導星
翌日。
私は主要メンバーを再び主塔に集めた。
セダム、クローラ、イルドに今回はジルクたちパーティメンバーとエリザベル、ディアーヌも呼んだ。
戦族の宿、そして暗鬼の精神世界での出来事について報告するためである。
なお遺憾ではあるがモーラやメイドダークエルフ達は席を外してもらっている。
彼女たちは間違いなく『身内』の範疇には入るが、組織の秩序という観点で考えれば重要な会議に出席するような立場ではない。
……まあ給仕として会場に出入りすることがあるのはやむを得ないが。
「……と、いうわけだ」
「「……」」
一通りの話を終えて見回せば、みな真剣な顔で聞いていた。
「暗鬼崇拝者がそのような手段を用いていたとは……」
「第三次大繁殖が起きるかも知れねえってか。やばいぜ……」
「幹部らしいのが死んだのなら、連中の動きも変わるかも知れないっすね」
「……」
トーラッド、ジルク、テッドそしてフィジカ。
最近あまり一緒に行動していない冒険者たちだが、私の報告に疑問を持つ様子もなく議論を始めていた。
なおレイハは相変わらず無言だったが、何故か得意そうに目を輝かせている。
自分で報告したわけだが、あまりに浮世離れした冒険譚である。
それを受け入れてもらえて、私は少しうれしかった。
「いや、おいっ。あんた達、大事なのはそこじゃねーだろ!?」
「そ、そうですっ。神話の英雄に並ぶような偉大な冒険譚ですよ!?」
次の話に移ろうとしたところで、同じ顔と真逆の雰囲気を持つ少女たちが揃って声をあげた。
ディアーヌとエリザベルだ。この二人の意見が一致するとは珍しい。
「暗鬼の精神? 要するにアジトだろ? そこに乗り込んでいって暗鬼崇拝者の親玉をぶっ倒したんだよな?」
「我が君が、私達の主がそのような偉業を成し遂げたのですからっ。もう少し何かこう、反応が……」
従姉妹の仲が深まるのは良いことだ。
しかしもしかして、私の冒険を褒め称えようとかそういう話なのか?
クローラはため息をついて言った。
「確かに今回のマルギルスの働きは、かの『勇者の冒険』『ロクスの難行』の一場面と言っても良い偉業ですわね」
「……だね」
「間違いないねえ」
クローラの解説に冒険者たちも頷いている。
私としては偉業を成したというより、濃い目の伝奇小説やホラーTRPGのシナリオを実体験してきたという感覚だ。
珍しいし、難易度の高い冒険だったとは思うが……。
「だったらもっとさぁ、盛り上がるべきところなんじゃねえか?」
「皆さんがあんまり普通に聞いているので……私達、おかしいこと言ってます?」
「「……」」
二人の少女の訴えに仲間たちは顔を見合わせた。
「こいつのやることに一々感動なんぞしていたら身が保たないぞ」
「貴様……」
レードが二人の疑問を一刀両断した。言い方はあれだが、私としても同意したい。
レイハが歯を軋らせるが、まぁまぁと片手で制する。
(ちなみに、レイハはそれまでエリザベル達の訴えに激しく頷いていた)
「マルギルスであればこの程度の冒険は取るに足りない小事……と、私達も少々感覚が麻痺していたようですわ」
「家臣として恥ずかしいです。主の偉大な業績を当然のことのように受け止めていたとは」
当然で良いんだよイルド。
そんなやり取りがあって、それから数分間、私は散々賞賛の言葉を浴びせられた。
正直に言えば気分は良い。しかしどうにも背中がむず痒くなるのは困ったものである。
私としては、モーラの想いのこもったハンカチに救われたことや、レイハが必死に赤い糸を守ってくれたエピソードで盛り上がりたかったのだが。
仕方がないので、後日個人的に一席設けて彼女達に報いようと決意したところである。
「んっ。そろそろ話を進めよう」
咳払いして少々強引に話題を切り替える。
といっても、とりあえず情報の共有ができたので会議の目的は半ば達成できていた。
残っているのは。
「あのう、我が君」
ディアーヌがおずおずと手をあげた。
そう、一時の興奮から冷めた彼女が『そのこと』に思い至るのは当然だった。
「神王のことかな?」
「う、うん。俺たちシュルズ族のご先祖だけど……その神王さまが、最初の『焦点』になって暗鬼を呼び寄せたなんて」
「それでは私たちは大罪人です……」
二人の少女はしょんぼり呟いた。
戦族の巫によれば、かつて神王は神代図書館で『宇宙開闢の書』と『現世の理の書』を読んだことで絶望し、憎悪に飲まれて『焦点』になってしまったという。
私の感覚で言えば、先祖のやったことであり現在の彼女やシュルズ族には関係のないことだ。
だが、彼女はそう割り切ることはできないらしい。エリザベルの顔色も暗い。
最初はこの情報を皆から隠すことも考えた。
だが、情報というのはどこからか漏れるものだ。それなら、最初から話して一緒に解決した方が良いに決まっている。
「祖先がどうだろうが、君やシュルズ族への信頼は変わらないさ」
「本当?」
そもそも、巫の情報も欠けている部分が多い。
神王自体、世間では伝説上の存在だ。今更この情報を知ってシュルズ族を責め立てるものもいないだろう。
いたとしても彼女たちを守ることに変わりはないが。
「もちろんだ。皆もそうだろう?」
「所詮は過去のことだしな」
「今この時、貴方方が誠心誠意マルギルスに仕えていることは明白ですもの」
「あ、ありがとうございますっ」
涙目になったディアーヌとエリザベルに、仲間たちが温かい言葉をかける。
少々、いやかなり青臭い光景ではあるが、私は先程褒めちぎられたときよりもよほど良い気分になっていた。
それにまあ、なんと言ったって、だ。
「第一、私なんか異世界からやってきた異世界人だしな。神王なんかより暗鬼に近い存在かも知れないぞ」
「「……」」
一瞬の沈黙のあと、流石に仲間たちも不審そうな顔をした。
これが出会ったころなら冗談としか思われなかっただろう。
良くも悪くも私という存在の特殊性がしっかり認識できていることは、今日のやり取りでもはっきりしている。
その分、突拍子もない告白も事実として彼らに受け入れられたようだ。
「……まあ、そんなわけで私はこの世界にやってきたんだ」
仲間たちの多くは『どう反応していいかわからない』という顔だった。
なので、(私がただの会社員だというのはやはり伏せた)『見守る者』に出会い、転移させられた経緯をかいつまんで説明する。
「異なる世界? 遠い国という意味では今までのご説明と大差ありませんよ」
「そういうことでしたら、貴方の常識から外れた『魔法』の力も理解できますわね」
「そうですよ! ジオさんはジオさんです!」
(セダムとレイハにはすでに伝えていたとはいえ)言葉は軽かったが、私としてはかなり思い切った告白だった。
だがイルドもクローラも、いつの間にか話を聞いていたモーラも平然としている。
「やっぱり我が君は凄えなあ。並じゃねえぜ」
「だから言っただろう? 今更驚かないってな」
ディアーヌの憧れるような目も、セダムのウィンクもいまは素直にありがたい。
そもそもこの世界には『異世界』という概念自体がほとんどないのだから、ある意味では当然か?
……まあ、それだけの信頼関係を築けていた、と少しだけ自惚れても良いのかも知れないな。
「しかし考えてみると、例のあれは実にマルギルスにぴったりだったんじゃないか?」
「流石、クローラさんですね」
「と、当然ですわね」
「何のことだ?」
シル茶を飲んで一息ついたところで、セダムとモーラが楽しそうに言った。
クローラは見事な金髪を払って偉そうにしている。
「紋章ですわ。マルギルス、貴方の」
「お」
そうだった。
ついつい後回しにしていたが、出かけている間にクローラ達が私の紋章を決め、印章を作製することになっていたのだった。
「楽しみにしていたんだ。是非、見せてくれ」
子供のころ……いや学生時代でも割りと見ていたが……戦記物やロボットアニメのパーソナルマークには憧れていたものだ。
クローラが儀式のような態度で差し出してくれた巻物を広げると。
「導星。夜の闇に迷う者の行路を示す希望の星」
「俺たち冒険者や旅人、居場所を持たぬ放浪者に知恵を授ける守護星」
「時に天の怒りとなって邪悪を払う力の星」
『強く輝く極星と広げられた書物』
それが私こと、ジオ・マルギルスを表す紋章であった。