先代勇者は下着ドロ?
「ヤシロ君……」
勇の後ろから、ファルハットが気遣うように声を掛けてきた。
だが今の勇は、そんな事に気を回している余裕はなかった。
(……これだけの被害でありながら誰も気付けなかったのは認識阻害に無音の魔術が掛けられていたからだ。ソレは間違いない。間違いはないんだ。瓦礫の山を作ったのは瓦礫の一部が高温で溶け、爆風で壊れた様子も見られるから爆炎系の魔法で間違いない。……魔銃の中の空薬莢を見るにベルナデットも魔法を使った筈だ。……筈、なんだ。ここで魔術戦があった。あったんだ! ……なのになんで、魔力が感じられないんだ?)
そう。勇の動揺はこの一言に尽きたのだ。
この世界には魔力が存在する。この世界で魔力を感じない場所は無いと言っていい。
だがここには全くと言って良いほどに魔力が感じられずにいた。
そして魔力が感じれれないなんて、この場では、この状況では先ず間違いなく有り得ないのだ。
複数の魔術が行使された筈だった。一部の魔術を除き、基本的に魔術には体内から発生した魔力を使用する。
そしてそれは使用することで世界に魔法と言う名の奇跡を発現させる。
魔術を使ったからには、魔力の残滓が感じられる筈だ。
だからこそ魔力に過敏に反応するエルフであるリリルリーが魔剣鍛冶師であるゴルドーの工房で魔力を感じられたのだ。(ちなみに勇は気付けなかった)
それが、この場では一切感じられないのだ。
「……いや、いまさら自問自答するまでも無ぇか。間違いなく、これは強奪だ」
周囲の魔力が根こそぎ奪い取られている様な今の状況を、かつて勇は経験した事があった。
「あの野郎……生きてやがったのか」
湧き上がる衝動を抑えながら呟くと、勇は鼻をスンスンと鳴らし、周囲の臭いを嗅ぎ始める。
「あの野郎の事だから……ああ、やっぱり。血が焼けた臭いはしねぇ」
戦場を体感した者ならば嗅いだ事のある人の焼ける際の悪臭。それがこの場にはしないとわかったのか、安心したように呟く。
「ベルナデットが生きてるってわかっただけマシか。ちくしょうめ」
ベルナデットの魔銃を拾い上げ、腰のポーチに入れながら舌打ちをする。
「彼女は無事なのかい?」
「ああ、間違いなく生きている」
確信の言葉で答えた勇は二、三度辺りを見回した後大きくため息をついて瓦礫の山から離れた。
「どこへ行くんだい?」
瓦礫の山から離れた勇が、意志を感じさせる確かな足取りで歩き始めたのに気付いたファルハットが問う。場所がわかったのか?とも思ったが、勇の独り言からわかったのはベルナデットの無事と、ベルナデットと戦ったであろう魔術師の存在だけだ。
故に所在はわからない。だと言うのに、勇は答えを得たとばかりに歩き出す。疑問に思うのは当然と言えよう。
ファルハットの問いに足を止め、勇は振り返る。その瞳を覚悟の色に染めて……――
「ベルナデットを、救いに行く」
どこから取り出したクマが描かれたパンティを片手に、勇は決意のままに、歩き出す。
「お待ちなさい」
「待ちたまえ」
「へ?」
勇的にはカッコよく決めたと思っていたところだが、当然ファルハットとメアリーが止める。
「先ずその下着の所有者と何故所持しているのかの説明をお願いできるかね? できれば穏便に済ませたいのだが、素直に聞いてくれないのなら……私も覚悟を決めよう」
「ま、待て、待ってくれ。俺を下着ドロ扱いするな!これには深い事情がっ、これが無いとベルナデットを探せなくなるんだ!」
「その下着と、何の関係があるのです?」
「臭いだ」
「「臭い?」」
苦し紛れに吐いた嘘では?と二人は思ったが、勇は動揺した様子も無く続ける。
「俺の嗅覚はやろうと思えば犬以上の能力を発揮するんだ。んで、女性の香りがもっとも残る衣服は間違いなく下着。つまり下着の匂いを嗅いでベルナデットの居場所を突き止めるって訳だ! 洗い立てだが日本の洗剤なんてあるわけもなし、香りはまだ十二分に残ってる! そしてベルナデットが誘拐犯達に捕まったんなら、奴らが誘拐した人達も助けられる!」
どうだ! と言わんばかりにドヤ顔を見せた勇だったが、勇の五感の高さを知らない二人は疑いの眼差しを勇に向ける。
「ぐっ……じゃ、じゃあ実際に見せ……ん?」
下着を広げクロッチに鼻を埋めようとした勇だが、ふと何かに気付き視線を二人から逸らす。
「ん? ……貴公は」
釣られて同じ方に視線を逸らしたファルハットが見たのは、極彩色の羽が飾られたつばの広い黒の帽子に、帽子と同色の黒のマントを羽織った青年その手には、姿に不釣合いな真っ白の布が握られている。
ジャン・ジャック・ユースタスだ。
普段飄々とした姿を見せるジャンが、肩を上下に揺らし、息を乱して立っていた。
何かあったのだろうか? とファルハットが疑問に思うのとほぼ同時に、勇とジャンの二人が同時に口を開いた。
「ベルナデットが『ゼファー』に浚われた」
「クオン君が抜け出した」
互いに伝えると二人は苦虫を噛み潰したような顔になった。
お待たせしました、最新話です。
シリアス続きだとぶち壊したくなりますよね(笑)
ではまた次回。お楽しみに