人選
戦族の再訪問。
最初の訪問から始まった彼らとの緊張状態は、戦族側からの謝罪とその受諾によって概ね解消されたといって良いだろう。
ただし、戦族の『預言』の真相が明らかにされたことは安心よりも不安を呼んだ。
なにしろ暗鬼の死骸を通じて『暗鬼全体の意識』から情報を引き出していたというのだ。しかも、私についての情報は、意図的に歪められていた可能性もある。
これについては戦族側に私の魔道門についての知識があれば、また違った意見が出るかも知れない。
『暗鬼全体の意識』が、暗鬼を呼ぶ回廊である『焦点』と私の魔道門を混同していたという可能性もあるからな。
できればどこかの時点で、巫やカンベリスにはこちらからも情報提供して正確に事態を把握したい。
そのためにも、戦族との友好関係をより強固にすることだ。
私が戦族の本拠地……彼らの用語でいうところの『宿』への訪問を提案したところ、巫の少女はとても喜んだ。
むしろ「預言の真相を検証するにあたり、魔法使い様の見識をお借りしたく存じまする」とまで言われた。
現在の戦族の最優先事項は何といってもこれである。何しろ一族の命運を託してきた巫女の預言の信頼性が根源から揺らいでいるのだ。
その状況を改善するためなら、余所者を『宿』に招くのも止む無し、というのが戦族長老会の意向らしい。
……というのはカンベリスからの情報だが、どうも巫や彼と長老会の間には温度差があるような気がする。
最後に、戦族からの謝罪の品々を受領して巫女との会談は終了した。
翌日には戦族の『宿』へ帰還するということで、さっそく私も同行させてもらうことにする。
いきなり訪問したいといって受け入れられるか少し心配だったが、カンベリスの反応からするとどうもこれは織り込み済みだったようだ。
その日の夜。
モーラたちに頑張ってもらって、巫女をはじめ戦族の面々には豪華な夕食を振舞うことができた。
カンベリスたちはともかく、この二ヶ月ジーテイアス城で生活していた戦士たちがだいぶ打ち解けてくれていたのが嬉しかった。
明日に備えて早く就寝したいと思っていたのだが……。
「はぁ? 私の力と助言は絶対に必要ですわ。この前のようにセダムが居残ればよろしいでしょう?」
「今回は戦族なんて常識外の連中との交渉だ。それに暗鬼の謎についても調べる必要がある。俺のようなベテラン冒険者の広範な知識と判断が必要になるはずさ」
私の前でクローラとセダムが口論をはじめてしまった。
戦族の宿に同行する仲間を選ぼうといったら、これだ。
二人とも、私がどちらか一人をジーテイアス城の守りに残すつもりだと察しているのだろう。一歩も引くまいという表情だ。
……これが近所にピクニックにでも行くという話なら、もちろん二人とも連れて行きたいのだが。
「暗鬼についてなら私も魔術師として十分な知識がありますわ。それに彼らは野蛮に見えても歴史と伝統ある一族。私の社交術が役に立つはずでしてよ」
「万が一にも、連中が裏切る可能性だってある。そんな時には俺の方がマルギルスの邪魔にならず生き残れる」
「……」
レイハも例によって側に控えているが、彼女は口論に参加せず平然とした顔だ。最初から自分は同行すると信じて疑っていないのだろう。
まぁ、能力的にも役割的にも彼女を外すことは考えられないのだが。
「もう! 二人ともわがまま言わないで下さい! そういうことはジオさんが決めることでしょう?」
大人しくお茶を淹れていてくれたモーラが、見るに耐えないとばかりに大人二人に言った。
「「……」」
二人は顔を見合わせ、同時にこちらを向く。
「私が同行した方がマルギルスも助かりますわよね?」
「こういう謎解きなら俺の方が役に立つよな?」
「うむ……」
私は頬杖をつき、しばし二人を見詰める。
二人とも心から私のためにと言ってくれているのは良く分かっていた。……セダムの方は多少、好奇心という名の下心が透けて見えるが。
しかし私の中ではすでに答えは出ていた。
「今回はレイハとセダムに同行してもらう」
「ああ、了解だ」
本来、城主である私が外交に出向くということならフィルサンドの時のようにそれなりの随員が必要になるのだが。
カンベリスからは最小限の人員にしてほしいと言われたのでこの人数だ。
セダムは自分で言ってるように伝承など広い知識を持っているので、是非連れて行きたい。彼は実にスマートに片目を瞑って見せた。
もちろん、クローラが知識面で劣ると思ったわけではないが……。
「……どういうことですの? まさか私の小言を聞きたくないとか……?」
「クローラ?」
怒り出すかと思っていたクローラが、顔を伏せて暗い声を出したので私はぎょっとした。
小言を言っているという自覚はあったのか……ではなく。
「そ、そういうことではない。私がこの城を預けるのに、一番安心できるのが君だということだ」
これは言い訳でも何でもない。
セダムも城主代理は務められるし、実務という面でいえばイルドだけでも問題はないだろう。
しかし、前に私が不在だったとき戦族が押しかけてきたように、大きな危機が迫ったとしたら?
ディアーヌはまだ大局の判断はできないし、以前からの城の住人が従わないだろう。
サンダール卿は能力的には十分なのかも知れないが、そもそも正式な仲間ではないし、彼だってまだ城に馴染んでいない。
生まれついての貴族であり、人の上に立つということについては(私などよりも)十分理解しているクローラこそが、最適なのだ。
それになにより。
「君は私のやりたいことを一番良く分ってくれているはずだ。だから万が一私に何かあっても、立派に皆を導いてくれると思う」
「……本当に? 本心からおっしゃっているの?」
「もちろん、本心だ」
「……」
クローラは口を結んでそっぽを向いた。
また何か失言をしたのだろうか?
視線を巡らせると、モーラは口をへの字にしているし、セダムは片眉を上げてにやついているし、レイハは何だか慈愛に満ちた目で私とクローラを見ていた。
なんだこれ。
「そ、そういうことでしたら……。致し方ありませんわね」
クローラはようやくこちらを向いてくれた。
青い瞳が少し潤んでいるように見えるが。彼女がこんな表情を見せるのは実に珍しい。
私が信頼しているということを、彼女も少しは喜んでくれているのだとしたら何よりだ。
「ジーテイアス城は私がしっかりとお預かりしますわ。貴方は心置きなく、お役目を果たしてきてくださいまし」
「ああ、よろしく頼む」
実際、私がいない間に『暗鬼全体の意思』や『暗鬼の王』(両者は同じ存在だろうが)が城に手を出してくる可能性も考えられる。
彼女には私の『大魔法使いの杖』を預けておこう。
「それはともかく」
「ん?」
「仮にも一門の長たるものが、軽々しく自らの死を語るものではありませんわ。相手が私だから……身内の中の話だから良いものを、他の者たちの前でそのような気弱な発言は厳禁ですわよ? 大体貴方は……」
やっぱり小言ははじまって。
私の睡眠時間は少々削られたのだ。