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外交官の憂鬱 その2

 自分自身に確認しておこう。

 私がこの城で『大魔法使い』をやっている目的は、人々を暗鬼から守ることだ。

 そのために、世界中の勢力との協力関係――対暗鬼のための同盟を組もうと活動している。


 ただしそれは、出現した暗鬼を全て私が倒してまわるというような単純な話ではない。

 世界の広さという問題があるし、私自身の能力(『ジオ・マルギルスというキャラクターの能力』だが。まぁそれはもう一々気にしないようにしている)にも限界があるのだ。


 現時点で私の考えに賛同して実質的に同盟を結んでくれているのは、カルバネラ騎士団、レリス市、戦斧郷のドワーフ、フィルサンド、戦族、そしてシュルズ族。

 この同盟をさらに拡大するため、エリザベルに働いてもらっていたのだ。




 そもそもリュウス同盟には現在十八の都市(カルバネラ騎士団や、その他の独立した村なども含む)が加盟している。


 この十八都市の中で突出した人口、軍事・経済力を持つのがレリス市、リュウシュク市、シルバスだ。

 (細かいことを言うと、レリスとリュウシュクは『自治都市』でシルバスは『シルバス男爵領の領都』である)


 お馴染みのレリス市は高い経済力と文化を誇る。リュウス同盟でも中心的な立場だ。


 リュウシュク市は軍人が政権を握る軍政都市だが、意思決定が迅速でブレがないために意外と経済力は高く治安も良い。

 高い軍事力を周辺の都市へ派遣し、防衛や暗鬼との戦いなどを請け負っているという。


 レード曰く「頭がおかしい」シルバスはリュウス王国以来の封建制を採用しており、シルバス男爵家が代々統治していた。


 これら三都市が実質的にリーダーシップを握っているリュウス同盟だが、これまでエリザベルやブラウズ氏のお陰でほとんどの都市とは同盟の内諾を得ている。

 そんな中で、初めて明確に同盟を拒絶したのがリュウシュク市、というわけだ。


 エリザベルの報告では、リュウシュク市の『司令官』ソダークは私が軍事力でリュウス同盟を支配するつもりだと誤解しているらしい。

 私が進めているのは戦略的な意味での軍事同盟ではなく、あくまで暗鬼対策のための同盟なのだが……。


 「まったく、邪推も甚だしいですわね。前から良民軍の連中の尊大さと愚劣さには辟易しておりましたのよ」


 と、クローラが尊大に言った。


 「彼らは確かにこれまでリュウス同盟を守ってきましたからな。そういう自負を持つのも当然でしょう」


 ブラウズ評議長が一応フォローする。

 十年前の暗鬼の大量発生の時も、良民軍はあちこちで活躍したということだった。


 「それだけに影響力も大きい。他にも同調する都市がでてくるかも知れません」

 「良民軍が『うちと同盟を結んだ都市には守備隊を派遣しない』と言い出したら厄介だな」


 イルドとセダムは思案顔だ。

 確かにそういう手段に出られると私も困るな。


 「主様」

 「ん?」


 コツリと足音がした。

 普段私の死角で気配を殺しているダークエルフが目の前に膝をつく。


 「僭越ながら申し上げます。そのソダークなるもの、主様の崇高な理想を邪魔する大罪人。お許しいただけるなら、従属する者たるこのレイハナルカが疾く抹殺してまいります」

 「……ちょっと落ち着こうか」


 紫の瞳を、もうキラッキラさせて鼻息を荒らげるレイハの姿は大変に美しい……のだが。最近では大型犬みたいな愛嬌を感じるようになってきた。

 まあ言ってることは暗殺である。


 「か、彼が有能な指揮官であることは間違いないですし……。何とか懐柔する方が良いと思いますが?」

 「そうだな。……君の技術は別のことで発揮してもらいたい」


 本気で心配そうなブラウズを安心させるように頷く。

 逆に絶望的に顔色を悪くしたレイハの肩を叩くのも忘れない。


 「今回は隕石を落として見せて、ってわけにも行かないしな。マルギルスが直接話すしかないんじゃないか?」

 「私は交渉でいつも隕石落としてるように言わないでくれるか? ……まあそれしかないかもな」

 「私も同感です。ただし、ソダーン殿は司令官であって独裁者ではありません。彼の意志はリュウシュクという都市全体の意志であることもお忘れなきよう」

 「そうだろうな。実際に話す前に、少しリュウシュク市の内情を調べておく必要もある」


 ブラウズの助言に私は頷いた。

 そういう調査なら、レイハ達にやってもらっても良いだろう。

 ただ。


 「ただ、リュウシュクのソダーン司令官だけでなく、シルバス男爵というのも気になるな」

 「先代に比べて随分軟弱者のようですわね。わたくしが一喝して参りましょうか?」


 クローラは平然と言った。

 他の皆の表情を見ても、シルバスの態度――私に全ての防衛を任せたい――について深刻な懸念を持っているものはいないようだった。

 例外はブラウズとエリザベルだ。


 「そう簡単な問題ではないような……」

 「我が君の理想は、人々が団結して暗鬼に立ち向かうということでですからね。我が君に頼り切りになられては困ります」


 その通り。

 シルバス男爵やその下の人々が、話して分かってくれるようなら良いのだが。

 彼らについても、ある程度情報を掴んでからしっかり話し合う場を設ける必要があるな。


 「ううむ」

 「マルギルス殿、今の状況を踏まえて私から提案があります」

 「是非、聞かせてほしいな」

 「リュウス同盟全都市とマルギルス殿の対暗鬼同盟について、『リュウス大会議』で議論させて頂きたいのです」




 リュウス大会議。

 この地域では一般常識レベルの情報だったが、ブラウズ評議長は丁寧に説明してくれた。


 名前のとおりリュウス同盟所属都市の代表が集合し、同盟全体に関わる議題を話し合う会議だ。

 毎年収穫祭と同時期に開催される。会場はトップ三都市の持ち回りであり、今年はリュウシュク市が会場になる予定だという。


 今は、印章がなかったお陰で他の都市との同盟締結も保留になっており、有力都市が反対している状況だ。

 大会議の場で、改めて私自身が対暗鬼同盟について説明し、各都市の代表に納得してもらうのが一番だというのがブラウズの意見だった。

 もちろん、反対意見を持つリュウシュクや誤解しているシルバスとの交渉も大会議と並行して行うことになる。


 私としては異論などあるはずもない。

 是非とも参加させてくれとブラウズに答え、彼も力強く頷いてくれた。


 「そうすると、今から大体三ヶ月ほど余裕があるわけか」


 その間に、各都市の情報を集めたりといろいろ準備しないとな。


 「はい。とりわけ、マルギルス殿にはやっておいて頂かねばならないことがあります」

 「何でもいってくれ」

 「ゴーレムです。マルギルス殿が各都市に提供する支援の中でも重要な部分です。製造や配布は魔術師ギルドを通じて行うということですが……いずれにしても現物がなければ対暗鬼同盟自体の説得力がなくなってしまいます」

 「……」


 ……まったく正論だった。

 もともと生徒達やクローラは、ゴーレム製造の技術を教えるという名目で預かっているのだ。

 いろいろと忙しかったとはいえ、そちらの方はあまり進んでいない。

 魔術師ギルドのヘリドール支部長あたりは焦れているかもな。

 私は何とも言えない居心地の悪さを感じた。

 仕事の進捗が遅いことを上司にやんわり指摘されたときの感覚だな、これは。懐かしいが嬉しくはない。


 「そちらの方の進捗が思わしくなくて申し訳ないな……」

 「い、いえ。催促しているわけではないのです。ただ、大会議までにせめて試作品だけでもお持ち頂ければと」

 「うむ……」


 一都市を束ねる重鎮たる人物を恐縮させてしまったことに恐縮する。

 しかしこれはある意味いい機会だな。


 「では……」


 私は立ち上がって仲間たちを見回し、続ける。


 「我々の当面の目標を、リュウス大会議で対暗鬼同盟を成立させることとする。そのための準備をこれから進めていこう」

 「承知しましたわ」

 「レリス市としましても、全面的にご協力いたします」


 まず、生徒達への見本の意味もこめて私自身がゴーレムを作製しよう。

 リュウシュクやシルバスといった各都市の情報収集と根回しも必要だ。

 会議とは直接関係ないが、ジーテイアス城の人員増強や設備の完成も急がねばならない。


 ……それに延ばし延ばしになっていた、印章の作製と戦族の宿での出来事の報告と……。


 「……ふう」


 一向に減っていかない、やるべき仕事のリストにめまいを感じて座り直す。


 視界の隅で、給仕をしていたモーラがこちらに向けて拳をギュっと握るのが見えた。

 『ジオさん頑張って』と口を動かしている。

 ……そうだな。頑張ろう。


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