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世界を蝕む毒

 私はカルバネラ騎士団の本拠、白剣城を訪れていた。

 フィルサンドから帰還してすぐに挨拶にいって以来なので、10日ぶりだ。



 「ぶはぁーっ! ぶはぁーっ! ま、魔法使い殿! もういっちょ!」

 「お、お願いしますっ!」


 騎士団長に用事があったのだが、いまは中庭にいる。

 さっそくギリオンとリオリアのカルバネラ兄妹につかまって、いつものように訓練相手をせがまれたからだ。

 もちろん、直接相手をするのは【鬼族小隊創造クリエリトオグルプラトゥーン】で作りだしたオグルたちだが。


 「グオゥッ!」

 「ふんぬっ!」


 「おっ」


 現在、ギリオンとオグルが1対1で戦っている。

 オグルの棍棒による攻撃をギリオンが盾で上手く受け流したのを見て、私は感心した。


 「りゃあっ!」

 「グオッ!?」


 オグルは棍棒を振り下ろした勢いを盾に流され、大きく前のめりに姿勢を崩していた。

 がら空きの胴をギリオンの剣が横薙ぎに切り裂く。


 「グァァッ」


 オグルは膝をついた。

 一撃でこれだけのダメージを与えるとは、ギリオンの攻撃は確かに鋭さを増している。


 「死にやがれいっ!」

 「ちょっ。そこまで、そこまでっ!」


 膝をつき項垂れるオグルの首筋へ剣を振り下ろそうとするギリオンを慌てて止める。

 呪文でお手軽に造り出したモンスターとはいえ、目の前で斬殺されては良い気分ではない。


 「はっはっ! やったぜ! どうだ、魔法使い殿っ!?」

 「ああ、ずいぶん上達したな」

 「なあに、それほどでもあるかな! 何しろ俺様はカルバネラだからな! がははは!」


 子供のようにはしゃぐギリオンは、見慣れるとおかしな愛嬌がある。

 彼を褒めてやってから、呻くオグルにはご苦労さんと声をかけ、【魔力解除(ディスペルマジック)】で解放してやった。


 「力自慢だけではな……」

 「いやあ、頼もしいですよ」

 「前よりは取っ付きやすくなったんじゃない?」


 ふんぞり返って自慢するギリオンを見詰める騎士団の人々の反応は様々だった。

 ギリオンが隊長である第二中隊以外の騎士たちからは、やはりまだ好感触はない。それでも彼らの視線から、以前のような悪意のトゲは少なくなっているような気がする。

 使用人たちからはそれなりに評価されているようだ。直接的な力というのはこの世界セディアでとても重視されているしな。


 ギリオンは、現騎士団長の息子アルノギアと次期団長の座を巡ってライバル関係にある。

 次期騎士団長は所属する騎士による投票で決定するらしいが、今のところまだまだアルノギアが優勢であることは間違いないだろう。なにせ、ギリオンに投票しそうなのは直属の第二中隊所属の騎士だけだ。


 そういえば、いつもギリオンと同時か遅れてオグルとの訓練を求めてくるアルノギアの姿が見えないな……と思っていると。


 「かっかぁー」

 「ギリオン閣下、おつかれさまです!」


 騎士の城に不釣合いな子供達の明るい声が響いた。

 使用人の服を着た子供が七人、ギリオンに手拭いや水を渡したり拍手を送っている。

 私が騎士団に預けた元魔術兵候補たちだった。出会ったころとは似ても似つかないほど、明るい表情である。


 「がっはっはっ。苦しゅうないぞ?」

 「こら、あんたたち! まずは魔法使い殿にご挨拶が先でしょ!?」


 「「こんにちは、魔法使いどの!」」

 「ああ。みんな、元気そうだな」

 「はい! お城のみんなが優しくしてくれます!」


 リオリアに一喝された子供たちは、そろって騎士の敬礼をしてくれた。なかなか見事なものだ。

 先頭の一番小さな子の頭を撫でながら聞くと、その子は嬉しそうに答える。

 子供がこういうのだから、この城の人々はみな優しいのだろう。預け先に選んで正解だったな。


 「うむうむ。お前らには将来第二中隊員、そして騎士団長親衛隊として働かせてやるからな!」

 「「はーいっ」」


 ギリオンも子供には人気があるようだな。

 しかし、たった七人とはいえ派閥争い真っ最中のこの騎士団で、今から所属先を確定することができるのか?


 「……今、騎士団の中で人員を増員できる余裕があるのはうちくらいなものですから」


 私が首を傾げていると、疑問を察したリオリアが説明してくれた。

 つまり経済的な理由ということか。


 「騎士団の経営は相変わらず苦しいみたいで。……うちは、カルバネラ家の財産と収入があるからだいぶマシ、なんです……」


 以前聞いた話だと、本来カルバネラ騎士団は同盟関係にあるリュウス同盟の諸都市からの援助で活動資金をまかなっている。ところがこの十年間は暗鬼の大規模な出現もなく、出資金はだいぶ減額されてしまった。

 だからといって、騎士団の人員や装備を削ることもできず慢性的な資金難に陥っているのだ。


 つい最近、私と共同で破壊した暗鬼の巣の一件があるので、それをもとに出資金の増額を交渉中だというが、はかばかしくないらしい。


 ……それはもしかして私の所為か?

 リュウス同盟の所属都市が、私と対暗鬼の同盟を結べばカルバネラ騎士団に出資しなくても良い、と思ったとしたら……。


 「魔法使いどの!」

 「ん、何だね?」

 「魔法使いどのの弟子になった、ログ兄さんや、ダヤ、テルは元気ですか?」


 そういえば、私が2ヶ月前に彼らを白剣城に預けて以来、彼らはあの三人と会っていないんだったな。

 徒歩だとジーテイアス城からここまで一日以上かかるし、そもそも使用人という身分の彼らはそうそう出歩くこともできないだろう。


 「ああ、もちろん。しっかり勉強してもらっているよ。そのうち、ここに連れてこよう」

 「良かった! ありがとうございます、魔法使いどの!」


 「……ああ、そうだ」


 喜ぶ子供達を見ていて、私はあることを思いついた。

 肩に引っ掛けていた背負い袋から真鍮のボトルを取り出す。久々の『ポーションサーバー』である。


 「魔法使い殿? 喉が渇いたんなら、何か持ってこさせるぜ?」

 「いや、これは皆に飲んでもらいたいのだよ」


 ポーションサーバーには今回、ログ達三人の協力で作成した特殊なお茶を保存してある。

 薄桃色のお茶を付属のカップに注ぎ、子供の一人に差し出す。


 「これは、ログ達が頑張って作ってくれたお茶だ。魔法のポーションの成分が入っているから、とても健康に良い。飲んでご覧?」

 「え、い、良いんですか?」

 「俺様も……いでっ!?」

 「んっ……。もちろん、魔法使い殿にお礼を言ってからいただきな」


 横から手を出そうとしたギリオンにチョップを入れてから、リオリアが優しく言う。

 その子供は顔を赤くして「ありがとうございます!」とお辞儀してから、茶を一口飲んだ。


 「……味がよくわかんないや……でも……? わぁぁっ。凄い、身体があったかくなる!」

 「ええっ? 僕にも飲ませて!」

 「わたしにも!」

 「ああ、並んで並んで。すまないが一人一口までにしてくれ」


 幸い、お茶は大好評だった。


 『物質マテリアル』を『元素エレメント』や『霊素エーテル』に還元していくためには、まず物質を細かく分解し、蒸留や燃焼、昇華、結晶化など様々な化学操作 (っぽいこと)を繰り返す。

 そうした作業の練習として、ログ達にはまず素材の分解と蒸留をやってもらった。

 素材は医療官サリアが調達してくれた、滋養強壮に効く薬草だ。


 化学的に見れば、彼らにやらせたことはただ薬草を粉末状にしてから煮沸し、その溶液を繰り返し蒸留しただけである。まあ薬効成分を濃くするくらいの意味は見出せたかも知れない。


 しかし錬金術的には、これは薬草に含まれている『水の元素ウォーターエレメント』を抽出する作業に他ならない。

 もちろん、普通の器具ではなく『錬金術師の道具一式アルケミーツールセット』に含まれる『錬金炉』を使った作業だからこそだが。


 ともあれ、いま彼らに振舞ったお茶はいわば『濃縮され魔法的効果を持つ前のヒーリングポーション』である。

 マジックアイテムである『ヒーリングポーション』には遠く及ばないが、現代日本で販売されている健康ドリンクよりは何倍も効果があるだろう。


 「「ごちそうさまでした、魔法使いどの!」」

 「なに、礼はログたちにいってくれ」


 ギリオンは物欲しそうに見ていたが、あえて無視する。

 そもそもこれを持ってきたのは……。


 「あ、忘れてました!」

 「ん? どうした?」

 「団長閣下が、魔法使いどのをお連れしろっていってました!」


 急に思い出した子供が声をかけてきた。

 そう、元々このお茶は、体調の悪い騎士団長へ振舞おうともってきたものだ。


 「そうか、すまないな。すぐに参上すると伝えてくれ」

 「はい!」


 「あ、あのっ」


 元気に駆け出す子供達に続こうとした私を、リオリアの声が引き止める。

 振り向くと、憂いを帯びた目の赤髪の女騎士の顔があった。


 「どうしたね?」

 「魔法使い殿……やっぱり私達に……」

 「リオ!」


 何かを搾り出すように口にしかけた彼女の肩を、兄である騎士が強く掴んで制止する。

 周囲の者たちのざわめきからして、よほど珍しい光景なのだろう。


 「リオリア、君の兄は立派な騎士だ。……まぁ、少なくともその見込みはある。このまま最善を尽くせば、結果は自ずとついてくるだろう」

 「……は、はい。失礼いたしました……」


 恐らく彼女は、ギリオンを次期騎士団長として推してほしいと言い掛けたのだろう。

 前の騎士団長との会談で、私が中立の立場に立つことは宣言しているのだが……何か、リオリアを焦らせるようなことがあるのだろうか?





 「……いや、実にこれは……薬華アルゥラのような……」


 騎士団長の私室を訪れた私は、さっそく特製お茶を彼に振舞った。

 ベッドの上で一口味わった彼は、珍しく目を大きく見開いて呟く。薬華、というのはこの世界セディアで有名な霊薬のもとになる植物のことだったか。


 「気に入ってもらえたかな? 多少は身体に良いはずだ」

 「多少どころか、これは確かに寿命が延びる……。ふふ」


 いつもの土気色の老人の顔に、少しだけ赤味がさしていた。

 それ以上に、薄い唇が微かに緩んだのを見て驚いた。この老人の笑顔は滅多に見られない。


 「貴公のお陰でアルノギアもギリオンもずいぶんと成長してきた。それでも……まだまだ足りない部分が多い」

 「まぁ、若者というのはそんなものでは?」


 彼から見れば私も十分若造ではあるが。未熟だと思ってたやつが、いざという時に意外と力を発揮する……なんていう場面も見たことはある。


 「今年の冬は越せないかと思っていたが……何とか踏ん張ってみるかね」

 「是非そうしてもらいたい。このお茶は定期的に届けさせよう」

 「ありがたい……が、ここまで良くしてもらっても、私にはもう返せるものがないな。孫娘でもおれば嫁にやれたのだがな」


 冗談を付け加えるとは、本当に調子が良いらしい。

 この特製お茶、コストを下げられればこれだけで商品になりそうだな。


 「先日、無理を言って食料を分けてもらっている。気にしないでほしい」

 「ふむ……。貴公のところも急に所帯が大きくなっているしな。……食料は常に過剰なくらい蓄えておいた方が良い。これからは、さらに食料の値は上がるだろうからな」


 含蓄のある助言だが、それより気になる台詞があるな。


 「今後も食料が値上がりするというのは? 不作か何かなのだろうか?」

 「……いや、そういうわけではない」


 老騎士は言葉を濁し、特製お茶を啜った。

 そういえば、エリザベルもリュウス同盟で食料が値上がりしていると言っていた。


 この世界セディアは、私が知る中世ヨーロッパよりも大分農業技術は進んでいるらしい。詳しいことまでは分からないが、短期間で栽培できて栄養価の高い芋に似た作物や、肥料などの知識もある。

 これまで、どこかで食料が不足しているという話はあまり聞いたことがないのだが……。


 「……暗鬼、か」


 頭の中でいくつかのパーツが連結し、一つの仮説を作り上げた。

 実は常々思っていたことだ。

 この世界セディアと私の知る中世、社会経済的に似ているようで似ていない、と。

 それはつまり、暗鬼の存在だ。


 「左様。ここしばらくリュウス周辺は平穏だった。しかし、セディアの民は常に暗鬼に備えなければならないという、宿業を抱えているのだ」

 「生産力に対して過剰なまでの軍を常に保持しなければならない、ということか」


 私の知る現実の中世の軍隊は、東西問わず基本的に半農半兵である。

 普段は農民として食料を生産し、戦争となれば武器を持って兵士となる。常備軍が登場するのは中世といってもかなり後期の話だ、ったと思う。


 一方、この世界セディアの軍隊は、人間同士で戦う前にまず暗鬼から人々を護ることが要求される。

 農業などやっている暇はない。

 そうなれば当然、食料や燃料を消費するだけの存在である巨大な軍隊が、都市や町、村の経済を圧迫することとなる。


 「……二度目の『大繁殖』(ブリード。あれを乗り越えたまでは良かった。だが、徐々にだ。徐々にこの大陸の経済のバランスは崩れかけている……」


 この老人、思っていた以上に慧眼だったな。まさか世界全体の経済にまで注視していたとは。

 先ほどまで珍しく緩んでいた口元は、既に硬く引き締められている。

 そうだな、この老騎士は何十年も暗鬼から人々を護る最前線で戦ってきたのだ。自分達を取り巻く環境について、考察しないはずもない。


 私もまた、軽くため息をついた。

 今のところは、ジーテイアス城周辺の人々の胃袋を養うだけで手一杯だ。

 だが……。


 「そういったことにも、何か対策を考えなければだな。エリザベルがリュウス同盟の各都市と同盟を結んでくれれば、何か手が打てるかも知れない」


 ゴーレムが各都市の魔術師ギルドで製造できるようになれば軍備は減らせるだろうし、ポーションなどが量産できれば軍隊の消耗率も下がるだろう。


 そういえば、今日、騎士団長にしようとした話も経済に絡んでくるな。


 「今日の用件を思い出した。実は……」


 用件とは、フィルサンド公爵と交わした約束のことだった。

 彼にフェルデ王国侵攻を諦めさせる代わりに、フィルサンドの北、白剣城の東に広がる『黄昏の平野』からアンデッドを駆逐し開拓しようという計画である。

 もともとかの地にはカルバネラ騎士団の要塞があったということだし、彼らの力も借りたいのでその相談をしたかったのだ。


 「『黄昏の平野』……ひいてはラストランド大要塞の奪還は騎士団全体の悲願といってよい。それに貴公のみならず、フィルサンド公爵まで乗り出してくれるとはな。ますます、死ねなくなった」


 騎士団長は強い目で私を見て言った。

 特製お茶を飲んだとき以上に、覇気が戻っている。


 「同意してもらえて嬉しい。もっとも、計画を着手するのは……半年か一年後を予定している。それまで長生きしてくれ」


 冗談めかしていうと、彼もまたにやりと笑った。


 「しかし……まったく、貴公は……」

 「ん?」

 「先ほどの、経済の話だ」


 老騎士の口元の笑みはどこか優しいものになっていた。


 「私はただ悲観論と愚痴を呟いただけであって、何か解決策を探そうとしていたわけではない。こういうことは、この世界セディアことわり……運命のようなものだと思っている。だが、貴公はまったくそう思っていないようだな」

 「それはまぁ……。問題が分っていて、私にはそれに対処できる仲間もいれば力もある。であれば、するだろう? 対処」


 たかが一介の会社員であったころは、このようなことは想像の彼方だったろうが。

 今では自分でも当然のことのように言える。


 『大魔法使いの仮面』は思った以上に私に馴染んできているらしい。


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