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好敵手〜戦姫とよばれたあたしの場合〜
作:新橋てっく



13.戦姫に恋する乙女


 強引にエントリーメンバーに加えられらあたし。

 ようやく8人目が決まったけれど、そこから先はやはりグダグダだった。

 全力で推薦する女子。
 全力で断る女子。
 呆れる男子。

「高坂さんが2区間走ればいいんだよ」
「あんた、口縫うわよ?」
「野元が女装すれば……」
「女装なら神園くんの方がばれないんじゃ」
「お前ら、1組に無意味な汚点を作るのはやめようぜ……」

 結局8人目から全く進展せずにショトホを迎えた。


 普段は見ないジャージが妙に新鮮なヒゲ。
 ショトホ開始早々に説明用のプリントを2枚配り、おもむろに説明を始めた。

「大体プリントにある通りだ。グラウンド集合は11時半。そこからマイクロバスで中継点まで移動だ。一区は当然学校がスタートだから移動はないぞ。男子は教室、女子は体育館横の更衣室で着替えるように。11時まではエントリー受付だから、着替えはその後でも良いだろう」

 移動がマイクロバスって、本格的。
 帰りは何も言及されてないんだけど、どーすんのよ。

「ちなみに東美空地区の防災無線放送で、放送部主体の競技状況放送が行われるぞ。他の区間のやつが走ってるときも耳を傾けてみると良い。そうだなぁ……13時スタートだし、昼メシはグラウンド集合前にしとけよ。軽くに留めておいた方が良いぞ。食べないのは論外だ、エネルギーが持たん」

 ヒゲのアドバイスがありがたい。
 けど、走るって分かってたらお弁当おにぎりにしてもらったのに……。

「各区間、走者1人に対して1人のサポーターが認められる。付き添いや荷物持ちなんかだな。走者と一緒にバスで移動が可能だ。それ以外は応援。人が少なそうな四区から八区あたりを重点的に固めてやって欲しい……ところだが、流石に遠いな。でも出来るだけ人が少ないところへ行ってやってくれ。商店街より北側、仙里高までは地元の人も多いから良いが、南は完全に農村部だからな。選手でもサポーターでもないやつに出来ること、それが応援だ」

 ヒゲの体育会系思考も、ここまで来るとちょっと感動すら覚える。


「で村松、どこまで決まった?」
「8人です、残りは女子2人、区間は全く手付かずです」
「そうか! 8人決定か。それじゃあ残り立候補はないか?」
 ショトホ前の光景が頭をかすめる。
 ヒゲの立候補受付も無駄に終わるのは目に見えていた。

「よし、じゃあ沢木が9人目だな」
 けれど読みが外れた。よもやの立候補。
 その沢木さんは、あたしのほうを見て何故かニッコリと微笑んだ。
 ニッコリじゃないわ。むしろ『悪魔の微笑』に見える。
 きっと裏があるわこの子。
(臭うわよ! 沢木さんあんた臭うわよ!)

「おおそうだ、どうやら2組の中川は十区を走るらしいぞ神園。お前はどうするんだ?」
 そんなあたしの事など知る由もないヒゲはどんどん話を進め始めた。
 そういえば最近知ったんだけど、どうやら陸上部には男子が2人しか居ないらしいのよね。
 1人は零夜、もう1人はいつぞやの中川慶太くん。
 その片方が十区のアンカーを務めるという情報を聞き、零夜にしては珍しく対抗心を燃やしたようだ。
「じゃあ僕も十区を走ります」
 そう零夜が言ったと同時に、今度は佐々岡さんが二区を希望、話は勝手に進んでいく。

「神園が十区なら、一区は村松より野元の方が良いだろう、前半からリードを取りたいからな」
 ヒゲがアドバイス。野元は村松くんより速いらしい。
 そしてマイペースの谷川さんがそれに続く。
「私四区が良いー、平ノンは三区ね?」
「一区野元、二区佐々岡、三区に平野で四区は谷川、五区は村松だな。そして十区に神園、と」
「私の推薦だから、溝内さんには九区以外でお願いしまーす」
 谷川さんのマイペースっぷりに、ヒゲの的確な指摘が加わり、朝の光景が嘘のようにどんどんと選手や区間が決まっていく。
「溝内、希望はないか?」
「じゃあ、縁起が良さそうな数字なので、七区で」
 流石谷川さんの推薦だ、彼女以上にマイペースな溝内さん。よもやラッキーセブンで七区を選ぶだなんて誰が考えついたろうか。

「高坂ー、お前はどうするんだー?」
 エントリーメンバーには入っているものの、まだ区間が決まっていないあたしに、ヒゲがそう問いかけた。
「残りのメンバーを見ると弥生は最長区間の九区を走った方が良いと思うんだ。ダメかい?」
 あたしを振り返りながら零夜が言う。っていうか零夜はあたしの席から結構離れてるから、ある意味クラス中に言いふらしてるようなもんだ。
「絶っ対に嫌よっ! 何が嬉しくて女子最長区間を、しかも商店街を縦断なんてしなきゃいけないのよ! ノーセンキューよノーセンキュー!」
 当然あたしも零夜だけじゃなくクラスに聞こえるように声を張り上げる。
「じゃあ高坂が九区で決定だな。他は居ないかー?」
 ヒゲはひとっつも聞いちゃいなかった。

「ちょっとちょっとちょっと! 嫌って言ってるじゃないですか! 何を勝手に話進めてんですか先生!」

「私八区で」
「そうか、沢木は八区で良いんだな?」
 ヒゲの横暴に『悪魔の微笑』沢木瑠璃が加勢する。
(沢木さん、あんたの事は絶対忘れないわ!)

「ちょっと先生! 沢木さんまで! あたしを無視すんなっ!」

「昨日、あの高坂さんを必死で止めた田辺さんが、残り1人とか良いんじゃないかなー」
 田辺さんは既に『戦姫を(羽交い絞めにして)止めた女』として時の人になってるわけなんだけど、あの高坂さんってどう言う意味よ。
 特に『あの』って。
 ここまで来ると作為的なものを感じずにはいられない。
「どうだー田辺ー?」

「あたしの存在を否定するなー!」

「よし、とりあえず10人決まったな、田辺は六区で良いな? そうかよし、これで決まりだな」
 1組はヒゲの独裁政治に谷川さんの自由奔放、更には悪魔の沢木さんが加わって、エントリーメンバーはおろか、その区間までトントン拍子に決定した。

 女子最長区間の九区には『高坂弥生』の名前が記載されて。
 あたしには一切の同意も無く。

「だから! あたしの話を聞けえぇぇぇぇっ!」

     * * *

 2時限目が終わり、エントリー受付終了まで残り30分。
 既にあたしの心はズタボロだ。

「弥生ちゃん、頑張ってねっ!」
「麻衣、今ならあんた駅伝出られるわよ? あたしの代わりに九区を走れば良いんだから」
 周りの厳しい目があたしを貫く。分かってるわよ……人選が悪かったわ。

「高坂さん! 昨日の恩を返す為に、私、絶対に八区で快走して九区の貴女に楽させてあげるわ!」
 沢木さん、あんた何企んでるのよ……。
「今はそっとしておいて……現実を直視したくないのよ」
 あ、昨日の恩とか言ってて満更でもなさそうだし、もしかしていける?
「そんなに恩を返したきゃ、沢木さんが九区走ってよ……」
 周りの目はあたしを貫かない! これはいけるかも!?
「ダメよ、私が貴女より前の区間を走らなきゃ意味がないわ」
 世の中そんな上手くいくわけないよねー。
「私が九区で高坂さんが八区じゃ、また恩を受けそうだもの」
「そんな恩売らないわよ。律儀に返してくれなくても良いから」

 昨日の2戦目終了後から、あたしにやたらと話しかけてくる沢木さん。
 気に入られたのか、良い玩具にされてるのか。

(でも、無視されるよりはよっぽど良いわよね)

「一区から順に野元、佐々岡、平野、谷川、んで俺」
 最終確認をする村松くん。
 前半の5人に問題はない、女子のエースであろう女神谷川さんがいるし、野元も意外とやるらしいし。
「後半の5区間が順に田辺、溝内、沢木、んで……高坂、アンカーは神園。みんなこれでいいな? 異論が無いなら出してくるぞ」
 あたしには一切顔を向けずに意思確認をする村松くん。

(あんた……結構やるじゃないの。あたしが抵抗すること知ってるのね! あんた策士よ! 昨日の団結なんて嘘だっ! あ、でもこれ、あたし以外はみんな団結してるんじゃない? あたしを九区に仕立てて陥れる団結を、さ)


「出してきたぞ、これでもう後戻りは出来ないからな」
 何故か今度はあたしを見て言う村松くん。
 ノーと言えない状況で、今更意思確認なんてしないでしょ普通。

(……分かってるわよ! 「今更泣き言言うなよ、あと、九区が高坂になったのは俺のせいじゃないぞ」ってんでしょ!?  あんた露骨すぎよ!)

(「これでもう後戻りは出来ないからな……か」)

 神はいないと知った。

     * * *

 集合時刻までまだ50分以上ある。

 とりあえず着替えを持って体育館更衣室に移動するあたし達。
 ついでにお弁当も持って。

 小さい頃はすっごいダサいジャージだったんだけど、最近変わったのよね、仙里の運動着。
 数年前から有名スポーツブランドのジャージ上下を採用。
 いかにもなジャージからスタイリッシュにその姿を変えた。まぁ、色は紺なんだけど。
 ちなみに上級生は3年が緋色、2年は深緑。いかにもな色よね。
 中に着る半袖のシャツは相変わらずの古臭さだけど、でもこれも良く見るとメッシュ素材だし、結構良いもの使ってんのかも。

 ちなみに男性諸君、残念なお知らせがある。

 我が校は諸君らの期待とは裏腹に、ハーフパンツだ。
 時代の波には逆らえんと言うことだな、諦めたまえ。
 ちょっと姫野先生風。


 よもやの走者抜擢に渋々シャツと半パンに着替え、寒いからとその上にジャージ上下を着込むあたし。
 それとは対照的に、麻衣はブラウスの上にジャージを着込み、その上にブレザーまで羽織っていた。
 一応あたしのサポートなんだけど、完全に観戦ムードなのが妙に悔しい。
「あんた羨ましいわねぇ、メッシュ素材って結構寒いのよ?」
「ほらやっぱり後悔したでしょ?」
「にしても、運動靴履いてきてよかったわ」
 などと言いあうあたし達。

 その後を追ってきた沢木さんも加え、3人でグラウンドに向かって歩く。
「弥生ちゃんも沢木さんも、走るんだから今のうちにお弁当食べた方が良いんじゃない?」
「そうね、高坂さんそうしましょ?」
 確かにヒゲもそんなことを言っていた。
 周りを見渡すと、芝生やベンチに座りお弁当を食べている、制服やジャージ姿の1年生がちらほら。
「あいよ」
 グラウンドに向かう道に備え付けられたベンチに座るあたし達。

 選手じゃない麻衣も一緒になって、早めの昼食をとる。
「にしてもさー、選手だって分かってればさぁ、おにぎりにしてもらったのになぁ」
 あたしは持ってきたお弁当箱を開いた。

「……お母さん」

 母は偉大だと確かに思ったわ、けどここまで偉大だなんて思わなかったわよ。

「高坂さん……心中お察しするわ」

 娘が走者になる事を、そして走者になった娘が望むことを、彼女は熟知していたのだから。

「わっ、おにぎり……だけ」

 だって、お弁当箱にはおにぎり3つしか入ってなかったんだもん。

「認めないわよ! あたしゃ認めない! こんなの認めないわよっ!」
 おにぎり片手に天に叫ぶあたしを余所に、2人は冷静だった。

「弥生ちゃん、とにかく食べよ?」
「食べておかないとエネルギー不足になるわ」

 涙に濡れ少ししょっぱいおにぎりを食べ、あたしはエネルギーを補給した。
 お母さんには逆らわないでおこうと思った。
 それに、何だかんだ言ってもちょっと感謝してるしね。


 そして食べ終わったあたし達は、今度こそグラウンドへ向かった。

 ヒゲの助言を守りおにぎりは2つにしておいた。
 沢木さんも半分くらい残してた。あたしも沢木さんも走るからね。
 走んない麻衣は全部食べた、って言っても小柄で小食な麻衣だし、知れた量だったけど。


 ふいに『悪魔の微笑』を浮かべながら、沢木さんは言った。

「ところで高坂さん。私の事瑠璃って呼んでくれない?」
 何言い出すのよこの子。

「国崎さんは『麻衣』なんだから、私だって『瑠璃』って呼ばれたいわ」
 何この展開。

「私もう高坂さんにゾッコンなの。昨日の調理室での凛とした姿! 憧れの女性像がこんな近くにあったなんて……」
 この光景どこかで見たような記憶がある。どこだっけ……。

「弥生ちゃん。弓道部とか剣道部の先輩だけじゃなくて、クラスメイトまで惑わしちゃったんだ……」
 そうか、部活動の勧誘を見て回ってたとき、って。

「ちょっと麻衣! 妙な誤解を生みかねない発言は謹んでよね!」
 惑わせた記憶なんて一切ないんだけど。

「いいのよ国崎さん、私もうホントに惑わされたんだから」

 いくら5月中旬になったとは言え、春に10度のクールダウンは致命的。って前にも言ったわよね……。
 真冬並みの気温へと誘う沢木さんの発言。

「あは、あははははは」
 麻衣の笑いはカラッカラに乾ききっている。
 俗に言う『ドン引き』である。
 あたしもドン引きよ!

「頑張って貴女を絶対に楽させてあげるわ! 高坂さん!」
 そう言いながら抱きついてきた彼女。

 そこで分かった。

 沢木さんは凄く胸が大きい、と。

 昨日の抱きつきじゃ気付かなかったのは、ブレザー越しだったからなのだろうか。
 ジャージに着替えてる沢木さんの胸は、ちょっと殺人級。
 別にコンプレックスはないけど、あたしもこの圧迫具合には驚きだ。
 全然気付かなかった。

(何このメロン。ありえんて……)

 そりゃ、周りの男どもが立ち止まってあたし達を眺めるはずよ……。

「私は戦姫に恋してるんだからっ!」

 そう言って沢木さんは更に抱きしめる力を強める。
 昨日の乙女視線に今日の一連の行動。

(やっぱり何か裏事情があったんじゃない! やっぱあんた悪魔よ!)

 しかしもう恋する乙女には何を言っても通じない。

「痛い痛い痛い! む、胸がっ! 麻衣助けっ、死ぬー!」

 これが恋する乙女のパワーなのっ!?
 そうなの!? そうなのかっ!? 誰か、違うって言って!
 対象が明らかに間違ってるわよ、根本的な部分からっ!


「あたしの平穏な高校生活は、一体どこよぉぉおおぉ!」

 久々の叫びは、天井のないグラウンドで大きく響き渡った。







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