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2980円

作者: ヨッキ

僕のケータイ料金は2980円前後だ。

たいして友人がいるわけでもなく、頻繁に連絡を取り合ってる人もいない。

パケットし放題などのオプションを付けてる訳でもないから、いつも大体基本料金の2980円だけを払ってる。


ケータイ自体持ってる必要無いのかもしれないけど、いつか誰かから連絡が来るかもしれないから一応持ってる。

自分からはほとんど電話をかける事は無い。


僕は深夜ファミレスのバイトをやっている。

お客の少ない深夜は大体キッチン二人にウエイタ―一人で仕事する。

僕はウエイターをやっていていつもチョコチョコとお客から注文を受けたり、テーブルを拭いたり、店の掃除をしたりと動き回っていた。


キッチンの方にも料理を作る以外にそれなりに仕事はあるのだけど、二人でやるから直ぐに終わり、仕事の合間所々で談笑が響いてくる。

僕もその輪に入れれば良かったのだけど、新人の僕は引っ込み思案で

「お早うございます」と

「お疲れ様でした」を繰り返す毎日だった。


家に帰ったらたいてい一人ぼっちだ。

どこかに出掛けて誰かに会う訳でもなく、誰かが訪ねて来る訳でもない。

家で一人漫画を読み、ゲームをやる。

そんな毎日だった。


昔からこんな調子だった訳じゃ無い。

大学時代一人暮しを始めた当初はよく友達が遊びに来てたし、連絡も取り合ってた。

だけど日が経つにつれ、友達は就職に付き、忙しくなり、連絡も来なくなっていった。

僕はというと就活に失敗し、どこにも就職しないで気楽なバイト生活に明け暮れる毎日。

住む世界が変わってしまったんだと思った。

気が付けばもう二年ほど友達からは電話が来てない。


一人でいるのはそれほど淋しくはない。

慣れてしまっただけかもしれないが、何より自由にしていられるのが利点だ。

昼夜逆転してる生活は人に合わせるとリズムが狂ってくる。


夜中僕が起きべき時間に外に散歩すると、人込みが全くと言って良いほど無く、濃厚な酸素を体内に取り入れる事が出来る。

ちょっとした独占気分が快感を生み、それが夜の生活をやめられない原因の一つにもなっているんだと思う。


だけどこのままじゃダメだ、そう何度も考える。

ちゃんと就職して昼間の生活を送った方が体調にも良いし、何より未来が開ける。

そんな事は分かり切っていた。

だけど思うほど世の中は上手くいかないし、今の現状に不満がある訳でもない。

しばらくはぬるま湯に浸かっていたい。

それが僕の本音だ。


そんなある日、親から電話が掛かって来た。


お金を貸してほしい。

そんな単純な話しをしていた。

僕には貯金もあったし、月に一度は旅行に行く程生活費に余裕があった。

親の苦労は子供の時から知っていたから、僕はお金を貸す事に…むしろあげる事に抵抗はなかった。


次の休みの日に実家に行った。

十万ほど渡してすぐに帰る予定だったが母親が夕食の支度を始めていて、

「食べていけ」とせがまれ、仕方なしにご馳走になる事にした。


夜勤上がりで3時間程しか寝ていない。

眠気を押し殺しながら僕は夕飯を食べていた。

食べてる途中親の小言がうるさかった。

早く就職しろとか彼女を作れとか、私たちみたいになりたいのかとか…


「僕にもそんな気が無い訳じゃない、だけど今はぬるま湯に浸かっていたいだけなんだ」


そう素直に言えれば良いが、きっと親は一切認めてはくれないだろう。

だからいつも

「考えている」とだけ言ってその場をやり過ごす。

親の小言は僕にとって大して怖い物でもなかった。


夕食を食べ終わった後、満腹で僕はすっかり眠くなっていた。

親に泊まっていけと言われたが、さすがにそれは遠慮したかった。

自転車を20分ほど飛ばせば、開放された自由な空間が待っている。

寝るべき場所はどうしても我が家が良かった。


次の日の朝、僕は我が家で布団に潜っていた。


この日も仕事だけど夜勤だからまだのんびりしてられた。

昨日は寝過ぎてしまった為、普段は寝てるはずの昼間になっても眠くはならない。

夜の生活が長いとこういう時、体内時計の調整が難しくなる。

僕は昼間どこかに出掛けて身体を動かし、バイト前に3時間眠って行く事に決めた。


支度をして出掛けようと思った時、突然電話が鳴った。


友達からだった。


僕は何故か動揺してその電話に出る事はなく、電話を切って着信音を止めた。

心臓の鼓動が早くなっている自分に気が付いた。


その後電話は掛かって来なかった。

予定通り出掛けながら、なんで久々の電話なのに出なかったのか自分の行動を不思議に思った。

ずっとその事ばかりを考えて、帰った後も寝付けず、僕は寝坊してバイトを遅刻する事になった。


店長に叱られ、気分は最悪だった。

いつも通りの仕事をこなしながら、やはり電話の事が気になっていた。


明日の朝友達に電話を掛け直すべきか悩んだが、何故かそんな気にもなれなかった。


夜勤の仕事が終わった帰り道、僕はようやく起き始めた街の定食屋に立ち寄った。

おすすめのハンバーグ定食を食べてる最中、不意にやった視線の先に偶然あの友達を目撃した。


僕は心拍数がまた上昇したのに気が付いた。


友達は派手過ぎないスーツにネクタイをビッシリと絞めて、黒光りの鞄を持っていた。

通勤の途中だろうか、足早に僕がいた店の前をガラス腰に通り過ぎて行く。

僕は呼吸を整え、何も見なかったかのように装ってハンバーグ定食を平らげ、家に帰った。


この日はバイトは休みだ。

寝不足気味の身体を労り、僕は今日一日ゆっくり眠る事にした。


そしてどんぐらい眠った頃か、ケータイの着信音が鳴って目を覚ました。


あの友達からだ。


僕は寝ボケて、ついその電話に出てしまった。


気付いた時にはもう遅く、電話ごしの声の主が話し掛けてきた。


「よぉ、

久しぶり、元気か?」


久々の友達の声は昔と比べたら少ししゃがれていて、酒とタバコに慣れている事が分かった。

だけど、トーンが低い所は相変わらずで確かに友達がそこにはいた。


挨拶もそこそこに終わらせると、友達が尋ねてきた。


「おまえ、最近何やってるの?」


その瞬間、僕の心臓がドクンと大きく脈を打った。

何故僕が今まで友達を避けていたのかが、この時ようやく理解出来た。


「…何も…してない」


そう僕はボソリと言った。


友達は何を気にする訳でもなく、

「そうなのか」とだけ言って、

「今日久しぶりに飲みに行かないか?」と誘われた。

僕がそれに承諾すると静かに電話を切った。


僕は布団に潜りながら、しばらく動く事が出来なくなっていた。

何故今まで友達を避けていたのかを知ってしまったからだ。



…怖かったんだ。


住む世界が変わってしまった友達に関わるのが。


ぬるま湯に浸かって満足している僕と、ちゃんと就職して懸命に働いてる友達とでは、僕には天と地の差があるとも思えた。

友達から連絡が来なくなってから、次に再会する時は僕ももう少し立派になってるつもりだったのに、こんな状態で会う事に僕は自分自身に憤りを感じていた。

正直情けない気持ちで一杯だった。



僕は重苦しく布団から出て、友達と会う支度をした。

待ち合わせ場所に向かうと一足先に友達がすでそこで待っていた。

朝方見かけたスーツ姿のまんま、僕には友達がすごく立派に見えた。


飲み屋に向かう途中、ちょっとした雑談を挟みながら歩いた。

二年ぶりだし、もう少し緊張するかと思ってたけど、相変わらず明るい奴でそんな気兼ねなんて全くしなかった。


飲み屋で二、三杯飲んだ後、僕は正直に今の状況を話した。

僕がどんなにダメな奴かを語るのにそう時間はかからず、そのあいだ友達は真剣な顔で聞いていた。

話し終えると僕はうつむき、顔を背けた。

友達に合わせる顔なんてなかった。


少しの沈黙があった後、友達が口を開いた。


「あのさ…」


きっと僕に情けの言葉でも一つくれてやるつもりなんだ、そう思ってた。


「…俺、

今日会社クビになった」



………。

僕は耳を疑った。

まさか、ありえないと思った。

なぜなら友達は僕が知る中でも優秀で、真面目な奴だったからだ。

そんな奴をクビにするなんて…。


「まぁ真面目過ぎるのも問題なんだろうな

ちょっと会社の不正が発覚して、それを指摘したらストンと落とされた

ま、あんな所やめて清々したけどな!」


そう言って友達は大笑いした。


僕はしばらく呆気に取られていたが、友達のそのノーテンキぶりに思わず口から息がこぼれ、僕もつられて一緒に大笑いしてしまった。


昔と全く変わらない友達がそこにいた。

住んでいた世界は意外と近く、変わってしまったのは僕の方だった事に気が付いた。

勝手に友達を自分と比較して、その友達の理想的な生き方に嫉妬して、押し潰されていただけなんだと…。


笑い過ぎて、しばらく涙が止まらなかった…。



この日を境に僕はまた友達と連絡のやり取りをするようになった。

友達は今再就職を目指して頑張っている。

僕もそれに感化され、ぬるま湯の生活から抜け出そうと本気で考え始めた。


まずはやりたい事を見付けようと思う。

時間は多少かかるかも知れないが、今僕にとって必要なのはそれなんだと分かっていた。

もう現状で満足したくはなかった。


ひと月後、ケータイの請求書には少し増えた料金が記載されていた。

僕はそれを見て、少し変わり始めた自分を誇らしく思ったのだった。


―終わり―

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