第六話、赤い靴。
それから、一週間が経過した。
八月も終わりに近付き、保育園では運動会というイベントが近いてくる。
勤務を終えた私は園庭の隅にある物置小屋でお遊戯に使えそうな小物を探していた。
夜風が少し、冷たさを纏っていた。
もう、秋はすぐそこなんだ。そう感じつつも、やはりみみこちゃんの事が頭を離れない。
黒原みみこちゃんの件で、いくつかわかった事がある
。
まみことみみこは仲良い、姉妹だったらしい。
表面的には。
実際は、そうではなかった。
いや、みみこはまみこを純粋に慕っていたが、まみこはみみこを疎んでいた。
理由は、病弱なみみこばかりを両親が可愛がっていた。
そのせいで、まみこはあまり両親に構って貰えなかった。
私の脳裏には嫌な答えが一つ浮かびあがる。
…――まみこが――…
…――みみこを――…
ガタンッッッ!!!
「………っ!!!」
突然の物音に驚いた。身体に電流が走ったようにビクッとした。
けれど、やっぱり気になって視線をすぐそこに向けた。
怖いのに、逸らせない。
ううん、怖いから逸らさないのかも。
じゃないと、ちゃんと見てないと何か起きるような…見ていないといけない、そんな気がして……。
「……な、何が落ちたの……?」
音からして結構、重たい物っぽいよね……?
自分以外誰も居ないのに、私はそう口にしていた。
怖さを和らげる為の唯一取れる防衛手段。
「…………」
けれど、私以外誰も居ないから不気味な静寂が響くだけ。
数秒経過して何が落ちたのか気になってきた。
あいにく、物音がしたのは部屋の奥だから暗くてよく見えない。
物置小屋の電球はもう古くて点かない。
だから、外から漏れる微かな明かりと月の光のみしか照明はない。
私は唾をゴクッと飲み干してゆっくり足を進めた。
木造の床は古くて歩く度にギシ…っと軋む。
それが余計に恐さを醸し出す。
「……これが落ちたんだ…」
数歩足を進めて、私は立ち止まった。
すると、微かな明かりに照らされた、少し大きめのダンボール箱が床に横たわっていた。
どこにあったのかな?と思い私は辺りを見渡した。
すると、蜘蛛の巣が張られた埃っぽい棚に目が止まった。
そこにはたくさんのダンボール箱が置かれている中一角だけ空いているのに気付いた。
「……ここか……。」
そこに仕舞おうと私はそのダンボール箱を持ち上げようとした。
が………。
「重っ……」
腰にズシッとくる不自然な重さに私はすぐ床にそれを置いた。
「何が入ってんの……?」
腰を叩きながら私は箱に顔を近付けた。
「…ん……?」
すると、そこには何重にも貼られたガムテープがあまりにも不自然で目に着いた。
無性に、中が気になって私はその場にしゃがみ込んでは爪を立ててそれを剥がしてみた。
何が、出てくるか分からない。恐怖と好奇心が私を駆り立てる。
静かな夜の物置小屋にガムテープをビリビリ剥がす音が響く。それから、私の荒い呼吸の音。
最後の一枚になった。縦に真っ直ぐ貼られたガムテープ。意外にもなかなか剥がれない。
カリカリと爪を立てると、ようやく先端がめくれた。
後は、このまま真っ直ぐ剥がすだけ。
なのに、何故か躊躇う自分がいる。
「…スゥ―…ハァ―…」
落ち着けようと深呼吸をし、私はガムテープを剥がした。
その瞬間。
「なんで、余計な事するの?」
背後から声を掛けられた。
幼い女の子の声。
背筋がゾッとした。怖くて振り向けない。
けど、誰だか分かる。間違いない。
「……まみこちゃんね?あなた?」
私は、嫌に落ち着いていた。
けれど、彼女からは何の返事もない。
不審に感じ、ちらっと振り向いた。
その刹那。
首筋に、まるで氷が触れたようなヒヤッとした物が巻き付いた。
それは、どんどんきつく締め付ける。
「……ウッ…アッ……」
息が出来ない。子供の力とは思えないくらいの凄まじい力。私は必死で抵抗した。
「……あんな子見つかんなくていい……そうすれば、お父さんもお母さんもあたしだけを見てくれる……」
爪が食い込む。痛みが走った。首にまみこの長い髪が触れた。それと同時に彼女の心の痛みにも触れた気がした。
「……そ、そっかぁ……まみこちゃんはパパとママが大好きなんだね……?きっとパパもママも……それから、みみこちゃんも大好きだよ?まみこちゃんの事……」
首を絞める手を必死で緩めながら私は言葉を紡いだ。
表情は見えないけど、ほんの少し力が緩んだ。
「………いい加減な事言わないで!」
が、すぐにきつくなる。
「……ウッ…」
苦しくて目を閉じた。
もうダメだ……。
そう諦めかけた時。
「……もーいいかいー?もーいいよー……」
あのダンボール箱から女の子の声がした。
さすがのまみこの手が止まった。
「……お姉ちゃん…やっと見つけに来てくれたんだね?」
ダンボール箱から青白く細い腕が一本出てきた。
「じゃあ、今度はみみこの番だね?」
腕がもう一本増えて、みみこちゃんの顔も現れた。
黒く長い髪。前髪も長いから表情が見えないけど唇をニヤッと上げていた。
「じゃあ、次はお姉ちゃんが隠れる番だね?」
「えっ……?」
そう言ってみみこはまみこの手をグイッと取ってダンボール箱の中に引きずり込んだ。
一瞬の出来事だった。
ダンボール箱はパタンと蓋を閉じた後、何事もなかったように静かに床に置いてある。
「…………」
私は唖然とした様子でその場にしゃがみ込んでいた。
長く感じた。きっとまだ、10分くらいしか経っていないだろう。けれど、私には1時間以上な気がする。
恐る恐る自分の首筋を触ってみた。鈍い痛みが走る。この痛みきっと痣になっているだろう……。
指を見てみたら少し血が着いていた。
さっきのは、幻じゃない。現実にあった事だ。
他の誰もが信じなくても構わない。
私はそう思った。
そうして、私はダンボールの中を覗いてみた。
あんなに重かったのに、そこにはたった一足の女の子用の小さな赤い靴が入っているだけだった。
「もぅーいいかいー?」
「もぅーいいよー……」
Fin
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