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城主の初任給

 「晴れた晴れたー!」

 「濡れた薪は交換しまーす!」


 先程まで黒雲に覆われていた我が城の空は晴れ渡っていた。

 それに相応しい、モーラや使用人たちの明るい声が響く。

 雨を避けようと右往左往していたフィルサンド隊商の人々も、ほっと胸を撫で下ろしている。

 これで彼らも熱々の昼食が食べられるな、と私は思った。

 ところが。


 「マ、マルギルス殿? 貴方は……まさか雨を止ませるも降らすも自由なのですか?」

 「そういう呪文だからな、これは」


 アグベイル青年は青い顔をしていた。腰が引けている。

 さらに彼の周辺のフィルサンド人が数名、腰を抜かしたり跪いていた。


 「私が隕石を落とすのも見たことあるだろう? あれに比べれば大したことない呪文だぞ?」


 実際、気象操作ウェザーコントロールはたった6レベルの呪文だ。『D&B』の魔法使いなら12レベルから使える。

 アグベイルは9レベルの隕石メテオ全種怪物創造クリエイトオールモンスターも目の前で見ているはずだが……。


 「大したことあるでしょう!? 貴方がいれば不作など無くなるということじゃないですか!?」

 「むむ」


 なるほど?

 今まですでに隕石を降らせたりドラゴンを創造したりと、この世界の常識外のことはやってきた。

 とはいえ、天候を操るというのはそういった『破壊活動』とは別種のインパクトがあるということか。

 ……そう考えると、天候を操るというのはかなり大事だ。


 しまったな。

 こんなことに後から気付くとは、TRPGオタクとして情けない。


 「アグベイル様はどうしたんだ?」

 「なんか、魔法使い様が雨を止めたとか……」

 「まさか……」


 最初は、雨が止んだのが私の仕業とは思いもしなかったろう人々も、私たちの会話から状況を察し始めたようだった。


 「ジオさ……ご主人様、ありがとうございます!」

 「流れの主オルリに感謝を!」


 モーラたちも騒ぎを聞きつけたらしい。

 ダークエルフ姉妹ともども、純粋な好意に目を輝かせて私に頭を下げる。

 もっとも(私の奇行には)慣れたもので、彼女たちはすぐに踵を返し仕事に戻っていった。

 それは良いのだが。


 「まま、魔法使い様ぁっ!」

 「い、偉大なるマルギルス様に創造神リメイダーの恩寵を……」

 「あわわ……」


 私を取り巻く隊商やシュルズの人々が、次々に跪いて賞賛や祈りの声をあげはじめた。何故か中腰でうろたえているアグベイルも、その様子を見て膝をつこうとしている。


 これは……どうなんだ?

 今更隠そうとしても、彼らの口を止めることはできないだろう。

 私が天候を操れるという情報が世間に広まるのは、良いことなのか悪いことなのか……?


 「むう……」


 まったく予想もつかない。仕方ないので、次善と思われる行動を選ぶことにした。


 「……そう畏まる必要はない」

 「い、いやあ、そういうわけにも……」

 「良いから良いから」


 きょろきょろと私と周囲を見比べるアグベイルに近づき、肩に手を置く。


 「へっ!?」

 「さあ、立ちたまえ」

 「は、はぁ……」


 半ば強引にアグベイルの手を引っ張り立たせると、周囲の雰囲気も変わった。


 「おおっアグベイル様が」

 「魔法使い様とあんなに親し気に……」


 このエピソードが世界にどういう影響を与えるか分からない。が、どうせなら良い影響を与えるよう努力してみるべきだろう。

 まずはこれで、アグベイル君の株を上げてやれたな。

 私は迷惑そうな青年の肩を抱いたまま、跪く人々に語りかける。


 「勤勉にして賢明なるフィルサンドの商人たちよ。諸君らは我が街道を最初に歩んだ旅人だ。その一歩に敬意を表し、特別に我が魔法で晴天を進呈させてもらった」

 「やっぱりこの天気は魔法使い様が……」

 「奇跡だ……」


 「あくまで特別な対応であるが。諸君が魔法使いマルギルスの敬意を受けたことは覚えておいてほしい」

 「わあっ」

 「マルギルス様!」

 「これからも商売の安全をお守りください!」


 まあこのくらいかな。

 どちらにしても、彼らの口から勝手に噂は広まるはずだ。

 どうせなら城を通過する商人に親切で話の分かる魔法使いだと宣伝してもらおう。

 彼らがこれから向かうレリス市や、その周辺へ。私の正体を遠巻きに見定めようとしている連中へもだ。




 「……何とか格好をつけられたようですけれど、基本的に貴方の過失ですのよ?」

 「うむ……」


 昼食を摂ろうと戻ってきた自室である。

 少々気分が良くなったところに、例によってクローラが冷水を浴びせてきた。


 「ま、まあまあ。この件はマルギルス様の名声を高めると思いますよ?」

 「そうですよ。みんな喜んでたのに」


 イルドとモーラ父娘が援護射撃をしてくれたが、確かにクローラの言うとおりだ。


 「それは結果論ですわ。わたくしはマルギルスが考えもなく強大な力を披露したことを言っておりますの」

 「そうだな。今後は低レベルの呪文を使う時にも熟考しよう」

 「て、低レベル……」


 数日ぶりだったが、クローラの優雅で冷たい指摘は相変わらずだな。その容赦の無さがいっそ小気味よくて、私は口元を緩めてしまう。

 彼女の方は私が素直に頭を下げたことよりも、発言に気をとられたようだ。

 実際、気象操作ウェザーコントロールは8レベル9レベル呪文に比べれば低レベルだ。さらに欠点もあり、効力を維持するために常に精神集中している必要がある。

 今も私は意識の一部で呪文のエネルギーを制御する作業を行っていた。当然、この状態では他の呪文を使うことはできない。


 「と、とにかくっ。今の貴方はジーテイアス城と3村、いえシュルズ族の村も含めれば4村の主。一層、自らを律して頂かねば困りますわよ?」

 「ああ、重々気をつけるよ」




 「ま、魔法使い様っ。どうぞ、どうぞっ。お収めください!」


 昼食後。

 私は主塔二階の司令室にいた。

 一階の広間をアグベイルや隊商の主要人物に貸しているので、そこを臨時の謁見の間にしたのである。

 イルドが一歩前に、クローラが背後に控えている。


 片膝をついたアグベイルの背後で平伏するのは、隊商を率いる商人だ。

 でっぷり太った身体といい無駄に豪勢なローブといい、いかにもフィルサンド公爵とセットで私腹を肥やしていそうな男である。

 私と彼らの間には、商人が積んだ金貨でいっぱいの革袋が置かれていた。


 「荷馬車30台分の貿易品で金貨900枚。馬60頭と平民120名の通行税が金貨70枚。通行税として、合わせて金貨970枚をお支払します」

 「つ、通常の半分以下の税率でございますが、ほ、本当によろしいのでしょうかっ!? お望みでしたら、別に贈答品を……」


 顔に疲れをにじませながらも淡々と説明するアグベイル。それに対し、商人は媚と冷や汗を顔中に浮かべていた。悪役面に似合わぬ殊勝な態度だ。


 「別に構わない。税率はこちらが勝手に決めたものだしな。それより今後も貿易に励み、我が領内に潤いをもたらしてくれると助かる」

 「ははぁーーっ!」


 それにしても、あれだけの規模の隊商がやってきても、こちらの利益は金貨1000枚足らずか。ジーテイアス城の(ドワーフや労働者を除く)人件費・維持費一ヶ月分にも全然足りない。

 しけてるな……とは思わなかった。

 もともと、イルドと相談してどこよりも安い税率にしたということもある。


 「戦斧郷のトンネルが完成すれば、三十日かかっている旅程を十日は短縮できますからね。そうなったら、フィルサンド中の貿易商はこちらにお世話になるでしょう。間違いなくこの城は栄えますよ」

 「そう願いたいな」


 イルドの報告によれば、フィルサンドの商人が運んできたのは遠い異国の珍しい香木や貴金属、高品質の油や織物などの高級品・嗜好品だった。

 そういった品をレリス市で売りさばき、帰りには北方の王国シュレンダル西方の王国レインドダル製の美術品や工芸品、書物、薬といった同じく高級品を持ち帰る。

 それでも荷馬車一台で売上は(往復で)せいぜい金貨600枚程度だそうだ。そこから荷馬車や使用人、護衛の人件費や必要経費、仕入れ値を引くのが彼らの利益なのだから旅程が三分の二になるなら大喜びだろう。

 (ちなみにそれで利益がでるということは、人件費が滅茶苦茶安いということだ)


 ジーテイアス城を交易の中継点にしようと思い立ってから3ヶ月近く経っている。

 その間の努力が――まあ私なりの、だ――が報われた気がして感無量だ。日本で働いていた頃にも仕事を成功させた達成感というのはあったが、今私が感じているのは組織の責任者としての感情だ。


 「ふふっ……」


 なるほど。これは高揚するな。

 何よりも、初めて私のインチキ魔法などではなく『まっとうな手段で』稼いだ金だ。

 思わず顔がにやける。


 《ガッ》

 「?」


 頑丈な木製の椅子の下から微かな震動が伝わった気がして視線を上げると。

 クローラがにっこり・・・・と微笑んでいたので、私は城主らしく顔を引き締めた。


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