30.戦姫の護り手たち
「そろそろ本音で話さない?」
真顔で言った瑠璃には、形容しがたい迫力があった。
「……内容によるわ」
そう答えるのが精一杯だった。
けれどあたしと違って瑠璃は余裕さえ感じさせる。
「じゃ、行きましょ?」
明日から長期休暇が始まるにしては、想像していたよりも人が多いシンチレーション。
「まだ寮生は実家に帰ってないんでしょうね」
あたしの考えを見透かしたように説明する瑠璃は、迷わず壁際の席へと歩いていく。
その後を追いながら、例の窓際席を確認した。
お嬢様もメイドも、今日は居なかった。
「お待たせ」
「いや、俺も今来たとこだぞ」
壁際席には村松くんが待っていた。
あれだけの立ち回りを見せた瑠璃だ、もしかするとまだ芝居は続いているのかもしれない。
「……何する気?」
村松くんを巻き込んで、今度は何をしようと企んでいるのか。
「精神状態を高めておこうと思ったのよ。特に『不屈の戦姫』高坂弥生の」
あたしの精神状態を高める。
裏を返せば、瑠璃から見てあたしの精神状態は低い、ってことなのだろうか。
でもあたし自身、それを否定出来なかった。
「ケータイを持ってこなかった事にするのも含めて、もう薄々気付いてるんでしょ?」
言葉は挑発的でも、今度の瑠璃は優しい顔だった。
「麻衣と零夜……ね?」
勘違いとはいえ、姫野先生にも指摘された事。
あたしの目の前で2人を一刀両断して見せた瑠璃。
ならば、姫野先生以上にあたしの現状を知っててもおかしくない。
「弥生さん、貴女が感じる事をそろそろ吐き出さない?」
「俺達でよかったらいつでも聞いてやるぞ」
2人の顔は真剣そのものだった。
そんな2人に背中を押されたような気がして。
「麻衣と零夜の……考えてる事が、分かんない」
あたしは吐き出すように、小さく打ち明けた。
「初めからそう言えばよかったのよ、弥生さん」
瑠璃は少しホッとしたような顔をしながら言ったあと、更に踏み込んだ質問をした。
「国崎さんが何を考えてるのか、ある程度分かってるんじゃない?」
やっぱり瑠璃は全てお見通しだった。
もしかするとあたし以上にあたしの事を分かってるんじゃないだろうか。
麻衣のプライバシーをここで晒してしまって良いのだろうか。
だけど瑠璃はもう知っているような気がして、もう一度呟いた。
「あの子、零夜のこと好きだから」
驚きも納得もせず、じっとあたしを見つめる瑠璃。
「だからって貴女が悩めば、それを見た国崎さんだって同じように悩むわよ」
瑠璃から見たあたしは、やっぱり悩んでいたんだ……。
「普通に嫌われるなら、もっと楽だった」
瑠璃の言う本音を、あたしは溜息と一緒に吐き出した。
佐々岡さんみたいに、とは声に出して言えなかったけれど。
「高校に入るまでは上手くやってこれたと思うのよね、だけど」
最近は零夜とあたしの間に何かある度に、麻衣は悲しそうな顔をするようになった。
言い争いだけじゃなく、それこそ何でもない会話でさえ。
もしかすると、あたしの口から「零夜」って言葉が出るだけで、麻衣が悲しむような気がして。
「お話は少し休憩にしましょ?」
いつの間にか後ろに回っていた瑠璃に、あたしの頭は抱き寄せられた。
「国崎さんも貴女も、お互い譲りすぎなのよ」
瑠璃の腕と胸に、あたしの頭がふわっと挟まれて。
村松くんが一言、
「ほら、ハンカチだぞ」
って説明しながら、何も見えないあたしに布を渡してくれて。
あたしは泣いてるんだって気付いた。
瑠璃があたしの頭を解放したのは、あたしの肩の震えが止まったころだった。
「神園くんとは口を聞かないようにする、しかないわね」
そして村松くんのハンカチを、あたしからそっと奪った瑠璃。
「もっとも、向こうから話し掛けてくるでしょうけど」
あたしの頬を優しく拭いながら、言葉は違えど姫野先生と同じような事を言った瑠璃。
「零夜も何考えてるのか分かんない。特に最近は思い詰めてるのか、妙に怖いし」
あたし達2人の会話を、ずっと考え込むような顔をしながら聞いていた村松くん。
だけど零夜の名前が出たと同時に呟いたそれは、
「国崎の事は分かんねーけど、神園の異常さは俺も少し感じたぞ」
あたしが考えていた想像を、はるかに超えるインパクトだった。
「なぁ高坂。夏開催の代表が決まってから、神園の視線が痛いんだよ」
幼馴染の贔屓目もあるのかもしれないけど、零夜はそこまで攻撃的じゃない。
確かに最近は怖いと感じさせる零夜の素振りが気になったりもした。
けれどその怖さが、クラスでも人望高い村松くんに向けられているだなんて、信じられなかった。
「あら村松くんも? 神園くん、私にも厳しい目線をくれるわ」
「零夜は女子に対しては厳しいわよ。表面上そういうの出さないようにしてるみたいだけど」
瑠璃に対して向けられる敵意のようなものは理解できる。
むしろ零夜の敵意を瑠璃が引き出した、って思うくらいだもの。
「厳しいか? 俺には関心がないだけに見えるぞ?」
無害そうに見えて、村松くんは良く見てるなって思う。
村松くんの言うとおり、零夜は女子に対して関心を示さない。
むしろ良い寄ってくる女子を鬱陶しがるほど、冷たい態度を取る。
「女子に無関心なのは、確か中学校の時からね」
零夜が異常にモテだしたのは小学時代の5年生辺りから。
周りに集まる女子へ、最初は丁寧に受け答えしてた零夜。
6年生の中頃から面倒になったのか冷たくあしらいはじめた。
そして中学に入ると露骨に不快感を示したり、はっきりと「迷惑だ」って口に出すようにすらなったらしい。
小学時代はあたしが直接見た事、中学時代のそれは麻衣からの伝聞。
それに中学以降、あたしは出来る限り零夜とは一定の距離を置いてきた。
多少は目撃したわ、けれど麻衣が言うほど露骨には見えなかったから分かんない。
まー、あたしの言う一定なんて、世間一般のそれとは比較にならない位にちっぽけなのかもしれないけれど。
「だったらなんで、高坂は近くに居られるんだ?」
居られるって言葉には少し引っかかりを感じる。
特別視されているようでちょっとムカっと来て、あたしは声を荒げていた。
「あたしだけじゃなくて、麻衣もよ」
それに、そもそも村松くんの指摘は間違ってる。
村松くんは驚いたようで「わ、悪ぃ」と謝る。
それが少し気の毒に見えてあたしを落ち着かせたのか、
「ほら、あたしは幼馴染だし腐れ縁だし、女とは見られてないんだろうね」
自分で自分を見つめる事が出来る程度には冷静になれた。
「弥生さんはそれに不満がある?」
瑠璃の言い方には含みがあった。
あたしの事を手に取るように理解してる瑠璃。
だからこそ、あえて口に出させようとしているんだろう。
「まさか。むしろこっちの方が気楽なもんよ?」
言い終わったあと瑠璃の顔を再び窺えば、呆れる位に満足そうな顔をしていたもの。
「その考え方、完全に不屈の戦姫って感じだぞ」
一方の村松くんは、心底呆れてるみたいだけど。
「でも他のクラスで噂になってるわよ。神園零夜に近づく女子を『戦姫』が審判してる、って」
「はぁ? 何であたしが。大体そんなことして何の得があるわけよ」
佐々岡さんと言い、中学校の同級生たちと言い、仙里の女子と言い……。
どうしてこうも曲がった考え方しか出来ないかね。
姫野先生の言ったとおり、仙里の女子はあたしの事を零夜に付きまとう小娘とでも思っているのだろうか。
勘違いも甚だしい。
むしろ付きまとわれてるのはあたしだっつーの。
「さぁ……でもそう噂になってるのは間違いないわ」
大体、仙里進学が一致したのだって偶然でしかないのに。
考えたら分かるでしょ、あたしにどんな権力があれば零夜と麻衣を同じクラスに呼び込めるのよ。
権力じゃなけりゃ魔力でも良いわ。
って、あたしゃ魔女かっつーの。
「馬鹿らしい。零夜のことを好きな女子の根も葉もない噂よ。しかも中学の時よりレベルが低いわ」
何だかどうでもよくなってきて、背もたれにぐったりともたれかかりながら、あたしは投げやりに言った。
「高坂、お前中学の時も同じようなことされてきてたのか?」
けれど、村松くんは投げやり発言に異常なまでの反応を見せる。
何故そこまで驚くのか分かんなくて、妙に焦ってしまう。
そして言葉を濁しつつ同意したあたしに、今度は村松くんだけじゃなくて、瑠璃まで同じような反応をした。
2人ともあたしを「可哀想な子」みたいな目で見てる。
「やだなー。事実無根なわけだしさ、ムキになってもしょーがないじゃん」
悲しい、寂しいって思ったことは何度もあったけど、だからって毎回傷ついたわけじゃない。
馬鹿なあたしだって、何度か同じことを経験すれば慣れてくる。
それに、気持ちを整理する術だって身につくわよ。
「不屈の下地が分かった気がしたぞ……」
呆れたような、哀れむような、ちょっと複雑な顔をした村松くん。
「これ、結構重要な事かもしれないわ」
今まで見た中で一番真剣な顔で村松くんに言う瑠璃。
「瑠璃。重要って何よ?」
「秘密」
即答だった。教える気はサラサラないらしい。
だったらもう1人を問い詰めればいいだけよ。
「ちょっと村松くん!」
「悪いな、秘密らしい」
即答だった。瑠璃に逆らう気は毛頭ないらしい。
その気持ちは分からなくもないので強く言えない……。
これ以上責められず、次の言葉を紡げなくなってしまった。
そんなあたしに、村松くんは優しくこう言った。
「とにかく、お前は異常じゃないぞ。俺たち2人の共通見解だ」
今までの会話、どこをどう解釈すればそうなるのか、分かんないんだけど。
ただ、ちょっぴり嬉しかった。
そして瑠璃も同じように言う。
「あの2人が異常かどうかはともかく、貴女が苦しむ必要なんてないのよ?」
やっぱり嬉しかった、
さっき返したはずのハンカチがあたしの手に再び当たり、
「ほら、拭いとけ」
投げやりな中に優しさを滲み出させて、村松くんは言った。
「だからもう少し泣いて、吐き出しちゃいなさい?」
瑠璃もさっきと同じように、あたしの頭を抱きしめてくれた。
抱きしめられるまで、自分が泣いてるなんて、やっぱり気付かなかった。
学食の時計は1時になっていた。
1時間半も話していたんだと、ようやく気付いた。
その何割を瑠璃の胸の中で過ごしたのかは、あたしには分かんない。
いつもよりちょっと遅めのお昼ご飯。
今回は忘れずに無料チケットを使ったあたしと瑠璃。
それを羨ましそうに見つめながら、慣れた手つきでランチを取る村松くん。
村松くん見て笑ったり驚いたりしながら、瑠璃に引っ張りまわされたり抱きしめられたりしながら、あたし達はお昼ご飯を確保して食事を始めた。
前回以上に美味しく感じるお昼ご飯。
1時間半で、心から笑えるくらいに、あたしの精神状態は高まったみたい。
「当初の目的通り、村松くんの番号を教えてもらいましょ」
いつぞやと違いフランスパンをかじってる村松くんに、瑠璃はケータイを差し出した。
「隠してでもケータイを持ってきてって言ったのは、この為だったのよ」
そしてあたしに顔を向けると、悪戯っぽいウインク。
「そう言ってくれれば、お母さんに怒られたりしなかったのに」
「村松くんとは夏開催の戦友でしょ? 交換しておいて損はないわ」
「損得の話じゃないでしょ」
何となく分かってきた。
「それに弥生さんは、神園くん以外の男子にも頼るべきね」
瑠璃が真面目な話をするときは、あたしを騙し騙し自分の領域に引きずり込むって。
そのためなら村松くんすら利用する恐ろしさ。
「それが俺ってわけか。役得なんだか分かんねえぞ」
「あら、村松くんと私は『戦姫の護り手』よ? 名誉ある役回りだと思わない?」
やっぱり瑠璃は悪魔よ!
でもそんな悪魔を憎めないあたしがいるのも事実だったり。
「あたしからすりゃ、村松くんは瑠璃の護り手だってば……ヒゲも言ってたじゃん」
「やっぱり弥生さんの護り手よ? だってアドレス登録すら出来ないもの」
「ほら、ケータイ貸してみろ。っつーか沢木の暴走ならもう始まってる。先が思いやられるぞ」
と言いながら、あたしのケータイを掴み何やらやっている村松くん。
瑠璃も手馴れたもので、2人の間で時代の最先端っぽいやり取りが繰り広げられている。
「ところで村松くんて、春開催でみんなにケータイの番号教えたんじゃなかったっけ?」
「高坂はそのときケータイ持ってなかったろ。沢木は調理班だったし、俺も知らないままだぞ」
あたしのケータイが瑠璃に移り、そして瑠璃から再び村松くんへと移る。
ややあってケータイが本来の持ち主であるあたしの元へ帰ってきた。
「上のボタンを押してみろ。俺の番号が入ってるから」
麻衣は電話番号むき出し、瑠璃は論外。
自分のケータイに『愛しのルリ♪』以外で、初めてまともな名前の番号が登録される。
「沢木。俺は高坂が気の毒になったぞ……」
「村松くん! あんた最高よ!」
いつの間にか瑠璃の名前も訂正されていた。
「楽しいねぇ……科学の進歩を実感するよ、あたしゃ」
電話を掛けるのに、ボタンをちょっと押すだけでいいだなんて。
これは予想以上にお手軽だわ。
「弥生さんの原始的な感覚、時々分からなくなるのよ」
「不屈の戦姫が勉強苦手だったり、声も出さずに泣き出したり。高坂は個性強すぎだぞ」
2人ともあたしを見て呆れてる。
「放っといて! あたしはこれであたしなの!」
「どうしてかしら、妙に説得力があるわ……」
「……だな」
納得してくれた割には、呆れ顔から全然変化しないってどういうことよ。
「高坂はケータイでテレビ録画出来るの、知らないだろ?」
「え? 嘘!? ケータイってそんなことまで出来るわけ!?」
「ケータイがテレビの代わりになる事すら知らないって感じだぞ……」
時代って、そんなところまで進んでたんだ……。
「カメラの代わりになるのは知ってるのかしら?」
「そ、それは何とか……」
明らかに哀れみの目であたしを見る護り手たち。
「だ、だって! 東美空にいればケータイなんていらなかったんだもん!」
「俺に護り手なんて、絶対務まらないぞ」
その深い溜息があたしの常識外れ具合を如実に語ってる。
けど護ることとは関係ないように思うんだけど。
「奇遇ね、私もよ……」
言いだしっぺの瑠璃まで言うか!
あんた達が勝手に護り手になるって言っただけじゃないのよ!
などと憤慨している余裕なんてなかったのだ。
「でもそんな弥生さんが可愛いのよっ!」
さっきまで溜息ついて呆れてた瑠璃が、いきなりピンク色のオーラを発しながらあたしに抱きつく。
過去2回の、あたしを包み込んでくれた瑠璃は、もういない。
だから村松くん。
「ハンカチなんていらないわよ! これのどこがしんみりしたシチュエーションなのよ!」
「高坂、俺は元々戦姫を護る自信なんてなかったぞ」
「ちょっとあんた! 諦めるの早すぎよ!」
この男、中々ノリが良いじゃないの。
そのノリをあたしの救出に向けて欲しいくらいよ。
「大体、沢木を相手にして誰がお前を護れるって言うんだよ。無理だぞ普通」
それ多分正解。
じゃああたしは一体、誰に助けてもらえば良いのよ。
徐々に息が出来なくなっていく
「し、死ぬうぅぅうぅぅ!」
あたしの咆哮は、シンチレーションに虚しく響き渡った。
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