異世界人
暗鬼の根源たる、『神王』の真実を知るには『神代図書館』を探さねばならないらしい。
これまで暗鬼については分からないことばかりだったが、明確な目標ができただけ大分マシな状況になったような気がする。
最終的には、暗鬼をこの世界から追放する手段を見出したいものだ。
とはいえ、それは先の話になるだろう。
今は手持ちの情報を持ち寄って、少しでも状況を整理しておく段階だ。
「少々、突飛な話になる」
「何なりと、お聞かせくださりませ」
どうしても、予防線を張るような言い方になってしまう。
それでも、エルフの少女は小首を傾げただけで穏やかに微笑んでくれた。
「今まで皆には伏せていたが、実は私はこの世界の人間ではない。ある日、『見守る者』という存在に出会い、この地へ転移させられたのだ。つまり、『異世界人』というやつだな」
「「……」」
もしかすると、異物として嫌悪されるかも知れない。
いや、戦族はともかく側に居るセダムとレイハは受け入れてくれるはずだ。
不安と恐怖に胃の辺りが重くなるのを感じる。
が、仲間への信頼が身体の芯を支えてくれるのも、私は感じていた。
「にわかには信じられぬが……」
「これ。魔法使い様が偽りを申される理由などありませぬ」
巫と長老たちは戸惑ってはいるものの、否定や嫌悪という表情は見せない。
「……」
「「……?」」
私は背後(というより横)のセダムと、それから逆側のレイハに視線を向けた。
視線が合うと、二人とも首を傾げる。
不審や怒りというよりも、『話の続きは?』という顔だ。
ちょっと温度差があるぞ?
「あー……その。君らにも黙っていて悪かったな」
「ん? そうだな、そういう興味深いことはもっと早く教えてもらえたら良かった」
「そういうことじゃなくて」
どうもセダムは全く気にしていないらしい。
というよりも、未知の知識に興味が行き過ぎているというところか。
……最初に会ってから数ヶ月。
これまで共に行動したことで築き上げた信頼の成せる業、ということにしておこう。
「流石は主様。我らの流れの主に相応しい、高貴なお生まれだったのですね」
「いや、高貴かな……」
レイハはどういう理解をしたのか、切れ長の瞳をキラキラさせて見詰めてきている。
まあ考えてみれば、彼らがこういう反応をするのは不思議でも何でもなかったな。
しかしこういう目をされると、『元の世界では大魔法使いではなくただの会社員だった』と続け辛くなるなぁ……。
仲間二人の態度にほっと安堵する反面、まだ隠し事をしている自分が嫌になってくる。
「お前がこれまでやらかしたことを考えれば、この世界の人間じゃないなんてむしろ自然だぞ」
「どうりで、甘い……いや、常識外れの考え方ができるはずだ」
驚いたことに、これまでほぼ発言しなかったレードとカンベリスが私の出身について感想を述べた。
レードは何時ものようにそっぽを向いていて、カンベリスは苦笑のように引き締まった口元を歪めている。
「……ありがとう」
私の思い上がりでなければ、彼らなりに私を認め、励ましてくれているということだろう。
自分でも意外なほどに暖かい感情が込み上げてきた。
「魔法使い様?」
「む……すまない。とにかく、その『見守る者』というのはこの世界と異世界の間でかなりとてつもない力を振るえる存在だ。私は創造神と関係あるのではと思っているのだが」
「身共の知る神話にその名前はござりませぬが……。確かに、創造神に近い存在のように思えまするな」
『見守る者』についてはピンポイントでヒットしなかったようだ。
まあ、これでも神代図書館に保管された『世界の外の真実と世界の中の真実』とやらに期待しよう。
「では、最後になるが。実を言えば、私は自らの心の中に『焦点』と同じ存在を持っている。私は『魔道門』と呼んでいるが。『焦点』と違うのは、それが暗鬼の世界ではなく、『混沌の領域』に繋がる門だということだ」
「そ、それは……」
「では、預言が魔法使い殿を焦点と言ったのは、その門とやらと誤認したということか?」
私の発言に長老達はざわついた。
ここまでで終わっていれば、『暗鬼の意思が故意に偽の預言を与えた』というこれまでの前提が崩れるのだから当然だろう。
「誤認、とは限りませぬな。何よりも、預言は魔法使い殿の『名』を明示しておりました。これは、この五百年の儀式において一度もなかったことでござります」
巫は冷静に指摘する。
それから、彼女は少し眉を寄せた。
「『魔道門』とおっしゃられましたか。それは、初代が賢者様より授かった預言の儀式にも大層良く似ておりまする。賢者様によれば、現世と異世界を繋ぐ術は、本来創造神に属するものであるとか」
「ここでも創造神、か」
巫の話をある程度聞いたところで、私の魔法の理論が『世界の外の真実と世界の中の真実』に近いものではないかと想像はしていた。
「結局のところ、神代図書館か」
「そうだな……」
ここでやるべきことが終わったら、図書館の探索にも取り掛からねばならないだろう。
「とりあえず、意見交換はこれくらいかな」
「左様にござりまするな」
それからしばらく、細々した伝承や経験についてお互いに知っていることを話し合った。
話題が尽きたところで、巫の少女は重々しく頷く。
「さすれば。後は、魔法使い様に実際に身共の儀式をご覧になっていただきたく」
いよいよ、暗鬼の脳に接続するという戦族の秘儀を検証する段階だ。
実はただ見学するだけとは思っていない。
私自身も、巫とともに『暗鬼全体の意思』と接触するつもりで計画を練ってあるのだ。