払暁篇
天が鳴り地が唸った。
大自然の慟哭は、血で血を洗う死闘の開始を告げる魁であろうか?
「かかれーっ!」
号令と共に湧き上る怒涛の如き鬨の声。
土煙を上げ、剣光を煌かせながら津波の如く殺到する鎧武者たち。
柵からは雷鳴の如き銃声が轟き、あっという間に先頭の武者達を薙倒した。
しかし後続は怯まない。倒れた味方を踏み越え、更に突貫する。
柵からは銃弾に代って、夥しい矢が放たれた。
矢を受けた武者たちが次々と転がり、倒れていった。
柵側の抵抗は激しい。寄せ手はいよいよ勢いを殺がれ、押し寄せる足取りが鈍った。
永禄三年五月十九日、払暁。
西進する今川軍の先鋒隊は織田勢の最前線防衛拠点である丸根、鷲津の二つの砦に、殆ど同時に攻撃を開始した。
その内、丸根砦に攻撃を仕掛けたのは、松平元康(後の徳川家康)率いる三河勢、二千五百騎であった。
「松平正親様、討死に!」
「松平親重様、流れ弾に当たり重症!」
寄せての大将・松平元康は報告を黙って受けた。
丸根砦を死守するのは佐久間盛重以下七百名である。
精兵の誉れ高い三河武士達も、佐久間の必死の防戦の前に苦戦の様相であった。
やがて佐久間は柵門を開き、野獣の咆哮にも似た叫び声を上げ、松平勢の先手に斬り込まんと柵外へ進出した。
「退け退け、一旦退け!」
それまで静かに戦場を見守っていた元康が、いきなり大声を上げて指示を出した。
「殿、一体何と仰せられる!」
「守手が討って出たるは絶好の好機ですぞ」
「佐久間盛重以下を押し包んで殲滅すれば、砦はもう落ちたも同然」
「何故の御下知でありましょうや?」
元康の指示に家臣一同揃って異を唱え、若き主君に押し迫った。
(やれやれ)
元康は呆れたように溜息を一つ吐いた。
「その方ら、主君が下知を素直に聞けんのか」
「しかしなれど」
頑として元康の言を聞き入れない家臣たちに、元康は怒りを通り越し、呆れのあまり力が抜けてしまった。
誠忠一途、頑固一徹、同僚であれ長老であれ直言して憚らない古武士の風格を備えるのが三河武士であった。しかし、主君として三河武士達の上に立った元康は、彼らを少々もてあまし気味だった。
弱小大名の哀しさ、松平元康は生まれた瞬間から人質として尾張、駿府で過してきた。三河武士共ら主君として生を受けながら、その実、三河武士の気質を全く育んでいなかった。
それ故、家臣達と今ひとつ咬み合わず、関係はぎこちない。
苛ついた口調で元康は言い放つ。
「寡兵の敵が、城を守らず討って出てくるのは、斬り死に覚悟の死兵と化しておるからに相違なかろう。数を頼む我らが、この死兵とまともにぶつかれば、いらぬ犠牲を出さざるを得ぬわ。ここは敵の出鼻を反らし、奇策を以て崩さねばならんのじゃ!」
そのうち佐久間ら決死の突撃隊は松平勢の先手へ突っ込んだ。その気迫たるや常のものでは有り得ず、手負いの獣の如き凶暴さで殺戮を開始した。
その凄まじい様を目の当たりにして、ようやく元康の判断が正しかったと思い知る。
「と、殿。深遠なる御勘考、承知いたしましてござる。ここは一旦退き…」
「もう遅いわっ!」
元康の激しい声色に全員が閉口する。
「この後に及んで大将が尻尾を巻いて敵に背を向ければ、全軍が崩をうって壊走してしまうわっ!」
普段温厚をもって知られる元康の声色もつい荒くなってしまう。
「敵は小勢ぞ、押し包つんで討ち取れ!」
元康の判断は早い、今回は家臣共も素直に従い、松平勢と佐久間勢は入り乱れての激しい白兵戦を展開した。
しかし、気迫に勝る佐久間勢の奮戦は目覚しく、松平側の侍大将・松平重利、高力正重などが討ち取られてしまった。
(こんな事では、三河松平に明日は無いわ…)
元康は口惜しさのあまり唇を噛締め、震えていた。
家臣らとの不協和音はこの戦いに限った事では無かった。目まぐるしく状況が変化するこの戦国の世にあって、素早い判断を実行に移すのに非常に効率が悪かった。
そういった状況変化への対応の鈍重さは、致命的になりかねない危険な要因であることを、賢明な元康はすでに気がついていた。
(何とか、何とかしなくては…)
若き松平元康は、現状を憂い、日々思案を巡らし、頭を痛めているのであった。
元康は戦場に注目した。そして何か意を決したように頷き、その瞳に緊張が滲み出た。
「半蔵」
「は、これに」
「共をいたせ」
「御意」
元康は太刀を抜いた。
「三河の松平元康、ここにありっ!」
勇ましく名乗りを上げながら、馬腹を蹴って突撃。陰に陽に常に元康に付き従う服部半蔵と共に、白刃が振り乱れる戦場のど真ん中へと突っ込んでいった。
(クソ、我ながら何という無謀)
激しく後悔の念が沸き起こっていた。大将自らが白刃を振るって乱戦の中に入っていくなど、愚挙以外何でもないと思っていた。
しかし、家臣の三河武士達はこういった蛮行を好むところであり、彼らの信頼を得るためには何としても、しておかねばならぬ行為であった。
「そこな、松平元康。勝負勝負!」
元康に一騎の武者が槍を片手に迫る。
「半蔵」
元康の後を駈ける服部半蔵は元康に迫る武者に向かって飛礫を投げつけた。
半蔵は三河の生まれであったが、伊賀出身の父から『忍者』としての手解きを受けている。
その飛礫は精妙であったが、今回は端から敵の命を奪う為のものではなかった。
武者は投げつけられた刃物を携えた槍で払い落とす。しかし、その動作の為に勢いを殺がれ、隙が生まれた。
その隙をついて元康が武者に馬ごと体当たりをかます。そして必死に組みつき、二人はそのまま馬から転がり落ちた。
「うがが…」
地面に叩きつけられた時、相手武者のゆるぎ糸の辺りに脇差が突き刺さっていた。
この辺りには胴丸と草摺を繋ぐ、幅約五センチほどの隙間が開いているのだ。まさに甲冑の急所とも言うべき場所であった。
半蔵の飛礫の狙いは、元康の接近攻撃を成功させる為のものであった。
元康はというと、落馬の際にしこたま顔面を打ちつけ昏倒していたが、すぐに我に返り顔を上げた。
その瞬間であった。元康の鼻先を、煌く白刃が掠めた。
「ぬおっ」
斬られた鼻先から出血、驚きの余り身体を後ろに飛び退ける元康に、脇差しが突き刺さったままの武者が馬乗りになってきた。
「死ねっ!」
武者は体重を乗せた太刀を元康の首に押しつけてくる。元康はその手を押さえて、何とか耐える。
(し、しまった。……)
脇差しは間違いなく武者の腸を抉っている。放置すれば確実に死に至る致命傷だった。普通なら激痛に悶絶するか、苦痛に喘ぐ筈である。
しかし、すでに死を覚悟し、生き残ろうともしていない者ならばどうであろうか?
その最後の時が来るまで、執念で太刀を振るい続けるのではないだろうか?
松平元康、この時、若干二十一歳。若さ故か、致命的な判断ミスであった。
(は、半蔵…)
元康は縋る様な視線を服部半蔵へ向けた。目が合ったが、半蔵は元康を救おうとはせず、首を横に振るだけだった。
(殿、それではいけません)
この一騎打ちを、元康の家臣である三河武士たちも固唾を呑んで見守っている。古風武士の彼らは当然、武辺を好む。一騎打ちで敵を倒す事もできない情けない主君に、誰もついてなど来ないのだ。
助けを諦めた元康は再び敵と向き合った。
(ここで儂自身が何とかしないと、やはり、三河松平の明日は無いということか!)
元康の膝が跳ねて、敵武者の脇腹に突き刺さったままである脇差しを叩いた。
「ぐがぁっ!」
まさしく腸に響く一撃である。死を覚悟していても流石にこれは効く。悶絶する敵武者を払い落とし、切っ先を立てて襲い掛かった。
「うおおおっ」
そのまま縺れて地面を転がる。しばらく揉み合った後、元康は立ち上がった。その時、元康の手には敵武者の首が掴まれていた。
「取ったりぃーっ!」
高々と敵の首を掲げ、声を上げた。
「おお、殿が!」
「御自ら、敵の首を!」
「まさしく三河武士の鏡!」
「殿に続けっ!」
「命を惜しむな、名こそ惜しめ!」
勇ましい元康の姿を見た松平勢の士気は一気に上がった。
これをきっかけに、押される一方であった松平勢の猛反撃が始まったのである。
死に物狂いの佐久間勢は、正しく獅子奮迅であったが、士気が高まった松平勢相手に、次第に押され、次々と討ち取られていった。
乱戦の中心で、八面六臂の阿修羅の如く暴れ狂っていた佐久間盛重も、銃弾に倒れ遂に力尽きた。
勢いを得た松平勢はそのまま柵門を打ち破って砦の中へと崩れ込む。主を失った守兵たちであったが怯む事無く反抗し、柵内では激しい戦闘が継続された。
やがて、砦に火の手が上がったのは巳の刻(午前十時頃)であったという。
丸根砦の戦いはいよいよ最高潮の時を迎えたのである。
「なんとか今日を生き残る事ができた」
安堵の溜息を吐きながら松平元康はもうもうと立ち上る黒煙を他所に、その遥上空の晴天を眺めていた。
しかし、僅かに現れた不吉な陰りを見つけて眉をひそめた。
「明日も同じ空を見ることができるのだろうか?」
晴天に浮かんだ黒い陰りは、一体何を暗示したものであろうか?
永禄三年五月十九日。
風雲急を告げる尾張平野の長い一日は、まだ始まったばかりである。 |