遍歴騎士
不在だった間に、ジーテイアス城には十数組の来客があった。
そのほとんどは、リュウス同盟に所属する都市国家からの使者たちだ。用件は全て、レリス市と同様に対暗鬼のための同盟を組みたいというものである。
実は彼らの要求はすでにエリザベルが個別に聞き終わっている。今、彼女が外交旅行に出ているのはその回答と微調整のためだ。
既にレリス市のブラウズ評議長からも根回ししてもらっていることなので、交渉自体は問題なく終わるだろう。
一つ気になるのは、リュウス同盟最大の都市であるリュウシュク市からは音沙汰がないことだが。
多くの使者はこの対応に満足して既に帰路についているが、一部の者たちが『どうしても魔法使い様にお会いしてから帰りたい』というのでこの機会を待ってもらっていたのである。
なお使者達はそれぞれに相応の『お近づきの品』を持ってきてくれたので有難く頂戴して、食費の足しにしている。
実はこの使者達、レイハの見立てでは密偵の役割も持っていたようだ。
対暗鬼同盟という実利はしっかり確保しつつも、こちらの情報はできる限り多く集めておきたいということだろう。まぁ、私という存在の胡散臭さを考えれば当然といえば当然か。
帰国せずに私との面会を強く希望した者たちは特に、『大魔法使いマルギルス』の情報を少しでも多く集めたいのだろう。
こちらとしても、危険人物ではないとアピールしたいという思惑もある。
不法侵入や城の住人に危害を加えるなどは論外だが、穏当に聞き込みなどをしている程度なら放置するよう、ダークエルフ達には命じてあった。
そんな使者達とは別口の客人も一人だけいた。
『遍歴の騎士』を名乗る男性である。
この世界における『騎士』とは、特定の主人(王や貴族)に仕える職業軍人という意味と、一定の訓練と教育を受けた上で世襲される身分という二つの意味がある。
後者は一応、本来の意味の騎士であるとされ、『大騎士』もしくは『正騎士』のミドルネームを持つことを許されている。
前者は玉石混交で、本人が騎士と名乗れば騎士という風潮もあるようだ。
今回の客人はある大貴族に仕えていた正騎士だという。
もっとも、この『ある大貴族』というのが問題なのだが……。
というわけで、これからそういう者たちを歓待しなければならないのだ。
「ご一同! ジーテイアス城主、大魔法使いジオ・マルギルス様のお出ましでございます」
イルドの声を合図に、レイハが扉をあける。
すでに宴は始まっていた。
別に気が乗らなくて遅刻したわけではない。客の方が格下の場合、主人は遅れてくるのが礼儀に適っているのだそうだ。
昼間、錬金術講義をした主塔の広間はきらびやかに飾り立てられていた。
壁には神話の一場面や幾何学模様の描かれたタペストリーが飾られ、床にも絨毯が敷かれている。
テーブルには普段は使わないレースのテーブルクロスが敷かれ、宝石で飾られた燭台が載っている。イルドやクローラがこんな時のために集めておいてくれた装飾品の数々だ。
そこへ、モーラやメイドたちが出来立ての暖かい料理を運び並べたてる。
ダークエルフ姉妹の二人が広間の片隅で笛を構え、静かな楽曲を奏でていた。
テーブルには十数人の男達がついていた。
料理に舌鼓を打っていた彼らは、私の姿を見るや一斉に立ち上がる。
その中には、使者達とはシルエットだけで別種の人間と分かる屈強な影もあった。
なお、【敵意看破】に反応するものはいない。
「諸君、魔法使いジオ・マルギルスだ。お役目大儀である」
拍手して出迎えてくれた使者達を鷹揚に見回し、声をかける。尊大な言葉遣いにも大分慣れてきた。
一段高くなった上座に腰掛けると、使者たちも座りなおす。
このあたりの儀礼的な流れはクローラからたっぷりレクチャーを受けている。……が、何か失態がないかどうか心配で仕方がない。
「外交官から、諸君らとの交渉の状況は聞いている。私としても、リュウスの各都市と良好な関係を築き、暗鬼の脅威から人々を守れるようになることは本望である」
「マルギルス様!」
「リュウスの守護者マルギルス!」
「ありがとう。今宵はリュウスとジーテイアスの繁栄を願い、存分に飲み、食べてくれたまえ」
拍手と喝采を片手を上げて沈めると、客人たちは再び目の前の料理や酒を楽しみ始めた。
柔らかく穏やかな笛の音もまた流れだす。
使者達は礼儀正しい中にもそれなりに楽しげな雰囲気で宴を楽しんでいるようだ。
もともと同じリュウス同盟に所属するものたちだけに、顔見知りも多いようだしな。それでもやはり、どこかに緊張感があって、私の言葉や動きを観察しようとしているくらいのことは分かる。
「マルギルス様、今宵の料理はご満足いただけておりますか?」
レイハにワインを注いでもらっていると、本日の料理一切を取り仕切るメイド長、つまりモーラが声をかけてきた。
背筋を伸ばし、完璧な笑みを浮かべている。これはプロの顔だ。
「十分満足している。ありがとう、メイド長」
宴のホストとして儀礼にのっとった返事だが、本心である。
いま味わった鳥のパイ包みも絶品だ。
「お褒めいただき光栄でございます」
恭しくお辞儀をしたモーラも、一瞬だけ嬉しそうに目を細めていた。
モーラが立ち去り、客人たちの給仕を再開すると今度はクローラがやってくる。
「マルギルス様、お客様たちをご案内してもよろしゅうございますか?」
「……うむ。頼む」
両手を胸元で重ねる独特のお辞儀をしたクローラは、金糸で飾られた純白のドレスを着ていた。
露出度は高くないが、見事な曲線を描く肢体にフィットしたデザインで私としては非常に眼福である。
本来、こうして客人を案内するのは城主の妻の役割なのだが、まあ立場的にも身分的にも見栄え的にも彼女に代役を頼むのがベストだ。
実際、クローラに案内され私の前にやってくる客人はとてもにこやかな表情だった。その気持ちは良く分かる。
「リュウス同盟所属、ソレール市評議員、コズマー・ベイルグと申します」
最初に連れて来られた男は流石に厳粛な表情を取り戻して一礼した。
いまこの場にいる使者たちの中でもっとも大きな都市国家の権力者だ。
他の都市国家からの使者はみな評議長の代理や、下部組織の長といったまさに『使い』だったから、ソレール市というところはかなりこちらを重視しているのだろう。
「御機嫌よう、ベイルグ評議員。楽しんでくれているかな?」
「それはもう。暖かいもてなしに感動しております」
「ならば良かった。ソレール市の評議長をはじめ、市民にもよろしく伝えてほしい。魔法使いジオ・マルギルスは暗鬼と戦う全ての人々の味方だと」
「なんという心強いお言葉。あの、巨人たちを使役し隕石を降らすというマルギルス様が味方してくださると知れば、人々は希望を取り戻すでしょう」
まぁ、こんな按配で、使者達との面会は順調に進んでいった。
『ESPメダル』で念のため確認しているが、特に何か企んでいるという人物はいない。
最後にやってきたのは、例の『遍歴の騎士』だった。
「お初にお目にかかる。某、エルメル・ルク(遍歴騎士)・サンダールと申す!」
「……うむ」
片膝をついて頭を垂れる姿に静かな迫力がある。
ただ意外と……いや凄く、高齢だな。
頭はつるりと禿げ上がり、代わりに硬そうな白い髭が顔の下半分を覆っている。簡素な騎士服姿からもその肉体がまだまだ強靭であることが窺えた。硬く引き結ばれた唇に太い眉毛、鋭い眼光。
頭身の高いドワーフとか、頑固爺、といった単語が頭に浮かぶ。
【達人の目】の呪文によれば、【人間/男性/60歳/戦士12レベル】ということだった。12レベルとは、立派な達人だな。
「某、永年北方の王国のフランド伯爵に仕えておったのですが、些細な理由で主従の縁を切られましてな!」
「……ふむ」
「新たな主と冒険を求めて、この辺境へやってきたのでござる。最初は名高いカルバネラ騎士団を頼ろうかと思ったのでござるが……旅の途中で貴殿の噂を聞きましてな。そのような立派な方がいらっしゃるなら、是非ともお目通りしたいと思い、まかりこした次第!」
「……そうか」
うお。何だかぐいぐいくるなこのご老人。横に控えるクローラもちょっと引いている。
とりあえずここまでは、レイハの調査でもわかっていた。
『ESPメダル』で確認しても、嘘はついていない。
問題なのは、このフランド伯爵というのが北方の王国でも指折りの大貴族だという点だ。
本人はああ言っているが、伯爵が私に興味をもって差し向けてきたとも考えられるし、そうでなくても北方の王国に繋がりのある人物である。
彼から観た私、という情報はいずれかの国に伝わると考えて間違いない。
北方の王国。
全盛期はとうに過ぎたとはいえ、大陸最古の歴史と規模を誇る国家だ。その国力はリュウス同盟の比ではない。
「まあ、そうはいっても城主殿はまだ某の実力もご存知あるまい。『王法』に基づき、しばらくこちらへ逗留させていただきたく! なあに、損はさせませぬ!」
「……」
彼への対応は、よほど慎重にせねばならない。