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外交官

 シュルズ族の将来については一段落した。

 しばらくの間、生活の安全は確保できたと思う。

 さりげなく彼らの様子を窺ってみたが今のところ大きな混乱は見られない。

 今後のことは余裕ができてから考えるとして、まずはこれで良しとしておこう。




「……マルギルス様? 少しよろしいでしょうか」


 少しだけ肩の荷が下りたと思っていたところに、声をかけられた。

 フィルサンド公爵令嬢、エリザベルだ。

 思えば、兄に暗殺されそうになっていた彼女を助けたのが今回の騒ぎの発端だった。ただの客として剛毅城を訪れていたら、公爵たちとの関係はもっとあっさりしたものになっていただろう。



「ああ、私も君と話したいと思っていたところだ」


 一息つきたくもあったが、こういうことはその場の流れに乗ったほうがいいだろう。

 剛毅城の私の自室(借りているのではなく私が宿泊するときのためにと公爵から譲渡された一室だ)で、彼女と話すことにした。

 

「さ、どうぞ」


 エリザベルは甲斐甲斐しく香草茶を用意し、私の隣に座った。

 暖かいお茶に並んだお茶請けには見覚えがある。


「これはルツの実だったかな」


 シュルズ族が良く食べる干し果物の砂糖漬けを口に運ぶ。かなり甘味が強いが、それが香草茶の渋みと良く合っていた。


「ええ。あの方達に分けていただきました」


 彼女はフィルサンド側の代表の一人として、シュルズ族との話し合いを行っていた。それだけでなく、一般の民たちから不満や希望の聞き取りをしたり、フィルサンド市民との仲介などもしていたという。

 そんな中で、多少は彼らからの好意を得ることができたのだろうか。


「そうか……。彼らからの風当たりはきつくなかったか?」

「それはそうですわ。最初は石を投げられたりもしましたし」


 エリザベルはなんでもないことのように言った。


「大変だったな……今は大丈夫なのか?」

「ええ。少しは信じてもらえているようです」


 彼女はこれまでもフィルサンドの外交官として活躍してきた。しかし、彼女の母親はシュルズ族の姫であり、父親はシュルズ族を長年苦しめた暴君だ。

 一筋縄では信頼関係など築けなかっただろう。


「そうか。頑張ったんだな」

「……私にできるのは、話をすることだけですから」


 彼女の外交能力は素晴らしい。ただ私はそれよりも、どんな相手とも公正に対話ができる彼女の心の在り様に感銘を受けていた。

 思わず、金髪の頭を撫でてしまう。

 嫌がられるかと思ったが、彼女ははにかんだ笑みを浮かべただけだった。



「……それで昨夜、ようやく父と話ができました」


 ここまでは挨拶代わりの世間話のようなものだ。

 二杯目の香草茶を用意してから、彼女は本題を切り出してきた。


「そうか。……どうだった?」

「貴方が聞いたことと同じだと思います。……やはり、父にとって私はただの便利な人材の一つでしかなかった」


 公爵め。それが本音だったとしても、娘に対してくらいは少しは取り繕えよ。


「でも、初めて父の本当の言葉を聞いた気がしますわ」


 エリザベルはまた微笑んだ。

 今度の笑みには陰がある。

 生まれてきたことが罪だと言った夜と同じだ。

 ディアーヌのときも思ったが。こんな風に笑う少女に対して、私の魔法などは全くの無力だ。


「……君はこれからどうしたい?」

「一つだけ、考えていることがあります。父の了解も得ました」


 ん?

 じっと私を見詰める赤い瞳には、あの夜とは違う光があった。


「貴方のお仕事の手伝いをさせてくださいませんか? 外交官は今後必要になるでしょうし……文官としての仕事もできます」

「む……それは公爵家を出て私の部下になるということか?」

「はい。やっぱり、私は外交というお仕事が好きなんです。暗鬼と戦うための同盟を作るなんて、こんなにやり甲斐のあるお仕事はないでしょう?

 このまま、父の元で商業や謀略の手伝いだけをしているより遥かに楽しそうです」


 以前の彼女は公爵に切り捨てられることを半ば確信しながらも恐れていた。逆に、今の彼女は自分から公爵を切り捨てたつもりになっているようだ。


 私は以前、公爵に私から子供達との関係を改善して体制を磐石にするように言った。

 エリザベルの様子からして関係が『改善』したとはとても思えないが、まぁ『整理』くらいはできたと思うべきか。


 外交か……今のところ外交や内政についてはイルドに任せっぱなしなのは確かだ。


「もちろん、お嫁に貰っていただけるのが一番嬉しいですけれど?」

「……それは、すまないが遠慮させてくれ」

「あら、残念」


 ふいに、エリザベルは悪戯っぽい、可愛いらしい笑みを見せた。

 最初、彼女が父親やフィルサンドから逃げ出すために私を利用するつもりなのかと思った。

 しかし……。


「一応、聞いておくが。君の能力や人脈があれば私のところ以外にも選択肢はあるんじゃないか? 何故私なんだね?」


 愚直だが、ずばり要点を聞いてみる。

 百戦錬磨の外交官相手に腹芸をするほど無謀ではない。それに彼女にしても私の本音には興味があるだろう。


「まぁ」


 さも意外そうに彼女は瞬きした。


「貴方はご自分の影響力を過小評価されているのではないですか? 貴方を支えてジーテイアス城を大陸随一の要衝に発展させるというのを、これからの私の夢にしたいのです」


 最後に彼女は、不適な笑みを浮かべて言い足す。


「それに、私も暗鬼は大嫌いです」

「……なるほど」


 彼女は彼女なりに自分の人生を選択したということらしい。

 ディアーヌのように、私に仕えることで心の隙間を無理やり埋めようというつもりは……まぁ少なくともメインではないのだろう。


 それにしても、夢か。重いな。


「歓迎するよ、外交官殿」

「光栄ですわ。我が君」


 少女はスカートの裾を摘んで優雅に礼をした。


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