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深淵へ

 『オルロールとカリス』。

 セダムが簡潔に教えてくれたところでは、地球でいうところの『テセウスのミノタウルス退治』神話とほぼ同じ内容だった。


 オルロールという戦士が、怪物を倒すために死の国へ乗り込む。

 このとき、死の国で迷わぬよう恋人であるカリスから糸を渡される。

 オルロールは死の国の奥で見事怪物を打ち倒し、糸をたどって現世に帰還した……。


 「なるほど。確かに似ているな」

 「儀式の作法は初代が賢者様から教えを受けたとおりにしておりますが、そういった神話を模倣しているのかも知れませぬな」


 手にした糸車を見詰めながら呟くと、かんなぎも頷いた。

 私が『似ている』といったのは、この世界セディアの神話だけでなく、地球にも似たような神話があることを思い出したからだ。


 やはり異世界といっても、同じ人間の社会ならば似た部分は多いということだろうか。


 とにかく、この糸を手放したり切ったりしては絶対にいけないということだな。


 「レイハさん頼むよ? しっかり持っていてくれよ? 絶対に離すなよ?」

 「私がカリス……。あ、は、はいっ。もちろんです主様!」


 ……もちろん振りではなくレイハに改めて頼んでおく。

 少しぼけっとしているようだが……まあ大丈夫だろう。




 「……これで今度こそ準備完了だ」

 「左様でござりまするか?」


 自分自身と巫に、数種類の防御呪文をかけ終わった。

 巫には実感がないようだが、『D&B』でいえば超級マスターレベルの敵からの精神攻撃でも耐えられるはずだ。




 「レイハはっレイハはずっとここでお待ちしておりますっ……!」


 赤い糸の端を必死に握り締めたレイハの悲痛な声を聞きながら、私と巫は洞窟に入った。


 二人が並んで歩けないほど狭い洞窟を下る。

 レイハの声も、入り口の光もすぐに届かなくなった。


 「……これは」


 明りの呪文を使おうと思っていると、洞窟の様子がうっすらと視認できていることに気付いた。

 空間に漂うもや・・のようなものが、ほのかに発光しているのだ。


 さらに、糸車から伸びる二本の赤い糸も柔らかく発光している。

 入り口――闇へ向って伸びる赤い光は実に幻想的だ。


 「魔力の光でござります」

 「これが魔力か。私にも見えるようになったのか? いや……」

 「この地は特別に魔力が濃いので、そのようなこともございまする」

 「なるほど……」


 元からそういう土地だったのか、それとも戦族が何かの処置をしたのだろう。

 いずれにしても貴重な体験だ。




 静かで、ほの暗く、狭い洞窟を下り続ける。

 まるで深海へ潜っているかのようだ。

 ……いや、この行為そのものが、暗鬼の意識に接触することの呪術的な模倣なのだろう。


 体感的には10分もかからなかった……と思うが曖昧だ。

 疲れを感じる前に終点にたどり着いた。


 小さな教室ほどの空間。

 中央に不気味なオブジェがあった。


 「『本尊』でございまする」


 巫が本尊と呼んだのは大まかに言えば、ミイラ化した暗鬼の上半身だ。

 バランス的に巨大な頭部には何本もの角や触覚のようなものが生えている。


 何箇所も損傷のある暗鬼の上体は大きく傾いていた。

 それを支えているのは折れた両腕ではなく、肩や背中、わき腹などに突き刺さった杭だ。

 杭は暗鬼の周囲にも突き立ち、取り囲んでいる。


 木製らしき杭は全体が青白く発光していた。

 漆黒に塗り固められた暗鬼とは対照的に清浄な光だ。


 杭がお互い縄でつながり暗鬼を取り囲むように立つ様子は、明らかに『封印』だった。


 「こちらが預言の儀式に使う『本尊』にごさりまする」


 かんなぎが静かに告げた。

 杭から広がる青白い光によって陰影がつき、その姿もどことなく異形めいて見える。


 「この杭は? 封印か何かかな?」

 「左様にござります。これらは聖樹の枝。暗鬼の精神を封じるとともに、身共の精神との『繋ぎ』となりまする」


 かんなぎの説明によると、聖樹というのは魔力の塊であり、その魔力を媒体に暗鬼と自分の精神を接触させるのだということだ。


 「これが可能なのは身共が真のリ・オリエルフという魔力の扱いに長けた種族である故でござりますが……」

 「ああ、私自身が貴方と同じ儀式を行おうとは思っていない。その代わり、これを使いたいのだがどうだろうか?」

 「?」


 私が巫に見せたのは、ESPメダルだった。

 巫が暗鬼の精神を接触するのが預言の儀式だ。ならば、その最中の巫の精神にESPメダルで接触すれば、私にも暗鬼の精神が覗けるのではないだろうか。


 直接、目の前の死骸の精神をESPメダルで覗くということも考えはしたのだが。フィルサンドでの経験から考えると、それではあちらにもすぐに気付かれてしまいそうな気がするのだ。


 「なんともはや……。奇想天外でござりますな」


 私の提案に、エルフの美少女は初めて唖然とした声を出した。

 仮面のために表情は分からないのが少し残念だ。


 「無理かな?」

 「いえ……。正直、見当もつきませぬ。ただお話を聞くに、不可能ではないかと……」

 「心を覗くというのが非礼であることは分っている。しかしそこを曲げて協力してもらえないだろうか?」


 私が頭を下げると巫は慌てて言った。


 「身共に否やはござりませぬっ。……しかし万一にも危険があるようでしたら、すぐに儀式は取りやめにいたしまするぞ?」

 「分っている。よろしくお願いする」



 巫は懐から、布の包みを取り出す。

 布を外すと、短い柄に銀の鈴をいくつも繋げた神具だった。


 日本の巫女が使う神楽鈴にそっくりの神具を、白い手が小さく鋭く振る。


『シャン』という清浄な音が狭い空間に反響した。




 「……とこしへの あまのそらのはてのはらにあれます……」


 仮面を着けたエルフの少女は、不気味な暗鬼の死骸の前に跪いている。

 彼女の唇からは詩を吟じるような声が流れる。

 心地よい詠唱に神楽鈴の『シャン』『シャン』という音が華を添えた。


 「……かけまくもかしこき ろぼうにたちぬひめのかみ あまつちのはざま まじわらぬよとよのはざまに……」


 詠唱の言葉は良く聞き取れない。

 知っている言語のような気もするのだが、意味を理解しようと集中すると言葉が曖昧になり、言葉を拾い上げようと耳を澄ませば意味が理解できなくなる。


 ここまで舞台装置が整っていると、たとえここが地球だったとしても心霊現象の一つや二つは余裕で起きそうだ。


 私は巫の後ろに立ちながら、ちらりと『本尊』、その背後を見た。


 入り口の正面にあたる壁面には長方形の石版がはめ込まれている。

 石版は丁度ふすま一枚分くらいの大きさで、複雑な紋様が刻み込まれているがその意味することは一つ。


 『扉』だ。


 実際この場で重要なのは『本尊』『聖樹』そしてこの『扉』であり、全て戦族が移住するたびに一式丸ごと持ち運んでいるということだ。


 巫の説明では、儀式が進むとこの『扉』が開くのだという。


 「……かぎりしれぬことなるそらを こころのままにゆきくるは つくりよのかみのわざなると……」


 私はゆっくりとESPメダルをかざし、巫に向ける。

 詠唱の旋律に心の波長を合わせ、エルフの少女の心に同調していく。


 本来、【精神防壁マインドウォール】をかけている相手にESPメダルなど通用しないが、事前に相手の了解を得ていれば話は別だ。


 これまで何人もの人間の心を覗いてきたときと同様、彼女の心に私の意識の触手が触れ……。




 「んっ?」


 唐突にそれは起きた。

 エルフの意識が私に流れ込んでくると感じた瞬間、周囲の光景が変わっている。


 『本尊』と『聖樹』は影も形もない。

 『扉』は……あった。

 もちろんというべきか、一枚の石版だったはずのそれには、ぽっかりと長方形の穴が空いていた。


 「……これは……魔法使い殿?」


 立ち上がった巫が、驚いたように私を見詰める。仮面はそのままだ。


 「いまこうして共に居られるということは、身共の心を通じて暗鬼の意識に接触している、ということでござりますな?」

 「どうやら、そういうことらしいな」


 巫の意識を読んでいるというより、呪文を使うときの『内界』に居るのに近い感覚だ。

 どちらも人の意識を使って別の世界に潜るという意味では同じようなものなのだろう。


 「ここはまだ暗鬼の意識の入り口。これより門を潜り、深奥へ降りてまいりまする。よろしいか?」

 「……もちろんだ」


 私は生唾を飲み込んで頷いた。

 じっとりと汗ばんだ手で、糸車の柄を強く握る。


 赤い糸はどことも知れぬ暗闇の空へ続いていた。

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