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騎士の剣

 アグベイル青年からはフィルサンドの近況も聞くことができた。

 公爵やバルザードは相変わらずだそうだ。今は、『黄昏の平野』での戦いに備えて剛毅城の兵士たちを鍛えに鍛えているという。

 元の居住地である『神の庭』に戻ったシュルズ族の人々も特に問題なく生活できているらしい。

 気になったのはフィルサンド周辺の状況だ。

 まず、フィルサンド公爵の弟が王を務めるフェルデ王国。フェルデ王が、兄以上に極端な軍事増強政策をとりはじめたのだという。

 軍事費を賄うための過酷な徴税は当たり前。本来税を納める義務のないフィルサンドにまで様々な手法で金銀や武器、食料、そして人を要求している。

 公爵も手練手管を使って負担を減らしてはいるが、それでもフィルサンドの財政は徐々に悪化し始めているという。


 アグベイルと悪徳 (らしき)商人が率いる隊商は翌朝無事に旅立っていった。

 とにもかくにも、初の現金収入があったことは大変喜ばしい。




 翌朝。

 私はさっそく、建築の家ダウロンの長、ヴァルボのところへ足を運んだ。


 元々、隊商や商人を受け入れるための宿泊施設は計画に入っていた。

 現在も基礎工事は進んでいるところだが、それを前倒ししてなるべく早く完成させてもらうためである。


 幸い、ヴァルボが城の拡張計画を立てた時は三年間だった工事期間は大幅に短縮している。

 私が労働力として巨人を、建築資材として石や鉄を出しまくったお陰。ということもあるが、当然ドワーフや労働者たちの努力の賜物でもある。


 余裕があるからだろう、ヴァルボは私の頼みを快く引き受けてくれた。


 「おう、魔法使い殿。あんたも忙しいことだな!」

 「ははは。実際に動いてくれるのは貴方達なのだから、忙しいなんぞと言っていられんよ」

 「あんたほどの力の持ち主で、それだけ勤勉ってのはちょいと気持ち悪いくらいだわい!」

 「そ、そうか」


 この世界セディアには勤労は美徳という考え方は薄い。いや、正確に言えば『仕事』というのはその人間の身分に応じてやれば良いという思考なのだろう。

 ……だったらまあ、私は大魔法使いとしてそれに相応しく働かなければいけないということだ。


 ヴァルボの見立てでは、後3ヶ月でジーテイアス城を起点に東は戦斧郷、西はレリス市までの街道が完成するらしい。

 戦斧郷の山地を抜けるトンネルについては戦斧卿のドワーフたちが頑張っており、半年程度で完成する予定。

 最後にフィルサンドから戦斧郷までの街道については、公爵とドワーフが共同で工事中でこちらも後半年の工期を見込んでいる。


 なんだか、ヴァルボと話すたびに工期が短くなっている気がするな。良いことなんだけども。


 「この呪文により森の巨人フォレストジャイアント3体を創造し1時間の間使役する。【怪物創造クリエイトモンスター】」

 「なんだかこいつらもすっかり見慣れたなぁ。この仕事が終わった後、こいつら抜きで仕事をすると思うとちょいと気が重くなるわぃ……」


 例によって呪文で創造した大工作業装備の巨人を見上げ、ヴァルボがしみじみと呟いた。

 彼も彼で、ドワーフの一族を率いるという重圧を背負っているのだろう。


 「もし将来、彼らの力が必要になったらいつでも言ってくれ」

 「本当か? あんたの城の仕事じゃなくてもこいつらを貸してくれるのか?」

 「もちろんだ。安くしておく」




 ヴァルボたちドワーフが仕事に励む威勢の良い声が響きはじめた頃。

 私の目の前でも鋭い気合の声が上がっていた。


 「やっ!」

 「ふぬっ!」

 《ガツッ》


 主塔の目の前、『上の中庭』だ。

 女騎士が木剣を振り下ろし、屈強な老騎士が訓練用の槍で弾く。

 硬い木と木が激突する、聞くだけで手が痺れそうな音が見物中の私と巨漢の騎士を叩いた。


 「しっ!」


 女騎士は一歩も引かない。左の盾を叩きつけ老騎士の槍を封じようとする。右の木剣は盾の死角から老騎士の腹を突こうと引きつけられていた。


 「おうっ!」


 紋章の描かれた盾が老騎士の右肩から腕までを押さえつけた瞬間。板金鎧を着けた老騎士の身体が揺らいだ。


 「へっ!?」


 老騎士は盾の圧力に逆らわず、後ろ足を軸にくるりと一回転していた。全力で老騎士を押さえ込もうとしていた女騎士はその勢いを止めることができない。

 一歩、大きく踏み込んで身体を支える。


 「そいやっ」

 「いだっ!?」

 「ぐわっ!」


 前のめりになった女騎士の肩口を、老騎士の槍の柄がしたたかに打った。

 打撃音は一つだが、悲鳴は二つ。

 一つは当然女騎士のものだったが、もう一つは私の隣の巨漢騎士、ギリオンがもらしたものだった。




 お互いに一礼した二人の騎士。


 「あーもうっ! 魔法使い殿の前なのにっ」


 兜を外し見事な赤毛をかき上げながら女騎士リオリアは、悔しそうに地団駄を踏んだ。


 「ふうむ……」


 一方の見事な禿頭を撫でる老騎士サンダールも、何故か浮かない顔である。


 「リオ! お前の攻撃は見え見えなんだよ! もっと頭使え、頭!」

 「頭突き? 今度やってみるよ」

 「違う! なんでお前は戦いのことになるとアホになるんだ?」


 ギリオンとリオリアの兄妹漫才は相変わらず微笑ましい。

 私は今も、カルバネラ騎士団本拠、白剣城に定期的に訪問して訓練の相手をしている(呪文で創造したオグルが)。

 

 彼らはそれでも足りぬと、ジーテイアス城までおしかけてきているのだ。


 「んんっ」

 「あ! も、申し訳ありません。サンダール卿! ご指導ありがとうございますっ」

 「あ、ありがとよ」


 わざとらしい咳払いを注意をひいたサンダール卿に二人は慌てて礼をした。

 リオリアも、普通の人間相手に負けるのは久しぶりだろう。老騎士へ率直なあこがれの目を向ける。

 率先して挑戦し、あっさり叩きのめされたギリオンもぎこちなく頭を下げた。


 「いやいや、二人共その若さで大したものだ。さらに研鑽を積めば、すぐにこの爺よりも強くなれるだろう」

 「私からも礼を言う。サンダール卿が良ければ、これからもこの二人に稽古をつけてやってもらえないか?」

 「お、お願いしますっ」

 「頼むぜ」


 歴戦の騎士であるサンダール卿からなら、カルバネラ兄妹も多くの技術を学べるはずだ。……次期騎士団長選挙の絡みで、あまり二人にだけ肩入れするわけにもいかないが、これくらいは許容範囲だと思う。

 ところが。


 「基礎の基礎ならともかく。それがしの技を覚えたいというなら……あまりお勧めはできませぬなあ」

 「な、なんでだよっ? 今のふわっとするヤツとか、フェイントとか、教えてくれよっ」


 私にも意外な老騎士の返答。ギリオンは顔色を赤くして詰め寄る。


 「まず聞くが……お主達、今の技は誰に教わった?」

 「そりゃあ……親父だな」

 「ええ。父上に教わりました」


 二人の返事に、サンダール卿は重々しく頷く。


 「父君はお主達に教える時、こう言ったのではないかな? 『この技は暗鬼と戦うための技だ』と」

 「あっ」

 「そ、そうですっ。確かに父はそう言いましたっ」

 「……」


 ギリオンとリオリアの父か。

 確か名前はギルランド・カルバネラ。カルバネラ騎士団前団長にして、カルバネラ家前当主だ。

 十五年前、団長だった彼の無茶な作戦によってカルバネラ騎士団は多大な損害を出している。


 兄妹は幼い頃から、カルバネラ家の名誉を回復し騎士団長に返り咲くという使命を父に背負わされて生きてきたのだ。

 そんなことを思い出した私を差し置いて、三人の騎士の武術談義は続く。


 「ちょっとそこで構えてみよ」


 老騎士はギリオンに剣を振り上げたポーズを取らせ、自分はそれに対して槍を構えた。


 「もし、相手が人間の騎士や兵士だった場合。こういう技は有効であるな」


 老騎士は説明しながら槍をぐるりと回転させる。槍の穂先は低空から横薙ぎにギリオンの足首を狙っていた。


 「相手が穂先を受けようと武器を下げる……そうだ。その瞬間、こちらは踏み込んで……こうだ」

 「おー……」


 ギリオンが剣を下げて槍を受けようとする。サンダール卿は説明しながら一歩踏み出し、槍の反対側――石突きと呼ばれる部分をギリオンのあごにあてた。


 簡単そうにやってみせているが、槍を上段に構えた姿勢からの槍の動き、足運びにまったく無駄がない。しかも、ギリオンに攻撃をあてた姿勢は、彼が前に『逆手の構え』と呼んだ攻防自在の構えだ。つまり攻撃が終わった後にもまったく隙がないということである。


 この動きを身につけるだけで、何千何万回という反復練習が必要だっただろう。

 カルバネラ兄妹も感心していた。


 「だがこの技は暗鬼が相手であればまったく意味がない。それどころか無駄である」

 「? そ、そうでしょうか?」

 「そうだ。何故なら暗鬼なら防御など一切考えず、こちらの頭をかち割りにくるだろうからの。そうなれば、良くて相打ちである」


 なるほど。確かに暗鬼には自分の身を守るという発想がない。

 実際に暗鬼と戦った経験もあるカルバネラ兄妹にも思い当たるところがあるのだろう。はっとした表情だ。


 「さらに、もう一つ問題がある。分るかの?」

 「う、うーん……何でしょう……」

 「もしかして……」

 「疲れかっ!?」


 言おうとした答えをギリオンに先に言われた。

 正解だったようで、サンダール卿は厳つい顔を縦に振る。


 「そのとおりである。暗鬼の脅威の一つは数であるからな。小鬼一体を倒すために、二動作も使っていたら体力も消耗するし別の暗鬼からの攻撃を受ける可能性もある」

 「だから暗鬼と戦う時には一撃で倒す技が重要ってことか」

 「な、なるほど……」


 兄妹騎士は老騎士の解説にすっかり感じ入った顔だ。がくがくと揃って何度も頷いている。


 「そのとおり。恐らく、先程のリオリアの技もだ。本来は盾と剣を同時に使う技であろうな」

 「……そ、そう、ですね。思い出してきました……」


 サンダール卿は兄妹を前に、厳つい顔を綻ばせた。


 「いや、さすがは東の護りとして名高いカルバネラ騎士団の騎士であるな。暗鬼から人々を守るための技が、しっかりと受け継がれておる」


 逆にいうとサンダール卿が活躍していた北方の王国シュレンダル方面では、騎士の仕事は人間相手に戦うことだったのか?

 天邪鬼なことを考えていると、突然大きな拍手の音が上がった。


 「おぉ、やっぱりカルバネラ騎士団は凄いんだな」

 「リオリアさん格好いい……」

 「サンダール卿も流石だなっ」


 いつの間にか周囲には兵士たちが集まっていたようだ。

 彼らの中にはサンダール卿から武術の基礎を学んでいる者も多い。その老騎士とカルバネラ騎士団の精鋭二人との練習試合や武術談義に感銘を受けるのも道理だろう。


 「父上……」

 「カルバネラの武術は、暗鬼と戦う武術か……」


 ギリオンもリオリアも兵士たちの賞賛の声に照れくさそうに顔を赤くして微笑んでいた。

 ただし、父親のことを思い出しているのだろう。その微笑みはどこか暗い。


 「とりあえず今日はここまでにして。夕食でも食べていくかね?」


 誰しも生まれを選ぶことはできないからな。

 彼らは彼ら自身が納得できる『仕事』を見つけることができるのだろうか。

 そんなことを考えながら二人の背中を叩いた。

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