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事の顛末 その1

 「主様っ! 主様っ!」


 短い期間でずいぶんと耳に馴染んだ声だ。

 その声の必死さに私の意識は現実へ引き戻された。


 どうやらここは、暗鬼の精神世界ではない。

 薄暗くなってきた空が見える。あの洞窟の入り口らしい。


 仰向けに横たわった私の胸元には、大きくて柔らかい生物がすがりついていた。


 「……レイハ?」

 「……ああ、主様っ!」


 覆いかぶさるようにして間近から私の顔を覗きこんだのは、やはり忠実なるダークエルフだった。

 紫の瞳に一杯の涙を浮かべている。

 その手には、赤い糸が何重にもぎっちり巻きつき皮膚を変色させていた。


 「お気付きになりましたか!? 良う御座いました! 本当に良う御座いました!」

 「良く分からんが、大冒険だったようだな、お疲れさん」


 感極まったようにレイハが私の胸元に顔を埋めると、そのさらに上方からセダムの呑気な声が聞えた。

 レイハの頭を撫でてやりながら顔を動かすと、戦族の巫女たちに介抱されるかんなぎの姿もあった。


 ……一安心、というところか。


 「……魔法使い様。まずはお休みくださいませ」


 黒い仮面を外したかんなぎの人間離れした美貌にも、疲労と安堵が浮かんでいた。




 幸い、私にも巫にも特に不調はなかった。

 お付の巫女や戦族が調べたところ、洞窟内の暗鬼の死骸『本尊』は崩壊し腐れ果てていたという。

 原因は不明だが、これでもう預言の儀式を行うことはできなくなったわけだ。

 ついでに、私が使ったESPメダルも高熱を浴びたように歪み、使い物にならなくなっていた。


 巫は「暗鬼の精神にあれだけ大きな影響を与えたとなれば、致し方ござりませぬな」と平然としていたが。




 「……この現代・・で、そんな神話じみた冒険があるとはなあ。まああんたの存在が既に神話レベルではあるんだが」


 宿泊用に借りている戦族の簡易住居テント

 私から事の顛末を聞いたセダムは、感心と羨望が入り混じった顔で呟いた。


 「返す返すも、一緒に行けていたらと思うよ」

 「次があったら是非同行してくれ」


 そうはいってもできれば二度とあんな経験はしたくない。

 実際、『本尊』がなくなってしまったしな。

 これから戦族がどうするか心配ではある。


 「主様がご無事であったというだけでこのレイハ、心底安堵いたしました。主様に万一のことがあれば、奥方様やお嬢様に何とお詫びすれば良いか……」

 「……まあ、多分、無事に帰れたのはレイハのお陰でもあるな」


 セダムが教えてくれたのだが、私と巫が洞窟に入ってから数時間後、赤い糸が凄い力で引っ張られたのだという。

 レイハや巫女たちが必死に糸を掴み、耐えていたところ私達が突然洞窟から飛び出してきたのだそうだ。

 それまでにレイハが根負けして糸を手放していたら? と思うとぞっとする。彼女にもそのうちちゃんと報いてやらないとだな。


 そして、最後に私が投げたハンカチ。

 あれに宿り、解放された『力』は間違いなくモーラに関係しているだろう。


 古代から日本では、少女には同族や近しい関係の男を守護する霊力が宿るという信仰がある。民族学などではこれを『妹の力』と呼んでいるが、呪的逃走に続いてまたしても地球(日本?)とセディアの間に神話的な共通点が見つかってしまった。


 地球やセディアには魔術や科学など個別のルールの他に、もっと大きな共通するシステムが存在するのではないだろうか?


 「…………ふぅむ」


 「とりあえずだ。そんだけの大冒険を成し遂げた成果はあったと思うのかい?」

 「完壁とはいえないが、重大な情報をいくつか入手できた。危険を犯した甲斐はあったさ」


 これは負け惜しみではなく本気でそう思う。


 残念ながら『見守る者』などについての情報は得られなかった。


 しかし、私への疑惑は完全に晴れたということ。

 暗鬼崇拝者(デモニスト)が巫に対して情報操作を行っていたこと。

 この二点がはっきりしたことがまず大きい。


 そして、暗鬼崇拝者(デモニスト)の一部が暗鬼の精神へ干渉していたことなど、暗鬼や暗鬼崇拝者(デモニスト)についての新情報も入手できた。


 何よりも、最後にのっぺらぼうが言っていた言葉。

 『第三次……大繁殖ブリードも……十年以内には始まる!』

 抵抗しつつあったとはいえ、精神支配マインドコントロールの対象が術者である私に嘘を言うことは難しい。

 つまり。


 「これから暗鬼崇拝者(デモニスト)が勝手に焦点を作って暗鬼を呼び出すことは減る、もしくは無くなる、が」

 「大繁殖(ブリード自体は十年以内に確実に発生する、ということだ」


 「「……ふう」」


 私とセダムは顔を見合わせ、ため息をついた。




 「暗鬼崇拝者(デモニスト)の幹部を亡き者にしたか、廃人とせしめたという点は素晴らしい」


 翌日。

 戦族長老たちのテントで巫ともども事の次第を報告した私に、長老の一人イーズは言った。

 しわ深いが精悍な顔が、不敵な笑みを浮かべている。


 「しかし、戦族伝統の儀式を台無しにしてしまったのは申し訳なかった」


 絨毯に正座して、私は頭を下げた。

 この場にいる戦族側の全員、巫、三長老、戦将カンベリスが軽く息を呑む。


 「あ、頭をお上げくだされ。その点に関しては、巫様より散々ご説明を受けましたし、止む無きことと納得しております」

 「そういって頂けると、幸いだ」


 長老の中では比較的ふくよかなカラオン老人が、慌てて声をかけてくる。

 巫がむしろ済まなそうに目礼をしてくるのがわかったので、素直に頭を上げせてもらった。


 実際、私は被害者であって謝るのはあちらだ……という理屈もあるのはわかっているが、五百年暗鬼と戦い抜いてきた彼らへの敬意の表れだ。


 「儀式が行えなくなるのは確かに痛手ではあるが……」

 「暗鬼崇拝者(デモニスト)や焦点の情報は、我らがこれまで以上に地道に調査すれば良いことだからな」


 隻眼の老人ディルギルオと戦将カンベリスも穏やかに頷いていた。

 それは有難いのだが、最初に面会をした時、絶対に『預言』を失うわけにはいかないと言っていた彼らがここまで穏当な態度なのはどういうわけだろう?


 「何時ごろからなのかは分からぬが、『預言』の儀式が暗鬼崇拝者(デモニスト)の掌中にあった……。となれば、もし儀式を再開したとしてもいつまた巫様が危機に陥るやも知れぬ」

 「そのような事態になるくらいであれば、『預言』などいらぬ」

 「それが長老会の総意でございます」


 三人の長老、そして戦将がそろって上座の巫に頭を下げていた。


 「そなた達も立派な戦族と成りましたな。身共もこれまで以上に、戦族のために働きましょうぞ」


 エルフの少女も、優しげに微笑みながら頷く。

 いろいろあったが、彼らともある程度の信頼関係は築けたと思って良さそうな雰囲気だった。



 「何よりも貴重な情報はやはり、大繁殖(ブリードに関することでしょうな」


 ごほん、と咳払いしたイーズ老人が姿勢を正して言った。

 そう、そのことについて相談をしなければならない。


 「ああ、その通り。そこで、私がこちらへやってきた第二の用件について話をさせてもらいたい」

 「……戦族と貴殿の間の同盟の件、ですな」


 イーズ老人は少しだけ済まなそうに続けた。


 「貴殿との協力は問題ない。むしろこちらからお願いいたしたい。ただ……公的な同盟というのはなさぬ方が貴殿のため……いや、双方のためでありましょうな」


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