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好きは本当に《好き》だろうか

作者:明日葉夏目
短編です
「楓、お前……好きな人いるか?」

ポコポコと楓が飲んでいたオレンジジュースから気泡が浮いて、弾けた。すぐにストローから口を外してケホケホと少し苦しそうな表情でむせる。

毛先の整った、流れるような黒髪が頭の後ろで一か所に集められていて、楓が顔を動かすたびに小さく跳ねる。少し潤んだこれまた黒い瞳は、その大きさをぐっと縮めて辛いことを訴えていた。


 学校の帰り、ファストフード店のテーブル席。いきなりむせ始めたドジな同級生を見て、小さな罪悪感を抱いた。

俺が悪いわけではないはずなのだが、もしかすると今の質問は実は彼女にとっての地雷で、俺はそれを思い切り踏みつけてしまったのではないかと考えたのだ。

考えても答えは目の前のこいつしか知らないわけだから考えても仕方ないのだが……


そんなことを思っていると、息を整え終わったらしく、

「なんでそんなこと聞くのよ?」

言って楓はカマキリの眼光の如くこちらを鋭く睨んだ。やはり俺は何か地雷を踏んでしまったのだろうか。

「いや、なんというか。もう俺たち高校生だろ? 世間一般には今、まさに青春の中を生きているわけだ。

周りのやつらも恋人を作っては一緒に飯行ったり、映画行ったり、学校でもイチャイチャと話して、手をつないで……」

「慎太も『リア充なんか爆発しろ――!!』とか言っちゃうの?」

「そうじゃなくて。俺が言いたいのは、《好き》って感情は一体何なのか、どうしてそれを知ることができるのか? ってことだよ」

俺が言うと楓は呆れた顔をしてこちらを見てきた。まるで「そんなこともわからないなんて」とでも言いたげな表情だ。馬鹿にされたようで少しむっとしていると、楓がはなし始めた。

「好きな人がいるとね、いつもの景色がすごく綺麗に透き通って見えるんだ。

空はどこまでも広く突き抜けてて、歩いてるときに見える街路樹なんかも私が歩くのを見守っているんじゃないかとか、とにかく
すべてのことが素晴らしく見えるんだよ。

 その人が学校に来てたらその一日は何をしていても楽しいし、いなかったら寂しいんだ。

なんでいないのかとかもし病気だったらお見舞いとか行きたいな、でもそれはちょっと積極的すぎかなとか。

その人のことばっかり考えて右往左往、
一喜一憂してさ。

でもそんな毎日が楽しくて、あの人もそう思っていてくれないかなって考える。それが《好き》じゃないかな? と私は思うよ」

「とりあえず、学校にお前の大好きな人がいるのはよーく分かったが」

「は、はあああああああああああああ!? ちがっ、そういうんじゃない! ただそうなんじゃないかって思っただけで、何勝手に言ってんのよ!」

分かりやす過ぎるぞ。しかし、かんかんに怒った赤鬼は、店内にもかかわらず言い訳ともつかない言葉を並べて、先の俺の言葉を否定してくる。全く困ったものだ。

とりあえず、と迷惑な大声を制してさらに言葉をつづけた。

「お前の言いたいことは分かった。でも俺はそんな主観的感覚を伝えられても、理解も納得もできない。
だからもっと客観的な答えが欲しい。誰もが、自分が好きという感情を持ち合わせているのかどうか判断できるようなものが」

怒りを一応抑えた楓は、少しの間うーんと首をかしげて考えた後、

「客観的って例えば?」

と聞いた。

「その感情が沸き上がった時にとる言動は何か、とかだな。楽しい時には笑顔になる、饒舌になるみたいな」

「そんなの人それぞれじゃない。楽しいからってみんなそうなるわけではないはずだし。

ある感情が出てきて、その感情からとる言動なんて千差万別で決まりがあるわけじゃないわ」

楓の言うことはもっともだ。

感情というもの自体その人間にしかわからない領域で、相手と感情が完全に一致しているとは限らない。

同じ喜びという感情も俺と楓ではその本質は異なっている可能性がある。

だからその感情に基づいてとる言動も違うものになるだろう。  

そうでなくても楓が言うように感情が一致しているから、そこからとる言動が同じであるとも限らない。

感情は客観視することはできない。

確かにそれはそうなのだが、それでは説明がつかない問題が出てきてしまうではないか。

「人を好きになったのって初めてか?」

「うーん、まあそうかな…………ってだから違う!」

「初めてかどうか答えてくれ」

俺が真剣なまなざしを向けると楓はその勢いを失い、あっちを見たりこっちを見たりしてソワソワして目を伏せた。そして小さくこくりとうなずいた。

「じゃあお前はどうして、その感情が《好き》だと思ったんだ?」

「え?」

完全に不意を突かれたように楓はぽかんとした顔をする。

「初めてその感情を抱いた時、どうしてお前はそれが《好き》だと感じたのか。

初めての感情に対してどうして答えを見つけることができたのか、俺はそこが気になるんだ」

人がその感情を初めて抱いた時それにはもちろん名前などなく、それがなんであるのか自分には分からない。

ただその沸き上がった感情を、自分なりに言葉や行動で示すことしかできないのだ。

だが、何度もその感情を経験し、さらに他人との接触を重ねることで、その感情は相手も感じるものであることを知る。

そしてその感情をは《喜び》や《悲しみ》という共通の概念であることを知るのだ。これが感情の正体だと俺は考えている。

しかし初めて感じる、テレビや小説や漫画なんかで得た知識という、概念としてのみ存在する虚空の感情は、自分の中に沸き上がった時どうしてその感情がその概念の枠の中にあることを知ることができるのか。

そもそもそれは概念を知っているだけで、沸き上がった感情、想像した感情を無理やりカテゴライズしたにすぎないのではないか。

つまりほとんど経験したことのない概念のみを知識として知っている感情であり、本質的な意味で、本当に人を《好き》になったと言えないのではないかと思うのだ。






「考えはまとまった?」

その声に俺はハッとした。見ると、楓のオレンジジュースは氷だけになっていて、頬杖をついて俺の目をのぞき込んでいた。

あれ?と壁にある時計を確認すると少なくとも5分は経っていたのではないか。質問しておきながら完全に考え込んでしまっていたらしい。

「ん、ああ。どうだろうな、まとまったといえばそうなんだが。やっぱりよくわからなかった」

そっかそっかと、なぜか満足した表情をする楓。

「質問しておいて悪かったな」

「気にしないで。いいものが見れたしね」

いいもの?有名人でも通ったのか……いやそれよりも、

「さっきの質問の答えなんだが」

「初めての感情をどうして《好き》だと思ったのかでしょ? 慎太は勘違いしてるみたいだけど、初めての感情じゃないよ、これはさ」

「でも、人を好きになったのは初めてって……」

「確かに好きになったのは初めてだけど、好きって感情は毎日、何度も何度も感じてるんだよ。

その人と会ったとき、その人のことを考えてるとき。見て、話して………… この感情に気づいてからはずっと。

だから、初めてじゃない」


 一言一言、まるでずっと大切にしてた宝物を少しずつ手を広げて見せるように、言葉は楓の口から糸を紡いで俺の中に届く。そんな楓の言葉に、俺の心臓は跳ね上がった。

楓のその感情がまるで俺が体験したかのような不思議な感覚に包まれた。

「そ、そうか」

なんだかこっちが照れてしまう。なんとなく右をむいてしまって、あいつの顔を見るのがこっぱずかしく感じてしまう。

「あ――! すっきりした! 言いたいこと全部言えたかも」

「お、おう、そりゃよかった」

まだ正面を向くことができない。ちらっと楓を見てみると、なぜかひとりで満足気に伸びをしている。

こっちは質問する前よりも一層モヤモヤとしているというのに。それなのに気分だけ変に高揚している。訳が分からない…………

「あんたさ、《好き》って感情を理解しようとしてるみたいだけど、私もそんなの理解なんてしてないわよ」

「はあ!?」

「これは理解するんじゃなくて、感じるのもよ! もともと感情なんて理解するんじゃなくてなんとなくこう! と思ったものなんだから」

 それでは意味がないのだ。たとえ答えがなかったとしても、知りたいことは考えるしかないのに。

でも理解はできなかったが、なぜかすっと納得してしまった自分がいることに気づいた。

「早く《好き》を感じてよ! 好きは一人でしかできないけど、恋は二人じゃないと成り立たないんだからね!」

 そう言うと、自分だけ席を立ち足早にトレイを片付けてしまった。

くそっ! 楓の奴《好き》も分からないのに《恋》なんて言うんじゃない!

余計わからないことが増えてしまった。

「っておい! ちょっと待てよ!」

まあ考えることが増えるのは別に嫌ではないが.........

俺もトレイを片付けて楓を追いかけた。
読んで頂きありがとうございました。
作品内で一丁前に好きについて考察しておりますが、
筆者にもさっぱりでございます。

ただ、
この作品で好きってなんだろう?
と少しでも考えて頂けたならそれはこの上ない幸いであります。

感想などございましたら、是非宜しくお願いします。

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