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待ちわびた報せ

 白剣城での騎士団長との会談から数日経った。


 レリス市に食料の調達にいっていたノクス青年が、多数の荷馬車に山ほどの肉や穀物を積んで帰ってきた。

 朴訥な村の青年だったノクスが立派に都市での仕事をやり遂げたことに、イルドはずいぶん感動していた。



 その他、ジーテイアス城の状況は軌道に乗ってきたように思える。


 元魔術兵候補達――いや、もういい加減に私の生徒達と呼ぼう――は、トーラッド先生の授業を受けつつ、薬草から『水の元素ウォーターエレメント』を抽出する作業に励んでいる。

 錬金術用の小屋も完成し、いよいよポーション作製に取り掛かれる日が近づいてきた。


 エルメル・ルク・サンダール卿は武術顧問として、やる気のある兵士達を熱心に指導してくれている。

 行軍や野営、陣形など部隊行動に必要な訓練はジルクが、個人戦闘に関する技術はサンダール卿が、それぞれ分担することで訓練はかなり効率的になったようだ。

 特にレンド青年はサンダール卿につきっきりで教えを請うているらしい。頼もしい限りである。


 なお、ジーテイアス城周辺や交易路の警備については、城の兵士たちとシュルズ族の戦士でローテーションを組んで行うことにした。


 医務官に任命したサリアのための治療所も、ドワーフたちに依頼して急ピッチで建設中だ。

 彼女はさっそく『薬の村』を訪れ、多数の薬草を確保してきてくれた。また、イルドの計らいで『薬の村』の若者を数名、医務官助手として城で雇用することになっている。

 将来的には兵士たちからも何人か、応急手当などの技術を学ばせるつもりだ。


 そして、交易路の建設についても目処が立った。

 もちろん、ジーテイアス城~戦斧郷~フィルサンド間全ての街道が完成したわけではない。

 私が巨人や長虫を使って行わなければならない、大規模な造成やトンネル掘りなどの部分が終わったのだ。


 現在でも、徒歩や小数の馬車ならば通行できる状態ではある。

 建築の家ダウロンのヴァルボ氏の見立てでは、複数の隊商が問題なく使用できるようになるまであと数ヶ月だという。彼を連れて何度も何度も現場を往復し、呪文を使いまくった甲斐があったというものである。




 そんなある日。


 「よし、『聖騎士』もらったぞ」

 「……そいつはどうかな?」

 「では、創造神の裁定を」


 午前中の仕事を終えた私は、主塔の私室で仲間達とゲームに興じていた。


 私とセダムで挟んだテーブルには木製の盤と駒が置かれている。

 この世界セディアで『軍盤』と呼ばれる、将棋に似た古典的なゲームだ。


 私の手番。

 裏返してある(このゲームは軍人将棋と同じでお互いの駒を伏せて使う)『神官長』でセダムの駒に触れた。

 すかさず審判役のクローラが二つの駒を持ち上げ、種類を確認する。


 「ここはマルギルスの負けですわね」

 「あー、くそっ。騙された」

 「マルギルス? 下品ですわよ」

 「……『創造神よリエイダー』!」


 クローラは厳かに判定を告げ、私の『神官長』を盤上から除外した。

 彼女の忠告に従い、英語でいうところの『Oh My God』と似た用法の単語を呟く。


 ともあれ、読みは外れたようだ。

 『神官長』で負けるということは、あの駒は『将軍』か『勇者』だろう。

 どちらにせよ、こちらの『聖都』の間近まで迫られているのは非常に危険だ。


 「昨日今日、軍盤を覚えた男には早々負けんよ」

 「まだ勝負はついてないぞ」


 セダムが片眉を大きく吊り上げている。

 最近良く見るようになったが、これは彼なりのドヤ顔というやつだ。


 いかにも知識人な風貌のセダムは余裕綽々だが、その私とほとんど五分の戦績なのだから彼も大した腕ではないはずだ。

 その証拠に、クローラがやれやれとため息をついている。


 「相変わらず、見るに耐えないヘボ軍盤ですわねぇ」

 「あははは……。ジオさんもセダムさんも楽しそうなんだから良いじゃないですか」


 甲斐甲斐しくシル茶を淹れてくれるモーラの手前、ここはどうしても勝たねばならん。


 「今度はこっちの番だな……それは『密偵』だろ? 今のうちに潰しとくか」

 「……セダムの勝ちですわね」

 「むむむ」


 「主様、まだまだ反撃可能です」


 敵陣付近に潜ませてあった切り札を見破られてしまった。

 背後に控えるレイハが必死に励ましてくれる。

 手をぎゅっと握り、額に汗を浮かべるレイハは私以上に熱中しているようだ。


 私は頬杖をついて考え込み……。


 「ん?」


 視線を窓に向けた。


 ガラス戸などはないので、直接青空が見える窓から小さな光が飛び込んでくる。

 光は勝手に私の手に収まると、可憐なデザインの葉書の姿をとった。


 【秘術の葉書アーケインポストカード】の呪文で作り出しされた魔法の葉書だ。

 恐らく、私が以前エリザベルに状況確認のために送った葉書の返信だろう。


 「エリザベルからの連絡のようだ。悪いが勝負は一時中断だな」

 「……まぁ、良いだろう」


 同盟締結の交渉のためリュウス同盟の都市を訪問しているエリザベルに内心感謝しながら、私は葉書に目を落とした。





 王法によりジーテイアス城及び周辺三村の支配権を約束されし領主たる我が主君、偉大なる大魔法使いジオ・マルギルス様へ


 我が君より名誉ある任務を授かりジーテイアス城を発ち、十四日目を無事迎えられましたことを創造神に感謝するとともに、以下の成果を謹んでご報告いたします。


 本日までに、リュウス同盟所属の都市国家カロン、リュシアル、ディアードの各市と対暗鬼軍事同盟の締結について基本合意いたしました。


 なお、三市からは同盟締結の祝いとしてそれぞれ相応の財物を提供するとの申し出がありましたので、小職の判断で了承しております。財物は追ってジーテイアス城へ到着することと存じます。


 三市ともに、マルギルス様への支持と期待は絶大でありました。直接会談した市長、評議員、領主のみならず市民たちも喝采をもって外交団を迎え、小職も大いに歓待されたことを申し添えます。


 さて、聡明なるマルギルス様におかれては、先ほど小職が基本合意、という言葉を用いたことを不審に思われていると存じます。

 事情をご説明いたしますと、正式な同盟締結文書に調印をするための印章が、ジーテイアス城に存在しないためでございます。

 外交を司る役職をお預かりしながらこのような基本的な事実に気付かなかったことは、小職の大いなる怠慢であり、いかなる罰も受ける所存でございます。


 三市の代表からからは、ひとまず文書を小職が預かり、後日調印し送り返すことで合意しております。この後、交渉予定の各市についても同様の対応とする予定ですので、同盟締結そのものについてのご心配は不要と存じます。


 次に向うのはリュウス同盟でも最大の都市であるリュウシュクでありますが、創造神の思し召しとマルギルス様のご威光のもと、必ずや目的を達することをお約束いたします。


 小職から公務につきましてのご報告は以上であります。




 本当に、大変だったんですよ?

 印章がない、なんて……気付いたときには顔が青くなりました(ってテッドが言っていました)。


 お父様やレリス市と同盟を結んだときは、マルギルス様が直接文書にご署名されたのですね? それで、印章のことにお気付にならなかったのだと思います。

 腕の良い印章職人をジーテイアス城に派遣するようにしておきますので、すぐにでも素敵な印章を作ってくださいね。


 我が君の印章、どんなのが良いでしょう?

 私の紋章が『星と剣』ですから、『星と杖』なんて良いと思いませんか?

 あ、でももっと私と我が君の関係を分かりやすくするように『杖と乙女』も良いかも知れませんね?


 話は変わりますけれど、レリス市のブラウズ評議長はとっても良いお方ですね。

 我が君の理想をしっかりご理解されていますし、今後とも友好的な関係を続けたいものです。


 夕食をご一緒した時に、「マルギルス様とのご関係は?」と聞かれたので「元婚約者です」って言っちゃいました。

 もちろん、実の父娘や恋人といっても良いほどお互いを思いやっているという事実はあるものの、我が君と私は偉大な主君と忠実な家臣という関係ですってちゃんと説明しています。


 でも、「いやあ、お似合いです」なんて言われて困ってしまいました。



 そういえばリュウス湖はとても大きくて素敵ですね。

 海には慣れていますが、真水があれだけあるというのは驚きです。

 レリス市など湖の側の都市では遊覧船にも乗れるようです。

 楽師や歌手を乗せた遊覧船でゆっくりと湖を旅してみたいです。……もちろん、我が君と二人っきりで。


 淡水に住むお魚のお料理もとても美味しいですから、私、精一杯お料理しますね。

 関係ないですが、あの辺りの風習で、将来を誓い合った男女はお互いに料理を食べさせ合うそうです。忠実な家臣としては、手料理を我が君に手ずから食べていただくことは大変な光栄なのですが、そのように誤解されても困りますよね?

 私は別に困りませんが。


 そういえば他にも素敵な恋人同士の風習が……。




 「……うーん……」


 私は頭が痛くなって額を押さえた。



 「エリザベル様、凄い気合い……」

 「……愛されてるな」

 「子供のたわ言ですわ。……そうですわよねぇ?」


 横から葉書の文面を追っていた三人も口々に感想を述べる。

 秘術の葉書アーケインポストカードは書けば書いただけ葉書のサイズも拡大する便利な呪文だが、それが裏目にでることがあるとは……。


 「ま、まあ、彼女の外交手腕については期待通りということだ。印章については……私も迂闊だったが」

 「……それについては、わたくしの不手際と言われても仕方ないですわね。この中で一番そういうことに気付かなければいけない立場でしたのに……」


 きりきりと眉を吊り上げていたクローラが一転してシュンとなる。

 立場でいうなら、やっぱり私の責任なんだが。社会人が実印を用意しないで何かの契約を交わそうとしたようなものだ。


 「大きな問題はないようだし、気にしないでくれ。それより、印章……つまり私達の紋章を作るということだろう? なかなか楽しそうじゃないか」

 「そうですね!」


 モーラが明るく頷いてくれたことで、(葉書の後半の文面のことも含めて)場の空気が和んだところで。


 「マルギルス様! ご報告がございます!」


 ダークエルフ四姉妹の三女、ギルマが私室に駆け込んできた。


 「どうした?」

 「……戦族、です。以前、城にやってきた戦族の……カンベリスという男がこちらへ向ってきています」

 「「!!」」


 和んだはずの場の空気は一瞬で凍りついた。

 戦将カンベリス。


 私を『焦点』の疑いで『審問』にかけた男。

 私への対応を戦族の長老会に図るため城を離れていた彼がついに、戻ってきたのだ。



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