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夕凪と闇夜の咲く場所で 作者:新夜詩希
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【対決された第三話】 <参>

「……ふう。さて、と……」



 斜陽差し込む寮内を歩く。何処となく生気の足りない生徒と何度かすれ違いつつ、一つの部屋に当たりを付けて立ち止まる。軽く深呼吸をして、私・八乙女桃は他の部屋と違って一際重厚なドアのノブに手を掛けた。
 校舎の北側に存在する学生寮。全校生徒を優に収容出来る、それなりに巨大な建造物だ。男子棟と女子棟に分かれていて、基本的に二人で一部屋が割り当てられる。とは言え実際に全校生徒が寮生活をしている訳ではないので、空き部屋や一人で使用している所は結構多い。私もご多分に漏れずツインの部屋を一人で使っている。寂しい、とは思わない。むしろ色々と画策するのに都合がいいので助かっている面は大きい。
 この寮はあの蜘蛛の敵陣……というか完全に本拠だ。空気は校舎とは比較にならない程蜜のように濃く、息苦しいったらこの上ない。気を抜いたら生気を持って行かれるので、常に丹田に力を入れていなければならないのも面倒だし。これに何も感じない一般生徒は逆に羨ましいとさえ言える。
 衝動的に暴れ出したい気持ちを堪え、自分の頬を張るくらいに気合いを入れ直す。生徒会執務室。両棟の一階にある共通フロアに存在するこの部屋は、言うまでもなく生徒会長・御門稜姫とその他執行部の根城だ。つまり、ラスボスの中枢。生徒会室なのに校舎ではなく寮にあるのは、単純にこちらの方が集まりやすいし何かと都合がいいからだろう。私は今からここに乗り込もうとしている。
 と言っても、別に殴り込みを掛けようとしている訳じゃない。確かに早い内に潰してしまえば残り3年をきっちり遊んで過ごせる訳だけど、如何せんまだ色々と情報が足りないのだ。何が目的なのか? 被害の規模は? 相手の力量は? 私の仕事は生徒会長をとっちめる事じゃなくて、あくまで『失踪事件の原因究明と根絶』。まあそれが生徒会長をとっちめる事に繋がっているのは九割九分の確率で明白だけど、それは二の次。真相を究明して、必要ならば祓ってしまえばいいだけの話。わざわざ危険を侵してまで寮に入ったのはここに意味がある。正に『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というヤツだ。

「失礼します」

 コンコンとノックするが、返事はない。数秒待ってみたが、何の反応も示さない。誰かがいる気配も感じない。出払っているのか、どうやら中に人はいないらしい。ダメ元でドアノブを捻ってみると……幸運な事に鍵は掛かっていなかった。

「失礼しまーす……」

 声を潜めて同じ台詞。恐る恐るドアを開いて中を確認してみると、やっぱりもぬけの殻だった。
 内装は生徒会室と聞いて連想するようなごく一般的なもの。会議用なのか長机が部屋の中央に四角く置いてあり、部屋の角にはファイルを整理するガラス戸付きの棚。特に目を引くようなものはないが……廊下よりも更に濃い妖力の残り香と、僅かな血の匂いが普通のそれとは大きく掛け離れている。

「……ふむ、これはラッキーかも」

 部屋主はいない。絶好のガサ入れチャンス。これを逃す手はない。私は手早くドアに鍵を掛け、ついでに結界も簡単に無効化して、ファイルが陳列されている棚に向かった。

「……さてさて、どんなお宝が眠っているかしら……?」

 しかしざっと目を通してみると生徒会活動日誌、生徒住所録、部活動予算割り当て、年間行事計画書、決算報告書などなど……至って普通の生徒会室にありがちな資料ばかり。期待していたものとは違って少し落胆する。……そりゃそうか、ご丁寧に事件の証拠を残していたりする訳はない。私は何を期待していたんだろうか……。嘆息しつつ、粗方漁り終わった所で最後の生徒会役員名簿に手を掛ける。



 ―――――刹那、ドクン、と私の霊力が脈打つ。



「ッ…………!?」

 危うくファイルを取り落としそうになる。これは強い妖力で括られた物体へ、私の霊力が触れた事による拒絶反応みたいなものだ。ファイルの見た目は『校外秘』になっている以外、今までのものと殆ど違いはない。だが込められた妖力は段違いだ。明らかにこのファイルが生徒会長にとって重要なものである事を如実に物語っている。何の為に妖力を込めているのか、その解析は後回しにしてファイルを開く。……すると、興味深い記述が目に入って来た。

「……成程ね、そりゃあ校外秘になる訳だわ」

 ファイルには歴代の生徒会執行部の名前が記載されている。問題なのは『生徒会長の名前』。失踪事件が起こり始めた7年前の生徒会長の名前は『御門稜姫』。その次の年も、その次の年もだ。つまり現生徒会長・御門稜姫は……



 7年も前からずっと生徒会長としてこの学校を牛耳っていたのだ―――



 恐らくはこういう事だろう。この学校を根城にして以来、学校の人間全てを洗脳し生徒会長として支配する。一年を過ぎる頃、表向きには卒業した事にして次の三年生に籍を作り、再び生徒会長として覇権を握る、と。この繰り返しを7年間続けて来た。この学校は教師も校長も御門の傀儡だ。その程度の操作など造作もない。
 これを見て括られている妖呪式の設定も分かった。7年前から生徒会長の名前が全て同じだが、万が一、一般人がこのファイルを読んでも『一切の疑問を持たない』ようにされている。魅了の妖術の派生で、この辺は蜘蛛の得意分野だろう。……わざわざそんな事しなくても偽名か何かでどうにでもなりそうなものだけど、何かこだわりでもあるんだろうか。

 一通り目を通した所で、さてこのファイルをどうしようか、という問題に行き着く。紙媒体なのでコピーするにも一旦ここから持ち出さなくてはならない。デジカメや携帯は部屋に置いて来てしまった。よくあるスパイ物やハッキング物なんかでやってるPCにUSB挿してデータ吸い上げー、とか出来れば楽なのに。とは言え、これは事件に妖怪が関わっている確たる証拠になる。出来ればファイルごと持ち出して、八乙女で解析すれば色んな事が分かるだろう。中身だけじゃなく、放っている妖力とか、使われている呪式とかね。
 しばしの思案後、やっぱりここから持ち出す事に決めた。これだけ美味しい証拠が手元にあって、しかも今持ち出さないと次のチャンスはいつになるか分かったものじゃない。後で後悔するのも癪だし、思い立ったが何とやらで手早く持参したトートバッグに押し込む。どうせならついでに盗聴の呪符でも貼り付けておきたい所だが、そこまでは流石に欲張り過ぎだろう。収穫があっただけでも良しとしなければ。

「……さて、そろそろヤバいかな。蜘蛛に見つかったらシャレにならな……」

 独りごちて振り向いた、その刹那―――





「おやおや、これは美しいお客さんだ。うちの生徒会に何かご用かい?」





 心臓が飛び跳ねんばかりに驚愕する。

「ッ…………!?」

 迂闊だった……。この寮内では妖気感知が上手く働かないにしても、鍵を開ける音さえ聴き逃すなんて。
 振り向いたそこにいたのは、生徒会長・御門稜姫……ではなく、昼間御門と一緒にいた生徒会執行部の中の一人で見覚えがあった。確か御門のすぐ隣に控えていて、狐達を一喝していた血気盛んな連中とは違い長めの髪と柔らかい笑顔が女子生徒の人気を集めそうな感じの優男。……だが見た目に騙されてはいけない。魂の形は『鬼』そのもの。御門ほどではないにしろ、それでもそこいらの低級妖怪とは比べ物にならない凶悪さが滲み出ている。

「……すみません、生徒会長とお話する約束をしていたのですが、誰もいらっしゃらなかったので勝手とは思いつつも待たせて頂きました」

 平静を装い、当初の言い訳を口にする。そう、元々は御門と話をして何か情報を引き出す為にここに来たのだ。そうしたら不在でしかもドアの鍵が掛かってなかったからガサ入れに変更したのであって、別に全てが嘘である訳ではない。事実、私は昼に御門と会談の約束をしている。コイツもその場で聞いていた筈だ。

「ああ、そうか。昼に芝生で弁当を広げていたコだね。それは失礼。でも残念ながら、会長はあいにく席を外していてね、いつ戻って来るのか分からないんだ」

 会長も奔放で困ったものだよねー、とフレンドリーに接して来る。この辺も女子生徒の人気を浚いそうな所ではあるが……目は欠片も笑っていない。

「……おっと、遅ればせながら、オレは3年で生徒会副会長の東城(とうじょう) 瑞季(みずき)。キミは確か……1年の八乙女さん……だっけ? 生徒会に用事があるならオレが話訊くよ?」

 副会長か。あの御門と並んだら絶世の美男美女で相当絵になるだろう。生徒会の人気取りにはうってつけ。コイツも御門と同じ魅了の妖術が掛かっているから当たり前だけど。

「いえ、生徒会長が戻られないのなら結構です。時間も時間ですし、また後日という事でお伝え下さい」

「……そう? 残念だなぁ。八乙女さんと少し話してみたかったんだけど……そういうなら仕方ない。……でも、ちょっとだけいい?」

「何でしょう?」



「キミは鍵の掛かった部屋で一人、何をしていたのかなぁ? そもそもオレが部屋を出る時、鍵なんて掛けなかった。人待ちするのにわざわざ鍵を掛ける必要なんてあるのかなぁ?」



「………………」

 ……もう私が何をしていたのか、私が何者なのか気付いているだろう。最早皮肉めいた言葉には嘲笑うような敵愾心しか感じられない。……こういう嫌らしい所も主そっくり。

「……さあ、鍵を掛けた覚えなんてありませんけど。ドアを閉めた拍子に偶然掛かっちゃったんじゃないですか? たまにありますよね、そういう事って」

 敢えて白々しくとぼける。脅されてただ縮こまっているほど柔な教育を受けて来た訳じゃない。妖怪に舐められて簡単に引き下がってたまるかっての。

「確かに、その可能性もなくはないね。ここの所、このドアの鍵は調子もよくないし。変な疑い掛けてゴメンね。ちょっと神経質すぎたみたいだ。あはは」

 片や副会長はあっさり引き下がる。表情とは裏腹に相変わらず目は全く笑っていない。まあそこはお互い様だろう。他の女子生徒であればとっくにメロメロになっている頃だろうが、私はそうは行かない。この程度で魅了されてやるほど若輩者でもお人好しでもない。

「それじゃあ失礼しますね、副会長。さようなら」

「やだなぁ、他人行儀で。瑞季って呼んでくれた方がオレ的には嬉しいんだけど」

「ご遠慮します。上級生を下の名前で呼べるほど図々しくありませんから」

「ああ、そうだ。最後に一つだけいい?」

「……まだ何かあるんですか? しつこい人は嫌われますよ」

 私は露骨に嫌そうな態度を見せながら、副会長の脇を抜けてドアノブに手を掛ける。一応今ここで襲い掛かられても対処出来るように、あらゆる状況を想定しながら。……だが向こうは特にそんな素振りも見せない。無闇に暴れないように躾られているんだろうか。
 そして……副会長が口を開く。



「そのファイル、別に持って行っても構わないけど、何の為に校外秘にしてあるか、その辺よく考えた方がいいよ。それじゃあまたね。引き留めて悪かったよ、八乙女『桃』さん」



 最後まで不敵な笑みを浮かべ、部屋を後にする私を見送った。……あの時、私は下の名前を名乗らなかった。なのに副会長はそれを知っている。まあ生徒会なんだし調べようと思えば幾らでも調べがつくけど、個人情報を知られたという事実が何となく心につっかえる。
 廊下に出て、持ち出したファイルをバッグから取り出す。途端、パチ、と焚き火が爆ぜるような音がしたと思ったら、ファイルが紫色の炎を上げて勢いよく燃え始めた。妖気の火なので熱は感じない。数秒も経たない内に、ファイルは灰さえ残さず文字通りこの世から『消失』した。

「……成程ね、この程度の用心はしているか……」

 自らの詰めの甘さを自覚し、嘆息一つ。ガサ入れの収穫はほぼなし。まあ本拠に押し入って無事に出て来られただけで上出来、とでも思うしかない。とは言え……こりゃお父さんに説教喰らうかも。まだ初日って事で許してくれ……ないだろうなぁ……。

 じき日が沈む。物の怪共が蠢く胎動を感じながら、私は気を取り直してその場を後にした―――――



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