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好敵手〜戦姫とよばれたあたしの場合〜
作:新橋てっく



5.扇動する人される人


 今日の5・6時限目は、ここ数日の恒例となった新入生ガイダンス。
 今日も今日とて大講堂に集められた1年生。

 入学後から断続的に行われてきた新入生ガイダンスのおよそ9割が、『クラス対抗戦』に関することだった。

 今日はそのガイダンスの最終日。4月も下旬に入れば、流石に新入生ガイダンスって時期じゃなくなってるわよね。いつまでやんのよ……。


 今日も今日とて、はガイダンスだけではなかった。

 あたしはガイダンス中、睡魔相手に死闘を繰り広げていた。
 こちらも相変わらず。

 『運営委員会』の先生が入れ替わり立ち代わり、壇上に上がっては延々と何かを話してるんだけど、あたしにゃさっぱり意味が分かんない。
 配られた冊子に何やらメモを取る麻衣や、何度も頷きながら冊子を確認していく零夜。
 それを横目に見つつ、右から左へ説明を受け流し、そしてあたしは冊子を閉じ、目を瞑った。勿論、左から右へは受け流さない。

(麻衣、あとは頼んだわよ。あ、零夜もよろしく)

 どうやら大講堂という場所は、あたしの睡魔がもっとも得意とする場所らしい。
 これでも途中で何度も先生のお言葉を拾おうと努力したんだよ?  でも、わかるでしょ?
 あたしにゃ無理だって。


 やがて話は終わり、質疑応答の時間となった。

 馬鹿な私にも分かったのは、クラス対抗戦を行う分、定期試験が減ること。
 そしてどうやら仙里高校はあたし達の学年から、本気で『脱・お嬢様女子高』を計ろうとしていること。

 今年度より導入された仙里高校の核指針。
 それが『(学年別)クラス対抗戦』。
 今年の1年生、つまりあたし達の世代から実施される。
 上級生は女子高時代の生徒だから実施しない。羨ましい限りよ。

 年間12戦を都合4回に分け、各回数日掛けて3戦ずつ行う『1シーズン3戦』のスタイルになっていた。
 バラバラにやって毎月1回ペースの合計12戦は却下されたそうだ。
 年間行事への皺寄せか、時間を勉強に費やせるからか。
 教職員の思惑からかそれとも別の意図があったのか。
 あたしには良く分かんないけど、とにかく4回に分けるらしい。

 それにしてもこのクラス対抗戦、遊び半分とはいかない。
 と言うのも、順位付けが1シーズン、1戦、年間を通して、獲得順位によって色んな特典や強制奉仕が準備されていたのだ。
 どの時期のどの順位がどんな特典、という具体的なことまでは教えてくれなかったけど、ご褒美や罰ゲームの内容は教えてくれた。

 『仙里文化祭、催し物の優先場所取り権』『購買全商品2割引券』
 『学食半額パス』『旧町営バス3ヶ月フリーパス』
 常識の範囲内のものから、学校の範囲を明らかに逸脱した越権まで存在する、各種ご褒美。

 『トイレ掃除』『草むしり』『生徒会の活動補佐』
 『各式典の下準備』『役場支所環境課一日体験』『県道沿い草刈りボランティア』
 これまた学校内外巻き込んでの、罰ゲームのラインナップ。

 想像以上の飴と鞭。

 学年末に順位を出してハイお終いでなく、途中経過でも一喜一憂させ、生徒のモチベーションを維持させようとする狙いは見え見え。
 そしてそれに乗りそうなあたし達高校一年生の現金さも見え見えだ。

 これだけ大々的にやるんだから当然、通常の授業にも少なからず影響がある。
 1シーズン1回の合計4回、数日規模での学年行事が加わった為、そして行事を行う生徒の負担が増える為、定期試験削減に繋がったのはこういうところらしい。
 お嬢様進学校ならば定期試験を減らすなど、無謀もいいとこだったろうに。

 それを敢行してまで実施するクラス対抗戦は、文字通り『核指針』と言っていい程の熱の入れようだった。

 まぁそんなこと、あたしにゃ関係ないのよ。
 試験が減ったらそれで十分だから。
 だって、その分お母さんの雷を回避できるんだもの。

 結局、2時間ぶち抜きでの最終説明だったにも拘らず、分かったのなんてこれくらい。
 具体的にどんな事をするのかは『運営上の機密事項』により全く教えてくれなかった。
 勝つも負けるも種目次第なのに。


 全く理解していないあたしを放置して、既にガイダンスは終了を迎えていた。
 最後に運営委員は、こんな言葉でこのガイダンスを締めくくる。

 「貴方達『対抗戦1期生』が出した結果如何は、翌年度からのクラス対抗戦の内容や授業スケジュール、更には来年度の1年生にも反映されると思っていただきたい。なぜなら我々教職員もまた『対抗戦1期生』なのですから!」

 孫にキャラメル味のキャンディーをプレゼントする特別な理由を、自らの過去を振り返りながら優しく語るどこかのお爺さんのように、壇上で説明していた眼鏡先生がこう言った。

 でもお爺さんと違い、眼鏡の言う事はさっぱり意味が分かんなかった……。

 ざわつき始める大講堂。
「どういう意味よ、今のって」
「先生方も初めての事で勝手がわからないから、試験を減らしてまでやるクラス対抗戦の悪影響にきっと予想がついてないんだよ」
 そう解説する零夜。内容が内容なだけにやや憤慨気味だ。
 零夜の解説が正しければ、あんな言い方っていただけない。
「つまり、学力が落ちるって言いたいわけ? こんだけ説明してやる気十分に見せといて、運営側がまだ不安なの? だったらこんな指針諦めて、クラス対抗戦なんてやんなきゃいいのに。いくらあたしでも流石に呆れるわよ? 他人任せもいいとこじゃない!」
「共学化と対抗戦が仙里高校の核方針なんだから、仕方ないよ弥生ちゃん」
 とフォローを入れる麻衣ですら、不安な展開に戸惑いを隠せていない。

「教師も生徒も手探り、か」
 あたしの言葉に二人は無言で頷いた。

「でこれ、あたし達が対抗戦なんて勝敗無視、遊び半分。その代わりお勉強を頑張ったとしたら?」
「敗者のボランティアと勝者の褒章がグレードアップするんじゃないかな。上位はそれこそ授業料免除だとか進路斡旋までありえそうだね。でも逆に最下位のクラスは、ボランティアどころじゃ……済まなくなりそうで、怖いよ」
 零夜は渋い顔をしながら言った。
 勝負に負けてボランティアまでさせられるだなんて、勉強するほど損じゃないのよ。
「対抗戦ばっかに意識を集中して、勉強をおざなりにしたら……」
 麻衣のほうを振り返りながら言う。
「うん。2年生になった私達は、毎日試験や補習の嵐かも……」
 優等生の麻衣ですら自分で言ってて青醒めるなるような展開。
 それは勘弁してよ。
 あたしが過労で、お母さんは試験答案を見てショックで、それぞれ死んじゃうから。

 にしても、これって……。

「つまり、先生方はわたくしたちに『学力を落とさずに、年4回各数日ずつ行うクラス対抗戦を、本気で戦え』と、そう仰っておられるのでございますわね?」
 後列真ん中のほうから、詰問するような口調で妙に丁寧な女子の声。
 壇上の眼鏡先生がその方向へ顔を向ける。
 口々に不満を交わしていた1年生全員もまた、眼鏡先生の視線を追い、後ろを振り向いた。
「掻い摘んで言えばそういうことです。何せ我々も全く先が見えないのです」
「随分と適当でございますわね。わたくしたちが全力で当たれるような、安心できる方針や展開を用意してくださるのが、教師や学校ではございませんこと?」 
 やたらと丁寧な喋り方だけど、言っている事は間違ってない。
(誰だかわかんないけど、あんた良い事言う!)

「ねぇ麻衣、後列真ん中って何組?」
「多分5組じゃないかなぁ……、それにあの口調は……ううん、何でもないよ」
 そんな彼女の威風堂々とした発言は、あたしだけじゃなく多くの生徒の共感を呼んだらしく、大講堂は一気に生徒のブーイングが吹き荒れた。
「しかし貴方方は受験の際、書類で確認しているはずです。入学説明会でも専用のシラバスを配布しております。とにかく学業と対抗戦、両立させてください。これは既に交わされたものであり、皆さんは既に同意していると我々は理解しております」
 でも強気な運営委員側。

 ようするにこれ、あたし達って試験運用に借り出されたモルモット?
 授業料免除とか美味しい話で釣っておいて、人体実験みたいなもんじゃない。
 あたしの高校生活3年どーしてくれんのよ!?

「どうすりゃあんた達教師は動いてくれるんだ?」
 ブーイングに混じって聞こえたのは、聞き覚えのある男子の声だった。
 顔を確かめようと振り返ってみても、誰が言ってるのかここからじゃ見えない。
 分かるのは、さっきの女子も今の男子も、後列真ん中の方から声が聞こえた、って事くらい。
 恐らく彼も5組なのだろう。
 そんな事を想像していたあたしをよそに、彼は続ける。
「どのレベルで両立させりゃ良いんだよ、具体的な数値でも挙げてくれなきゃ分かんねーよ。学業はあんた達教師のテリトリーでもあるんだぜ? 両立の鍵を握るのは、何も俺たちだけじゃねーはずだ」
 抑揚のない、けれど問い詰めるような口調。
「そうでございますわ! クラス対抗戦を実施してわたくし達の学力が低下するのでしたら、昨年以上に貴方方も真剣に、そして真摯に取り組んでいただかなければ、バランスなんて到底取れませんことよ?」
 運営委員である教職員の怠慢を生徒が指摘するなどという、誰も想像しなかった発言に、教職員はおろか生徒までもが驚き、そして戸惑った。

 しかしこの実に的を射た発言は、生徒達に大きな追い風となり、大講堂のざわつきは一気に広まる。
 教職員もこの質問は予想していなかったのか、壇上から降り、集まって話し合っているようだ。


 10分もそんな状態が続くと、15〜16歳という多感なお年頃のあたし達の我慢は、限界に近づく。
 ざわつきはやがてブーイングに変わり、そして教職員を批難する『無能』コールが大講堂を包みこんでいった。

「む・の・う!」「む・の・う!」
「む・の・う!」「む・の・う!」

「分かりました! 静粛に! 皆さん静粛に!」
 教職員も必死だが勢いは止められない。


 さっきの眼鏡が三度目の壇上に上がったたところで、ブーイングはピークを迎えた。

「我々の……覚悟を……聞いていただきたい」
 しかしそんなブーイングは、眼鏡先生の一声で静寂に変わった。

 絞るような、悲痛な声で話し始めた運営委員代表の眼鏡先生。
「確かに言われるとおりでしょう。昨年までのような教育では、貴方方に昨年以上の学力を望むべくもない。更にクラス対抗戦を課した上で、昨年までと同様かそれ以上の学力を維持しろというのは、そうですね……間違っていました」

 眼鏡先生の自虐的な、つぶやきにも似た返答は、堂内に一切の雑談を許さなかった。

「ですので皆さん。我々も全力で貴方方生徒に勉強を教え、学力維持向上を文字通り死に物狂いで考え実行しましょう! 貴方方はこの1年間、とにかくクラス対抗戦に集中してください。その学力状況を見て、2年目貴方方をサポートできるような指導方針を我々も検討しましょう」

 あたし達の心の叫びを、教職員もようやく理解してくれた。

 しかし、話はそれで済まなかった。

「そしてもしもこの3年間で、貴方方の学力が著しく低下したならば、我々も……貴方方の卒業と同時に退職しましょう!」

 『退職』という予想だにしない展開に、生徒側は誰も声を出せなかった。

 その沈黙を破るように、運営委員のほかの先生達が壇上へ登りはじめた。
 その中には担任のヒゲ先生と、科学部顧問の姫野先生もいた。
 そして総勢15名の運営委員が揃ったあと、眼鏡先生はそれらを代表する形で最後の提案をした。
「貴方方の成功にはそれだけの価値があるのです! 我々の首で、貴方方1年生180名の3年間を買わせてください! どうか、どうかご理解とご協力をお願いしたい!」
 そう言い切ってマイクから離れると、眼鏡先生は生徒を前に土下座した。
 遠目から見ても分かるくらいに、身体を震わせて。
 マイクを通さない「おねがいします!おねがいします!」という声が、何度も何度も大講堂に響く。

 生徒の誰もが予想しなかったこの決死の回答に、そして教師の土下座という事態に、生徒は誰もついていけず、場内の静けさはピークに達した。


 下を向きながら小さく気合を入れ、あたしは握りこぶしを作って心に決めた。
(あたしはやるよ! いいじゃない! やってやろうじゃないのよ!)
 そして握った手もそのままに再び前を向き、強く決意する。
(土下座までされて『そんなの知らないよーん』なんて格好悪いじゃない!)


 決意を改め、再び周りを見渡そうと意識を戻した目の前には……。

 クラスのみんなが……麻衣や零夜までもが、あたしを見ていた。
 周りを見渡せば他のクラスの生徒までもが、大きく眼を見開いてあたしを呆然と見つめていた。
 土下座していた先生はあたしを呆然と眺め、少し泣きそうな顔をしてる。

「……あれ? 何この展開」 
 なんだろう、ちょっとデジャヴ。
 確か入学式の時に見たような……。
「弥生……ちゃん……」
 まるで腫れ物に触るかのような麻衣に、聞きたくないという気持ちを抑えて、
「ねぇ麻衣? もしかして、あたし……口に、出てた?」
 麻衣、あんたの答えによっちゃ、あたし旅に出ることになるから。
「うん……」
 まぁいいや。本音だし。
 なんて言えるわけねー!
 よし決めた、一人旅。そうと決まればどこ行こっかなぁ、北海道とかいいよね。5年位。
「弥生ちゃんとにかく座らない?」
「え? あ、あたし立ちながらあんなこと口にしてたの!?」
 何という衝撃的な事実。もう死にたい。
「うん、しかもすっごい大きな声で」

「いやぁ! いぃやぁぁ!」

 頭を抱え、心の叫びを声に出して訴えながら、崩れるようにしゃがみこんでいくあたし。
(少なく見積もって1ヶ月、下手すると1年は学校に来られないわ。停学じゃなくて、恥ずかすぎで。っていうかお母さんにこのことバレたら、うっ、胃が痛い)


 そんなあたしの心配なんてまるで蚊帳の外、大講堂は意外な方向へ向きを変えだした。

 誰かが言った。
「そうですわ! やってやろうじゃありませんこと!? みなさん!」
 雨脚は徐々に強まっていく。

「そうね……どうせやらなきゃいけないなら、とことんやろう!」
 そして小さな流れを形成しはじめる。

「作ってやろうじゃねぇか! 新しい仙里の歴史ってやつをよ!」
 小さな流れはやがて、濁流となり勢いを強める。

「うん! 頑張ろう? ね? みんな頑張ろう!」
 濁流はまず、両手を胸の前に組み力強く叫ぶ麻衣を飲み込む。

「そうだよ! やろうみんな!」
 麻衣を飲み込み”うねり”となったそれは、あろうことか零夜という冷静であるはずの人物をも……あたしの最後の砦までをも、たやすく飲み込んでしまった。

(そっか、これは夢なんだ)

 零夜の叫びを皮切りに、生徒がパイプ椅子から立ち上がる。
 しゃがんでいたあたしのお尻に、頭に、立ち上がった拍子にずれた椅子がぶつかる。
(痛い! 痛いって!)
 痛みがあたしにこう告げる。
 夢ではない、と。

「誰か! 誰かあたしを! この悪夢から救い出してええぇぇー!」
 夢という最後の拠り所は、あたしの叫びを最後にして、大歓声に包まれながら崩壊した。


 それからしばらくして、1年生は完全に暴走を始める。
 何だかよく分かんない雄叫びをあげ続ける1年生。
 釣られるように教職員も歓喜に包まれる。
 泣き喚き、或いは崩れ落ちる教職員。

 数分後、抱き合って喜ぶ運営側教師と、意味不明のシュプレヒコールを上げる1年生が、大講堂を狂乱の舞台へと変貌させていた。

 仙里の、旧仙里女子の歴史なんて知らないけど、あたしだって分かる。
「こんなの、異常よ……」
 入学式でハゲが40分以上かけて力説したらしいクラス対抗戦。
 それが今、こんなに盛り上がりを見せている。

(よかったね……校長先生)

 これできっと、難関お嬢様高校だった仙里も変わっていくだろう。

 確実に悪い方向へ。
 多分、あたしをきっかけに。

(し、しらないわよ!? あたしが悪いんじゃ、ないもんっ!)

 燃え上がる周囲の生徒、そして俄然盛り上がる堂内。

「夢なら醒めてぇぇえぇぇ!

 そんな異様な光景を余所に、悲痛な叫びをあげるあたし。
 燃え上がるみんなとは反対に、あたしはその日、燃え尽きた。







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