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夕凪と闇夜の咲く場所で 作者:新夜詩希
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【対決された第三話】 <弐>

「成程ね、これで大体把握したかな」



 斜陽輝く夕刻。微かな妖の香りを嗜みながら抑圧から解放されつつある力を感じ、アタシ・秋吉珠葉はこの学校で一番高い校舎屋上の時計台の上に立っていた。
 八乙女の娘との会談を終え、その後一時間程掛けて敷地内をくまなく探索。一通り巡って再びこの屋上に戻って来た所だ。
 2m程の壁で四方を囲まれた御守高校。敷地面積は一辺およそ600m。真四角の中心に校舎、校舎の北に学生寮、東に体育館、西に講堂、南は校庭。正門は校庭側にあり、寮生活ではない外部からの登校生徒は校庭を突っ切るようにして校舎を目指す。敷地内に正門以外の入り口はない。それも当然と言えば当然、正門側の一区画以外は深い森に囲まれていて、出入りの必要がないからだ。
 校舎は正門から見て典型的な凸型。三階建てでそこから飛び出る形で時計台が設置されている。一階入り口は正門側に生徒用と職員用の二ヶ所が、僅か10m程しか離れていない距離で文字通り併設されていた。構造自体は何らおかしな所はないのだけど……実はこの二つが絶妙な位置で並んだ玄関が、重要な役割を果たすのだ。

「ふう………」

 一息吐く。まさか入学初日からこんなにアクティブに動き回る事になるとは思わなかった。それはアタシ達の過失でもあるのだけど、ジンには出来る限り思う通りに生活して欲しいというアタシの願いでもある。せめてもう少し事前に調査しておけばここまで面倒を掛ける必要もなかったのだけど、と軽い自嘲を一つ。ま、憂いさえ早めに断ってしまえば後はゆったり過ごせるんだし、もうちょっと気を張りますかね。

 ここからがジンには教えられない本題。
 モモちゃんとの会話で、『この学校には結界が張られている』という話が出た。結界というのは、読んで字の如く『界(一定の区画)を結ぶ』事で、簡単に言ってしまえば『区切られた範囲内に別世界を築く』妖術だ。別世界と言ってもその中にあるものが変化する訳ではなく、見た目には何ら変化は分からない。変わるのはその設置者にとって都合の良いような部分。それは空気であったり妖力の流れであったり、果てはそこに存在する『生物』から力を奪い取ったり軽い洗脳を施したりとやりたい放題に出来る空間なのだ。
 アタシやカズ、モモちゃんのように妖からの抵抗力がある者には大した効果はないのだけど、一般人には絶大な効力を発揮する。設置者である生徒会長・御門稜姫に生徒が心酔するのもその為。まあヤツは自身に魅了の妖術を重ね掛けしているから、入学して間がない新入生でも虜になってしまうみたいだけど。ジンは……まあちょっと事情があって、影響は受けないけど何となく違和感を覚えてしまうくらいには抵抗力があったりする。その辺の話はまた別の機会に。
 結界を展開・維持するにはそれなりの手順が必要だ。それはどれだけ高位の術者であっても。それだけ『結界』というシロモノは扱いが難しい。だが逆に、手間暇さえ掛ければそれこそ別次元と言える程の結界を作り上げる事が出来る。
 まずは『結界式』と呼ばれる呪式を組み上げる。いわゆる『魔法陣』と言う、妖術に由来する記号や呪文の組み合わせを陣にして描き記す。そこに妖力を流し込んで自身のイメージする結界に仕立て上げるという寸法だ。
 この学校で言えば、小さな『陣』を敷地各所に散りばめ、その位置を拠点にして敷地全土を覆い尽くす大きな陣と成し結界を展開・維持している。敷地の四隅と、中央校舎の玄関二つ、三階の両端、そしてこの時計台の計九つ。小さな陣で校舎に五芒星(単純に言うと☆型)を描く事で校舎自体が大きな陣となり、四隅の陣と頂点を結ぶドーム型に空間を切り取った結界を構築している訳だ。
 結界を消すには陣を壊すのが一番手っ取り早い。結界そのものは別世界と呼べる程強い力が働いているが、陣一つ一つは力の中継地点というだけであってそれほど強固なものではない。中継地点を崩していけば、自ずと本体は瓦解する。……だからってこの学校の結界も簡単に壊せるかと言えば、残念ながらそうではない。長い年月と吸い上げた大量の力を注ぎ込んで陣一つ取っても相当の妖力で錬られている。これを壊すのは容易な事ではない。アタシのフルパワーでぶっ壊すには派手になり過ぎるし、少しずつ力を加えてゆっくり壊すには時間が掛かり過ぎる。その間に回復されては苦労が水泡に帰してしまう。故に今は悔しいけれど、放って置くしかないのだ。まあ……モモちゃんと組めば少しはたやすくなるのだろうけど……それはもうちょっと先の……予定は今の所ない。

「さて、と」

 得られた情報は頭の中で整理し終えた。下校時間も近付いて来ている。そろそろ潮時だろう。家ではジンとシン、それにカズのご飯が待っている。アタシは屋上の手すりに手を掛けると―――



 何の躊躇いもなくこの身を中空へと躍らせた―――



 20mの自由落下。停滞している空気は暴風に成り代わりこの身を打つ。僅か3秒間、アタシは滑空する鳥と同じになる。迫り来る地面。本来、翼を持たない生物には成し得ない飛翔は業の深い刹那の幻想。確かにアタシだって自在に空を飛ぶような芸当など出来ない。だがこの程度の高さからただ飛び降りるだけなら造作もない。
 地面に叩き付けられる瞬間、ふわり、と躰が浮き上がり、着地の衝撃をゼロにする。逆巻く風は心地よく、舞い上げた髪を揺らしてアタシを撫でた。苦もなく地面に足を着き、ほっと一息。鳥とは違う原初の在り方へと立ち戻る。
 さて、教室に荷物を取りに行かなくちゃ、と踵を返したその刹那―――



「あらあら、そんな下品な真似は関心いたしませんね。確かに屋上から一階まで下るのは煩わしいのは理解出来ますが、折角階段があるのですからきちんと歩いて下っては如何です? それでは狐と言うよりもまるでお猿さんですね」



 甘い響きの中に嘲笑と敵愾心を折り混ぜた丁寧な声が、アタシの背後から聞こえて来た。

「あら、生徒会長。これはご機嫌麗しゅう。こんな時間まで校内の見回りとは精が出ますね」

 アタシは振り返らずに声の主に応対する。

「勿論です。今は失踪事件などもありまして何かと物騒ですからね。警戒はし過ぎて困る事などありませんよ」

 白々しい……。言葉の端々に滲み出る皮肉や嫌味に虫酸が走る。即座に振り返って襲い掛かりたい衝動に駆られるけど……ここは相手の本陣でありアタシはまだ本調子ではない。残念ながら今はまだ返り討ちに遭うだけだ。そう、今はまだ……。

「そうですか、頑張って下さい。用も済んだしいい加減お腹も減って来たし、アタシはそろそろお暇させて頂きますね、生徒会長。それではさよーならー♪」

 ただの一瞥もせず、適当にあしらってその場を切り抜ける。障らぬ妖怪に何とやらだ。こんな時間にこんな場所でやり合うとて、相手としても本意ではないだろう。ならわざわざ突っ掛かっても益はない。さっさと秋吉荘に帰ろう。お腹が減ってるのは事実だしね。そう言えばコイツのせいでお昼ご飯半分くらい食べ損ねたんだった。
 ……しかし

「………ふふふ………くっくっく………」

 ……そうは問屋が卸さないらしい。背後の生徒会長は新しいオモチャでも見つけたように、嬉々としながらも禍々しい嗤いを零す。ビリビリと肌を刺す緊張感と重圧。周囲の空気が濁り、腐敗していく。昼間ジンに向けられた妖気の何十倍と言える悪意がアタシに叩き付けられる。………ちっ、面倒臭い。

「命が惜しくば、(わらわ)には逆らわぬ事ぞ。ヌシのような妖怪崩れ、喰ろうても腹の足しにはならん。じゃがこれ以上目障りなようなら、地獄すらも生温い目に遭わせてやるぞえ? くくくくくく………!!」

 ……成程、これが本性か。蜘蛛の正体に違わず陰湿で醜悪な性格が、今までの『理想の生徒会長』像から反転して全面に姿を現した。ここまで恭しいと逆に清々しささえ感じられる。……何ていうか、わっかりやすいラスボス風味? なまじ力を手にした小物妖怪ほどこういう態度を取りたがる。ま、一種のお約束よね。

「そう言えば、ヌシと共におったあの童はなかなかにそそる。アレほど美味そうな人間もまた珍しい。ヌシがどう出ようと、近い内にアレは妾の極上の馳走となろう。快楽と恍惚に染まりし血の味も悪くはないが、苦悶と絶望に味付けされた御魂(みたま)は最上級の糧。濃厚な霊気は葡萄酒の芳醇さなど比べ物にならず、色鮮やかな肉はさながら禁断の果実のように瑞々しい。今よりあの童を食す瞬間が待ち恋しいぞ……! くくくくくくくく……!!」

「……アンタみたいな低俗にジンは勿体ないねぇ。分不相応って言葉、知ってる? 低級は低級らしく、お山の大将気取りで悦に入って満足してなさいな」

「くっくっく……吠えるのう。その気丈、果たしていつまで続くかえ? この結界内で妾に敵う道理など微塵もないわ。それが分からぬ戯けではなかろう? ヌシ達は鳥籠の中の鳥、まな板の上の魚も同然。態度を改めぬは死期を早めるのと同義。妾は絶対であると知れ」

「冗談。アンタみたいなのに媚び諂う気なんてこれっぽっちもない。アタシの方こそ見逃してあげるから、さっさといつも通り生徒会役員のイケメンさん達に庇護して貰えば? それでもジンを狙うってんなら、その時は存分に後悔させてあげる」

「……………………」

 あくまで強気の姿勢は崩さない。こういう自尊の高い相手は下手に出ても付け込まれるだけだ。隙を見せず恐怖も見せず、自分の方が優位な立場なのだと、相手ではなく『自分』に言い聞かせる。……そう、正直に言えば、蜘蛛の言い分は全面的に正しい。今ここで喧嘩を売られて、アタシが勝てる道理なんかない。
 ……だからって、だからこそ引く訳にはいかない。相手はジンを狙う事を明確に宣言している。アタシが逃げる、それはイコールジンを失うと言う事。そんな事は、例え死ぬより辛い目に遭ったとしても出来る訳がない。

「くっくっく……その勇気に免じて、この場は見逃そうぞ。妾とてこの時間に事を荒立てたくはないのでな。……だが、ヌシにはいずれ然るべき処遇を与えよう。楽しみに待っておれ。妾に楯突いた事がどれ程の大罪か、身を以て知るがよい。ははははははは…………!!」

 背中に感じていた刃物のような視線と肩にのし掛かっていた重圧が消え、それに澱んでいた空気が唐突に浄化され息苦しさから解放される。それでも残る不快な残り香が神経を粟立たせるが、一先ずは危機的状況を切り抜けられたので良し。軽く息を吐き、新鮮な空気を肺に取り入れて空を仰ぐ。それに呼応するように、妙に肌寒い風が一薙ぎ、アタシの躯を吹き抜けた。



「やっぱり……早めにカタをつけなきゃ、ね……」

 じき訪れる宵闇の足音を聞きながら、アタシは一つの決意を胸に刻む―――――



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