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勝てるかどうか分からない。だから。

「……なるほど、今のがラスボス……かな?」


 床にへたり込んだまま私は呟いた。

 目の前には頭部を失った呪術官と、それから私を庇うように構えるレイハの見事な臀部。

 左腕にはまだクローラが強くしがみ付いている。


『キィキィ……』


 レードが天井に串刺しにした呪術官の頭の中身――仮に暗鬼蟲とでも呼ぼうか――はお約束のように蒸気を噴き出しながら収縮し、消えてしまった。


「……もう大丈夫だ」

「あっ」


 顔を伏せたまま硬直しているクローラの背中をなるべく優しく(そしていやらしくなく)撫でて囁く。

 彼女は弾かれたように身を離した。


「あれは消えた。もう、大丈夫だ」

「あ、そ、そうなんですの?」


 クローラは顔を赤くしながら周囲を見回し、呪術官の無残な有様を見てまた青ざめた。


「ううっ……」

「少し休んだ方が良いな」

「そう、ですわね……あっ」


 忙しいことに彼女はまた顔を赤く染め、まだ強く掴んでいた私のローブから手を離した。


「わ、わたくしとしたことが、取り乱しましたわね……。ご、ごめんあそばせ?」


 どういうつもりか、引っ張られてできたローブの皺を両手で伸ばしてくれながら彼女は言った。

 その様子がなんだか微笑ましくて、私の方もさきほどまでの恐怖が薄れてくるのを感じる。まさかクローラから癒し効果を受けるとは思わなかったな。

 一瞬だけ感じた『暗鬼の王』の『声』は確かに恐ろしかったが、接触が消えてしまうと驚くほど印象が薄くなっている。例えれば、悪夢を見て飛び起きたような感覚だ。


「奥方様」


 レイハがクローラの髪や体についた呪術官の血や脳漿を拭ってやりはじめた。実に甲斐甲斐しい。

 最近のレイハは、日常生活においては私よりクローラの世話や意向を優先しているような気がするな……。まぁ、洗脳じみたやり方で忠誠を受けている身としては、彼女に自由意志が目覚めるのは歓迎ではある。


「おい」

「痛っ」


 などと頷いていると、苛立ったレードが軍靴のつま先で背中を蹴ってきた。……ちょっと力込めすぎじゃないか?


「何を呑気な面をしている? こいつが死ぬ前に何か分かったんじゃないのか?」

「そ、そうですわっ」





「暗鬼の王、か。……そんなやつが何処かに存在しているという、噂はあった」

「噂か……」


 死体の始末は剛毅城の牢番に頼み、私達は別室に集まっていた。

 ESPメダルで読み取った呪術官の言葉や、最後に浮かび上がったイメージ、そして彼の精神のさらに奥から聞えてきた『声』。

 それらについて説明すると、レードがぽつりと呟いた。


「ああ。……長老会はもっと詳しいことを知っているのかも知れんが」


 彼は意外なほど端正な顔を顰め、腕組みをする。

 前も感じたが、戦族は上層部と実働部隊の間にいろいろと格差がありそうだな。


「その暗鬼の王とやらが、各地の暗鬼崇拝者(デモニスト)の背後にいるということですわね」

「私達……謀略を生業とする部族ハイクルウスを操っていたのもその者なのでしょうか?」

「恐らくそうだろうな。そして、どういうわけか暗鬼の王は私を名指して狙っている」


 こうしたことは、今までぼんやりと想像していたが今回の情報でようやく確信が持てた。

 コーバル男爵か、男爵と一緒にいた司祭から私の情報を得た暗鬼の王が、シュルズの呪術官に私の始末を命じたとすれば辻褄は合う。



「……やはり、カンベリスが言ったように巫女の預言は……」


 レードが苦渋の表情で言った。

 そう、暗鬼の王が世界中の人物に影響を与えられるのならば、戦族の巫女が私を焦点だと思わせることも可能だろう。

 私が指摘する前にレードがそこに言及してくれたのは、彼には悪いが嬉しい誤算だ。


「そもそも、巫女の預言というものの詳細も不明なわけだが。暗鬼の王が干渉している可能性はあるかも知れないな」

「……ああ」


 物心ついた頃から巫女や長老という存在の下で暗鬼と戦ってきたのだ。辛くないはずもないが、彼は奥歯を噛み締めて感情を押し殺していた。全く、大したものだ。


 それにしてもだ。


「……言いたくはありませんが。手強い相手、ですわね」


 暗鬼蟲は恐らく、配下の暗鬼崇拝者(デモニスト)を操るための道具のようなものなのだろう。分かったことといえばそれくらいで、正体も居場所も本来の目的も不明。

 最悪、世界中の人間の脳に暗鬼蟲を植えつけたり、好きな時に好きな場所に暗鬼の軍団レギオンを出現させることすらできるかも知れない。


 それを、クローラは手強い・・・相手、といった。恐ろしい相手、でも、とてつもない相手、でもない。


 クローラの顎のあたりが強張っている。歯を食いしばっているのだ。

 二の腕を掴む指は力が入りすぎていた。

 彼女の普段は涼しげな美貌は、緊張と恐怖と、闘志に満ちていた。

 彼女は戦い、勝つつもりなのだった。


「ああ、強敵だ。だが、勝つ方法は必ずある」


 私は即座に断言した。

 娘のような女の子が『良い女』を魅せてくれているのだ。私が醜態をさらすわけにいくか。


「そういえば先ほど、ラス……何とかと仰っておられましたね? 主様は暗鬼の王の正体にお心当たりが……?」

「いや。私達が最終的に倒さねばならない最も強大な敵、というくらいの意味だ」

「さ、左様ですか」


 当然、あれを倒す手段があるのかどうかも不明だ。

 だが最初の混乱から立ち直った後の私は妙に冷静だった。

 倒せないラスボスなどいない……という、我ながら幼稚な思考も確かにある。伊達に『D&B』はじめTRPGを十年以上プレイしてきているわけではない。


 この世界セディアはゲームの舞台ではない、と何度も痛感してきたわけではあるが。

 それでも、暗鬼や暗鬼の王が存在するのにその暗鬼の王を倒す手段がないというのは、逆の意味で現実的ではないだろう。


 実を言えばこれは私にとって初めて、『勝てるかどうか分からない戦い』だ。

 そして、それはやっと仲間達と同じ立場になれたということでもある。

 だったら私が怯えている場合じゃあない。


 何年も前に、会社の権力闘争のとばっちりで破綻前提のプロジェクトを丸投げされた時に感じた闘志。

 学生時代、2年越しのキャンペーンシナリオのラスボスが出現した時の挑戦心。


 それらがまとめて私の中に湧き上がってきていた。


「……いずれ、あれは倒す。だがその前にやることは残っているぞ。まずは、神の庭にある『巣』を破壊しないとだな」


 私が呪術官から得たイメージだと、どうもディアーヌの母親が『巣』に成り果ててしまったように思える。

 何とか母親を救出できるだろうか?


 ジーテイアス城に戻る前に片付けねばならないことは、まだ多い。

なんやかやで100回目の更新となりました。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


まだまだ先は長いですが完走目指して精進していきます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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