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事の顛末 その3

 「真にありがとうござりました。末永く、戦族の子らをお護りくださりませ」

 「……非公式だがな」


 『宿』の門前で黒髪の巫女は深々と頭を垂れた。

 私の後ろに立つ壁みたいな巨漢レードは、実に不機嫌そうに言い添える。


 そんな彼の一言が契機になって戦族長老たちの考えが動き、公式ではないとはいえ戦族と私達の間に協力関係を結べたのは感慨深いものがある。


 私とセダム、レイハはあの後でもう一泊し、ジーテイアス城へ帰還することになった。


 長老会との話し合いにより、戦族からは引き続きレードと戦士十名が城に駐留してくれることになっていた。さらに、耳目兵十名を追加で派遣してくれるというから、ありがたい。


 「魔法使い様」


 別れ際、かんなぎは私の手をとって言った。


 「身共みどもうちには、先代……第一世代真のリ・オリエルフの記憶と力の残滓がござりまする。それが甦れば、きっと貴方様のお役に立ちましょう。その時は必ず馳せ参じまするゆえ……お待ちくださりませ」

 「む……わ、分った」


 人間とは次元の違う美しさを持つ少女の手の暖かさと真摯な言葉に、私はぼんやり頷くことしかできなかった。





 私達とレード、耳目兵十名を乗せ、『月光船』は四日でジーテイアス城近辺まで飛行してきた。

 空を泳ぐクラゲという驚くべき動力で空を飛ぶ船は城に常駐させてもらいたかったのだが、流石に戦族の最高機密ということで却下されている。


 そのため、直接城や近所に着陸することはできず、私だけ一足先に【幻 馬(ファントムホース)】で城へ戻ることにした。

 セダムは少しでも長くこの珍しい体験をしたい、レイハは念のため月光船を隠蔽できる場所に案内するために残っている。




 「……工事、滅茶苦茶進んでるな」


 旅立ってから約十日しか経っていないが、ジーテイアス城の周辺はまた一段階拡張していた。

 もともとあった城壁を『内壁』、あらたに城の領域を拡げるために積み上げているのが『外壁』と呼んでいる。この『外壁』が描く図形が上空からもかなりはっきりと確認できた。

 城からは少し離れているがシュルズ族が建設している村なども、上から見る限りでは完成に近づいているようだ。




 「……ふう。ただいま、だな。……ん?」


 いつものように主塔の前に幻馬を着地させ、大きく息を吐く。

 そこで周囲を見渡すと、兵舎や居住棟、そして主塔は足場で囲まれドワーフや職人たちが群がっていた。

 確か、『上の中庭(外壁の内側と区別するためにこう呼ぶようになった)』の工事はほぼ終わっていたはずだが?


 「お帰りなさいませ、マルギルス様!」

 「お仕事お疲れ様でした!」


 「……うむ」


 首をかしげていると、たちまち城の人々が集まってきた。口々に労いの言葉を述べながら、跪いていく。

 この数日はあまり気を遣わない連中と一緒だっただけに、丁重過ぎる出迎えにやや気後れするな。


 「あー、皆。不在の間……」


 信頼と敬意に満ち溢れた彼らの視線を浴びて、何か気の効いたことを言わねばと思う。

 口ごもっていると。


 「マ、マルギルス? 貴方、こんなに早くお帰りになったの!?」


 跪く兵士や職人、使用人たちをかきわけてきた金髪の女魔術師が素っ頓狂な声を上げた。

 青い瞳を大きく広げてわなわな震える彼女は、驚いているようにも怒っているようにも見える。


 「あ、あの、これは……」


 彼女はきょろきょろと私と周囲の工事中の建物を見比べ、顔を真っ赤にした。


 なんだ?

 確かに出発する時には、戦族の宿への旅程が不明だったので一ヶ月や二ヶ月はかかるだろうという話はしていたが。

 それにしても、早く帰ってきたことに文句を言われる筋合いはない。

 まさかあれか?

 バブルも去ったころに流行った殺虫剤のCMが脳裏に甦る。良く働き稼いできて、なおかつ家を留守にするのが良い夫だ、と歌い上げる声が……。


 ……いやいや、別に私は亭主でもないし。


 「クローラ? 一体どうした? 何かあったのか?」

 「っ!? ……い、いいえ、別に……。何でも……ありませんわ。お、お帰りなさいまし?」


 クローラは私の質問を誤魔化すようにぱたぱたと手を振った。

 何でもあると、その赤くなった顔には書いてある。


 「いや、何か問題でもあったんじゃないのか?」

 「何でもないと申し上げてましょう!? ……わ、わたくしは所用がりますので失礼いたしますわっ」

 「おい、ちょっと……」


 いつものことだが私の制止など何の効果もない。

 クローラはくるりと背を向けると、金髪を翻して小走りに去ってしまった。


 「……ほんとに何なんだ、一体?」


 私は途方に暮れて周囲を見渡した。

 今のやり取りを城の住人たちがしっかり見物していることに気付いたのだ。


 「あーあ……」

 「クローラ様が可哀想……」


 何故か彼らからは、私への生暖かい視線とクローラへの同情が感じられる。特に顕著なのは女性陣だ。

 どうも『お前が悪い』空気に包まれつつある。


 「あのぉ、ジオさ……ご主人様?」


 孤立無援な雰囲気に天を仰いだ私の袖を引いたのは、メイド服姿のモーラだった。

 モーラがちょいちょいと指で招くので、私は身を屈めて彼女の口元に耳を寄せる。


 「……クローラさん、ジオさんがお出かけしている間にお城を綺麗に改修して、印章も飾ってお出迎えするって張り切ってたんですよ」


 んん?

 確かに、私が不在の間に印章を作っておいてくれと言ったし、防衛などに深刻な影響がでない範囲でなら城内の改修工事なんかは家令や城主代理の権限の範囲だろう。

 しかし、それらが終わるよりも早く私が帰還したからといって別に彼女のミスというわけでもないし気にする必要はないのだが……。


 「もうっ。そうじゃなくてっ」

 「……むっ」


 私の言葉にモーラは口を『へ』の字に曲げた。

 その可愛らしい表情を見て、私も思い出したことがある。


 「そうだそうだ。モーラ、ありがとう。私は君に助けられたんだ」

 「へっ!?」


 モーラに借りたままだったハンカチ。

 あれのお陰で、暗鬼の精神世界という人外魔境から無事に脱出できたのだ。

 物理的には何の『力』も持たないはずの少女の(恐らくは)『思いの力』が私を救ってくれた。私自身、この世界セディアにおいては常識外の力を扱っているわけだが、彼女のそれは私の魔法などよりも遥かに尊く感じられる。


 「……君は何度も私を助けてくれるな」

 「ええっと、ジオさん!? 何だか分かりませんけどっ違いますっ! 今はそんなことしてる場合じゃなくってっ! 嬉しいですけどっ」


 感謝の気持ちを込めて、モーラの栗色の頭を撫でる。

 ……これは事案じゃないよな?

 (社会的に言えば彼女は私の家臣である、というのは別として)出会ってまで数ヶ月だが、イルドも含めて家族同然の付き合いなわけだし。

 モーラ自身も慌ててはいるが、手を振り払おうとはしていない。


 とはいえまだ周囲には使用人たちもいる。流石にこれ以上この場でじゃれるのは不味いな。


 「まあ事情はあとで皆と一緒に説明しよう。とにかく……ただいま」

 「お、お帰りなさいっ」



 その後、クローラやイルド達から不在の間の状況を聞いたのだが。

 確かにモーラの言ったとおり『こんなことしている場合』ではなかった。

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