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持ち回り企画短編

物語の部屋

作者:笑うヤカン
 十メートル四方の部屋の中には、フカフカのベッドとコンソール。
 そして、一度も開いた事のない、鍵のかかった扉。

 それが、私の世界のすべてだった。

 いつから私がそこで暮らしていたのか、記憶はない。
 恐らくは生まれた時からなのだろう。

 その部屋には何もなかったが、私は全てを知っていた。

 この部屋の外には広大な世界が広がっている事。
 何千、何万……いや、何億という人間が、その世界には暮らしている事。
 人間以外の様々な動物たち、大自然とその織りなす物理法則、遥かな空とそこに浮かぶ星々、数学や哲学、言語学、芸術、人の心理や社会、男女の恋や人々の愛と憎しみ、美味しい料理の作り方……そして、たくさんの物語。

 その全ては、コンソールから与えられていた。
 あらゆる知識は膨大なデータベースに蓄えられており、立体映像や音声とともに私の周りに現れる。

 エーテル固定化装置によって作られたその映像は本物同様触ることも、香りを嗅ぐことも、味を確かめる事さえできた。

 私に与えられないのは自由と他の人間だけだったが、それを苦しいと思った事は一度もなかった。何せ、生まれた時からずっとそうなのだ。私にとって世界のありようはそもそもそう出来ていて、それを辛く思う事はなかった。

 勿論、この世界の大部分の人間はそうではない事を、私はよく知っている。
 理由は全く分からないが完全に私はこの部屋に監禁されていて、自分以外の人間というものを件の立体映像以外では一度も見たことがない。
 私の生活は愛想もへったくれもないマニピュレーターによって支えられており、食事やその他必要な品々、サービスなどは全てその無機質な機械の腕が提供してくれた。

 しかし、人々の営みというもの自体は、コンソールが提供する立体映像によって幾らでも見る事が出来たし、自分の置かれた環境が異常なものであることも六歳くらいの頃には理解できていた。

 とは言えやはり、私は殆ど孤独を感じる事はなかった。
 世界が元々そうあったから、という理由は先ほど述べたとおりだが、実の所、その理由にはもう一つ心当たりがある。

 私には、仕事があったのだ。

 仕事と言っても牢獄に入れられた囚人がするような、無為で空虚な類のものではない。
 それどころか、独創性に富み、他人の為になる素晴らしい仕事だ。

 それは、物語を作るという事だ。

 私は朝目覚めると、まず午前中を調べものに費やす。
 と言ってもべつだん大した事をしているわけではない。
 取り留めもなく知識を仕入れたり、或いは他人の物語や娯楽を消費するだけの時間だ。

 そして午後から、物語を紡ぎ始める。
 毎日違う話をすることもあれば、何日も何ヶ月も続けて長く話を続けることもあった。

 私が紡ぐ物語には、読者がいた。
 それが唯一の他の人間との交流であり、私が孤独を感じない理由でもある。

 読者達は何人いるのか数えるのも馬鹿らしいほど沢山いて、口々に勝手な感想を残していった。面白かった。笑えた。楽しかったといった単純な物から、私が工夫を凝らした部分への賞賛や、見当違いの深読み。そして時には心無い罵倒や誤りの指摘、未熟さを嘲る声もあった。

 しかし全体としては私の物語は概ね好評であり、傷つくことはあれどその誇らしい仕事をやめようなどと思った事は一度としてなかった。

 もっとも、別にこの仕事を辞めたところで食うに困るわけでもない。それがかえって続けられる理由になったのかも知れないが。

 ともかく私は、日時を数えるという事を知ってから十二年と九十八日の間、殆ど変わらずそうやって暮らしてきたわけだ。

 そう。今日この日までは。




「はー」

 私の言葉を聞いて、彼はなにやら間の抜けた声を上げた。
 彼は浅黒い肌に赤い髪、緑の瞳を持った、恐らく二十代前半の人間の男性だった。本人が名乗るところによれば、彼はフランクという名前らしい。

「それで、えっと、君は……」

「マリーと名乗っている」

 私は生まれてこの方一度も生き物と接したことはなく、また直接的な会話をしたこともないので、これは勿論誰かに付けられた名前ではない。私が勝手に名乗り、物語を作る際に作者名として用いているペンネームであり、私が物語を作ろうと思う切っ掛けとなった作品の、ヒロインの名でもあった。

「マリー? 物語を作ってるって、もしかして、フキキューのマリー?」

「フキ……『不帰の迷宮』の事か?」

 フランクは頷いた。
 不帰(かえらず)の迷宮は私の代表作と言っていい作品だ。
 二年を費やし連載したもので、今までもっとも長く続けた作品であると話に、もっとも大きな反響を貰った物語でもある。

「まさかあのマリーがこんな可愛い女の子だったなんてなあ」

 フランクの評価に、私は少々面食らった。

「可愛い、のか? 私は」

「うん。俺が今まで見た中で一番可愛い」

 調子よくフランクはそう言った。

「新鮮な評価だ。私はそもそも自分の美醜というものを気にした事がなかった」

 勿論身だしなみは多少は整えるし、体型も太り過ぎぬよう気をつけてはいる。だがそれらは単純に健康を保つためであって、他人から見られた自分の評価というものは未知の概念だった。

「ああ。そりゃずっとこんなところに閉じ込められてたんじゃ、綺麗かどうかもわかんないか」

「いや、もっと単純な理由だ。この部屋には、鏡がない」

 コンソールはありとあらゆる知識を授けてくれたが、特定個人の情報というものは殆どと言っていいほど手に入らない。そう言った類のもので手に入るのは著名人や歴史上の人物の公的な情報だけだ。それ故に、私自身の事を私は全く知らなかった。

「折角だ、私はどんな顔をしているのか教えてくれないか?」

「ええっと……」

 フランクは困ったような表情で、私の顔をじっと見つめる。
 なんとなくにっこり笑ってやると、彼は頬を赤らめた。

 ふうむ。これがニコポという奴か。正直あまり好きな概念ではないと思っていたが、実際にやってみるとなかなか愉快ではないか。

「目は青で髪は金、鼻は高くて……ちょっと釣り目かな」

「もう少し詩的な表現は出来ないのかね、君は」

「無理だよ。俺は君と違って小説家じゃないんだから」

 フランクは弱り切った様子でそう言った。
 私もあまり情景描写は得意な方ではないのだが。

「……そういえば、君はいったい何者なんだ?」

 私はようやくそこに思い至り、尋ねた。私が正気なら、彼は突然何の前触れもなく、この部屋に現れたはずだ。この小さな部屋の中で出入り口になりうるのは鍵のかかった扉だけだが、その扉が開いた気配は全くない。

「何者って言われても」

「すまない、質問が具体性を欠いていたな。君はどうやってこの部屋に入ってきたんだ?」

 私は彼の知的レベルに合わせて、質問のレベルを落とした。

「ああ。テレポーターでだよ」

 そう言って彼は小さな機械を見せた。八角形の板状のその機械は、中心でアンテナのようなものがくるくると回っている。

「テレポート。実現したのか」

 私はやや驚いて、そう言った。
 そんな技術は物語の中だけの話だとばかり思っていた。

「まだ実験段階だけどね。瞬間的に転移は出来るんだけど、決定的な欠点がある」

「欠点?」

「光速を超えられないんだ」

「どういうことだ?」

「空間から空間へ瞬間的に移動するんだから、超光速でなきゃ意味がないだろ? 亜光速での移動なら、とっくの昔に発明されてるんだし」

「……なるほど。確かにそうだな」

 少し考え、私は頷いた。

「でもこの装置は、光の速さを超えられない。何故かというと、転移する前に移動先を観測しなきゃいけないからだ。そして、観測する材料は、光や電磁波が一番速い」

「つまり移動自体は一瞬だが、道を引くのに移動の何倍も時間がかかるわけだな」

「そう。まあ、いずれはそんな欠点も克服して見せるよ」

 どうやら彼は理系知識に限れば、私が思っていた以上に賢い人間らしい。
 私はフランクの評価を上げ直した。

「マリー。これを使えば君をここから出してあげることも出来るけど……」

「いや、結構だ」

 大して悩むこともなく、私はそう答えた。

「私は十分満ち足りているし、特に外の世界を見たいとも思わない。ここにいれば少なくとも衣食住は確保されている。しかし外ではそうではないのだろう?」

「それは……そうだけど」

「例外があるとすれば、この生活が崩れた時だ。何らかの要因で水分の供給が失われれば、私はおよそ四日ほどで衰弱死するだろう。その時はよろしく頼む」



 その日からフランクは、ほとんど毎日私の所を訪れるようになった。

 と言っても私は自分の生活リズムを狂わせる事をあまり望まず、また彼もなかなかに忙しい身分らしく、滞在するのはそう長い時間ではない。
 私がその日の物語を編みあがった頃にやってきて、他愛もない話をし、すぐに戻る。そんな生活だった。

 恐らく彼は私を心配してくれているのだろう。
 一言二言会話を交わしただけの相手とはいえ、死んでしまえば寝覚めも悪い。

「そういえばこの前の短編、面白かったよ」

「ん? なんだ? いつのだ?」

 フランクは時折、私の作品にコメントした。
 しかしそうしてもらって初めて分かったのだが、身内からの言葉は正直どうでも良い物であった。顔見知りから褒められてもあまり嬉しくはなく、かといって貶されればむやみに腹立たしいものなのだという、得難い感想を彼は私に与えてくれた。
 しかもフランクの感想は大抵的外れだ。

「えーと、タイトル何だっけ。昨日のだよ」

「昨日は長編の続きを上げたばかりだが」

 私はコンソールを操作した。ここ数日、短編は全く作っていない。

「同名の別人の作品なのではないか?」

「そうだったのかなあ……」

「どんな話だったんだ?」

 私が尋ねると、フランクは拙い説明を始めた。
 彼は基本的には聡明で理知的な人間であったが、他人に物事を説明する能力というものに著しく欠けていた。
 何度も質問を繰り返しながら、どうにか私はその話のテーマをぼんやりと掴む。
 なるほど確かに、私が考えそうな話だった。それで名前まで同じなのなら間違っても仕方ないかもしれない。

「しっかしこのコンソールは変わったインターフェースだなあ」

「そうなのか?」

 コンソールをぺらぺらと捲りながら、私は半分上の空で聞き返した。

「ああ。こんなOS見たことないよ、使い方もさっぱりわからない」

「紙の本を読んだことはないのか?」

 コンソールは、旧態依然とした本に似ている。
 ただしそのページ数はほぼ無限大だ。

「いや、勿論あるよ。ただ、本の形をしたコンソールなんて見たことない。調べものが大変じゃないか?」

「特定の物事を調べたい、と思う事があまりないからな」

 一般的な検索機構が、特定のキーワードを元にして知識を引き出す、という事は知っている。だがその造りは私にとっては多少不便なのだ。

 何せ元となる受動的な出来事、というものが私には起こらない。全ての知識は私自身が積極的に手に入れに行かないと得られないので、このようなパラパラと捲っているだけでランダムに情報を得られるものの方が都合がいいのだ。

「しかし残念だなその短編を私も読んでみたかったのだが」

 だが、今回の様に特定の情報だけを引き出したい時にはどうにも困る。
 この本には残念ながら、目次や索引がないのだ。
 それでもフランクの説明が適切であればまだ探せたかもしれないが、はっきりとわかるのは『マリー』という作者名のみ。そんな凡庸な名前のものなど、掃いて捨てるほどいるというのに。

「じゃあ今度、印刷して持ってくるよ」

 結局時間内に探し出せぬまま、フランクはそう言って私の部屋を辞した。

 彼のいなくなった部屋で、私は考える。
 提示されたテーマは実に面白い。私だったらどんな話にするだろうか?
 たまには同じテーマで物語を編んで見るのも面白い。
 私は新しい物語を作るのに没頭した。



 次にフランクがやってきたのは、その二日後のことだった。

「フランク。これは何の冗談だ? それともぼけてるのか? これじゃないよ」

 彼から受け取った紙を数行読んで、私はそれを彼に突き返した。

「これじゃないって?」

「これは私が昨日書いた話じゃあないか。こっちではなく、もう一人のマリー氏の話を見たいんだ」

 不満げに私が口元を尖らせていうと、フランクは心外そうに赤い眉を寄せた。

「何を言ってるんだよ。ブックマークしておいたんだから、間違える訳ないだろ。昨日書いた話って?」

「これだよ」

 私は昨日書いたばかりの新作を、コンソールから取り出した。
 自分の書いた物語であれば探し出すのは容易だ。

「いや……違う。マリー、よく見てくれ。ヒロインの名前が違う」

「何だと?」

 言われて読み返してみれば、一字違いではあったが確かに違った。
 フランクから印刷した紙をひったくるようにして奪い、目を通す。

 よくよく見てみれば、ヒロインの名前だけではなく、細かい言い回しに微妙に差異があった。

「もしかして盗作だったって事?」

「待ってくれ。そんなわけはない」

「ああ、いや、分かってるよ。マリーがそんな事する訳ない。そうじゃなくて、こっちの方が」

 紙束を指さして、フランクはそう言った。彼は未だ事態を理解していない。

「違うんだ、フランク。私がこの話を書き終えたのは昨日の事なんだ。君にこの話を聞いて、自分で書くならと思って書き上げた。勿論私は盗作などしていないが、かといってマリー氏も盗作など出来るわけがない」

「じゃあ……どう言うこと?」

「わからない」

 私は首を横に振った。
 これは一体どういう事だ? なぜこんなことがある?

「フランク。君の使うシステムは、同じ作者の作品を容易に見つけられるといったな」

「見つけられるというか、繋がっているからね」

「では、私ではなくこのマリー氏……ええい、ややこしい。仮に私をマリーA、私でない方をマリーBとしよう。マリーBの書いた作品のタイトルはわかるか?」

「そりゃあ、勿論。念の為今日は端末も持ってきたんだ。すぐに出せる……ほら、これだよ」

 彼の端末から、ホログラムでリストが現れた。作品のタイトルと、その更新日時。

 それは殆どすべて、私の記憶にあるものだった。
 だが、ある日を境にして、それが崩れている。私が書いたはずの日付よりも一日、二日遅れたり、逆に早かったり、全く違う物語に入れ替わっていたり。

「どう言うことなんだ? なんでこの日から、同一性が崩れてるんだ?」

 私が書いた記憶のない話を読んでも、文章の言い回しと言い、語彙の使い方と言い、発想と言い、私自身が書いたとしか思えないような内容だ。

「その日って……俺が、初めてマリーにあった日じゃないか?」

 何気ないフランクの言葉に、私は目を見開いた。
 そんな、まさか。

 そんな事があり得るのか?

 だが確かに、そうだと思ってみれば全ての説明はつく。
 何故私が書いたのと同じ文章があるのかも、

 ――何故私がこの小さな部屋に閉じ込められているのかも。

「量子鍵、だ。テレポーターを作れるような技術者なら分かるだろう?」

 全く同じ性質を持った、双子の光子があったとする。
 これを観測するとどちらも全く同じ情報を返すので、光子同士がどんなに離れていても一瞬で情報を送るのと同じことができる。

 私の拙い知識で大雑把に説明すると、量子鍵というのはそんな理論だ。一般に暗号を解くための鍵として使われる。

「まさか。嘘だ、そんな事出来るわけがない」

 しかし、量子鍵の優れている点はそこだけではない。
 光子は観測するたびに異なった情報を返すため、双子の観測された回数が同じであれば、同じ鍵を返す。

 だが、誰かがそれを傍受した場合、双子同士で観測された回数が異なる為に、同じ鍵を返さず、錠は開かなくなる。つまり、盗聴が原理的に不可能なのだ。

「私もそう願いたいところだがな、フランク。もしそうだとしたらだ」

 双子か、クローンか。わからないが、とにかく生まれた頃から完全に同じ環境で同じように育てられた二人の赤子。そんな二人の動作は、絶対に誰にも解けず、光の速度も越えて届く膨大な暗号()の塊だ。

 しかし、私とフランクが出会ってしまったが為に、同期はズレた。

「君は、盗聴者という事になる」

 鍵が合わなくなってしまったのだ。




 それから、彼は私の部屋を訪れることはなくなった。

 私は生まれて初めて、孤独というものを味わった。
 といってもフランクがやって来ないことに、ではない。

 読者達の反応にだ。

 もし本当に私が生きた量子鍵であるのなら、全ての環境はマリーBと完全に同じように整えられていただろう。

 それには無論、読者の反応も入る。
 私の物語が同じでも、それを読む人間が同じでなければ、当然返ってくる反応は異なる。
 だが同じにしなければ、それを元に私が作る物語自体が異なるものになってしまう。

 であれば、あれは本当に私自身の作品への評価だったのだろうか?

 そうでないとしても、私と全く同じ物語を紡ぐ人間がもう一人いるという事実は私の心を千々に乱した。自分の意思で行っているはずの事を、全て他人によって決められているような薄気味悪さを感じたのだ。

 だが、物語を作ることを止めるわけには行かなかった。
 鍵としての役目を放棄すれば、私は処分されるだろう。
 何も知らないふりをして、出来る限りフランクの影響を意識しないように日々物語を作る。

 しかし、次第に私は自分を見失っていった。
 自分らしい話を作ろうと考える度に、かつては確固としていたはずのそれは輪郭をぼやけさせ、霞のように崩れ消え去っていく。
 読者からの賞賛も罵声も無意味なものに見えた。

 輝かしかった悦びは色褪せ、それはくたびれた日課となって私の心に圧し掛かった。

 こんなことになるのなら、フランクにあわなければ良かった。
 すぐに追い返してしまえばよかったと、彼を憎みさえした。

 だがそれから更にしばらく経って、私はあることに気がついた。
 これだけ鬱々と毎日を過ごしていて、私はなぜ処分されないのか。
 元々私の考え違いだったのかも知れないし、まだ違いが許容される範囲に収まっているのかも知れない。

 だがもう一つ、可能性があった。

 私と全く同様に、『マリー』氏が落ち込んでいる可能性だ。
 私はそれに気づくと、すぐさま物語を作り始めた。

 小さな迷宮に閉じ込められた少女が、自由に空間を渡る男に助けられる話だ。

「やあ、よくきてくれた」

 数日後、私の部屋に転移してきたフランクを私は手を広げて迎え入れた。
 フランクは私の書いた物語を欠かさず読んでいる。
 そこに仕込みを入れれば幾らでも連絡を取れた。

「そりゃあ、あんなのを書かれちゃね」

 サービスで男前に描写しておいたのが良かったのかもしれない。
 フランクは嬉しそうに笑って答えた。

 そんな私は彼にぎゅっと抱きつく。
 そしてゆっくりと顔を寄せ……

「いでっ!?」

「ふうむ。やはりこちらが偽物だったか」

 思いっきりむしり取った髪の毛がさらさらと空気に溶けていくのを見て、そう呟いた。

「……どういうこと?」

 痛そうに頭をさすりながら、涙を浮かべてフランクは尋ねた。
 演技ができる男ではないという事は、短い付き合いだがよくわかっている。
 この反応を見るに、やはり彼は偶然ここに迷い込んできただけらしい。
 もしかしたらそれすら演技かもしれないが、もしそうだとしたら私に見破る術はない。

「エーテル固定化装置だ。私の目の前にいる君は、それで再現された虚像に過ぎない。実際の君は全く別の場所にいるのだろう。恐らくは、もう一人の私の前に」

「つまり、今僕の目の前にいるマリーは実在するけど……君の目の前にいる僕は、実在しない。そういう事?」

「そうなるな。と言っても、君の『今』は私にとっては数日過去なのだろうが」

「……どういう事?」

 フランクは眉根を寄せて説明を求めた。

「君がマリーBに会ったせいで、私と彼女の同期はずれた。だから、再び同期させるために、君の虚像をエーテル固定化装置でこちらにも作り出したんだ」

 盗聴されれば、同期はずれる。
 光子ならばもう一度作り出せばいいだけだが、人間となれば時間も予算も膨大に必要だろう。だが、ずれたものは戻せばいいのだ。

 実際にそんな事が可能なのかどうかは、私にはわからない。
 だがどうやら私の管理者はその道を選び、そしておそらくそれに成功して見せた。

「なあ、フランク。私は孤独というものを感じた事がない。だが今、生まれて初めて誰かに会ってみたいという想いを抱いたんだ」

「……それって、もしかして」

 私は頷き、彼をじっと見つめる。

「君のテレポーターで来てほしい」

「無理だよ。いっただろう、観測できない範囲には移動できないんだ。君がどこにいるのかさえわからない……いや、わかったところで、数光日離れてるんだ。電波が届いて情報が手に入った時点で飛んでも、そこには何もない。どんな惑星でもとっくに何万キロも公転して離れてしまう」

「君の目の前にいるのを、何だと思っているんだ? 何光年離れていようと一瞬で情報を伝えられる装置だ」

 私は自分の考えを、彼に説明した。
 素人考えではあったが、二、三質問され、それに答えるうちに彼は解決方法を見出したようだった。

「なるほど……その方法なら、確かに可能かもしれない。でも、一つだけ問題点がある」

「なんだ?」

「同調しているなら、きっとこっちのマリーも僕と離れたくないと思うんじゃないかな」

 フランクは少し恥ずかしげに、そんな事を言った。

「君は何を言っているんだ」

 私はそう答えながら、向こうのマリーも全く同じように答えたのかと思って思わず少し吹きだした。

「……僕に会いたいんじゃないのか?」

「そんなもの、エーテル固定化装置で具現化された像で十分だろう。私が会いたいのは、私さ。もう一人の、マリー自身だ」

 愕然とした表情で目を見開くフランクに、

「何せこの部屋には鏡がないのでね」

 くすくすと笑いながら、私はそう言ってやった。




 さて。
 青い髪に金の瞳、白い肌の美しい少女と対面する話を書きたい所だが、残念ながらそれは出来ない。
 なぜなら私はまだ彼女に会っておらず、現時点ではそれは未来の話だからだ。

 私の位置情報を握りつぶされることなく確実にフランクに届けるためには、高度で複雑な暗号化が必要だった。例えばそれは、一万字前後の物語のような。

 願わくば、この物語(かぎ)が、ちゃんと彼女に届きますように。

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