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外交官の憂鬱 その1

 翌朝、カルバネラ兄妹は白剣城へ帰っていった。

 夕食の席で恐るべき食欲を発揮していったのは言うまでもない。

 その昼には、二人と入れ替わりのようにレードたち戦族の戦士とセダム、レイハが戻ってくる。


 さて、そろそろ戦族の『宿』、暗鬼の精神世界での冒険について皆に報告しなければな。

 と思っていた矢先だった。




 「お久しゅうございます、我が君! 貴方のエリザベルが帰還いたしました!」


 ジーテイアス城が誇る外交官、エリザベル嬢が帰還したのだ。


 濃い金髪のツインテールに可憐なデザインのドレス。潤んだ大きな赤瞳と、相変わらずの美少女ぶりだ。


 彼女には、リュウス同盟各都市との間に対暗鬼同盟を結ぶ交渉を頼んでいた。

 一月足らずの間に、リュウス同盟所属十数都市を全て訪問したというのだから恐るべき手際の良さである。


 護衛についていたテッドやダークエルフ、エリザベルの部下の外交官、兵士たちも元気だった。

 ただし、エリザベルの表情は挨拶の口上ほどに明るくはない。


 予想外の同行者がいることからも、何か問題が起きたであろうと思える。


 「マルギルス殿。大変申し訳無いが、是非ともご相談したいことがありお邪魔しました」


 エリザベルと並んで頭を下げたのは、レリス市評議長ザトー・ブラウズだった。




 客室で一休みする間も惜しむ様子のブラウズに押され、私は主要メンバーを招集した。

 モーラが慌てて用意した熱いシル茶を啜ったエリザベルは、愛らしい顔をしかめて報告を始める。

 ブラウズが先に話すかと思っていたのだが、彼はエリザベルと似たような表情で黙りこくっていた。


 「先日、我が君へお知らせしたとおり途中までは順調でした」


 以前、【秘術の葉書(アーケインポストカード)】で彼女が報告してきた内容か。

 確か三つの都市国家と無事に同盟を締結し、次にリュウシュク市へ向かうということだった。……この時に、同盟締結に必要な印章がない――つまり私に紋章がない――ことが発覚したのだからよく覚えている。

 私がでかけている間にクローラが紋章の作製を済ましているはずなのだが……その確認も後回しになっているなあ。


 「リュウシュク市のソダーン司令官が、我が君との対暗鬼同盟に難色を示したのです」


 リュウシュク市か。確か、レリス市に匹敵する大都市という話を聞いたことがある。


 「リュウシュクはリュウス同盟でも唯一軍政が敷かれている都市だ。『中央良民軍』って軍隊の司令官が都市の全権を握ってる」


 例によってセダムが私の疑問を先回りして答えてくれた。

 軍政とは穏やかではないな……というのは現代日本の感覚なのだろうか? 他の者は平然としてる。


 「そもそも、第二次大繁殖ブリードで屋台骨の揺らいだリュウス王国に最初に反旗を翻したのが『中央良民軍』だ。リュウシュクはその『中央良民軍』の拠点なのさ」

 「なるほど。その良民軍とやらはまともに都市を統治てきているのか?」


 エリザベルたちの報告の続きも気になるが、歴史的な背景が全くわからないのでは報告の内容が理解できないかも知れない。


 「まあ一応はな。むしろ治安は良い方だろう」

 「……」


 セダムは立て板に水とばかりに解説を続ける。

 一方で、クローラが少々いらいらした様子で長い脚を組み直したのにも気付いたようだ。


 「……で、だ。彼らは当然リュウス同盟でも最大の軍隊を持っている。その軍隊を、対暗鬼のために同盟の各都市に派遣して稼いでるのさ」


 流石セダムだ。

 私の質問に答えつつ、議論の流れに沿った知識を提供してくれた。


 「つまりなんだ? そのソダーン司令官とやらは、私が商売敵になるのではないかと疑っているのか?」

 「端的に申し上げますと、そのとおりですわ」


 エリザベルがため息混じりに頷いた。


 「もちろん、我が君の理念は私からも何度も説明しましたし、ブラウズ評議長にもお言葉添えをお願いしたのですが……。まるで相手にされませんでした。私……ごめんなさい……」


 よほど悔しいのだろう。彼女は唇を噛み締めてうつむく。


 「い、いや。そう気に病まないでくれ。全ての都市が無条件に同盟を受け入れてくれると思う方が、都合が良すぎたんだ」

 「実際、エリザベル殿は立派に務めておられますよ。リュウシュク以外の都市からは、同盟締結の内諾を得てこられたのですから」


 下手な慰めしかできない私に向けて、ブラウズが発言した。


 「そうだな。エリザベル、ご苦労だった」

 「ただし……」


 ただしって何だ。

 ブラウズはエリザベルに気の毒そうな視線を向けてから続ける。


 「実は同盟締結を望んでいる都市の中にも問題があります。シルバス、という都市です」


 そのシルバスという都市が、わざわざ彼がエリザベルに同行してきた理由なのだろう。

 良い話でないことは容易に想像がつくが、聞かないわけにもいかない。


 「そのシルバスも同盟締結を拒んでいると?」

 「いいえ、逆です。シルバスはリュウシュクとは真逆で今でもリュウス王国系列の貴族が治めているのですが、この貴族が問題でして」

 「シルバス男爵とはお会いしたことがありますが、聡明な方だったような……」


 血統の権威についてはリュウス地域でトップレベル。クローラが意外そうに言った。

 それにしても、リュウス同盟には個性的な都市が揃っているな。今までレリス市以外にはほとんど注意してこなかったツケを支払うことにならなければ良いが。


 「いえ、クローラ殿の知るシルバス男爵はつい先月お亡くなりになりました。現在のシルバス男爵は彼の長男です」

 「あら、まあ」

 「その長男がボンクラだったと?」

 「……言い方は悪いですが。彼はソダーン司令官とは正反対の方針です。つまり、暗鬼に対する備えをマルギルス殿に全て丸投げしてしまえという……」


 賢人を絵に描いたようなブラウズの顔が、ものすごく困ったように歪むのはある意味おかしかったが。

 それにしてもなるほど。そうきたか。


 「……あー。確かにそういう都市が出てきてもおかしくはないか」

 「そうか? そいつらの頭がおかしいの間違いだろ?」


 ちょっとした心当たりがあったため、あまり驚かなかった私にレードが辛辣に突っ込んだ。


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