城主の仕事
遍歴騎士エルメル・ルク・サンダール卿には、とりあえず客人としてご宿泊して頂く事になった。
『王法』によれば、騎士に休息場所を要求された場合、城主はこれに応じなければならない。
また、騎士は城主の求めに応じて武力を提供する義務を負う。
北方の王国が大陸の大半を支配していた千年前に定めたのが、『王法』だ。
身分制度や王家の権利、臣民の義務など『人間の社会とはこういうものだ』という概念を成文化した『道徳』や『社会通念』に近い存在である。
多くの国が北方の王国に源流を持つ関係上、この世界においてはかなり普遍的に認められている。
つまり、私も『王法』を無視することはできない、ということだ。
「ですので、サンダール卿の滞在を断ることはできないのではないでしょうか」
宴の翌日。
朝の謁見の時間である。
『遍歴騎士』エルメル・ルク・サンダール卿の処遇について話し合っているところだ。
ちなみに謁見ではなく朝礼とか連絡会という名称にしようと主張したが、却下された。
イルドの発言にレイハが遠慮がちに反論する。
「しかしどうやら、あの男の従者の一人が外部と連絡をとっているようです」
「…………」
レイハの報告に、場が少しざわめく。
彼女が改めて調査したところ、サンダール卿の従者が手紙を出していたそうだ。
手紙と言っても現代日本のようにポストに入れれば全国に配達されるというものではない。城で雇っている労働者に手渡して、人づてにフランド伯爵領の『父親』に届くようにと依頼したそうだ。
レイハによればその労働者も低レベルだが密偵の技術を持っていたらしい。手紙が『父親』からフランド伯爵に渡るのは間違いないだろう。
ランゼイ・セグン・フランド伯爵。
北方の王国の諸侯を束ねる諸侯会議の重鎮であり、その広大な領地はリュウス同盟にも隣接している。
フランド領には仁政が敷かれ人々は豊か……というのも全てクローラの記憶頼りの情報だが。
「手紙には、城の様子やサンダール卿が宴に招かれた旨などが記されていました」
「……ちょっと、手紙の中身が何で分かるんだよ?」
「スリとって、中身を確認して、返しただけよ」
レイハの技前をまだ分かっていないディアーヌはその答えに目を丸くする。
そういえば『D&B』でも、『スリ』の成功率が高くなり過ぎて、目の前の女性NPCから下着をスリ取るとか変態的な遊びに興じる高レベル盗賊が良くいたな。
「その従者はサンダールからかなり信頼されているようでした。従者によってサンダールの行動が指向されている可能性は十分にあります」
「なるほどな。あの爺さんは本気で遍歴騎士をやってるのかも知れんが、伯爵の紐はしっかり結ばれてるってことか」
「その紐も、こちらに見つかることもある程度折込済みですわね」
フランド伯爵はサンダール卿を利用してこちらの情報を集めるつもりなのだというのが、セダムとクローラの意見だった。
しかし、このやり方からして伯爵の目的は単なる情報収集ではないような気がする。
「エルメルは北方の王国でも指折りの騎士で、将軍だ。くだらん任務のためだけにお払い箱にするか?」
「……珍しいですわね、レード。貴方が発言するとは」
「知り合いか、あの爺さん?」
「まあな……」
半ば無理やりこの場に呼んでいるレードが、ほとんど初めて発言した。
彼によれば、数年前に北方の王国内で暗鬼と戦った時に、サンダール卿と協力したのだという。
滅多に人を褒めない(というより滅多に喋らない)レードが言うのだから、サンダール卿の実力は本物なのだろう。
「レード、それより主様を調査するのがくだらん任務とはどういうこと?」
「……」
目尻を吊り上げるレイハの言葉を、レードはそっぽを向いて黙殺した。
君たち(20レベル以上)が険悪になると本当に空気がヒリつくからやめて欲しい。幸い、こめかみを揉む私に配慮してくれたようで、二人ともそれ以上言い合うことはなかった。
「私が思いますに、フランド伯爵はマルギルスがサンダール卿をどう扱うか観察するつもりですわね」
「……うむ」
私もクローラと同意見だ。
「そっか。あの爺さんがうっかり我が君を怒らせても『そいつはウチとは縁を切っています』って言い訳できるし、仲良くなれたら『実はそいつウチの忠臣なんすよ』っつって近づいてくるつもりなんだな」
やはりフランド伯爵はやり手のようだ。
少しばかり慎重すぎる気もするが、私はこの世界にとって全く未知の存在だ。リュウス同盟あたりから情報は広がっているのだろうが、『隕石を落として暗鬼の大群を滅ぼした』ような男と接触する手段としては妥当なのかも知れない。
サンダール卿には気の毒だけどな。
まあ、何だかんだいってもこちらのとれる手段はもともと限られている。
フランド伯爵を味方にすることができれば、北方の王国とも友好的な関係を築くことができるだろうし。
「では、サンダール卿については当面の間、我が城への逗留を認めることとする」
「承知致しました」
一同を代表してイルドが答えた。
他の皆も異論はないようだった。
「せっかく、有能な人材が向こうからきてくれたんだ。なるべく誠実に対応して、本当の仲間になってもらえるように努めてくれ」
と、懸念事項に一応の方針を出すことができたと安堵していると。
「では次の案件ですが。『淵の村』の村長から請願が出ております。交易路ができて人の往来が増えたので、宿屋を建設する許可を頂きたいと……」
……かように城主の朝は忙しい。
謁見が終われば、次の仕事が待っている。
「おう、マルギルス殿! 今日も頼むぞ、ひとっ飛び!」
「棟梁、今日もやる気に満ちているな。結構だ」
満面の笑みで見上げてくるのは、ジーテイアス城の拡張・交易路の建設を請け負っている建築の家の長、ヴァルボ氏だ。
ジーテイアス城の拡張工事については、外壁や城門などは大方完成し、現在内部の兵舎や宿、住居、倉庫などを建設している。将来ここに住むことになるシュルズの人々も、ドワーフや労働者と一緒に働いてくれているので、より一層工期は短縮できそうだ。
交易路の建設についても、城から戦斧郷までについてはほとんど終わっている。
現在は、戦斧郷からフィルサンドまでの交易路の基礎工事に入っていて、その中での私の仕事とは『巨大長虫』を召喚してトンネルを掘ることだった。
まず、材木運搬などの手伝い用に『森の巨人』を作り出し建築の家の現場監督に使役権を与える。
昨夜の宴に出席していたリュウス同盟の使者たちは、この巨人たちを見れただけでもその甲斐があったようで大分興奮していた。
次に、幻馬を作り出し、ヴァルボ氏ともども戦斧郷へ飛ぶ。
そこで『巨大長虫』と『森の巨人』を数体ずつ作り出してヴァルボ氏に預け、城へ戻る。
移動時間がそこそこかかるし、戦斧郷でドワーフたちの歓待も受けるのでここまでで大体午前が終わる。
【怪物創造】の呪文の持続時間が【永続化】を併用しても丸一日しかないので、この仕事をさぼるわけにはいかない。
「主様、お疲れ様でございます」
「……あれはどういう騒ぎだ?」
城の中庭に幻馬で降り立った私を、当然のようにその場にいたレイハが迎えてくれた。
丁度良いので、上空からも見えていた兵士達の騒ぎの事情を聞く。
「はぁそれが……」
「だから言っておろうが! 基礎じゃ! もっと基礎の型を繰り返し覚えこませんか!」
「いやだからな、じいさ……いや騎士さま。こいつらはまだ基礎以前の問題なんだって」
「暗鬼や賊徒はこちらの都合など構ってくれんぞ! 行進の練習なんぞ後回しで良かろうに!」
心配そうな、あるいは不満そうな兵士達の輪の中心にいたのは彼らの教官役を頼んでいるジルクと、噂の遍歴騎士だった。
サンダール卿は見るからに使い込んだ重厚な全身鎧に斧槍という姿である。
察するに、兵士達への訓練内容についてサンダール卿が意見したというところか……。
「すまんが、道をあけてもらえるかな?」
「あっ、マ、マルギルス様っ!」
兵士達は恐縮しきって道をあけ、ついでに片膝をついてくれる。
そうなれば当然二人もこちらに気付き、私が声をかけるより早く詰め寄ってきた。
「……マルギルス様」
「おお、城主殿!」
「どうされたか? サンダール卿」
ジルクが珍しいほど不機嫌そうな顔をしていたが、まずは客人の言い分を聞く。
「ここの若者たちは大変士気が高く、結構ですな! ただ、まだまだ経験不足の様子。せっかく滞在させていただいておるのですから、某に彼らの訓練をお任せいただきたい!」
「…………」
サンダール卿の提案に対して、ジルクは軽く肩を竦めて見せただけだった。
ジルクも今朝決めた方針のことは知っている。思うところはあるはずだが、彼なりに気を利かせているのだろう。
実際問題、ジルクも多数の兵士を訓練し指揮をとるのは苦手だと言っていた。
本来なら客人に軍隊を任せるというのはおかしい話だが、サンダール卿はレードも認めるほどの武人で、指揮官であり、しかも士官を考えている立場だ。彼が善意で申し出ていることは間違いないのだろう。
昔、現場の若いリーダーとベテランが揉めていた場面があったなと思い出し、少し視線が泳いでしまう。
なるほど、ここで私がどうするか、フランド伯爵は見ているということか。
ちらりと視線を横に向けると、兵士達の向こうでこちらを窺う、遍歴騎士の従者の姿が見えた。
フランド伯爵的には、私のどういう行動が高評価なのだろう?
視線をジルク、兵士たち、そしてサンダール卿へと戻す。
その間に、私の中では対応方針は決まっていた。
まぁなんだ。
ここは私の城だしな。