第一話、みみこ
……ねぇ、いつになったらあたしの事見つけてくれるの…?
……ねぇ、いつになったら来てくれるの…?
ねぇ、あたしはいつまでここにいればいいの?
……もぅーいいよ……。
だから、誰かあたしを見つけて……。
『かくれんぼ』
「もーいーいかーい?」
夏の名残りが薫る汗ばむ陽射しの中、子供達のはしゃぐ元気な声が辺りを包む。
都内某所にある小さな保育園の園庭では色とりどりの帽子を被った子供達が楽しそうに遊んでいた。
私はその保育園に勤務している。今年の春に短大を卒業して就職したからまだまだ新米保育士。
毎日がハプニングの連続。
仕事は、正直ハードできついけど子供達の成長が見れるのが本当にうれしいし楽しい。
子供達の無垢な笑顔を見る度に癒され、励まされる。
“先生大好き”と言われる度にこの職を選んで良かったとしみじみ感じた。
「イチゴ組さぁーん!そろそろごはんの時間だよー!何をしなきゃいけないかな?」
私は自分の腕時計に目を向ける。針は12時20分前を示していた。今から切り上げたらちょうど良い時間に給食を食べれる。
そう頭で構想しながら園庭で遊んでいる子供達に呼び掛けた。
イチゴのような赤い帽子を被った子供達は“おかたづけー”と愛らしく答えつつ片付けはじめた。
が、数人はなかなか遊びを止めない。
「ちょっと鈴ちゃん達?ふーん。お片付けしないって事はご飯要らないのかな?そっかぁ、そっかぁ。今日はカレーなのに……。食べないんだね?いいよ、先生がぜーーーんぶ食べちゃうから。」
そう声を掛けるとヤーダーと慌てて片付け、走って教室に向かう子がチラチラいた。
「もぅー走らない!それから、外から帰ったら何をするか分かってるよね?」
「うんー!」
元気に返事をしながらも走る子供達の姿が可愛いくて顔が綻ぶ。
辺りを見渡して私も教室に足を進めた。
ところが……
「あれ?」
他のクラスの子供たちも教室に戻って静かになった園庭に一人の女の子がポツリと立っていた。
一向に教室に向かおうとしない彼女に私は気になって声を掛けた。
「何やってるの?」
その掛け声に彼女は小さな肩をビクッとさせながらもゆっくり顔を私の方に向けた。
「……………」
その少女は見た事のない子だった。
彼女は暫く黙ったまま、目を丸くして私を見つめていた。
「……?」
微動だにしない彼女に不安を抱きながら私も彼女を見つめ返した。
きっと、他のクラスの子だろう。ずっと休んでて久しぶりに来た子かもしれない。
まだ、新米だから見た事のない子が居ても不思議ではない。
私はそう自分に言い聞かせながら彼女の全身を隈なく見てある事に気付いた。
靴を履いてない。
小さな足には土がたくさん付いていて真っ黒だった。
それも長い事洗ってない程汚れていた。
さらに園帽子を被っていないからどのクラスか分からない。
私の保育園は帽子の色がクラスカラーとなっている。
例えば、私のクラス――イチゴ組(年中)のカラーは赤。
ブドウ組(年長)なら紫。
モモ組(年少)はピンク。
と具合に分けられている。
だから、本来なら帽子の色でクラスがすぐに分かる。けど、彼女の頭には帽子がない。
どのクラスも戸外遊びの時には必ず帽子を被る様にしているから被っていない事はまず、無い。
きっと、どこかに落としたのだろう。
私は、直感的にそう思った。
真っ黒で長い髪の小柄で華奢な少女。真っ白なワンピースから覗く細い手足。
保育士としていけない事だと思うが――…
その少女に対してちょっとだけ不気味さを覚えた。
一体どこのクラスの子だろう?
見た目は四歳に見えるけど四歳って私のクラスだし……。
私は彼女に対していくつかの疑問が浮かんだ。
「……えーっと、ねぇ、帽子は?あなた何組さん?」
頭の中で言葉を探し、彼女に問い掛けた。
「…………」
すると、辺りをキョロキョロ見渡してまた視線を私に戻した。
「……し…?」
ほんの数秒間の沈黙の後、彼女の小さな唇が動く。
「え?」
そのか細い声が聞こえなくて私は耳を近づけ、聞き返した。
「……あたしにいってるの?」
「……?そうよ。あなた何組さん?帽子も靴もどこにやっちゃったの?」
やんわりとした口調で聞き返すと意外な反応が返ってきた。
「嬉しい……。ねぇ?お姉さん、お名前は?あたしはみみこ。黒原みみこって言うの。」
ニコッと愛らしい笑みを浮かべて私の手を取る。
その瞬間、不気味な雰囲気が一瞬で溶けた。
なんだ、普通の子だ。
「お、お姉さんって……これでも私、先生なんだけど」
腰に手を当てちょっとおどけた口調で言い返す。
「ふーん。詩織先生か、ねぇ、お願いがあるの。私のお姉ちゃんに゛もーういーよ゛って伝えて。いつまで経っても探しに来てくれないの。」
「……えっ?……お姉ちゃん…?」
他にもまだ誰か居るの……?そう思いながら辺りをキョロキョロ見渡したが、誰も居ない。
「ちょっと!白崎先生!」
背後から苦手な主任保育士に呼ばれた。口調からしてかなり荒々しい。
「はい!」
そんな声のトーンにビクッとして慌てて振り向く。
「何でしょうか……?」
「何でしょうか?じゃないわ!なんで、教室に担任であるあなたが居ないのよ!」
あ、しまった!!給食準備してない!
「す、すみません。」
「すみませんじゃないわよ!子供だけにしないでって何回言えば分かるの!たまたま給食の保科先生が配膳してくれたから良かった物の何か事故があってからじゃ遅いのよ!いつまでも学生気分で居ないでくれる?本当に迷惑だわ!」
主任のヒステリックな声を聞いて、一気に泣きたくなった。
私の行動のせいで子供達や他の先生に迷惑を掛けてしまったんだ……。
「もう、いいわ。とりあえず今は教室に戻りなさい。」
はい。と促されそうになったが、みみこちゃんの事を思い出した。
「あ、でもこの子が……」
「この子?」
彼女の肩に触れたつもりだったが――…
「何おっしゃってるんですか?」
さっきまでいた筈のみみこちゃんの姿はどこにもなかった。
主任は嫌味ぽい敬語を使い私の出方を待っていた。
冷ややかな瞳。恐くて何も言えない。
「……いえ、なんでもありません。すみませんでした。」
零れそうになる涙を必死で堪えながら主任に会釈をし走って教室に向かった。
その際、風も吹いてないのにブランコがギィギィ揺れていたが、誰も気付かなかった。
「はぁーやっちゃった……」
何とか給食も無事に終わり午睡の時間になった。
年中っと言ってもまだ三・四歳。体力がそんなにある訳でもなく、すぐに寝息が聞こえてくる。
大ホールの部屋一面に乳幼児の布団を敷き、寝付くまで傍につく。
両サイドにいる子供の背中を優しくトントンしながら他クラスの先輩保育士に愚痴った。
「さっきの怒鳴り声聞こえたよー。まぁ、言い方キツイけど言ってる事正しいよ。本当に何かあってからじゃ遅いからね。」
「……はい、以後気をつけます。」
しゅんと俯く私の気持ちを察してか先輩は優しい口調で声を掛けてくれた。
「まぁ、若いうちのミスは大切だし、ガンガン失敗して大きくなりな。大切なのは同じミスをしない。それさえ、心がければ大丈夫だよ。」
「先輩、ありがとうございます」
嬉しくて泣きそうになるのを堪える為にちょっと大袈裟に返す。
「でもさーなんで園庭に居たワケ?誰も居なかったのに。」
先輩の言葉に私は手を動かすのをピタっと止めた。
そして、みみこちゃんの事を思い出した。
午睡の時間帯ならほとんどのクラスが集まるから彼女に会えると思っていた。
しかし、それらしい少女は見当たらない。
どういう事……?
「あー三國先生、変な事聞きますが、黒原みみこちゃんって子、何組か分かりますか?」
私は、たどたどしい口調で言葉を紡いだ。
その言葉に先輩保育士である三國先生は目を丸くした。
「え?誰その子?うちの園にそんな名前の子居ないけど?」
どういう事だろう?
居ないって……。
私はついさっきその少女と言葉を交わしたのだ。
なのに、居ないって……。
「ぎゃあぁぁん!」
「あ、ゴメン。」
三國先生のクラスの子が突然泣き出してしまい、彼女はあやす為にそちらに行ってしまった。
私は生返事をしたが、頭の中ではモヤモヤした物が渦巻いていた。
その瞬間、私の肩にヒヤッとした物が触れた。
「きゃあ!」
「お疲れ様。ってかゴメン驚かしちゃった?白崎先生替わるから休憩行って下さい。」
それは遅番の保育士の手だった。
「え、あ……はい。」
そう答えるつつも、私は戸惑いを隠せなかった。
黒原みみこ。
その名前と彼女の声が渦巻いて離れなかった。
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