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異形との対話

 私とかんなぎの前には、白い人型がいた。

 全身つるりと凹凸がなく、手足と頭があるのは分かるが、指や関節もなければ目鼻もない。

 完全な『のっぺらぼう』である。


 夜道で出会ったら腰を抜かすのは間違いない。


 「こんな格好で失礼」

 「な……何やつ!?」


 のっぺらぼうの口元あたりからそんな声が聞こえた。若い男の声だ。

 それに対しエルフの少女は私をかばう様に前に出て、鋭い誰何すいかの声を上げる。


 「名前はご容赦を。少々古株の暗鬼崇拝者デモニスト、とだけ」


 のっぺらぼうは生意気にも優雅に会釈しながら言った。

 暗鬼崇拝者(デモニスト)、つまり人間ということか(ドワーフやエルフという可能性もあるが)。

 外見だけなら都市伝説に出てくる化け物としか思えないが、ここは精神の世界だ。人間がこういう姿に見えることもあるんだろう。


 「……なるほど」


 それに加えて周囲の環境が既に人外魔境だ。

 泥の海の彼方に山脈みたいにそびえたつ『暗鬼の王』を相手にするより大分マシである。


 だんだん恐怖や嫌悪は薄れてきた。




 「……要するに、貴方が黒幕ということか?」

 「ま、まさか?」


 彼への問いに、巫がはっとしたようにこちらを振り向く。


 うむ。


 何がどう何の黒幕なのか、私も良く分かっていない。

 とりあえず、ふんわりした質問を投げて情報を引き出してみようと思っただけである。

 そういうことが考えられる程度には冷静さが戻ってきていた。


 「そんな大げさなものではありませんよ。まあ先ほど言われていた、情報操作だのというのは確かに少々細工をさせてもらいましたけど」


 のっぺらぼうはあっさりと答えた。

 真偽を確かめるすべもないが、とりあえずそういうことにしておく。


 それよりも、目の前の彼をどうするべきか?

 やはり、私達では知りえない暗鬼に関する情報をなるべく多く引き出すべきだろう。


 「では聞くが」

 「魔法使い殿。このような怪しげなモノと関わるのは……」

 「いや、これは好機と考えよう」

 

 質問しようとしたところ、巫がローブの裾を引っ張って警告してきた。

 怪しいし危険なのはのは確かだ。しかしここで情報を得なければ、何のためにこんなところまで来たのか分からない。

 もしかするとそれが、『見てはいけないというタブー』に相当するのかも知れないが、それでもだ。


 「ええ、そういってもらえると有り難いです」

 「聞きたいことは山ほどあるからな。……まず貴方は暗鬼に対してかなりの影響力を持っているのか? 例えば大繁殖ブリードを起こすとか、やめさせるとか」

 「ふくく……」


 私の質問に、のっぺらぼうは体を震わせた。どうやら笑っているらしい。

 しかしもしも答えが『YES』ならば、絶対にやらねばならないことがある。


 「それは過大評価もいいところですね。せいぜい少しばかり彼らの意識の方向や記憶に干渉できる程度です。基本的には私たちは彼らの信奉者であり下僕なのですからね」

 「では彼らが早く人類を滅ぼしてくれるように、せっせと人間を堕落させて焦点を開く活動に励んでいるわけか?」


 「言い方に悪意を感じますが、簡単に言えばそういうことですね」


 もちろん悪意しかないが。それと話し合いは別だ。


 「前々から、貴方達暗鬼崇拝者(デモニスト)に聞きたかったのだが……。暗鬼は人間全てを滅ぼすつもりなんじゃないか? 一時的に暗鬼の力を借りて良い目を見たとしても結局、人間ごと自分も滅ぼされるのではないか……?」

 「……」


 巫も、いつの間にか黙って彼との問答に耳を傾けていた。

 仮面の隙間から覗く瞳には、緊張とともに興味の色がある。そりゃあ、気になるだろう。


 「そうですけど?」


 問いに対する彼の返答は単純だった。


 「人間も自分も滅ぼしたいということ……なのだな?」

 「当然でしょう。暗鬼崇拝者(デモニスト)というのは、心の底から人間――自分も含めてね――が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで仕方がない……そういうモノの集まりなんですから」


 のっぺらぼうは両腕をひろげ、自慢気に語った。

 話の通じそうな奴かと思ったが……こいつはガチの狂人だ。


 だが諦めるにはあまりにも惜しい機会だ。

 この場で自由に動けているらしいこと、暗鬼の王に少しでも影響を与えられるということからして、彼は暗鬼崇拝者(デモニスト)の中でも中心的な人物なのだろう。


 「それでも……話し合いや妥協の余地はないのか? 例えば暗鬼と人間の領域を完全に分けて接触しないようにするとか……」

 「いやいや! 五千もの暗鬼を『虐殺』しておいて話し合いですか?」

 「……あれは正当防衛……。いや、侵略してきたのは暗鬼だ。私たちは身を守っただけだ。しかし……もし謝ればそちらの気が済むというなら、謝罪しよう」


 のっぺらぼうは軽薄な口調で辛らつな言葉を吐いた。

 憤りがないわけではないが、そこはぐっと抑えて会話を続ける。


 最悪の場合の対応には心当たりがある。

 できれば使いたくない手ではあるが。


 「冗談ですよ。暗鬼はこっちが殺されることなんて気にしてません。せいぜい、身体の一部を虫に刺された程度です。ただ、大魔法使い殿は虫にしては少々鋭く刺し過ぎた……」


 のっぺらぼうは指も手首もない腕をあげ、彼方で立ち尽くす『暗鬼の王』を指した。


 『オオォォォ……オオオオ……』


 不気味な音はまだ響いている。

 最初は風の音かも知れないと思ったが、聞いているうちに腹が冷たくなるような憎悪の声だとはっきり『理解』できてしまっていた。


 「アレが激怒しているのは確かです。……とはいえ、しばらくは彼らを呼び込めるような焦点を開く目処が立ちません。困ったものですね」


 後半は本音なのだろうか。

 事実なら、しばらく大規模な暗鬼の発生はないということになるが……。


 「質問にはずいぶん答えたでしょう? 今度はこちらが聞いていいですか? そのために、大分長い間お待ちしてたんですから」


 のっぺらぼうが一歩踏み込んできた。

 『そのため』? とは何だ?


 「ああ、良いだろう。答えられることなら答えよう」

 「一つだけです。ジオ・マルギルス殿」


 のっぺらぼうは、気取った仕草でお辞儀をした。


 「私たちの仲間になって一緒に人間を全部殺しちゃいませんか?」


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