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御ヒメさま4
作:水瀬愁


 月が満ちる。
 表が裏となり、裏が表となり。
 我は欠けることなく、汝欠けることなく。
 故に、我と汝は反転するであろう。
 その瞬間こそが終わり。終焉の一瞬。
 月が満ちる。
 今宵は変化の宴。
 我が――ついに個と戻る夜なのだ。


 パーティ会場。
 人の多さはきっと悠ちゃんが行った夏祭りにも引けをとらないだろう。
 知ってるような知らないような人たちがそれぞれにそれぞれの輪を作ってはいるが、ここに集まっている理由は皆同じだ。
 私と正彦さんも、同じ部類の人。
「だ〜れだっ?」
 私の世界が真っ暗になる。
 あれれ、手に持ってたお皿も消えちゃったよぉ、これじゃお料理さんが食べられないなぁ。
 むむぅ。と唸って考えてみる。
「……あんたにケンカ売った私がバカだった」
 真っ暗が消えた。
 明るさの違いに一瞬だけ目が眩む。
 振り返った。
「眩しいです〜……」
「それはどういう意味かな?」
 グラマーとかセクシーとかはこういう人のことを言うのでしょう。
 私とは全然違う。ちょっとだけショック。
「麻衣はあいかわらず、小さいねぇ」
「むむぅ……」
 ツヤツヤした黒髪を腰まで伸ばしスーツみたいな服の胸元がきわどく開いたやつを着こなしている、できる女さん。
 小さいとは酷い、これでも三角頭巾をつけてちょっとでも高くみえるようにしてるのだから。
 といっても、前にいる人を見ようとすれば自然と一歩くらい退かなくちゃならなんだけど。
「みぃちゃん、ひどい!」
「みぃちゃんですか、そうですか。そんなこと言うお口はこれかな?」
 わ、わわ、地雷を踏んじゃったようです。
 ほっぺたがぶにゅ〜と伸ばされちゃってます。
 ……痛い。
 だいなりとしょうなりの目になっちゃいそう。
 手を離したみぃちゃんはいたずらっ子の笑みを浮かべている。
 やっぱりひどい……ほっぺがひりひりする。
 う〜って睨む。
 悠ちゃんをも従えてしまう麻衣ビームが炸裂♪
「う〜」
「……」
「う〜〜」
「…………」
「う〜〜〜」
「………………」
「う〜〜〜〜!!」
「………………はぁ」
 ウィンナー私♪
 ウィナーだったか。
 みぃちゃんは私に皿を差し出した。
 その上に乗ってるお料理さんをもぐもぐ頬張る。
 うん、おいしい♪
「やあやあ、そこにいるのは水越の女王ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
 私に声をかけてくるのは、みぃちゃんの夫様。
 白髪がもじゃもじゃしてるけど、衰えてきてる風はない。
「見沢さん、お久しぶり♪」
「本当に、お久しぶりですな――あの男は?」
 あの男、それだけで通じるのは何十度目になるからだろう。
 私はにっこりと微笑み、その背後を指差した。
 同時に修羅場ができる。
 拳が見沢さんを貫いた幻影を見て、横へステップしたという事実を少ししてから認識し、反撃の一撃をも繰り出されていることをさらに経過してからでしか認識できない。
 その反撃すらも回避され、カウンター返しである回し蹴りが放たれた。
 見沢さんは迷うことなく腕を縦に構える。
 すっごく大きな音がして、衝突し合った。
 見沢さんが格闘している相手は、私の夫様。
「ふふふ……少し遅くなったのではないかね? 水越の者よ」
「ははは……まだまだ序の口。見沢の者がしっかりついてこられるよう気を使っているというわけだ」
 ……あ、火花。
 見沢さんと正彦さんがいがみ合うのはいつものことだけど、迫力の凄さに見とれちゃうなぁ。
 はっと思い出したことがあって、それを言うためにみぃちゃんへ振り返る。
「みぃちゃん。今日はパーティに呼んでくれてありがと♪」
 今日のこのパーティは夏休み前からぼんやりと企画されていたらしい。
 何も祝うことはないけど、夏だからオーケーってことで。
「どういたしまして――っと、息子さんは来なかったの?」
 動作ひとつひとつがカッコイイみぃちゃん。
 羨ましいなぁとか思って、マネをしてみたことが昔にあったけど、全然かっこよくなかった気がする。
 それでも、正彦さんみたいな良いお婿さんがもらえてよかったなぁ。
 しかも、みぃちゃんとこうして会うこともできるし、何より毎日がにぎやかだし。
 ――昔の正彦さんと同じような、悠ちゃんもいるから。
「悠ちゃんなら、人混みが嫌だ〜って言って外の方歩いてるけど?」
「へぇ……偶然って凄いね。ちょうどこっちのむすめも外歩きに行ったんだ」
 ふむ、あのか。
 あることを思い出したら、顔が真赤になりそうになった。
 ぶんぶんと頭を振って、上を見上げる。
 シャンデリアが綺麗に発光していた。


 満月が淡く綺麗に浮いていた。
 やっぱり、静かな空はゆったりしてて気持ちいい。
 空気をめいいっぱい吸い込み、吐き出した。
 夜、世界は真となる。
 世界の汚さが曝け出されると、ある小説では言っていた。
 俺は違うと思う。
 世界は汚いし、人は邪な考えを捨てることもできないのだろうけど――
「……悠、さん?」
 綺麗なものも、あるだろうと思う。
 月明かりは頼りない感じだけど、それでも美しいものをしっかりと照らせていた。
 腰まで伸びた髪はとても柔らかそうで、白い肌は美しく悩ましく艶やかで。
 まるで精霊のようだ。
 だとしたら、ドジっ子な精霊だな。それとも、天然な精霊か。
 人工な精霊は見たことも聞いたこともないが。
 というか、その天然じゃないか。
「よっ、こんばんは。今宵の月はまん丸だな」
「……こんばんは」
 一瞬驚いた風にしたが、何らかの解釈をして納得したらしい。いつもの笑みを浮かべて挨拶を返した由佳。
「散歩か?」
 立ち止まったしまった由佳の隣まで歩み寄る。
 何かを言いたそうで、でも勇気がないからか言うことができなくて、おろおろするしかなくて。
 由佳がそういう状態なのだということがありありとわかった。
 だが、結局はコクコクと頷く。
 ……追求するわけにもいかないしな。
 普通の会話にピントを合わせることにした。
 至って普通の会話を交わす間、ずっと由佳は影が差した表情をしていて。
 なんとなく話がかみ合わない。
「……悠さん。ひとつ、良いですか?」
 その原因が今紐解かれる気もするのだが、不安とか心配とかのほうが大きいわけだ。
 俺はできるだけ普通を装う。
「良いぞ。で、なんだ?」
 急かすわけにもいかないので、いつもの自分を思い描きながらそう言った。
 由佳が俺の前へと小走りし、ぐっと力んで顔を覗き込んでくる。
 俺の脚も急ブレーキ。
 っていうか、結構危ない未来が見えた。
 接触事故というか……まあそんなものが起こりそう、なんて。
「え。ええと、その! んと……ゆ、悠さんに彼女さんがいることは、わかってるんですけど……」
「………………」
 なにやら誤解がそのまま残っているようだ。
 俺は口を開く。
「お前が会ったやつ。母さんだから」
「え?」
「だから、俺の母さん」
「え………………ええ!?」
 由佳は目を丸くした。
「だ、だってだって、あの人、私よりちょっと背が高いくらいでせめてでも大学生じゃ……お、大人っぽい女性好きかとも幼い女性好きかともとれそうな彼女さんでしたし!」
「背が低いのは本人の前で言うなよ、マジで泣くから」
 というか拗ねるから。
 母さんが拗ねると……可愛いんだよな。
 っと、思考がヤバイヤヴァイ。
「俺の父さんの妻ですよ、その人は」
 俺はわざと敬語で丁寧に告げる。
 由佳はぽかんとして口元を押さえた。
「…………そうなんだ〜、なら私が悩んでた理由って………………」
「ん?」
 よく聞こえなかった。
 いや、聞こえた気もするんだけど、よくわからなかったっていうか。
 その思考に、先ほど傍受した言葉が飲み込まれてしまったというか。
「な、なんでもないです!」
「………………」
「ほ、ほんとに、なんでもないです、から……」
 ……追求してはいけないようだ。
「なら、いいや」
 俺はきっぱりとそう告げる。
 由佳がほっと息を吐いたのがわかった。
 空を見上げる。
 満月が淡く綺麗に浮いていた。
 やっぱり、静かな空はゆったりしてて気持ちいい。
 おっと、これはさっきも考えったっけ。
 俺は由佳へと目をもどした。
「………………」
 虚ろな瞳が、空を見上げている。
 満月を直視して、だんだんとその屈託ない瞳から光を消し去り。
「ゆう………………」
 由佳が止った。
 俺は振り返るようにして今一度由佳を視界に入れ。
「………………か………………」
 名前という三文字の間で、心情はこんなにも変化することがあるのか。
 今俺の心を埋め尽くしているのは、恐怖と不安と焦燥。なによりも――
「由佳!?」
 絶望だった。
 由佳が後ろへと倒れている。
 まるでスローモーションかのような一時一時。俺は動けない。
 由佳が地面と水平になり、そのまま幾分か俺へと離れるように感じ、地面へと折られた足を俺は直視する状況になり。
「………………宴だ。存分に楽しめ」
 そんな、由佳であって由佳でない者の声を聞いた。


 御ヒメさま 第四話 【唐突な終わりと同時始まる孤独】


「何を考えてるのだ?」 
 巨大ハンバーガーから目を離し、向かいあっているあいつへと目を向けた。
「む、なんだ?」
 俺がまだ何も言っていないというのに、ただ見ているだけでだんだんと表情が変わっていくこいつは結構おもしろい。
 最初はちょっと首を傾げた風、少しして拗ねたように口を尖らせ、だんだんと怒った風になり、最終的には――
「一体なんなのだ!?」
 こういう風に痺れを切らす。
 僅か五秒の出来事だ。忍耐力ないなぁ。
「なんでもないなんでもない」
「むぅ……な、何かいやらしいことでも考えてたりはしないだろうな!?」
 そういう言葉を周囲を気にせずに言わないでいただきたい。
 俺は無言でポテトフライを摘み、宙を泳がせた。
 僅かな静寂。ヒットを感じ勝利を掴み取る。
「美味いか? そうかそうか、もっと食っていいぞ」
「……むむぅ」
「そのままぶくぶく太ったら俺が責任とってやる」
「………………せ、責任」
 ふむ、少し拍子抜けな声だ。
 俺はポテトフライを咥えたままぼけっとしているこいつをどう対処するか。
 思案――顔を覗き込むことにした。
 すぐに反応が返ってくる。
「ば、バカ! いったい何を!?」
「いや、大丈夫かと心配になってさ。他意はない」
 すると、怒りんぼなはずのこいつが少しだけテンションの風船を窄めた。
 俯き加減で呟く。
「そ、そうか……他意は、ないんだな」
 ……何がどう不満なのか言ってくれないとわかんないんだけどな。
 頭をぽりぽり掻く。
「そ、その――で、できればでいいんだが、その……この後、行きたいところがあるんだ。
だから、その、えっと」
 ものすっごくどもっているが、言いたいことはわかった。
 変なところで不器用なこいつ。俺がエスコートしてやらないとな。
 俺は片手を取ってやる。
「暇だからな。どこまでもついていってやるよ、御姫様」
 若干頬を赤くして、ガリガリとポテトフライ一気食いを始める御姫様は食いしん坊のようだ。
 俺は苦笑し、コーヒーを啜る。
 少し時間が経ち、世間話のネタも尽きたところで――立ち上がった。
 イスの摩擦音がとても響き渡る。だが、気にする者はいない。
 人の多さが短所のファーストフード店だからな。
 そして、我が御姫様へと片手を差し出した。
「行くぞ――由佳・・
「ちょ、ちょっと待て――って、わぁ!?」
 たまにもこちらの波に乗せないとな。
 乗せられてばかりっていうのはしゃくだ。
 うん、たまには由佳・・もおどおどすべきなんだ。
 いつもがみがみどやすし、人には命令口調だし、女の子にしては口調が古風だし。
 それでも少ししたら主導権が由佳・・にもどり、俺が引っ張られる。
 まあ、この方がしっくりきちゃうわけだが。


 これが日常なんだが、何かおかしなところがあったか?
 俺には、ないと言い切れる。


「それで行きたいところっていうのが……教室かよ」
 日は既に傾いて西日が差し込んでいる。俺は教室の引き戸の前で立ち止まった。
 室内がオレンジ色に染まっている。綺麗なのは綺麗だが、高台に上ったほうがロマンチックだろうし、女の子もそっちのほうが良いんじゃないのか?
 そのまま疑問を口にすると――
「いいんだ。ここは特別だからな」
 などと返してくる。
 怒った様子もなく、嬉々としている由佳・・
 まあいいかと思い、引き戸を開ける。
 聞きなれた音が響いて、教室内へと足を踏み入れることができるようになった。
 何かを考えるわけもなく、一歩を踏み出し中へ入る。
 同じタイミングで室内へ入った由佳・・が、さらに幸せそうな笑みを強くした。
 ――女って生き物はよくわからん。
 男には一生、なんとなくでしかわからないものなんだろう。
 黒板に文字はひとつもなく、綺麗なまっさらだ。
 黒板消し係、凄いなぁ。
「なあ、。おぼえてるか?」
 この教室での思い出はない気がするけどな。
 由佳・・が振り返ってくる。
「あの七不思議巡りの日よりも、もっと運命的な普通の出会いが――ここだ」
 記憶の隅にすら残らないことだ。
 後付とかなんだろうけどな。ただその出会いがちょうど運命的なものになっただけで、同じ出会いでもそれ以上のアクションがないとかのほうが大部分の確率を占めていそうだ。
 つまり、俺は砂漠から一握りの砂金を掴み取ったような運命を目の当たりにしてるってわけか。
 実感が少し湧いてきたぞ、オイ。
「あの出会いでは何も思わなかったし、友達以上どころか、友達以下になっていた気もする。
 あの後、七不思議巡りをして、私の中に『狐姫』が封じられてるってわかったときから――運命な気がしてたんだ」
 由佳・・は言葉を切らない。
「その後あいつが、あの女が『雪女』だってわかって、『ザシキワラシ』の女が現れて、たくさんのことがあって、それで――といっしょにいる時間が増えて。
気づいたんだ。多分最初は小さな気持ちだったんだろうけど、今はもう抑えきれないくらいで!
私は、のことが――」
「待ってくれるか、由佳・・
 俺は由佳・・を止める。
 なぜ? と目で訴えかけてくるのを感じる。
 俺はゆっくりと口を開いた。
「お前が由佳・・の軌跡で、その気持ちを言う限り――俺は、お前をお前としてみることができないんだ。
できれば、お前と過ごしたこの数週間で、聞かせて欲しい」
 由佳・・の表情が固まった。
 訊ねられることは、わかっている。
 冷静すぎる思考回路。淡々と述べることができそうだった。
 それこそ、真相を知っているからだろう。
 それでの余裕だ。
「まずおかしなことがいくつかある。
俺の記憶に、『由佳自身が狐姫だと気づいた瞬間』はない。同時に、『雪女』のことも『ザシキワラシ』のことも、俺だけが知っている事実だ。
結局、みっくんはあの後勝手に消えちゃったんだからな」
 俺は黒板へと歩み寄る。
「さっきのことを言えば。俺はファーストフードに行ったことなんて一度もない。
お前の筋書き通りだった内は何も感じなかったが、今はどうだ? 何も俺への干渉文を考えてなかったんじゃないか?
だから、自由が残る」
 そのまま手を伸ばし。
「記憶の誤差だ。お前と俺。記憶にちょっとした誤りがある。
その理由、お前が弄くった。そうだろう? だが、色々と間違ってるところがある。
今日この日を考えたのが唐突で、焦りがあったか。
最後のひとつは、大きいようで小さい――お前がロマンチストだとしたら、大きいことだ」
 俺は黒板に触れた。
「俺は――あの時、奈菜によって会わせられるより前に、由佳と会っている。
お前はそのころ兆しすらなかったから知らないよな――『狐姫』」
 黒板全土へと白文字が展開した。
 風が巻き起こる。
 俺はできるだけ床に身を沈みこませた。
「運命の出会いは――由佳との運命の出会いは、もっと昔なんだ。
お前じゃ由佳で居続けられない。俺にはわかる」
 黒板が破裂した。
 同時に放たれる影。
 由佳・・は両手を振り、数個の斬撃を走らせた。
 床が簡単に砕けていく。それほど、軌道が読みやすい。
 影はサラリとそれらをかわし、由佳・・の目の前に来た。
 掲げ持つのは――ライター。
「グッドタイミングだな。
ここまで狐を化かせるとは思いもしなかったよ。
恋は盲目というが、これほどとはねぇ」
 通称『トイレの花子さん』たる咥えタバコの作業員男性。
 爽やかな微笑を浮かべてはいるが、悪餓鬼って感じが全然隠されてない。
「……なぜここに」
「干渉の余地はあった。ありすぎるほどにな。
俺と、『ザシキワラシ』くらいになると『狐姫』が世界停止させても動き続けられるんだよ。
雑魚妖怪どもは止ってるだろうがな」
 咥えタバコのままで流暢にしゃべるものだ。
 感心するしかない。
「数週間なんていう長い期間。特に抑制も筋書きも記すことなく世界掌握しようなんざ不可能に近いんだよ。
由佳って娘の違いすぎる違いに、普通気づく。
ってもまあ、筋書き通りの間はそれすらも気づけない精神状態に改変されてたみたいだけどな。
それ以外の多大な時間で、計画を練らせてもらった。俺たちとあいつと」
 『トイレの花子さん』に指差される理由はないんだけどな。
「……クッ」
 『狐姫』は怒りや憎しみの感情に、顔を歪めた。
「所詮、人と妖怪が馴れ合うことは不可能ということか………………」
 苦渋の結果。
 俺は立ち上がった。
「それは違う」
 全否定するために。
 『狐姫』は俺を見た。
 その目は少し前まで見てきたような、親しみのある瞳で。
 でも、すぐにマイナスの感情に埋まる。
 だけど、俺にはそれが表向きなものにしか見えない。
「俺は、由佳の過去を利用するお前が嫌いなだけだ。
ポテトフライで釣られて、ちょっと見てるだけでキレて、たまに勝手な命令ばっかして俺を困らせてばかりなお前を――嫌いなんて、思ったことはない」
 『狐姫』が目を緩ませた。
 泣きそうだった。俺でもわかるくらいに。
「でも……私は『狐姫』で………………嫌われるんだ。どうせ、私は嫌われる!
同族からも! 利用価値はあっても馴れ合う価値はない――それが私だっ!!」
「……勝手に決めるなよ」
 『狐姫』は泣いていた。
 俺はその片手を、両手で包み込む。
「こんな嘘ばっかの世界は嫌いだ。でも、でもな。お前がさっき言おうとしてた言葉は本当だと思うんだ。
ただ、ちょっとずるをしちゃっただけでさ。お前は、必死に言おうとしてたじゃんか。
だから、さ。嘘じゃない世界で、何も思い通りに動かせない世界で――友達になろう。
少なくとも、俺はお前のこと可愛いって思ってたし、忌み嫌うなんてありえないからな。
まあ、命令されるのは嫌だけど、そこは許容してやる。俺は寛大だからな」
「………………プッ」
 『狐姫』はあまりにも静かに顔を伏せていたが、いきなり吹き出した。
 俺に掴まれていない片手でお腹を押さえて、涙目になりながら笑い始める。
「ふふふ……お前って奴は、本当に………………ククッ」
「くそ、こっちは結構真剣だったんだからな!?」
「わかってる。わかってるが――あんな恥ずかしい台詞を普通に言えるっていうのが…………」
 思い返す。
 可愛いと言った。言っちまった。
 後悔百パーセント。失態だ。
 勝ったという風に笑う『狐姫』に、負けたという悔しさに塗れた表情しか返せない。
「……人間が妖怪を言い負かす。これいかに」
 『トイレの花子さん』がライターを下し、めんどくさそうに立ったままそう言った。
 俺は『狐姫』に目を移した。
 未だ笑い続けているが、理由は別な気がする。
 何かを洗い流しているかのような……俺にはわからないんだけど。
 ひとつだけいえることがあった。
 ――結構可愛いじゃんか。
 さっき自分が言った言葉を思い出し、意識してみると、そう感じる。
 目が合った。
 瞬間、怒られるかそのタイプの反応が返ってくると思った。何度か実績があった。故に――
「……どうした?」
 クスリと微笑まれるなんて思いもしなかった。
 予想外。思わず見惚れてしまう。
 『トイレの花子さん』が豪快に笑い始めたのを知った。
 なんか、『狐姫』の動作に可憐さがあるんだ。
 というか、いつもはマイナス方面に変化していくというのになぜプラス方面に変化するんだ。
「……大丈夫か? 気にでも当てられたか?」
 心配気に見上げてくる『狐姫』
 容姿は由佳なんだが、性格が違いすぎるからか似てるなんて思うことはないんだが、こういう仕草の爆発力というか攻撃力は由佳に劣らない。というか由佳以上。
「……むぅ」
 ちょっと口を尖らせ、顔を覗き込んでくる『狐姫』
 多分俺が健全な男だってこと忘れてるんだろうな。いや、それ以前の問題か。
 それにしても近いな。由佳だったら赤面してそうな距離だ。
 まあ天然が炸裂してたらそうでもなさそうだけど……
「……そろそろこの世界展開を終了して、帰還しようと思うんだが、大丈夫か?」
「――あ? ああ、大丈夫。心配かけてすまんな」
 くしゃくしゃと『狐姫』の髪を撫でてやる。
 俺の妄想会議に我慢してくれたんだからな。
 『狐姫』が恥ずかしそうに顔を赤めるのがわかった。
 それでも止めない。というか、目まで閉じて身を委ねてる。
 俺って信頼されてるんだなぁ。男として見られてないわけだけど、そこは仕方がない気もするし。
 だって、妖怪に性別あるかわかんないじゃん。
「……で、帰るんじゃなかったのか?」
 『トイレの花子さん』がうんざりという様子を溢れさせて言った。
 『狐姫』がハッと瞬く。
 俺は手を離した。
「それで、どうやって帰るんだ?」
 『狐姫』はなくなった黒板の跡を埋める虚空に手を伸ばす。
 そこを覆うように現れる光の奔流。
「空間ショートカットはつながったままだから、それを利用し、肉体構成情報等々を転送する。
痛みも何もないだろうから安心しろ」
 なんか言葉に安心感を抱けないんだが、ってか焼き尽くされてエンドじゃないだろうな?
 一歩を踏み出せずにいると、『トイレの花子さん』が駆け出した。
 俺より先に奔流の中へ消える。
 その後を追うように、『狐姫』が奔流へと足を踏み入れた。
 フッと消え、静寂……
「………………」
 俺は一歩を踏み出す。
 引き戸から室内へと踏み込むときよりも、大分緊張した一歩だった。


 黒に染め上げられた
 チリン………………
 鈴の音が響く。
 それに呼応して、霊を構成する霊力が暴発した。
 意図的な暴発はある程度抑制され、ある程度の爆発しか起こさない。
 だが、相手をけん制するには十分すぎる一手だった。
 近づきすぎればその一手に五体のどれかをやられる。
 故に、黒装束の『除霊死神』は動けない。
 それらに八方を塞がれた存在は、浴衣か振袖のような服を着て、その裾に鈴をつけている。
 『ザシキワラシ』と呼ばれる、『座敷童』の女帝――その傍には、光の奔流が空へと伸びていた。
「……そろそろ退いていただこうか。我々の決定に逆らい続けると、抹消対象になるぞ」
 『除霊死神』の一人、何度目かの再会となるその女性が、怒りを押し殺して言った
「私を倒せるとでも?」
 駆け出す。
 『ザシキワラシ』はそれを認識すると同時に、その首元を剣が掠った。
 零距離の位置にその女性が。
 『ザシキワラシ』の片手は女性の片手をしっかりと掴んでおり、鈴は女性の腹部に構えられていて。
 チリン………………
 爆ぜた。
 上方へと飛ばされた『除霊死神』の女性は、腕で防御の構えを取ったままニヤリと笑う。
 構えを解いた。
 腕を左右へ大きく振り、同時に放たれるナイフが数本。
 『ザシキワラシ』の服を小さく切った。
 『ザシキワラシ』の意識がそちらへと移る。
 その一瞬を、『除霊死神』の女性は隙と認識した。
 両手に握った剣を大きく振りかぶり、距離を詰める。
 斬撃が、屈んだ『ザシキワラシ』のちょうど真上を切った。
 回避アクションを受け、鈴が鳴る。
 チリン………………
 『除霊死神』の女性は気づいた。
 手首辺りの裾に付けられた鈴以外の鈴が、鳴っていることに。
「五重奏…………」
 『ザシキワラシ』の一言。
 五つの衝撃波が生まれ、『除霊死神』の女性を弾き飛ばした。
 防御の構えをとられていない身体に直接叩き込まれる衝撃――他の『除霊死神』がアクションを始めた。
 女性が敗れることで、それとともに生まれた感情が『ザシキワラシ』以外の者を動かす原動力となったのだ。
 それぞれがそれぞれに持つ武具を振り上げ、『ザシキワラシ』へと迫る。
 『ザシキワラシ』がアクションを起こせず、『除霊死神』の射程に『ザシキワラシ』が入る瞬間――
「ぎりぎりセーフ。ってところか」
 炎が舞った。
 二本の炎柱が、『除霊死神』たちの足を止める。
 炎柱の付け根には、掌に収まるほどのライターが。
 そのライターから、人を丸呑みにできる大きさの炎がでているのだった。
 ライターは誰かの手に収まっており、その誰かによって豪快に振られる。
 炎柱が遅い動きで宙を這い焦す中、『除霊死神』がじりじりと後退を始めた。
 炎の光によって包み隠されている誰かの後ろから、別の影が飛び出す。
 『除霊死神』たちの間を駆け抜け――
「十撃」
 十個の斬撃が、影の後を追うように宙を裂き、『除霊死神』たちの手の甲に傷をつけ、武具を取り落とさせた。
 トン、と地面に足を置くその影は、金色の髪と白い肌をしていて。
「………………『狐姫』」
 『ザシキワラシ』の知っている者だった。
 『狐姫』は目を細め、コンと鳴いてみせる。
 ライターを持っている者――『トイレの花子さん』は『ザシキワラシ』の隣に歩み寄った。
「そろそろお出ましだぞ……俺たちが今注目する変人がな」
 光の奔流から、ゆっくりと身を引き出す影。
 その影はじょじょに色を持ち、そして――
「………………ここ、どこだ?」
 水越悠となった。


 俺はいきなりエキサイティングな場面に放り込まれてしまった。
 なんかファンタジー味溢れるっていうか、なんというか。
 どうみても銃刀法違反的な武具が転がってるし。
 知った顔がひとつ増えていることに気づき、俺は軽く手をあげた。
「みっくん。お前も手助けしてくれてたんだな」
 服装。今回はまた派手というかなんというか。形容し難い服装だった。
 みっくんはぼ〜っと俺を見つめ、隣にいる『トイレの花子さん』に訴えかける。
「悠さんは変人じゃないですよ!?」
「………………」
 何の話だろうか。
 とにかく、花子野郎が悪いってことはわかった。
「いえ、なんのことでしょうか。まったく身におぼえがないのですが、善良なる幽霊であるこの私がそのような薄汚い発言をするはずがありませんよ」
 花子野郎が咥えタバコをやめ、爽やかな笑顔とともにそんなことを言った。
 凄い二重人格。呆れもあるが、ちょっとだけ尊敬した。
 みっくんはため息を吐いた。
 表情が一変したからわかる。切り替わったんだろう。
 戦闘の顔へと。
 黒装束の、顔を隠した武具使いどもへと駆け出したみっくんは、宙を舞う蝶のようにしてあいつの――『狐姫』の傍へと跳躍する。
 空間の一点から波紋上の衝撃波が、目に見える空気の波となって広がっていく。
 なぜか俺と花子野郎の手前までしかそれは伸びず、範囲内の者を地面へと束縛した。
 『狐姫』の背に背を重ねるようにして、構えるみっくん。
 『狐姫』は拒むことなく背中を預けたように見える。
 それぞれが高らかに叫んだ。
「≪みどりみのイシュトリルトン=メツトリ≫は女帝『ザシキワラシ』として宣言します」
「禁断と封印の超越三妖神の一人『狐姫』にして≪デヴァステントシュヴァイツァ≫は宣言しよう」
 両者の目が、俺に。
「女帝が選ぶただ一人の恋人『帝王』に――愁さんを任命いたします!」
「隔てを超えし友好を結ぶ存在、水越悠を――契りの交わし人。契約者と認定する!」
 まっすぐと俺にぶつかった声。
 いや、意味わかんねぇから。
 なんかヤヴァそうな気がするんだが。
「簡単に言うとな」
 花子野郎が恐ろしいくらいに意地悪な笑みを浮かべて、告げる。
「お前は――妖怪の王ともいえる位に昇進したってことだ。良かったなぁ」
 良くねぇだろうが。
 黒装束どもがなぜか俺を見て、身を退きはじめた。
 代表するように、前に会ったことがある気がする女性――というか少女が、声を絞り出す。
「王に対抗をした場合、【妖界】総力からの反撃を頂くことになる……ということか」
「もっと直接的な呪いもあるぞ。私の契約者だからな」
 『狐姫』が勝ち誇った笑みを浮かべた。
 俺のパラメーターに変化はないんだけどなぁ。なんか複雑だ。
 これが紐ってやつか。そうなのか。
「契約確認時、必要な席に誰もがいなかった場合、呪いが下される。
そういう契約だ。三妖神との『黒き契り』とはな」
 『狐姫』がそんなことを呟く。
 名前からすると心臓にとっても悪そうだ。
「さぁて、どうしますか? 『除霊死神』の諸君」
 みっくんが片手を横へ。
「邪魔立てするなら、容赦はしないぞ」
 『狐姫』も、片手を横へ。
「今宵は宴、邪魔はさせん」
「大切な大切な日ですからね♪」
 ……なんか息ぴったりになってきてないか?
 黒装束の者たちは、少々の静寂を持って黒い霧と化しはじめる。
 最後に残った一人。俺を一度異空間に連れて行ったあの少女が俺をキッと睨み、霧となった。
 そして、戦闘は音も無く終わりを告げたのだった。
 非現実的なことにしては、あっけないな。
 なんて思っていると――イエーイなんて手を叩き合っている人約二名が目に映るんだな。
 すっごく疲労が募った。今の一瞬だけで。
 にこにこ顔で近寄ってくるみっくんと『狐姫』
 みっくんが口を開く。
「非常に残念なんですけど、私は帰りますね。パーティの参加ができないみたいですし……」
「あ、ああ」
 パーティ。あの、見沢家主催のパーティか。
 そういや、どうなってるんだろうな。
「今度遊びにきてください。私の城に♪」
 満面の笑みで言われたから見逃してしまいそうになるが、家じゃなくて城なんだな。
 割り込むように、瞳を嬉々として輝かせた『狐姫』が俺の視界を埋めた。
「いいか! 宴だ! 飲んで食って騒ぎ幕ってこその宴だ! 長い夜は私が制す!!」
「由佳と代われよ!?」
「満月の夜が終わるまでは不可能なのだよ〜♪」
 高らかな笑い声。敗北の俺を見下している。
 こいつが由佳じゃないとばれないようにするなんて……フォローのし甲斐があるというか、不可能だろ。
 切羽詰った俺と対照的なまでに幸せそうな二人。
 俺の肩が誰かにちょんちょんと突かれた。振り返る。花子野郎がいた。
 花子野郎は悪餓鬼な笑みを浮かべて――
「……【妖界】は一夫多妻制だからな」
 呆然とするしかない。
 思考を放棄したい状況っていうのは、こういうどうにもできない状況のことを言うんだろうな。
 空を見上げる。
 黒い空に、まん丸とした月が凛とした光を放っているように見えた。


あとがき


ごめん。実はこれ最終話なんですよ。
いや〜夏限定なつもりでしたし、設定だとファンタジー味溢れるものになってしまいましたので次やるとしても【妖界】での奇怪で愉快な物語でしょう。
作者の筆が乗らなかったのもありますし、夏休みも終わりますからねぇ。受験生な私は焦りがちなわけです。
こんな駄作を読んでくださってありがとうございました。それでは、次回作で会いましょう♪













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