35.[1年夏/第一戦] メロンとお嬢と村松くん
「村松くん、あんたさっき『戦姫の直感』って言ってたわよね?」
3ウェイバッグがあたしの背中で大きく揺れる。
「ああ、それがどうした? もしかしてまた直感か?」
同じく背中のデイバッグを大きく揺らしながら、振り返らず村松くんはあたしに問う。
「新大宮の駅に着く前。あたしさ、瑠璃の鞄の音が妙に耳に残ったのよ」
「それこそまさに直感だな、末恐ろしいぞお前」
あたしと村松くんは今、走っている。
「2人とも待ちなさい! 私を置いていくつもり!?」
背後から声を聞いたあたしと村松くんは立ち止まり、ちょっとウンザリした顔をしながら振り向いた。
「いくらキャリー出来ても、これじゃ一緒よ……」
薄紫色のどデカいキャリーバッグを引き摺りながら叫ぶ瑠璃を見て、あたしは呟いた。
南川先生と樹里先輩の更に後ろ、20mほど離れたところから大きな胸を揺らして瑠璃が走ってくる。
「あ、あなた達! 私を、置いていくつもりじゃ! なかったでしょうねっ!」
背負って走るあたし達と、既に宿泊地へ荷物が配送されている引率の2人。
だから瑠璃だけが異常に大きい荷物を持って移動する事になっているのだ。
しかも、この暑い8月の中旬、時刻は15時。
まだ駅から200mも離れていないだろう、でも瑠璃は完全にバテてる。
「あんた『いざとなれば走れるように』って自分で言ってたじゃないのよ……。肝心なところ抜けてんだから」
瑠璃にしては珍しい。
それを自覚しているのだろう、シュンとうな垂れる瑠璃が妙に新鮮だった。
「沢木は俺の鞄を背負え。俺がそれ抱えて走るから」
「えっ! でも、村松くん……」
瑠璃が反論することを諦めたのは、村松くんの顔がいつになく真剣で優しかったからかもしれない。
夏の暑さのせいとは思えない瑠璃の赤面を、ニヤケ顔で見守る樹里先輩と南川先生がそれを証明している。
瑠璃が村松くんの鞄を背負い、村松くんが薄紫のデカい荷物を両手で抱える。
「よし、いくぞ!」
「オーケー!」
そして再び走り出そうとしたあたし達を、やっぱり瑠璃が止める。
「待って村松くん!」
そして村松くんをじっと見つめながら一歩ずつ近づいていく瑠璃。
「言い忘れてたわ村松くん。私……」
少し俯き加減で迫るように村松くんへにじり寄る瑠璃は、
「沢木じゃなくて『瑠璃』って呼ぶように言ったわよね?」
けれどやっぱり瑠璃だった。
「……」
「お前ら、こんなところで油売っていて良いのか?」
(ありがとう南川先生! 貴方の勇気と優しさを、あたし絶対忘れないわ!)
「瑠璃、村松くん! 行くよ!」
でも本当は瑠璃だって別の言葉を言おうとしてたんだろう。
鞄を両手に抱えて先頭を走る村松くんには聞こえなくて、でもその後ろを走るあたしには聞こえてしまったその台詞。
「うれしかった。ありがと村松くん」
落ち着いたら背中越しじゃなくちゃんと面と向かって言いなさいよ?
恋するメロンもこれを機に”真っ当な恋路”を歩んでくれるといいんだけど……。
新大宮の駅前から線路沿いに逆走し、原っぱの真ん中にそびえ立ってた朱雀門へ向かうあたし達。
でも線路に沿って走れたのは数百mまでが限界、並走する道はあたし達に左折を強制したのだ。
結局大通りに出ざるを得なくなり、ルートを失った。
「とにかく、車窓から見つけた白い大きな建物か線路と立体交差していた道路を見つけましょ」
荷物が軽くなりいつもの冷静さを取り戻したのか、瑠璃がすぐさま新しいルートを提示してくれる。
「ならここから真っ直ぐ行けば大丈夫だろ。乗ってた列車もそれほど曲がったりはしなかったはずだぞ」
荷物を持ってても冷静な村松くんはもう既に尊敬の域に達している。
「あんた達に任せるわよ」
大体、走ることだけしか能が無いあたしに出る幕なんてないわ。
大通りに出たあたし達は、奈良市役所の前を駆け抜けどんどんと逆走を続ける。
東美空のオンボロ県道や町道と違って整備されてる大通りなんだけど、あたしには妙に走りづらく感じるのは何故なのだろうか。走ることさえも奪われたらあたしに何が残るのよ。
「弥生さん。ここまで車の通行量が多いと、また驚くんじゃないかって思ってたのに平気なの?」
「そんな暇も余裕もないわよ瑠璃、大体あんたの荷物で色々あって頭から抜けてたくらいよ?」
でも慣れてないからちょっと怖いなって思うのは事実かもしれない。
「あー、だから走りにくいのか」
走りづらいのは車を無意識に避けてたからだったらしい。
「あったぞ、白いビル! サトーココノカドーだったんだな」
あたしよりも先に進んでいた村松くんは、流石にバテたのか瑠璃の荷物を歩道に下ろしながら少し前で立ち止まっていた。
「すぐ先には高架道路があるわ。そろそろ目的の場所が見えてきそうね」
瑠璃の言葉の通り、道沿いに進んでいけば高架と交差する。
そしてその高架は朱雀門を車窓から見つけたあとに、乗っていた列車とも交差していた高架道路に間違いない。
「村松くんバテてない? あんたが行けそうならこのままもう少し進むわよ?」
「俺なら大丈夫だぞ。さわ、瑠璃はどうだ?」
「え? え、ええ。勿論大丈夫よ!」
(あんた、自分でそう呼べって言っておいて、呼ばれて動揺するってどういうことよ?)
「そうか、なら行くぞ高坂!」
再び瑠璃の鞄を抱えて村松くんが走り出す。
そして南川先生がそれに続き、遅れて樹里先輩とあたしも走り出そうとして、気付いた。
瑠璃が動かないことに。
久々に見る弱気な瑠璃、えっと……春開催の料理対決以来だっけかな。
「瑠璃? どうしたの? 村松くんも高坂さんもスタートするわよ?」
初めて姉らしい表情を見せる樹里先輩は、だけど妹の心境までは分からなかったみたい。
いや多分……知ってるんだろうけど、まさか”こんなところで発動するなんて思わなかった”が正解かもしれない。
実際、あたしもこんなに早く瑠璃が公言するなんて思ってもなかったし。
「弥生さん、私もう貴女の力になれないかもしれないわ……」
俯き加減の瑠璃だけどチラッと見えた目はあれよね、予想通り佐々岡さんのそれにちょっと似てる。
ストレートな表現こそ控えてるけど、あたしへ向けた敵意らしい視線は感じた。
あたしと瑠璃を心配そうな顔で交互に見つめる樹里先輩も、多分瑠璃の言葉の意味をある程度理解してるんだと思う。
「瑠璃にしても村松くんにしても、律儀すぎなのよ」
だからあたしも隠し立てのお手伝いなんてしない。
「慣れてるからいちいちそんなこと宣言しなくたって大丈夫よ瑠璃」
あたしに向けられた敵意の正体、分かったわ。
「それに瑠璃相手に真っ向から戦うつもりなんて無いし」
でも筋違いなのよ、っていうか相手違い?
「……弥生さん」
「でもね瑠璃、言っとくけどあんたのライバルはあたしじゃないわよ? そこ分かってる?」
「え?」
俯いてた頭を上げながら、気の抜けた返事をする瑠璃はまだ分かってないのね。
「お嬢様よ、おじょうさま。あんたさぁ、あたし以上に手強い相手を敵に回しといてそんな弱気でどうすんのよ」
新幹線の車内で見てたでしょうに、村松くんの優しさに触れて恋する乙女モード全開だったお嬢様を……。
「や、弥生さん! 姉さん違うの、私はそうじゃなくて、だから」
否定しても無駄よ……あんた、あたしにまで察知されちゃ隠しようなんてないんだから。
「はいはい瑠璃。顔の赤さは夏の日差しにやられたからかしら? それともリーダーの優しさに」
ほらね。
「わーっ! わーっ! 姉さんやめてーっ!」
全身を使って否定する慌てっぷりが、姉に知られた弱みを打ち消そうとする意味不明な言葉が、何より瑠璃の恋心を具現化していた。
ほらやっぱり、瑠璃は村松くんが好きなんでしょうに……。
頭から湯気でも出てそうなくらい真っ赤な顔で俯く瑠璃は、正真正銘恋する乙女だもの。
「姉である私に隠し事なんて、出来るって思わないことね瑠璃」
お姉さんの一言で完全に瑠璃は消沈した。
「おーい! どうしたー? 信号が青に変わるぞーっ!」
そして何も知らないシャイボーイは生真面目に対抗戦へ熱意を向けている。
「村松くーん。ちょっと休憩したいーっ! そこ、影になってるんでしょーっ? すぐ行くからーっ」
内容が内容なだけに、この話を村松くんを交えて繰り広げるなんて出来るわけがない。
「分かったーっ。先に休んでるぞーっ!」
それにもう少し瑠璃を立て直しておかないと急ぐ意味がなさそうだし。
「弥生さん、ごめんなさい」
涙声で謝る瑠璃が何のために謝ってるのか、あたしには分かんない。
けど瑠璃が謝らなきゃいけないって思うようなことがあってそれで瑠璃が満足するなら、あたしはそれを受け入れるだけ。
もしかしたら瑠璃は、あたしが気付くよりもう少し早い段階で村松くんに意識が行っていたのかもしれない。
鞄を持ってもらっただけで、そんな些細なことが切欠でこうなるだなんて思えない。
まぁ瑠璃だから分かんないけど、でも何となくそう思った。
「あのさ瑠璃」
もしそうだとしたら、第一戦が始まってから村松くんはずっとあたしをベタ褒めだったから、瑠璃も気が気じゃなかったろうって思うのよ。
「嬉しいよあたし。こそこそ陰口叩かれるよりそうやって堂々と言ってくれた方がね」
それでもきっちりあたしに、遠まわしでも宣言してくれたことは本当に嬉しいって思った。
「だから佐々岡さんにしてもあんたにしても、あたしゃ尊敬するよ。その揺ぎない強さみたいなのに、さ」
そして、強いって思った。
「貴女思い詰めたらすぐ立ち止まるんだから」
あの時あたしにハンカチを渡してくれた村松くんはここにいないから、彼じゃなくて樹里先輩が瑠璃にハンドタオルを渡し優しく諭す。
だからあたしはあの時瑠璃がしてくれたように、そっと恋する乙女の頭を胸に抱き寄せ瑠璃を包み込んだ。
人を抱きしめる側も温かい気持ちになるんだって。
涙を流す瑠璃をそっと抱きしめて、あたしは初めて知った。
こう言っちゃなんだけど、やっぱり瑠璃は強い方が瑠璃らしいって思うから、そんな瑠璃の方が村松くんとは相性が良いって思うから。
「お嬢様に勝ちたかったら今は対抗戦に集中しなって。あんたが村松くんの足引き摺っちゃ印象ガタ落ちよ?」
今出来ることは、これなんだって思う。
「弥生さん、姉さん。ありがとう」
目に一杯涙を湛えながら、けれど気丈に笑う瑠璃が何だか愛しくて、
「それ、ちゃんと村松くんにも言うのよ? 鞄持ってもらってんだからさ」
ちょっと、からかってみたりなんかしたくなった。
「ええ、勿論よ!」
けど、そこにはもう弱気な瑠璃は居なかった。
はっきりとした声で答えた瑠璃の中では、きっと何かが変わり始めたんだと思う。
だって瑠璃の視線の向こうには、薄紫の鞄にもたれかかる村松くんが居たから。
相変わらず全力投球の我らがリーダーは、瑠璃の鞄を抱えながら先頭をひた走っている。
そのすぐ横を手ぶらの南川先生が付き添うように走り、瑠璃と樹里先輩の沢木姉妹が先生を追う。
あたしが一番後ろなのは、意図的に村松くんから一番遠いところを選んだから。
多分こんな気遣いは必要ないと思んだけど、まぁほら念には念を入れておかないとね。
「おい、ならシルクロード博記念館って看板があるぞ」
立ち止まり指を指す村松くんに最後方のあたしが追いつき、ここで作戦会議と相成った。
向かって右手側にあるだろう平城宮跡の存在をあたし達に隠すように、周りの建物が視界を遮っている。
この辺がどこなのかさっぱり分かんないのよね、目印も無いし。
「そこ行けば辺りの地図とかないかな?」
周りを見渡しながら言ったあたしに、村松くんは頷き、そして残る1人に問いかけた。
「さわ、る、瑠璃はどう思う?」
たどたどしく。
「い、行ってみましょ!」
瑠璃も同意したのか、まだ動揺を隠しきれてないながらも村松くんにそう答えた。
顔はまだ少し赤いものの言動はいつものそれに戻りつつある瑠璃を見つめながら、あたしと樹里先輩は顔を見合わせながら頷きあった。
きっと大丈夫だ、って。
大通りを左折し、あたし達はシルクロード博記念館を目指す……なんて気構えも無用なくらいあっという間に、左手側が開けていって記念館が見つかった。
四角い溜め池の上にちょっぴり中華ちっくな建物がぽつん。これが記念館らしい。
「記念館っつーより水上楼だなこりゃ……しかも入り口は反対側かよ」
そう、あたし達の進んできた道沿いには水上を架ける橋のようなものは何一つ存在していなかった。
「進行方向から右手側、つまり線路のこちら側に朱雀門があったはずよね?」
「そうなんだけど、でも線路沿いに歩ける範囲はあまり広くないぞ」
ブレーン担当の2人が真剣にディスカッションしてる横で、その他諸々担当のあたしが見つけてしまった。
「っていうか、その奥にあるのって朱雀門じゃん……」
水上楼の屋根の向こうに太陽を浴びて黒光りする瓦屋根と、鮮やかな朱色に染められた梁。
間違いなくあれは朱雀門よ。
「だからもう少し先だと思うのよ」
「ああ」
でもこいつら……全く聞いちゃいねぇ……。
「あんた達聞いてんの!? 記念館の奥よ! 向こうよ!」
2人を捨て置きあたしは一目散に左の小道を駆ける。
記念館の影に隠れていたそれがどんどん姿を現していく。
間近で見るとその大きさに圧倒され歴史の重みを感じる。
そしてポツンと佇む朱雀門を真正面に見る通りへと出て、その近くに目を向けると……。
居て欲しくなかったやつらが、全員揃ってそこに居た。
お待たせいたしております、新橋です。
タイトルの「お嬢」は意図的です、お嬢様でなくお嬢。語呂が良かったんです。
そんなことより、週一ペースになってしまった現状をお詫びしなきゃいけませんね。
お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
三月一杯はこんな感じになりそうです。Temptationの方が落ち着き次第、好敵手に全力を注ぎたいと考えておりますので今しばらくお待ちいただければ……。
灰色クンが出てるTemptationもよろしくっ! まぁ灰色クンはちょい役なので繋がりなんてまるで無いんですけど。

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