!

 などと上手いことを(心の中で)呟いてみても、皆が私を見つめる表情には変化はない。


 「マルギルス様の理想と威光を的確に表現した良い意匠かと思いますよ」


 イルドが一同を代表して感想を述べた。

 仲間のほとんどは彼に同意して頷いている。

 デザイナーであるクローラは、自信半分、不安半分といった表情でこちらを見ていた。


 「そうか……そうだな」


 私個人がこの紋章に相応しい聖人とは、とても思えない。

 しかし。

 私がやろうとしていることを考えれば、この大げさ過ぎる紋章を掲げるくらいの気概は必要だろう。


 それに、先程のセダムの台詞が脳裏に残っていた。

 『放浪者の守護星』か。

 そもそも異世界人である私。そして冒険者、戦族、シュルズ族、ダークエルフ。世界に居場所を持たない連中が寄り添うこの城に、相応しい紋章ではないだろうか?


 「今日からこれを、私の、ジーテイアス城の紋章とする」


 私は宣言した。

 レイハやモーラは手を打ち鳴らし、レードすらほんの僅かに口元を緩めている。

 クローラも、青い瞳を輝かせて微笑んでいた。


 彼女の……ああ、いや。彼らの信頼に満ちた瞳が、私にとっての『星』なのだろう。




 翌朝の城門前。

 ブラウズ評議長とその護衛や付き人一行が帰途につこうとしていた。


 「今後ともよろしくお願いします」

 「こちらこそ」


 私は老政治家と硬い握手を交わした。


 「それでは、行ってまいります」


 次いで、旅支度をしたイルドが一礼する。隣にはセダムも居た。

 彼とセダムには、レリス市で新たな兵士や職人、宿屋の職員などの募集をしてもらう。

 今回は兵士だけで100名近く集める予定だ。何週間かは、彼らと別れることになるだろう。


 さらに、ついでというわけではないが『導星と書物』の印章の作製をレリス市の職人に依頼してくることになっている。


 「戸締まりには十分気をつけてくれよ?」

 「うむ。分かってるさ」


 セダムが冗談めかしていったが、実はあまり冗談になっていない。

 昨夜のうちに、防諜の要であるレイハたちダークエルフ全員も城を出発しているからだ。

 リュウシュクとシルバスへ潜入し情報収集するためである。


 両都市の代表とは、リュウス大会議の場で話し合うつもりだ。

 ただし。

 交渉相手の事情を知らなければ、お互いに満足する結果を得ることはできない。

 そのための情報収集であり、決して暗殺だの謀略だの物騒な真似はしないよう、レイハ達には言い含めてあった。


 なおブラウズにもレリス市の外交ルートを通じて、引き続き各都市との交渉や情報収集は進めてもらうことになっている。




 「ではしばらくの間、城の警備は全面的に君たちに任せる。よろしく頼む」

 「任されましたぜ」

 「……頑張る」


 やや緊張した面持ちなのはジルクとフィジカだ。

 特にフィジカは、特定の役割を振られるのが初めてのためか挙動がぎこちない。

 普段は飄々とした彼女のこんな様子は珍しいな。


 「ジルクは兵士たちの巡回をしっかり管理して隙きがないように頼む。フィジカは密偵の視点で怪しいやつを見張ってくれれば良いんだが……」


 彼女は優れた密偵だが、やはりダークエルフ達に比べれば数段落ちる。

 私は背負い袋インフィニティバッグの中を探り、彼女の手助けになりそうな道具を取り出した。


 「とりあえずこれを預けておくよ。有効に使ってくれ」

 「良い、の?」

 「おー……」


 彼女に渡したのは、『忍び足のブーツエルヴンブーツ』に『失せずの短剣(ダガー+3リターニング)』である。

 あまりパッとしない魔法の道具マジックアイテムなので少々申し訳なかったが、彼女は喜んでくれたようだ。


 「ありがと」

 「いやなに。……ジルクにも何か渡せるものがないか考えておくから」

 「うぇ!? あ、いや、良いんですかい? いやぁ申し訳ない。俺は大丈夫ですんで、あまり気にしないでください」


 いや、いまお前凄い羨ましそうにフィジカを見ていたから。




 そう、魔法の道具マジックアイテムだ。

 この世界セディア魔法の道具マジックアイテムは、『D&B』の公式世界よりもかなり希少かつ貧弱である。

 ジーテイアス城内でこの世界セディア製の魔法の道具マジックアイテム――魔具――を所持しているのはエリザベルとディアーヌだけだ。


 エリザベルが所持しているのは護り刀の短剣で、『D&B』のルール的に表現するならば『ダガー+1』。

 ディアーヌの方はもう少し豪華で、例の神剣である。こちらは【魔力解析アナライズ】によれば『ノーマルソード+3』相当。中々の業物と言っていい。

 ちなみに、神剣というだけあって他にも効果はあるようなのだが、そこは解析できなかった。


 そもそも『魔法』である【魔力解析アナライズ】の呪文では魔具の持つ魔術的な能力を調べることはできない。

 『+1』などと言っているのは、『同じ規格の武器と比較してどれだけ性能が高いか』を表しているに過ぎない。


 まあそれでも、神話レベルの魔具ですら『D&B』の換算で『+3』程度の威力しかないのが、この世界なのである。


 「そういう世界であるから、私が教える錬金術はきっと将来君たちの役に立つだろう」

 「はい、マル……いえ、先生!」


 主塔の横に建てた錬金工房で、少年少女が整列していた。

 ログ、ダヤ、テル。

 私が魔術師ギルドから預かっている生徒たちだ。

 先生、と呼ぶように言ったのはもちろん私である。


 彼らは、以前講義した錬金術の初歩をしっかり習得していた。

 今では彼らだけで錬金炉を操作し、物質から『水の元素ウォーターエレメント』を抽出できるようにまでなっている。

 遠からず、元素エレメントをさらに分解して霊素エーテルを抽出する訓練を開始できるはずだったのだが。


 「申し訳ないが、事情により急いでゴーレムを作製しなければならなくなった。よって、錬金術の基礎課程は一時中断し、私のゴーレム作製を手伝ってもらいたい。もちろん、その間も可能な限りの講義は行う」

 「俺達は大丈夫です!」

 「が、頑張ってお手伝い、します」

 「「……」」


 男子二人は元気よく返事してくれる。

 少女もこくこくと頷いていた。生徒達の背後にいるクローラも。




 「さて。まず聞いてみたいんだが、ゴーレムとはそもそも何だと思う?」

 「えっと、生きて動く石像です! ゴダーみたいな!」


 作業の準備を進めながら質問したところ、ログの答えはこのようなものだった。

 ゴダーというのはあれか、地球で言うところのタロスみたいなものだろうか。


 「ゴダーはおとぎ話に出てくる石の巨人ですわ。魔術師ギルドで定義するゴーレムとは、魔力を付与した機巧からくりで動く人形のことですわね。そもそも……」


 クローラが出番だとばかり、少年の答えを補足する。

 どうもこの世界セディアのゴーレムは、もともと関節を備えた人形を動かすことしかできないらしい。

 関節部に魔力を作用させて動力にすることはできるが、ただの石や鉄の人型を生き物のように動かすのは不可能だということだった。


 「しかも、常に魔術師が魔力を送って操作しなければなりません。前に貴方が見せた青銅の兵士のように、命令だけ与えて後は自律行動するようなゴーレムなど、神話の存在……それこそゴダーのようなものですわね」

 「なるほど。ありがとう」

 「どういたしまして」


 クローラは肩をすくめて補足を終えた。

 魔力というのは、混沌よりも扱いやすいわりに融通が利かないな。


 「錬金術におけるゴーレムは、擬似的な生命を与えた素材を作ることから始める」

 「い、いのち」


 例によって例のごとく。

 かつて、GMと練り上げた設定を語りながら私は作業をはじめた。


 「ここに、ゴーレムの原料を用意した」


 作業台には、二つのビーカーと鉄製の皿が並んでいる。

 一つのビーカーの中身はうっすら輝く透明な液体。生徒達が抽出してくれた水の元素だ。

 もう一つのビーカーには、私が錬金炉で水の元素をさらに還元した霊素エーテルが溜まっている。今のところエーテルは黄金のガスのように見えた。


 ちなみにビーカーは『錬金術師の道具一式アルケミーツールセット』に含まれている小道具だ。透明なガラス製で、何気にこの世界セディアにおいては貴重品である。


 最後の皿には、石材を錬金炉で加熱し粉末状にした黒い砂が盛ってあった。


 「あの、先生」

 「何だね?」

 「なんで近づいたらダメなんですか?」


 テルが気にするのも当然で、生徒とクローラはテーブルから一番離れた隅に立たされている。


 「後で説明するが、必要なことなんだ」

 「は、はい」


 私は鉄の皿を持ち上げ、黒い石の粉末を慎重にエーテルの溜まったビーカーに移した。


 「ん? あれ?」

 「うわぁ……」


 生徒やクローラが目を凝らす。

 ビーカーの内部で黒い粉末と黄金の気体が混じり合い、灰色の粘液に変わっていく。


 粘液の状態が落ち着いたところで、もう一つのビーカーから水の元素を注ぐ。

 ガラス棒で手早くかき回していくと、水の元素とも混じり合った粘液はぼんやりと光りを放ちはじめた。


 「これで、動く石像ストーンゴーレムの素材、生きている石リヴィングストンのできあがりだ。ここまでが第一段階だな」

 「石……には見えませんわよ?」

 「まあ、ついてきたまえ。距離はこのままでね」


 クローラの質問に答え、私は生きている石リヴィングストンのビーカーを手に地下室へ向かった。

 生徒達もあとに続く。


 「これは……」


 地下室は二十畳ほどもある広間で、全面を鉛の板で覆ってあった。

 事前にかけておいた、【永続する明かりパーマネントライト】で十分に明るい。


 「何ですの、あれは?」

 「気味悪い……」


 不気味なのも道理。

 広間には、長さ3メートルほどの石棺が一つだけ置かれていた。

 もちろん、ただの棺桶ではない。


 「この穴に、生きている石リヴィングストンを注ぐわけだ」


 私は石棺の表面に開けられた小さな注ぎ穴に、ほのかに輝く粘液を全て注ぎ込んだ。要するに、鋳造(石だけど)である。


 「この作業を、石棺の内部がいっぱいになるまで続けるのが第二段階だな」




 地下室を出た私に、生徒とクローラが詰め寄ってきた。

 彼らの質問は二つ。


 「先程はどうして近づいてはいけませんでしたの?」

 「霊素の作り方は教えてもらってないですけど……それ以外の作業はあまり難しく見えなかったんですが……」

 「ふむふむ。もっともな質問だな」


 私は、再度三つの原料を用意してログを手招きした。


 「では、さっきの作業をやってみたまえ。注意点は、可能な限り雑念を捨てることだ」

 「? は、はいっ」


 ログは年の割に大柄で見るからに戦士タイプだったが、案外器用に器具を操りはじめた。


 「よ、っと……。先生、これで良いですか?」

 「うん。手順としては完璧だな」


 霊素、水の元素、そして石砂を混ぜ合わせた少年は私を見上げる。

 自信とやる気に満ち溢れたその表情は、魔術兵訓練所で目をギラつかせていた頃とは別人のようだった。

 が。


 「あっ!?」

 「あれっ?」

 「な、何ですの!?」


 少年の持つビーカーの中で、輝く粘液だったモノは急激に変色しはじめる。

 あっというまに、粘液は肌色と茶色のマーブル模様のゴムみたいな謎物質へと変化してしまっていた。


 「な、何で……ていうか、これパンの匂い?」


 呆然とする少年は鼻をひくつかせた。私の鼻にも、焼きたてのパンみたいな香ばしい匂いが届いている。発生源は、ビーカー内の謎物質だ。


 「錬金術は、単なる鍛冶や科学とは違う。術師の意志や認識が大きく結果に影響するんだよ。霊素や生きている石リヴィングストンは、『混沌』に近いだけ特にその傾向が強い」


 私は少年の肩を叩きながら説明する。


 「ログ、もしかして今腹が減ってるんじゃないか? 霊素が君の意識に反応して、食べられそうな物質に変化してしまったんだろう」


 もちろん、元々が石の粉だった物質がむりやりそれらしく変化したというだけだ。実際に食べられるわけではない。


 「そ、そうなんですか……」

 「だから雑念を捨てろっていったんだ」


 テルとダヤが顔を見合わせる。


 「近づくなとおっしゃったのはそういう理由でしたのね」

 「ああ、私は自分の精神を制御するのには慣れているからな」

 「やはり一筋縄ではいきませんわね。それにしても……」


 クローラはため息混じりに続けた。


 「それでしたら、当分ゴーレム作製は貴方が一人で担当しなければならないわけですわね。リュウス大会議までに間に合いまして?」

 「……」


 先程の石棺をいっぱいにするのに、恐らく数百回は今と同じ作業をする必要があるだろう。しかも、第三段階の工程も残っている。

 私は目玉だけ上を向いて、力なく頷いた。


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