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そうめんに愛を

そうめんに愛を2

作者: 守隆和楽

スラム街と化したまち

とある廃アパートの一室。


そこらに脱ぎ捨てられた薄汚い服

窓際のベッドに横たわるふたり。


男は夢を見る。


走る。走る。

夜の道を、明かりの少ない路地裏を。


この角を曲がればすぐ二手を右へ、そのまま道を塞ぐ木の板の下を滑り込む。


暗がりでのスリはなれたもんだ。

いつも通り、そのはずだった。


角を曲がった途端に顔面に刺さるような痛みが走る。

体が宙に浮き、思いきり尻を打った。


「……おうおう。来たぜこいつだろ?」


遠くなる話し声、後ろから近づく足音。

ああ、やられた。



意識が遠のいていき、気を失うのと入れ替わるようにして目を覚ました。

何十年と経っているが、殴られた感覚は未だに鮮明だ。


「大丈夫?大分うなされてたわよ」


「大丈夫だ、たまにあるんだよ」


隣で肌を寄せる女にそっけなく答えると、サイドテーブルにある飲みかけの酒を流し込んだ。

まだ暗い。朝までまだ時間はあるだろう。しかしまた眠りにつく気分じゃない。

立ち上がって水を汲んできた女がコップをテーブルに置いた。そのまま顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?気分、悪いの?」


「ああ、お前は寝てていいぞ」


女は、そう、と一言言ってベッドに戻った。

聞き分けのいい女だ。


この夢を見た後はどうしても昔の事を思い出してしまう。

そして、今の俺が浮き出るのだ。


どうしてこんな生き方を選んだのだろう。

いや、俺は生まれた時からこうして生きていくさだめだったのだと、今はそう思うほかない。


スラムで無い金を巻き上げる毎日は、俺がガキの頃怨んで仕方なかった大人、まさにその姿だ。

今日みたいに金が払えない代わりに女を連れてくる奴もいるが、俺を脅したり殺そうとしてくる輩もいる。

だが今を生きているのは俺だ。

そういうやつばかりを相手にしてきたせいか、人を見る目は無駄にいい。

それが今の俺を生かしている。



あの夢は違う町で生活していた時のものだ。

あの後、金目のものを換金屋に売り飛ばして、翌朝にはチビたちに久しぶりのメシを食わせてやれるはずだった。

あいつらどうしているだろうか。まあ、考えたって仕方ないが。


ちくしょう。

夢を見たせいか、思い出したくもないことが芋蔓のように出てくる。


思わず頭を掻きむしった。昔からの癖だ。

寝起きで頭の中がぼやっとしているくせに思い出す記憶はやけに心に突き刺さった。



俺がまだガキの頃、将来はスラムで住むところのないチビたちを匿う施設を作ってやりたいと考えていた。チビたちが働ける年頃になるまでは内職をさせて、大きくなったら仕事を与えたりできたらいいと思っていた。


しかし、今俺がやっていることはガキの頃の俺が思い描いていた様相とは180度逆転していながら、その条件をほぼ満たしている。

そのことが一層俺を苦しめていた。


刑を終えた俺に表の仕事をくれるやつなどいるわけもなく、

やっと見つけたと思えば廃アパートを与えられ、

仕事と言えば、そこにガキを住まわせて、そいつらが一日かけてかき集めてきた小銭を回収する。小銭の額に合わせてめしを与える。

大きくなったら仕事を与える。勿論汚れ仕事だ。

それは上の管轄だから俺はガキを派遣するだけ。

しくじったら帰ってこないし、俺にまでペナルティがある。


本当にやってられない。


「ソー、メン」


最近、この言葉が頭から離れない。

どこかで小耳にはさんだ言葉なのか。意味のない言葉遊びなのか。

大事な何かを忘れているといった感じは全くない。

だからこそどうでもよく、いつ忘れても一向に構わない筈なのに気が付けばこの文字列が頭に浮かんだ。


「ソーメン」

繋げて読むにはちと難しい。やはり「ソー、メン」である。

なんども口に出して唱えてみて、しっくりくるアクセントを探す。


本当にどうでもいいことだ。そんなこと。

でも、それ以外の事を考えなくていい。


それだけのことが、ただ朝を待つだけの俺にとって都合が良かった。



読んでいただきありがとうございました。

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