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『エルフの美少女』はかく語りき

 『あー、出たよ”エルフ美少女”!』

 『八木ぃ、お前、エルフの美少女出しときゃ、俺達プレイヤーは無茶な依頼も引き受けると思ってねぇか?』

 『ふーん。じゃあ彼女の依頼断るの?』

 『引き受けるに決まってんだろ』


 懐かしい。

 二十年以上前の『D&B』プレイ風景が脳裏に甦った。

 どんな依頼だったかは忘れたが、あの時の八木のドヤ顔は忘れられない(あの頃ドヤ顔なんて用語はなかったが)。


 当時、『プレイヤーはエルフの美少女からの依頼は受けるもの』というのはある意味で様式美だった。

 しかし実際こうやって、本物のエルフの美少女を目の前にしてみると……。


 まあ、無理もないな。


 『戦族のかんなぎ』、『真のリ・オリエルフ』、『知識を保管する女』。

 三つの呼称を持つ少女はそれほど魅惑的だった。

 単純に美形だとか可愛いとかではない。

 瞳に、声に、姿に、保護欲をそそられる艶と媚が匂い立っている。

 こういうのを本来的な意味での『魅了チャーム』というのかも知れない。

 いい歳の社会人としてそれなりに大人の接客業のお嬢さんなども見てきたが、まあモノが違う。


 八木のドヤ顔を思い出さなかったら、私も横のセダムのように惚けた面になっていたかも知れない。



 「今回の不始末の事情についてご理解いただくには、身共がどのように預言を行っているかの説明が必要となりまする」


 巫は異様なまでに脳に心地よく染みこむ声で告げた。……聞きほれている場合じゃあない。

 緊張感が甦り、私はこっそりと唾を飲んだ。


 「……実に興味深いな。是非、教えてほしい」

 「畏まりました」




 巫が淀みなく語ったのは、次のような話だった。



 暗鬼とは、『焦点』という回廊を渡ってやってくる『異なる世界』の尖兵である。

 最初の『焦点』は『神王』という存在が絶望と憎悪に飲まれたとき、彼の心に生まれたという。

 かつて『勇者』は『神王』から発した『焦点』を破壊した。

 この時、『勇者』に力を授けたのは『賢者』である。


 『賢者』が勇者に与えたのは『聖剣』と『エルフの乙女』、『神兵』だった。

 『神兵』は暗鬼と戦うための戦士たち。『聖剣』は『焦点』を破壊するための強力な武器。そして『エルフの乙女』は命と引き換えに両者に莫大な魔力を与えた。

 戦いの後、『勇者』は北方の王国シュレンダルに仕える。

 一般には『闇の戦士』として知られる『神兵』たちは賢者の指揮のもと、暗鬼を狩る一族……すなわち戦族となった。


 『知識を保管する女』は、この『エルフの乙女』の二代目なのだという。


 『賢者』は戦族に暗鬼と戦うための様々な技術を与えた。

 その一つが、『エルフの乙女』の霊と交信し暗鬼の動向についての預言を得るという儀式なのだが……。



 「実を申せば。これは『暗鬼の死骸から暗鬼の記憶や意識を読み取る』儀式なのでござります」



 「「……」」


 心地よい音楽のような巫の声で語られたのは、この世界セディアの根源に迫る秘密だった。

 勇者が最初の『大繁殖』(ブリードを防いだ英雄物語は、自分で調べたり人に聞いて概要は知っていた。が、例えば神王とやらが焦点になったとか、賢者の存在などは初耳だ。

 彼女の話が真実だという証拠もないわけだが、『真のリ・オリエルフ』なら何百年も前から生きていても不思議ではないんだろう。


 ……いや、そういう所謂『歴史の真実』についても貴重な情報だし有難いのだが。

 いま、さらりと凄いこと言いったな。


 「暗鬼というのは、実のところ個々には自我を持っておりませぬ。蟻や蜂のように群れとなることで一つの意識が生まれるというのが、賢者様の教えにござります」


 巫はこちらの驚愕などお構いなしに話し続ける。


 「それゆえ、死骸であっても暗鬼の脳に自らの意識を触れさせることで、『暗鬼全体の意思』を読み取ることが可能なのでございます」


 巫は一旦言葉を区切った。

 その隙に視線で周りの反応を見てみると。

 セダムとクローラ、レイハは驚きと嫌悪で硬直している。イルドはいまひとつ話についてこれていない。

 一方、カンベリスやレードたち戦族は苦々しい表情ではあったが動揺はしていない。恐らくこの裏話を知っているのは戦族の中でも限られた一部なのだろう。



 「……話はわかったが。暗鬼の死骸を利用するというのは、暗鬼崇拝者(デモニスト)と同じではないか? 危険はないのかね?」


 そう、巫の話は私に、暗鬼の死骸で作った祭壇に生贄を捧げていたコーバル男爵を、また暗鬼崇拝者(デモニスト)に唆されて『焦点』に飲み込まれたディアーヌの母親を思い出させた。

 暗鬼を狩るために生み出された戦族の情報源が、暗鬼崇拝者(デモニスト)と同じく暗鬼そのものだったとは。


 「もちろん、危険はござります。されどこれまでは、創造神のご加護もあり大過なくお役目を果たせて参りました。と、申すのも、死骸を通じて探ることで『暗鬼全体の意思』からは身共の存在が隠されていたからでござります」

 「これまでは、だな」

 「正に」


 巫は小さく頷いた。

 この動作一つとっても、心からの後悔と罪悪感が映し出されているように見える。


 「魔法使い様についての情報を得た時も、普段の儀式となんら変わりはござりませんでした。しかし恐らく……」


 ここで巫がついた小さなため息は、初めて見えた彼女の生の感情だったのかも知れない。


 「『暗鬼全体の意思』は戦族に魔法使い様を害させるため、身共にあの情報を渡したのでござりましょう」

 「……なるほどな」


 どうやら巫の説明は一段落ついたらしい。

 私は頷くと、椅子に深くかけなおす。

 そうしながら今の話を頭の中で検証し、どうするべきか考えてみる。


 先ほどまで考えていた、『焦点』という言葉への解釈の問題について答えはでていない。

 まあもともと、戦族側は私の魔道門のことなど知らないのだし、審問の時の『見鬼』の反応から考えて、単純に『預言という名の暗鬼からの情報が偽だった』と結論しても仕方がない。


 それはそれで、私としては疑いが晴れたと喜ぶべきところなのだが。


 「此度の失態、責は全て身共にございます。魔法使い様は、暗鬼と戦うための仕組を世界に構築されようとなさっておらるるとか……。そのような偉大な御方にかかる嫌疑をかけた罪、許されざるとは存じまするが、どうか身共の生命一つでお怒りをお収めくださりますよう。伏して請願いたしまする」


 エルフの少女は言い終わると同時に、再び平伏した。

 背後の戦族の男達も同様だ。


 「……」


 クローラが、少し困ったように私を見ている

 正直に言えば私も困っていた。


 これまで暗鬼のことはほとんど分からなかったのに、ここにきてこれだけの情報が入ったのだ。さらに、巫の言葉のあちこちに、私の知らない言葉がでてきているのも気になる。

 こういう情報を見過ごしていると、後で困るんだ。


 「戦将として、私からも謝罪する。謝罪の品として戦族の秘宝もいくつか持参しているので、受け取ってもらえないか」


 カンベリスも巫の背後から真剣な声で言った。

 レードは無言だが、皆と同じように平伏している。


 最初に彼らがやってきたときは、ずいぶん怒りも不安も感じさせられたが。今更そんなことを蒸し返すつもりなど、もともとない。

 左右を見れば、セダムもクローラも頷いている。


 「謝罪を受けよう。巫殿」

 「ご温情、誠に、誠にありがとうござりまする」

 「感謝する」


 安心したように頭を上げたカンベリスや巫を見ながら、私は思案していた。

 『神王』『賢者』『暗鬼全体の意思』……。

 確認したいことが多すぎるし、戦族との同盟もこれでようやく話を進められるだろう。

 となれば。


 やはり、行かねばならないな。戦族の本拠地へ。



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