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シュルズの姫 3

 翌日、我々は『神の庭』へ向い、そこに存在した暗鬼の『巣』を破壊した。

 五千体からの暗鬼の軍団レギオンを生み出した巣のはずだが、巣の周辺に暗鬼は数えるほどしか居なかった。

 レードによれば、『巣』からどの程度の数の暗鬼がどれほどの期間で生み出されるか、法則はないらしい。

 長時間放置されてもほとんど暗鬼を生み出さない巣もあれば、今回のように短時間で大量の暗鬼を生み出してそれっきり沈黙する、という例も過去にはあったようだ。


 暗鬼の巣を破壊し、全くの空になった神の庭をあちこち探索もしたが、例の『暗鬼の王』やその他暗鬼崇拝者(デモニスト)に関する新たな情報は発見できなかった。

 残念なことに、無数のシュルズの人々の無残な遺体は山ほど見つかったが。




「……なあ、本当にあの『巣』とかいう気味の悪い塊が母さんだったっていうのかい?」


 剛毅城に戻った後。

 シュルズ族の姫ディアーヌが私に聞く。

 現本拠地での行動ということもあり、シュルズ族の代表として彼女が同行していたのだ。

 呪術官の意識を覗いた時に見えた光景では、彼女の母シェールが闇に飲み込まれていた。状況的には、シェールが『巣』に成ってしまったとしか考えられないことは事前に説明はしている。


 実際に、神の庭で暗鬼の巣と対峙した時、どうにか人間の姿に戻せないかと思い【魔力解除(ディスペルマジック)】などいくつかの呪文を試してみたが全て無駄だった。

 止む無く、【隕 石メテオ】で破壊したのだが……ディアーヌにしてみれば確かにわけの分からない話だろう。


「証拠はないが、間違いないと思う。……助けられなくて悪かった」

「……」


 仮に、あれがシェールではなかったとしても、神の庭に生きた人間はいなかった。一時的とはいえ暗鬼に占拠されていたのだ。

 シュルズ族の遺体も可能な限り身元を確認し埋葬してきたが、その中にシェールがいなかったのも確かである。

 それが何を意味しているかは、ディアーヌも良く理解していた。


「あんたが、そう言うならよぉー。そう、なんだろうな……」


 普段、どこか拗ねたような少女の顔が歪む。

 いくら部族の戦士、指揮官として戦っていたといっても中学生くらいの女の子だ。

 赤い瞳の奥には絶望と喪失感がぐるぐると渦巻いている。


「……まー、恨みつらみばっか言ってる人だったからなー。にしても暗鬼崇拝者(デモニスト)に付け込まれるなんて、なさけねーぜ……」

 

 ……気の毒ではあるが、出会ったばかりの他人である私に何ができるだろう。


「すまないな。……本当に、すまない」

「べ、別にっ……。 あんたが、悪いわけじゃっ……ねーだろっ……」


 ディアーヌはくるりと背中を向ける。

 一度だけ、鼻をすする音が聞えた。


「……これから、父さん……族長やみんなと相談してくるけどさ。多分、皆は神の庭に戻りたいっていうだろうな」


 まあそうだろうな。

 シュルズ族は既に一度、フィルサンドを追われている。

 遺跡だった神の庭を拠点に、二十年かけてして必死に生活を立て直してきたのだ。さらにもう一度移動しようとはそうそう思えないだろう。


「ただ、若い者の中には、あんたについていきたいっていうやつらもいる。そういう連中の面倒は、見てくれるんだろう?」

「ああ、もちろんだ」

「だったら安心だ。俺ももちろん、あんたの下につくぜ」

「……そうか」


 これまでの成り行き上、彼女はこちらに来ざるを得ないなと思っていたがやはりそうなったな。

 気持ちとしては複雑だが、規模が肥大化しつつあるジーテイアス城のことを考えれば有難い。


「んだよ、浮かない声だな!」


 ディアーヌは勢い良く振り向いた。

 先ほどまで泣き出しそうだった顔には笑みが浮かんでいた。


「良く分からねーが、あんたは暗鬼を滅ぼすとか、すげー大仕事をやろうってんだよな? 俺にも手伝わせてくれよ!」

「ああ、そうだな」


 レードみたいな規格外戦士ほどではないが、彼女もこの世界セディアでは十分強力な戦士である。それに、部族の戦士たちを率いてきた経験と技術は今の私達にはないものだ。


「これからは俺があんたの剣になってやるからよ。シュルズの戦士の中からも三十……いや、五十人は引っ張ってきてやるからな!」

「うむ……」


 何よりも彼女には暗鬼と戦う強い動機がある。……と思っていたのだが。

 どうも今の彼女から復讐心や怒りは感じない。

 むしろ異常なほど私に傾倒している気がする。

 言い方は悪いがこれはやる気や闘志ではなく、私に対する依存心だ。


「……頼りになるな。よろしく頼む。ただし、まずはシュルズの人々が落ち着いてからだ」

「分かってるって!」


 十四、五歳の少女が故郷を暗鬼に滅ぼされ母親がその原因などという異常事態にあったのだ。正気でいろというのが無理な注文だろう。

 そもそも、PTSDものの心の傷への対処法など分かるわけもない。

 歯がゆいが今は彼女自身の心も落ち着くのを待つしかないだろう。


「じゃあな、ちょっと待ってろよ!」


 ディアーヌはどこか虚ろな笑みで手を振り、シュルズ族の元へ駆けていった。




 私が暗鬼の軍団レギオンと戦ったり、巣を破壊しにいっている間にもイルドや族長、フィルサンドの重臣たちは色々と協議をしていてくれた。

 それを土台に、生き残りのシュルズ族全員が集まって話し合い、結果が出た。


 まず、現在フィルサンドに集まっているシュルズ族千二百余名のうち、おおよそ千人は族長の指導のもと、神の庭へ戻ることになった。もちろん、フィルサンド軍はいかなる攻撃も行わず、それどころか当面周辺の治安維持も請け負うことになっている。

 残る二百名ほどは、ディアーヌと先先代族長が率いてジーテイアス城へやってくることになった。

 二百名のうち、戦士は確かに五十名ほどだった。残りはその家族である。

 私としては、彼らには基本的にジーテイアス城西部の森を切り開いて新たな村を建設して欲しいと思っている。もちろん、戦士の何割かは城で兵士として雇う。



 結局、私がやったことは一つの部族を二つに分つことだけだったかもしれない。

 こういうことは大概後の時代の禍根になるのは分っているのだが……。


「そうならないようにする、しかないか」


 確信がもてないのはいつものことだ。

 ならいつものように、開き直ってやるしかない。


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