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好敵手〜戦姫とよばれたあたしの場合〜
作:新橋てっく



1.春眠暁を覚えず


 こういう時ってどーするんだっけ?

(素数を数える?)
 違うなぁ。

(手のひらに人って書いて飲み込む?)
 それもなんか違う気がする。

(首にネギを巻く?)
 誰が入学式にネギなんて持ってくるのよ、って言うか確実に違うじゃん!

(羊の数を数える?)
 あたしにだってそれは分かる。

 絶対に逆効果だってことくらい。


「というわけで、本日ご来席の皆様におかれましては、このクラス対抗戦を、えー……」

(……もう限界)

 校長先生の話が長いのは万国共通なのだろう。
 あたしの15年に渡る観察記録がそれを立証している。間違いない。
 我らが私立仙里高校の校長も、その例に当て嵌まる1人だった。

 哀愁漂う髪の毛とは対照的なほど口の方は軽快で、本来与えるべき潤いを髪ではなくマイクへ向け続けている。
 いっそその潤いはマイクでなく、年間600万ヘクタールという『実感湧かないんだけど多分凄い勢い』で拡大し続けている砂漠に向けて欲しいくらい。きっとその方が世の為人の為。ひいては地球の為よ。

 ちなみに、悲しいヘアスタイルの校長が継続中のロングスピーチ。
 あたしが計測した限りだと、さっきの『クラス対抗戦』辺りでちょうど節目の30分を越えたわ。
 30分の内、大体3割程度が『えー』と言う単語。

 不毛だ。そりゃ毛も生えないわよ。

 無駄は極力省く。不祥事は隠さない。設計図は偽装しない。
 賞味期限の切れた食材は再利用しない。
 輸入食品の安全性には細心の注意を払う。
 こう言うのは組織のトップから率先して行うべきよ。
 現代日本における一種の不文律。このハゲ校長は化石なの?

 間違いなく不毛。抜けた毛は生えてこないわよ。

 それにしてもこの長さ……。
 あたしの記憶の中に存在する『校長先生、無駄話ロングラン順位表』の中で、間違いなく1位にランクする。断言していい。
 2位以下なんて直線だけで軽く置き去り。ぶっち切りの大差勝ちよ。
 まさにディープなインパクトよ、あんた。
 そりゃ乗ってるユタカさんもびっくりってなもんよね。流石三冠馬。

 この際ハゲは、土下座して三冠馬の”たてがみ”をもらい、後生大事にするべきよ。

 ……どうやら不毛なのはあたしの方かもしれない。

 ロングスピーチ開始から10分。
 あまりにつまらない話に眠気を覚えはじめ、そこから既に20分が経過した。
 最早ハゲが狙っているのは話の面白さではない、長さなのよきっと。

 なんて事を考えるくらい、あたしの限界は近いらしい。
 思考回路も大きく狂い始めてる。
 くだらない事を考えている間にも時間は刻一刻と過ぎ、ハゲの記録は前人未到の35分台に突入した。

(あぁ……もう無理よ。耐え切れないわ!)

 あたしだって年頃の女の子。
 入学式を前に「べ、別に……き、緊張なんてしなかったわよっ!」なんていうと嘘になる。
 勝手の分からない学校で、これから3年間を過ごすんだもの。
 新しい学生生活がこの仙里高校で始まるってんだから。

 ハゲっちらかした校長が『無駄に話が長い校長』のど真ん中を行くのと同じくらい、あたしはあたしで『期待に胸膨らませ夜も眠れない新入生』のど真ん中を、一昨日の夜からずっと突き進んだ。
 あたしゃ遠足前日の小学生かっつーの。

 つまり、あたしはハゲを責める権利なんてない、お恥ずかしい限りである。
 という事で、まーハゲは関係なく普通に寝不足なのよね。

 とはいえ始業式や終業式ならともかく、今は入学式。
 主役たる新入生のあたしががこんなところで寝てしまったら、なんて崇高な気持ちはない。
 入学早々に教師からマークされ、同級生には後ろ指差され、廊下を歩けばきっと身に覚えのない悪いうわさを立てられるに違いない。これからの高校3年間をそんな『茨に塗れた悪夢のような道』にしないためにも、ここで睡魔に負けてはいけない!
 とかそういう邪まな気持ち。

 けど襲ってくる睡魔は、ハゲのささやきを追い風に勢いを更に強める。

(勝つ術なんて、今のあたしにゃあ持ち合わせがないわよ……)

「ちょ、ちょっと、弥生ちゃん! ダメだよ寝ちゃ」
 あたしの睡魔奮闘劇を察知したのか、隣に座っていた親友の麻衣が、慌ててあたしの腕を揺さぶる。

 弥生とは、あたしの名前。
 フルネームは高坂弥生(こうさかやよい)
 そしてあたしを睡魔から救おうと懸命に手を尽くしている彼女は、国崎麻衣(くにさきまい)

 『く』と『こ』で出席番号は隣同士。
 あたしが7番、麻衣は1つ前の6番。
 中学3年間を同じクラスで過ごした親友が、高校1年で同じクラスになる率なんてそう高くはないはず。
 しかも出席番号は1つしか違わないなんて、あたしってば凄く幸運?
 中学校は3クラスしかなかったし、出席番号だってクラスが一緒になりさえすれば、1つ違いになる確率高いじゃん、とか夢のない事言わないでよっ!

 ちなみに麻衣は驚くほどの優等生よ。
 成績優秀、料理も出来る。
 わずかに毛先が内に癖づいたボブカット、ほんの少しだけ茶色がかってる髪の色。
 軟らかな髪質。いつもつけてるの青いヘアバンドがこれまたよく似合う。
 中学時代つけていた眼鏡も、高校を機にコンタクトに変えた。
 だから吸い込まれそうな眼に思わずドキッとする。
 あたしより15cmも低い150cmちょっとの身長も相まって、麻衣って保護欲をかき立てるんだよねー。

 ただ、問題なのが壊滅的ともいえる運動能力ね。
 忘れもしない中学2年生の春。
 種目『走り幅跳び』。麻衣の幅跳びは……圧巻だった。

 まともだったのは助走だけ。
 踏み切り板を前に徐々に減速して、チョコチョコと小走りになった麻衣。
 挙句は踏み切り板手前50cmでピタリと停止。
 そのまま全身を使い両足で飛んだ麻衣。
 助走は何の意味があったのよ。
 当然踏み切り板から2m先にある砂場まで、麻衣の跳躍が届く事はなかった。

 周りに励まされ仕切り直した2度目は、止まる事なく跳躍した。
 けれど、やっぱり両足飛び。
 勿論、砂場までは届かなかった。

 気になったあたしと陸上部の数人は、麻衣と同じ飛び方を試みた。
 しかしあたし達は、片足で踏み切る事に慣れきっていた。
 助走をつけ、踏み切り板ピッタリで両足踏み切りを敢行しつつ、それでいて良い記録を叩き出す。
 凄いんだか凄くないんだか良く分かんない、妙に高度なテクニック。
 それを取得できたものは……遂に1人も出なかった。
 陸上部の子達の自信喪失っぷりは、強く印象に残っている。

 泣きの3度目。
 麻衣は助走中に大転倒。
 あたし他数名に担がれながら、保健室へ運ばれた。


 目の前で真剣な顔をして、あたしに教育的指導を敢行する運動オンチの麻衣。
 その可愛さは、同性のあたしでも十分に効果がある。
 麻衣の弱点すら相殺してお釣りが返ってくるくらいに。
 可愛さって罪よね、って麻衣を見てると思うのよ。
 多分正しくない使い方をしてるけど、でもそう思うんだもん。
(可愛いなぁ……麻衣は)
 男子生徒諸君、この破壊力抜群の笑顔を前に、君たちは一体何秒耐えられるかな?
 ちなみにあたしは5秒が限界ね。
 お嫁さんにしたい女子No.1の座は間違いなく麻衣のものよ!

 そんな可愛い可愛い麻衣が、周りに気付かれないよう小声で注意してくれる。
 けれど、実はこの麻衣の弱々しくて可愛い声こそが、あたしを更に窮地へと追い込んでいた。
 ……睡魔に加勢しちゃってるのよ。
 麻衣の声が『援軍ここに着たり!』って叫びながら斜面を駆け下りて、ね。
 いやね、厚意は凄くありがたいんだけどさ、けど逆効果。
 可愛いのも時には罪よね。
 今度の使い方は確実に間違ってるわ。

 結局あたしは、『つまんないハゲ』と『可愛い麻衣』の連合軍を味方につけた睡魔の前に、白旗を上げた。

「ダメ……。限界。終わったら起こして。……じゃおやすみ」

 こうしてあたしの入学式は終わった。
 かに思われた。


 あ、やっぱ取り消し。
「弥生ちゃん、終わったよ」
「ん……、終わった?」
 確かに壇上にハゲの姿はなく周囲も少しざわついている。
 ようやく終わってくれたのだろう、ハゲの長話が。

「んー! よく寝た」
 背伸びをしながら言ったあたしの場違いな台詞は、周囲の空気の温度を10度ほど下げた。まだ春先、桜と雪が共存する地域も多いこの時期、10度のクールダウンは致命的だ。
 でもいいのよ。
 まぁ確かに色々不味かったような気もするけどさ、そんなのいちいち気にしてちゃあ神経磨り減るだけだもん。
 寝たいときには寝る。
 起きたら背伸びする。
 ハゲの話はもう聞かない。
 誰にも譲れない、何者にも屈しない。
 長年生きてればはそういうのも時にはあるよね。うん。

 致命的なまでに低下した温度を上げなおそうとしてか、麻衣はやや早口に話しかけてきた。

「ねぇねぇ、校長先生が言ってたクラス対抗戦って、どういうことするんだろうね?」

(へ? くらすたいこうせん?)

 校長というキーワードでピンと来た。
 そりゃ知らないはずよ。だってあたしゃ校長の話なんざ一っつも聞いてないんだもん。
 全てを麻衣に任せあたしは睡魔と闘ったんだから。ハゲが睡魔を後押しして、ついでに麻衣まで睡魔に加勢して、あたしは負けたんだけど。

 知らなくて当然のあたしに対してこんな質問をしてくるなんて、麻衣だっていつもより抜けてる。
(さてはこの子も新しい生活で平常を保てない口かっ! その可愛い顔には騙されないわよ!)
 そう思ったあたしはからかい半分に言った。
「ずっと寝てたあたしにそれを聞くなんて、あんたにしちゃ随分と愚かな事をしてるわよねぇ、麻衣さん?」
「あは、あははははは……」
 苦笑いを浮かべ乾いた声で笑う麻衣。
 その顔をじっと見ると、麻衣はあたしを見てるようで見ていなかった。
 探るようなあたしの視線を感じたのか、麻衣は慌てて視線を前に戻す。
 けど、その行動は怪しさを余計に増幅するだけだった。
(何か臭う。くさい、麻衣! あんたくさいわよ! あたしに隠し事なんて10年早いのよ!)
 さっきまで麻衣が向けていた視線をトレースすると、そこには幼馴染みの零夜が座っていた。

 神園零夜(かみぞのれいや)
 こいつの説明は今度でいいや。長くなるもの。ハゲ並に。

「はぁ……」
 前を向いていた麻衣はやがて、聞こえないように小さな溜息を漏らした。
 聞こえちゃったけど。
 恋を知らないあたしだって、麻衣のそれを見れば流石に思うところはある。
 その原因であろう零夜のほうを向いていたあたし。
 視線を自然に戻そうと、誤魔化しついでにチラッと腕時計に目を向けなおした。
 麻衣の溜息は、聞こえなかった振りをしてやり過ごして。

(しっかしスピーチが42分って……あのハゲ校長、記録をどこまで塗り替えれば気が済むのよ)

 人間、第一印象は大事。
 初めて見たあのハゲ校長は、あたしのブラックリストに初日で殿堂入りよ。

 そうこうしているうちに、進行の先生が定型文で式を締め、無駄に長かった入学式は幕を閉じた。
「えー、新入生諸君、保護者の皆さま。以上を持ちまして仙里高等学校入学式を閉式いたします。皆様大変お疲れ様でした」
 「お疲れ様」って事は、入学式の中に疲れる要素があったと認めてるようなもんじゃない。
(なによ! あんた達もそう思ってるんじゃん! だったら止めなさいよハゲを!)
 とは流石に口にしない。
 終わった事を責めても仕方ないもの。
 寛容な心は必要よね。

 ひとまず、ようやく終わったんだという安堵を込め、軽く溜息をつく。

 こうして今度こそ入学式は終わった。
 はずだった。

「えー、保護者の皆様が退席されましたら、新入生諸君には引き続き、生徒会及び運営委員会よりクラス対抗戦についての説明がございます。ですのでー、今しばらくお待ちください」

(はぁ!? まだ話があるっての? ふざけないでよ!)

「や、弥生ちゃん! 声出てるよ、声!」
 あたしの腕をさっきよりも大きく揺すり、慌ててあたしをたしなめた麻衣。
 完全に口に出してしまったらしい。
 でもいいや、だって本音だし。
「ってことで麻衣、あとは頼んだわよ」
 きっと麻衣だけでなく周りのクラスメイトにも聞こえたろう。
 でもいいのよもう、だってて本音なんだもん。

「ちょ! ちょっと! 弥生ちゃん!?」

「あたし寝るから、代わりに式中のスピーチの内容を把握しておいてねん」
 と、あたしに託された麻衣。
「頼むわよ麻衣さんとやら、こいつを寝かしちゃだめよ!」
 みたいな期待を、これからクラスメイトになる周囲の生徒から、視線で訴えられている麻衣。

「うー、零夜さーん。助けてくださーい!」
 と小声で言いながら、あたしの腕を握り締め右往左往する麻衣。

 そんな可愛い彼女をよそに、あたしは再び眠りにつく。


 色んな物が終わった気がした。
 式の大半を寝て過ごし、更には自ら「寝ます」宣言したんだし、当然よね……。







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