創世神話 異伝
『創造神』。
文字通りこの世界を無から創造した神だ。
神話によれば、創造神は初めに天と地と海を創った。
人を創り出し、地に住まわせた創造神はさらに、人を助ける存在としてエルフとドワーフも創った。
人は大いに繁栄したが、やがて数が増えすぎてお互いに争うようになった。
そこで創造神は人に『死』を与える。またあらたに『冥界』を創り、死んだ人々は以後冥界で暮らすようにした。
自らが創りだした世界に満足した創造神は、人の中でも特に優れた一族に支配権を与え、何処かへ旅立っていった。
このとき、創造神から人を統治する権利を与えられたのが現在の北方の王国王家である。
……というのが、私がこれまでに聞いたいわゆる『創世神話』である。
最終的に北方の王国王家の支配権を正当化しているあたり、どの程度原型を留めているのかは不明だ。
また、セダムが言うには、例えば『創造神は人に試練を与える存在として巨人と竜人を創った』というようなバリエーションもあったりするらしい。
何にせよ、私達が挑んでいる『世界の命運をかけた冒険』において、この手の背景情報をおろそかにすることはできない。
特に、暗鬼や『見守る者』などについては必ず何かヒントになる情報が隠されているはずだ。
そこで、まずは戦族に問うてみる。「創世神話について、戦族独自の情報などはないか?」と。
「……ふうむ。それならば、『神王』についてだな」
やや腹の出た白髪の長老、カラオンが答えた。他の二人も頷く。
「神王か。最初の焦点になったという存在だったな?」
そして、伝承が正しければディアーヌ達シュルズ族の祖先でもある。
確かに、神王についての情報は焦点、ひいては暗鬼出現の謎に繋がるだろう。
「シュレンダル王家が認めているその創世神話には、いくつか抹消されている記述があるようだ。戦族が知っているのは神王についての記述だな。……神王とは、創造神の血を引く高貴な種族のことだという」
「ほう……。創造神直系とは大きくでたものだ」
セダムが膝を進め、ほとんど私の隣まできて言った。目を輝かせている。
「それを申すなら、巫様とて創造神に手ずから作り出された『真のエルフ』だがな」
「いやまて……それなら、神話の真実を実際に目にしているということか?」
そういえばそうだ。最初に会った時に言っていたな。
もしそうなら、何も調査や推理をする必要など無いのだが……。
凛とした佇まいで正座するエルフの美少女をしげしげと見詰めながら、私は聞いた。
「申し訳ござりませぬ。真に創造神のおられた時代を知っているのは初代。身共は初代から不完全な知識と魔力を受け継いだ、二世代目に過ぎぬのでござります」
「むう……」
「あ、いや。別に謝られるようなことではない」
済まなそうに頭を下げる巫を宥めながら、露骨にため息をつくセダムのわき腹を肘でつつく。
まぁそう上手くはいかないか。
「しかしそれにしても相当な知識はお持ちだろう。例えば、その創造神の血筋だという神王が、焦点になってしまった原因とか」
セダムは水を得た魚のように巫に質問を浴びせる。
「それについては、断片的に初代や賢者様から伺っております。神王は、創造神の知識に触れてしまったのでござります」
「ほう?」
ますます身を乗り出すセダム。
長老達が少し嫌な顔をしているが、これは私も気になる。確かに重要な点だ。
「その知識の内容までは……。ただ」
巫が例によって引き込まれるような旋律を持つ声で語ったのは次のような『異伝』だった。
創造神が去った後。
人々は北方の王国を建国し、神王を東方へ追放した。
神王は東方の地で己の王国を築いたが、いつか創造神の後を追っていきたいと考えていた。
そこで神王が狙ったのが、創造神が建設し真のエルフが管理する『神代図書館』である。
神代図書館には、遠い未来の人類に与えるため、創造神が自らの知識全てを納めていたからだ。
神代図書館で最も重要な書物、『宇宙開闢の書』と『現世の理の書』にはそれぞれ、世界の外の真実と世界の中の真実が記されていた。
『現世の理の書』を読んだ神王は世界を操る力を得たが、『宇宙開闢の書』に記された『世界の外の真実』を知ったことで絶望と憎悪に飲み込まれてしまう。
創造神の血を引く神王の憎悪は凄まじく、その肉体と精神を変質させ、ついに『異なる世界』の憎悪をこの世界に引き込む『焦点』へと成り果ててしまった。
「これが、神王に関して身共の知るところでございまする」
「ふむう……興味深いな」
神王の末路について語り終えた巫は、悼むようにそっと目を伏せた。
ここにきてまた新しい用語がドンと増えたな。
そして、以前聞いた用語がここで出てきたか。
「……神代図書館……その管理者たる真のエルフが目の前にいるんだ……やはり、やはり実在したのか……」
セダムはほとんど感極まったように天井を仰いでた。
実際、これはかなり核心的な情報だろう。
正直なところ私もわくわくしている。
神代図書館の二冊の書物の内容さえ分かれば、神王が焦点になった本当の理由も判明するだろう。
そこに、暗鬼をこの世界から追放するためのヒントがあるに違いない。
とはいえ。
「巫殿は図書館や書物の所在はやはり……?」
「はい。……身共は初代の魔力の残滓のような存在でございますれば……。知識も、力も初代の足元にも及びませぬ」
「それは仕方なきこと」
「その代わり巫様は我ら戦族を率いて五百年暗鬼から世界を守護されてこられました」
再び顔を伏せた巫を気遣うように、長老達が口々にフォローを入れてきた。
当然こっちには非難するような目を向けてくるので、素直に詫びを入れることにする。
「先ほどもいったが貴女が謝るようなことではない。こちらこそ不躾で申し訳ない」
「いいえ……」
「そちらも、秘事を打ち明けてくれたのだから私も知る限りのことをお話ししよう。私と戦族の知識を合わせればきっと、新しい事実が見えてくるはずだ」
私は居住まいを正して告げた。
最終的には、やはり神代図書館とやらに行かねばならなくなる事態になりそうではあるが(これがTRPGなら100%だ)。
その前に可能な限り真実に迫っておく必要があるのは当然だ。
戦族、巫は最初に言ったように隠し事なく様々な情報を提供してくれた。
ならばこちらも、もったいぶらずにカードを提示するべきだろう。
『見守る者』『魔道門』。
そして、私が異世界から来た異物であることも。