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かくれんぼ
作:叶愛夢



第三話、見えない影





「ゴメンね。」



三國先生は申し訳なさそうな声で私に言った。


彼女の腕にはゼロ歳の男の子が懸命に哺乳瓶でミルクを飲んでいた。



「いえ、大丈夫です。」


この日、ゼロ歳児クラスの保育士が手足口病の為欠席し、その穴を埋める為に私が手伝いに入る事となった。




けれど、幼児クラスの私が手伝える事は限られていて大体が掃除くらいだ。




「助かるよ。本当にありがとう。今日に限って子供残ってるし。」


三國先生はそう言いながらミルクを飲み終えた男の子の背を優しく叩きながらゲップを促す。

ケップと小さな唇から愛らしい息の音が聞こえた。

「いえ、本当に大丈夫です。今日幼児クラス遅お迎えの子少ないし。」


私の保育園は夜10時までやっている。
現代のニーズに応えるために遅くまで子供を預かっているのだ。



別に珍しい事ではない。



求めてる人がいるのだからそれに応えるだけ。


近い将来、24時間経営の保育園ができる日もそう遠くないと私は思う。


だから、普通の保育園と勤務体制が異なっていて、各クラスの保育士(ゼロ歳児クラス、乳児クラス、幼児クラス)一名ずつ早番の保育士と中番の保育士、それから遅番の保育士とローテーションでシフトが成り立っているのだ。

今日のあたしは遅番。

今は、七時半。まだ上がるまで時間がたっぷりある。正直、嫌になる。

けど、働くしかない。


「あと、何かありますか?」

「そうねー。なら奥の睡眠コーナー片付けて貰ってもいい?」


三國先生は遊具コーナーで赤ちゃんの相手をしていた。

やっとハイハイに慣れてきたのかちょこまかと動き回り、三國先生を困らせていた。



自分のクラスの子供達とは違った可愛いらしさに顔が綻ぶ。


「はい、分かりました。」

ゼロ歳児クラスの部屋は色々と配慮がされている。


例えば、水周り。水道付近など簡単に入れないように入口に柵があり、赤ちゃんが近付いても大人の力を借りなきゃ中に入れないのだ。


そんな細やかな配慮に私も感心し、自分のクラスももっと配慮をしなきゃと切に感じながら布団を片付けた。




その瞬間。




ジャー……。



突然、水道の水が流れた。


「白崎先生?別に水なんか使わなくていいよー」


子供をあやしながら三國先生が声を掛ける。



「…あ、…わ、私水道に触ってません。」



「えっ?」

不思議そうな声色を響かせ、三國先生は顔を上げた。

睡眠コーナーと遊具コーナーは二台のオムツ台で遮られて立ち上がらないと相手の顔が見えない。



「……どういう事?」

三國先生の顔色がどんどん青ざめていく。


「だから、私ずっとここで布団片付けてました。だから……水道には……」


触ってません。

そう言い掛けた時、


「ぎゃあぁぁぁん!!」

彼女の腕の中でご機嫌だった赤ちゃんが突然泣き出した。



「な、なに?カズくん?」
慌てた様子で三國先生は彼を宥めていたが一向に泣き止まない。

それどころか、プクプクした手で水道を指差す。それも、泣きながら。


「あーびっくりしたの?大丈夫よ。恐くないよ。」

そう言って三國先生は彼の背中を優しく摩りながら教室から出た。




「…………」


私は黙り込んだままその場に立ちすくんでいた。

違う。びっくりして泣いたんじゃない。


あの泣き方。あの表情。
あれは、まるで何か怖い物を見たようだ。


廊下から「あーカズくん!ママだよー」と三國先生の明るい声が聞こえた。


けど、そんな明るいやりとりが私には遠くに感じた。

私は視線を水道に向けた。

とりあえず、水を止めようと柵を跨いで蛇口に手を伸ばした瞬間―…



ガシッッッ!


青白い細い腕が私の手首を掴んだ。



「きゃあぁぁぁぁーーっ!!!!」



思わず、その場にしゃがみ込みながら叫んでしまった。


「何!どうしたの?」
保護者の対応していた三國先生が慌てて戻ってきた。


「あ、……あ、……手が……」

恐くて上手く言えない。



「手?」

表情を曇らせながら彼女は私が示す水道へと近付いた。



「何ともないけど?それとここの水道多分、蛇口が緩いんだね。明日にでも園長に言っておくよ。」


何事も無かったように彼女は言った。


けど、私はただ呆然と聞いてる振りをしていた。



「ってそれどうしたの?」
「え?」


突然、三國先生は私の右手首を指差す。私はワケ分からずそこへと目を落として叫びそうになった。



痣。それも子供の手形のような痣が付いていたのだ。












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