戦族の巫
「久しいな。魔法使い」
主塔の広間に渋い声が響いた。
戦将カンベリス。
相変わらず、派手な装飾で飾られた真紅の全身鎧姿だ。
悪魔的な面覆いと兜を外して、精悍な顔を晒している。
苦々しい表情だが、【敵意看破】に反応はない。
「ああ、お互い息災で何よりだ」
私は広間の上座につき、鷹揚に頷いた。
左右にはクローラとセダム、一段下がってイルドが立ち、背後にはレイハが控えている。
私に見下ろされる位置に立つ戦族側は、カンベリスの他には護衛の戦士二名、ローブで身体を覆った人物が一名、そしてレードだけだった。
彼も戦族の鎧姿だが、上司と違い苛立たしげに口元を引き締めている。
「戦士長たちを残しておいてくれて助かった。礼を言う」
「それは何よりだ。我々も報告は受けている。特にフィルサンドでは……大活躍だったようだな」
フィルサンドで暗鬼の軍団を倒し暗鬼崇拝者を捕えた件か。
当然、レードから話は聞いていると思っていた。
つまり、シュルズ族に潜り込んでた暗鬼崇拝者が、戦族の巫女が受けた預言と同じことをいっていたという事実も、彼らに伝わっているということだな。
「戦士長殿や、仲間達の協力のお陰だ。……さて」
なるべく余裕ぶった顔をしているものの、やはり緊張はある。
ちらりと視線だけを横に向ければ、セダムとクローラが殺気だった目を戦族に向けていた。
レイハに至っては、いるのかどうかすら分からない。いつでも刺客に変じられるよう、気配を遮断しているのだ。
……決して好戦的というわけではない彼らがこんな様子になるのは、それだけ私を心配してくれているということだ。
しっかりしなくちゃな。
「……さて、本題に入ろうか、戦将殿。私が暗鬼だとか焦点だとかいう疑い……審問の続きについては、どうなったのだ?」
「ああ、そうだな」
カンベリスは一つ頷くと、その場で片膝をついた。
他の戦族たちも続く。
「戦族長老会の結論だ。貴殿が暗鬼もしくは暗鬼崇拝者である可能性は……極めて低い」
一瞬ためを作って述べられたカンベリスの言葉に、セダムとクローラが小さく息を吐く。
気分としては私も同様だったが、それだけで終わらせられるような話ではない。
「つまり? 嫌疑が晴れたわけではないということかな?」
「ああ。しかし、さらに貴殿を調べようということではない。むしろ問題はこちらにある」
「巫女の預言について、か」
「然り。戦族五百年の歴史で、巫女の預言が外れたことはない。しかし、今回に限っては、当たり外れ以前の話だ。暗鬼崇拝者も同じ内容の預言を受けていたとなれば……」
カンベリスの厳しい顔が、苦悩によってかさらに強張った。
護衛の戦士や、レードも歯を食いしばっている。
「長老会としてはこの現象の原因をなんとしても突き止めたいところなのだ」
「……そうだろうな」
五百年も従ってきた巫女の預言が、暗鬼に利用されているなどとなったら戦族の士気は崩壊するだろう。
「いま、この現象の中心にいるのは魔法使い殿、貴殿だ。よって、恥を忍んで頼みたい。協力してくれないだろうか?」
「ふむう……」
フィルサンドでの騒動からこちら、ずっと考えていたのだが。
結局のところ『焦点』という言葉の解釈が問題のように思える。
つまり、『焦点』とは『この世界と別の世界が繋がる場所』というだけの意味なのではないか?
そう考えると、ディアーヌの母親のように暗鬼の巣に変化する『焦点』と、私の魔道門のことであろう『焦点』は同じ性質を持つ別物だと整理できる。
それにしてもカンベリス、いや戦族の長老会とやらは本気でこちらに協力を頼みたいのだろうか?
こんな時最も役に立つのは『ESPメダル』だが、以前カンベリスに抵抗されている。ここは、自分達の力で彼らの本音を見極めねばならない。
「そちらから難癖をつけておいて、今度は協力? ずいぶんとムシのよろしいお話ですわね?」
私が考え込んでいるのを迷いととったのだろう。
クローラが冷たい声をカンベリスに浴びせた。
まあこのあたりの呼吸は私も分かってきている。彼女もあえて鞭の役をやってくれているのだろう。
「ああ、それは分っている。こちらとしても、礼儀を知らぬわけではないからな……っ」
カンベリスは怒るでもなく淡々と言葉を続けようとする。
と、そこで唐突に、ローブとフードで身体を隠していた人物が立ち上がった。
カンベリスが腰を浮かしかけるのを、彼は片手で制する。
静々と私の前に進み出た人物はフードを外し、ローブを脱ぎ落とした。
「お初にお目にかかり恐悦に存じまする。魔法使い様」
こちらの心を落ち着かせるような、涼やかな声だった。
恭しくお辞儀すると、長い黒髪がさらりと揺れる。
彼、ではなかった。
「戦族の巫、首座を預かる『知識を保管する女』にございます」
上体を戻し背筋を伸ばせば、緑の大きな瞳が私を見詰めていた。
すらりとした肢体の、見目麗しい少女である。
紅の、襞の多いスカートに白い前合わせの上着という組み合わせが、嫌でも日本の『巫女』を連想させた。
しかも。
「エルフ、いや『真のエルフ』なのか……?」
隣でセダムが呆然と呟く。
確かに、『知識を保管する女』と名乗った少女の耳の先は細く尖っていた。
……レイハがダークエルフだし、この世界のエルフの話も少しは聞いていたが、まさかここでお目にかかるとは。
「お察しのとおりでござります。身共は創造神に生み出されたモノ。ただし、第二世代でありますが」
「やはり……」
「実在したのですわね……」
セダムとクローラの態度を見ると、真のエルフというのは普通のエルフよりかなり珍しいのだろう。
イルドも何だか見蕩れているし、レイハも硬直しているようだ。
私としても興味深くはあるが……。
「ああ……と。巫女殿が自らお越しになるとは意外だったな。こちらとしても有難いのだが……貴女が、預言を授かった巫女なのかな?」
珍しくセダムたちが慌てているので、かえってこちらは冷静になれた。
フィルサンドで尋問し、暗鬼蟲に頭部を破壊された暗鬼崇拝者の悲惨な姿を思い出して私は眉を寄せる。
「身共のことは、ただ巫とお呼びくださりませ」
エルフの少女は淑やかな笑みを浮かべて言った。
うら若い少女なのに、遥か年上のベテラン女性と話しているような包容力を感じる。いや、エルフだから年齢的には少女ではないのだろうが。
「お尋ねの儀につきましては、是と……。身共の浅慮により多大なるご迷惑をおかけしたこと、深く深く、お詫び申し上げまする」
少女――巫は両膝を床につき、土下座のように深く頭を下げた。
背後のカンベリスも、護衛の二人も、レードさえそれに習う。
なんといっても見かけは儚げな美少女だ。無駄にこちらの罪悪感を刺激される。
後ろの厳つい連中が同じ格好というのも、心臓に悪い。
「……頭を上げてもらいたい、巫殿。他の者もだ。……正直、今は謝罪よりも説明がほしい」
「誠に、ご尤もでございます」
彼女は淡々としているくせにどこか音楽的な口調で語り始めた。
エルフの美少女とくればついつい信じたくなるのがTRPGゲーマーの性ではあるが。
ここは、しっかりしなくちゃな。