ジーテイアス城 中期その2
ジーテイアス城の主塔。
最上階の自室には眩い朝日が差し込んでいた。
窓を開け、久しぶりに我が城の全体を見渡す。
「こうして見ると、まるで違う城に居るみたいだな……」
「ですよねっ。ドワーフさんたちって本当に働き者です」
朝食の片づけをしていたメイド服の少女――モーラが楽しそうに答える。
実際、私が出かけていたこの30日ほどの間に、ジーテイアス城周辺は大きく様子を変えていた。
もともと、大きくはないが険しい山の中腹、森に囲まれた狭いテラスのような地形に建っていた城だ。
それが、山は削られ森は切り開かれ、城の面積は半径300メートルほどの半円形に広がっていた。
もともとの城の土台を残して周囲は10メートルほど下がっており、二段のウェディングケーキを縦に半分にしたように見える。
ケーキの下部分にもぐるりと重厚な城壁が築かれ、内部には続々と木製の建物が組み上げられていく。
外側の城壁にも立派な防御塔や跳ね橋式の大門があり、門からは石畳で舗装された道が続いていた。
いまや『内壁』となった元もとの城内は静かなものだったが、『外壁』の内外は無数の人間やドワーフで溢れかえっていた。
そのうちの半分ほどはシュルズ族の人々で、後の半分は労働者だろうか?
ともかく……。
もともとここは『砦』と呼ばれていて、『城』というのは少々見栄を張った呼び方だったのだが……。
「もう何処に出しても恥ずかしくない立派な城だなぁ」
「はい! みんな、びっくりしたり喜んだり……やっぱりジオさんは凄いですね!」
「凄いのはドワーフなんだが……。まぁ、私の呪文で出した巨人や石材も少しは役に立っただろうがね」
相変わらずモーラは私を褒めるのに躊躇がない。
面映いが、気分が良いのは確かだ。
「……でも、やっぱりジオさんがいてこそのこのお城だと思いますよ」
モーラの快活な笑顔に昨夜遅くまで、宴会の給仕や後片付けをしていたのに疲れの欠片も見えない。
それを見ているだけで、大きく変わった城への違和感は消し飛んでいた。
ジーテイアス城に帰還したのは、結局旅立ってから30日後……つまり昨日、だった。
ドワーフたちやフィルサンド公爵との交渉は概ね成功し、交易路の建設や対暗鬼同盟の締結などの目標も達成した。
戦斧郷からは、腕の良い鍛冶師が派遣してもらったしフィルサンドでは外交官と女戦士という新たな仲間も得た。
大成功だったと言って良いだろう。
もっとも、2年以内に『黄昏の平野』から死人を駆逐して開拓可能にするという新たな宿題はできたが。
一方、フィルサンドでの戦いの中で初めて『暗鬼の王』の存在を知ることができたのも大きな収穫だ。
これまで暗鬼というものは、無限に自然発生する天災のような存在だと思っていた。しかし、暗鬼を統率する王のようなものが存在するのであれば、彼を倒せば暗鬼の侵攻が終わるかも知れない。……可能性は低いが、交渉だってできるかも知れないのだ。
暗鬼についての情報をさらに集めなければならない。
ジーテイアス城に新に加わった人々のことや、これからの城の拡張工事や交易路建設のこと、さらに対暗鬼同盟を広げること。
また、戦族にかけられた私が『焦点』であるという嫌疑のこともある。
やるべきことは山積みだったが、いつものように気が重くなることはなかった。
むしろやる気に満ち溢れていると言ってもいい。
これがモーラ効果か?
朝食後。
私は、仲間達を主塔の司令室に集めた。
全員というわけにもいかないので、セダム、イルド、クローラ、レイハ、ジルク、レードという主要メンバーと、新に加わったエリザベルとディアーヌの総勢8名だ。
「さて。まずはセダム。留守の間、よく城を守ってくれた。礼を言うよ」
「ああ。……正直結構苦労したがね」
確かに、城のまとめ役というのは気苦労が多かったようで少し痩せている。
それでも、私がいない間に城内に不和もなく、さらに暗鬼や山賊討伐なども指揮したというのだから大したものだ。
昨夜、二人でしこたま飲んでお互いに礼や愚痴は言いまくった。だが、こういう場で正式に彼の仕事を認めることも、城主の大事な仕事だ。
「まず、城の拡張工事については見てのとおり六割程度というところだ。あとは、城内の兵舎や宿泊施設、倉庫なんかが残ってる」
「街道の方は?」
「領内の三つの村を繋ぐ道は既に完成してる。戦斧郷への交易路は、あんたが出かける前に巨人で切り開いた場所までは仕上がってる。ヴァルボたちは、今日にも新しい巨人を作り出してくれと息巻いていたよ」
「最初の計画では工期1年だったはずだがな……」
「それですが、ヴァルボ氏たちは人員を大幅に増員したようです。現在、ドワーフの職人が200名、近隣の村やレリス市で募集した人間の労働者が500人です」
イルドの補足に私は仰け反った。
やはり、外壁の周辺にいた人々は労働者か。
「やる気に満ち溢れてるな。食事とか給料は大丈夫なのか?」
「賄いの担当者も一緒に雇ってるから、うちの人員で手伝うことはあまりない。給金は……」
「ドワーフや労働者に支払う日当と食費ですが、おおよそ一日に金貨500枚となっています。その他、当面のシュルズ族の人々の生活費やもとからの城の維持費を含めると……おおよそ一日に金貨1200枚というところですね」
「いやあ、凄ぇ。目の玉が破裂しそうですぜ」
再度のイルドの補足に、ジルクが肩を竦めた。
私も似たような気分だったが、まあそれでもまだ我が城の資金には十分な余裕がある。
「兵士達の様子は如何ですの?」
「おう、そりゃばっちりですぜ。小鬼の群れや山賊相手に実戦経験も積めたしねぇ」
城には志願してきたばかりの30名の兵士を残してきていた。
それを訓練し統率していたジルクが自慢そうにいう。
「戦斧郷から派遣してもらった、武具の家のドォーバ氏には今日からさっそく工房を設置してもらい、兵士達の武器防具の生産や整備を行っていただく予定です」
「そりゃ有難いね。ずいぶんガタが来てるのが多いんだ」
城や街道の工事といい、戦斧郷に行って本当に良かったな。
そういえば、ヴァルボが城内に立派な浴場を作ったといっていた。昨夜は堪能する前に飲みすぎてダウンしてしまったが、今夜が楽しみだ。
「ああ、それともう一つ報告があった。あんたに仕えたいって連中が大量に城にやってきてた」
「ほんとか? ……それでどうしたんだ?」
「兵士や使用人ならともかく、流れの騎士やら吟遊詩人やらなんでな。あんたに判断してもらおうと思って、ユウレ村で待機させてる」
「……それは良い判断だったな。いずれ面接をしよう。……ただこれからは、城に迎えるものを選ぶのはかなり慎重にやりたい」
「一応、ダークエルフのお嬢ちゃんたちに働いてもらって可能な範囲で素性は確認してるが。……例の、憑かれた者とやらか」
「ああ。場合によっては……いや必ず呪文を使って調べるようにしたい」
人が集まってくるのは悪いことではないが。
人の脳に巣くう『暗鬼蟲』を見た後では簡単に外来者を信用することはできない。
……いま、集まっているドワーフや労働者についても一応調べておかないとな。
何だかさっき目覚めたときよりもさらにやることが増えていた。
早くもモーラの支援が欲しくなってきた。
大変おまたせしました。
更新再開いたします。