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夕凪と闇夜の咲く場所で 作者:新夜詩希
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【対決された第三話】 <壱>

「……さて、ここからが決戦だ。メモは持ったな? お互い、無事に生きて帰って祝杯を上げようぜ、相棒」

「う、うん。頑張るよ……」



 時は夕刻。燦然と輝いていた太陽はその役目を今まさに終えようと、ゆっくり睡魔に身を委ねるように沈んで行く。斜陽の差す商店街。夕食時の買い物に勤しむ主婦群に於いて、些か浮き気味のブレザー姿の二人組男子。手にはエコバッグとメモを持ち、これより決戦の地に赴かんとするかのような気合の入れようを見せている。
 教室でタマと別れた僕とカズは商店街に訪れていた。それは勿論、今晩の夕飯食材を買い揃える為であり、同時に足りない日用品の買い足しの為。既に幾つかのスーパーや小売店を回ってお買い得品や必需品を買い漁った後であり、最後の一軒に選んだこのスーパーマーケットでのタイムセールに照準を合わせ辿り着いた所だ。

『鮮生食品駅前総合商店カエサルマート』。古代ローマのご高名な政治家さんとは特に関係はないと思うが、これからタイムセールに臨む僕らはある意味で『賽は投げられた』な状態である事は否定出来ない。名付け親である店長が結構ユカイな人で、その人の店内放送でよく耳にする『買え! 猿共!』という台詞がその個性的な店名の由来だろうとの噂。……『お客様は神様』とはよく言うけど、一周回って猿呼ばわりする店って如何なものなんだろうか。
 とは言え、品揃え・品質・価格は地域でも一二を争う質なのは確かだ。それに加え、タイムセールも充実している。……故に、ピーク時の混雑具合は半端じゃない。目的の品を手に入れられるかどうかは強き意思と経験、そして運が左右する。1円でも安く買おうという奥様方の、時に行き過ぎたりするその熱意を侮ってはいけない。それはさながら、日本現代社会に於いての『戦争』に他ならないのだから。……決して過言なんかじゃないですよ? そう思うならお母さんに訊いてみるといい。

「んじゃ、任せたぜジン。健闘を祈る」

「あ、うん。カズもあんまり無茶しないでね」

 いざ店内へと滑り込み、互いに買い物カゴを携える。タイムセールまでまだ数分の猶予を残しつつも、店内は既に熱気と喧騒に支配されていた。……今日一日、あの違和感満載の学校で過ごしていた所為か、こう言う喧騒に僅かばかりの安堵感を覚える。それはさて、喜ばしい事なのか。
 僕とカズは二手に分かれ、僕が時計回り、カズが反時計回りに店内を巡る作戦を取る。分担する事によって効率的に目的の商品を買い集めつつここから反対側で合流した後、中央で行われるタイムセールに備えようと言う算段だ。担当は主にカズが食材、僕がそれ以外。鮮度の選別眼を考えれば当然の配置だろう。

「さて、と……」

 店内を左手に沿って歩き始める。洗剤の詰め替えや冷凍食品、タマ用と思しきお菓子などメモに書かれた品をカゴに放り込むだけの簡単なお仕事とは言え、一応適当にでも値段の吟味は必要だ。

「あれ、このミネラルウォーターは確かあっちの店の方が5円安かったなぁ。後でカズに申言しないと」

 メモにチェックを入れる。カズ曰く、こう言う数円単位でも節約を日々徹底する不断の努力によって家計に安定をもたらすのだとか。……カズのどこら辺が僕と同い年なのか、誰か教えて下さい。かく言う僕もカズの手伝いをしている内にかなり染められて来てるけどね。
 タイムセールを控え微妙に空気がピリピリしている店内を巡り、順調にメモを潰して行く。……カゴの中身を確認すると結局大半がタマが食べる為のお菓子になってしまっているのは些かどうかと思うが、こちとら大家に申言出来る程偉くはない。苦笑しつつも気が付けば僕の担当区域は周り終え、後はタームセールでゲットすべき惣菜・肉魚だけになっていた。

「……ん、カズがまだ来てない」

 こちらの買い物が順調過ぎたのかカズの食材選定に時間が掛かり過ぎているのか、普通に進めばほぼ同時に辿り付く筈の入り口反対側の清涼飲料コーナーに到着してしまった。まあ別段珍しい事でもないが。キャベツ一玉選ぶのに5分悩んだりする事もある位だし。……だからカズのどこら辺が僕と同い年なのか……。

 などとぼんやり考えていると……



『あー、チェックワンツー。よし、今日も懲りずに雁首揃えてやがんな。そんじゃそろそろお待ちかね、カエサルマート名物タイムセールだ! 卵L玉1パック¥90! 豚バラ100g¥80! 特製メンチカツ8枚入り1パック¥130など! どーだ安いだろ!? 場所は店内中央、特設ワゴンだ!! 数量限定・完全早い者勝ちの弱肉強食!! 買えねえヤツはモヤシでも食ってろ!! そんじゃ、レッツパーリィターイム!! ヒャッハー!! オラオラ買えや猿共ォォォォォォ!!!』



 なーんて、ファンタスティックな色の髪をおっ立てて鋲の入った黒ジャケットを着て顔中ピアスだらけな人が更にヤバげな何かをキメながら絶叫しているとしか思えない店内放送が爆音で響いて来た。これがかの有名なカエサルマートの店長・グラップラー異屍神(本名:石上いしがみ たもつ36歳男性)の店内放送である。……わー、相変わらずスーパーマーケットの店内放送とは思えねークオリティですねー。こんだけお客様を卑下しているのにクレームが殆ど来ないというのは、世の中何か間違ってると思う。

「……って、こんな悠長にしてる場合じゃない!!」

 既に人集りが出来つつあるワゴンへと走る。タイムセールが始まってしまった以上、のんびりカズを待っている訳にはいかなくなった。タイムセールは初動が命。僅か一歩の遅れが後に覆せない差となって現れて来る。敗者は余り物にさえ有り付けないのだ。事前の取り決めでも『どちらかが間に合わなくても待たずにタイムセールには向かう事』。何に於いても最重要事項として徹底的に教え込まれている。……僕の調教具合も大概だな……。
 デスでメタルなBGMに乗せたグラップラー異屍神(本名:石上保36歳男性、バツイチJK好き)氏の『ウベボワギャーーー!!』だの『ギギョベルフォーーー!!』などおよそ日本語どころか言葉でさえなさそうな愉しげな店内放送(絶叫)が響き荒れる中、既に阿鼻叫喚と化しているワゴンに辿り着く。……着いたのだけど、有閑奥様方の迫力と圧力に弾き返されて思うように商品を掴めない。その中で一際猛威を振るっているのが……

「あーら三丁目の奥さん、最近下っ腹が出て来たんじゃなくて? 安い肉喰い過ぎでしてよお~っほっほっほ♪」

 などと周囲の奥様方に精神的ダメージを与えつつ、その圧倒的な剛腕で次々と獲物をゲットしていく濁声の紫オバサンパーマ。毒々しいファッションセンスと荒れ狂う存在感は、正に戦場の鬼。並み居る歴戦の奥様方を千切っては投げ千切っては投げするように蹴散らしている。この御方が前話でカズにその存在を懸念されていたタイムセール荒らしのオバサン『ハリケーンババア(CV:くじら)』その人なのだ。……や、『千切っては投げ千切っては投げ』は流石に言い過ぎだが、見た感じ本当にその位無双している訳で。
 だからと言って怯んではいられない。大半の目玉商品は取り尽くされてしまったが、今日確保しなければいけないものだけはしっかりと視界に捉えている。厳選国産豚ロース200g¥220、2パックセットで¥400。タマが食べたいと言った豚の生姜焼きを作るに欠かせない食材。コイツのゲットが今回のタイムセールの至上命題だ。国産肉じゃないと怒るからね、タマ。
 ハリケーンババアは目標の反対側、惣菜が集中しているブースで無双している。本格餃子のパック詰めと特製塩ダレ焼き鳥を同時に奪い取って素早くカゴに入れているなど、周囲にその実力の違いをまざまざと見せつけていた。……今がチャンス。僕程度の実力では、ハリケーンババアと対峙した所で何も出来ずに跳ね飛ばされるのがオチだ。ならば避ける。障壁は無いに越した事はない。今ならばヤツに邪魔されずに肉を捕えられる―――!

「うおおおおお!!」

 奥様方の包囲網をすり抜ける。こんな時だけは自分の矮躯に感謝。ステップは軽やかに、しかし力強く、時にフェイントを織り交ぜる。自分だけが通れる僅かな隙間を縫って、標的(豚ロース200g¥220、2P¥400)へと手を伸ばす。間違いない、このタイミングは取った!! 特選ロースゲットだぜーーー!!
 ……だが

「あっ!?」

 伸ばした手が誰かの手と交錯する。僕の死角から、他の誰かも同時に手を伸ばしていたようだ。状況確認が甘かった。まさか他にもあの肉を狙っていた人がいたなんて―――!
 ロースは僕の手を掠め、発泡スチロールの容器が弾かれてワゴンを滑る。僕の身長ではどう足掻いても届かない。……万事休す。これは経験不足から来る僕の過失。絶望感に苛まれた、その時―――

「よっと、ナイスアシストだぜジン!!」

 何処に身を潜めていたのか、弾かれたパックを華麗に受け取るブレザー姿の少年。そう、僕の相方にして年不相応の主婦ぶりを見せ付ける榎戸和也、その人であった。
 カズはどうやら惣菜コーナーの方から回り込んでいたようで、僕とはほぼ正対の位置からタイムセールに参加していた。カゴを見れば、既に幾つかのセール品を確保している。僕なんかとは比べ物にならない手際の良さだ。鮮やかに肉をゲットしたカズはその女生徒から絶大な支持を受ける笑顔に白い歯を輝かせ、親指を立てて僕に合図を送る。……ああ、何か無駄にカッコイイよカズ。ドヤ顔が輝き過ぎだよ。

 ……と思ったのも束の間、



「ふんっ!!」

「ぐはぁ!?」



 ごしゃっ、と言う奇妙な粉砕音が聞こえたと思ったら、カズが何者かに吹っ飛ばされた。そしてその人物はこれまた華麗に豚ロースを強奪し、事も無げに自分のカゴへと仕舞い込む。その所作はあたかも職人。躊躇や情けなど微塵も感じさせない機械のような正確さだった。カズをぶっ飛ばした犯人は当然ハリケーンババア。正にタイムセールの鬼と言わんばかりの獰猛さである。

「いっでっ……おいコラババア! その肉はオレが取ったヤツだ! それを抜け抜けと脇からラリアットで強奪とはどう言う了見だオラぁ!!」

 流石に気に障ったのか、即座に体勢を立て直しハリケーンババアに抗議するカズ。……あ、ラリアットだったんだ、今の。

「ふん、まだカゴに入れた訳じゃなかったでしょうが。手に取っただけじゃ所有権を主張するには不十分ね。そーゆー事はカゴにキチンと仕舞ってからほざきなさいよ。まだまだアマちゃんね。あたしと勝負したけりゃもう10年修行しなさいクソガキ。あーら、なかなか良い肉じゃない。これはめっけもんだわ。おっほっほっほ♪」

『………………』

 濁声で捲し立てて、ハリケーンババア(CV:くじら)は去って行く。後に残るのは品物が取り尽くされ、『つわものどもが夢の跡』という様相を呈しているタイムセールワゴンと、首を変な角度で曲げたカズと何も取れなかった僕、他にも被害に遭われた奥様方。その名の通り『ハリケーン』が過ぎ去った後のような虚無感。頭をよぎるはババアへの僅かな恨みと、生姜焼きが食べられなくて暴れるであろうタマの姿だった。

『ヒュー!! 今回のタイムセールもクールだったぜェェェ!! 目的の品はゲット出来たかよ!? そんじゃ本日のタイムセールはこれにて終いだ!! 次回のタイムセールはまたチラシで告知すっから要チェキしとけよ!? 閉店にはまだまだ時間があっから、引き続き思う存分買えや猿共ォォォ!! ヒャッハー!!!』



 夕暮れ時のスーパーには、今日もグラップラー異屍神(本名:石上保36歳、趣味パッチワーク)の振り切れた店内放送が響いていた―――――



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