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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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青年と少女と謹慎

 赤々とした明かりが洋間を照らしていた。灯油を燃料として燃える、あまり縁が無かったとしても何処か懐かしさを覚えるストーブの灯だ。

 雪が降り積もり冷え込む外気を打ち払うかのように燃える火は、見る者の心を落ち着ける暖かみを帯びていた。焼き尽くすのでは無く、適度に暖めるための調整された火からは文明の臭いがする。

 その文明の臭いを堪能するように真ん前へ陣取った小柄な人影は、熱を熱心に見つめていた。しかしながら、表情は安堵するでも緩むでもなく、不満げに見える。

 それだけではなく、頬が膨らみ始めた。稚児が機嫌を悪くするような調子で、成人式にも参列済みの男がするには不似合いな表情を造りながら、青年はじぃっとストーブを見つめ続けていた。

 そして、不意に膨らんだ頬が萎み、長い呼気が吐き出された。

 「焼けたな」

 彼が眺めていたのはストーブではなく、正確にはストーブの天板に乗せられたモチであった。単に暇をもてあまして、モチと同調して頬を膨らませていただけなのだ。

 この頭の悪い光景が繰り広げられるのは、一月もそろそろ終わろうかという時節であった。

 大学生が小学生のような振る舞いを見せる、それほどに彼は暇を持て余していた。外は雪が降っていて満足に探索はできないし、インターネットやゲームなど豊富な娯楽に溢れた現代社会で育った人間ならば、無理からぬ話であった。

 電気がないのでパソコンもゲームも使えず、本を読もうにも彼が寝床としているソファーの傍らに、軽く突けば崩れそうな高度で文庫本の山が築かれていることから、もう堪能し尽くしているのは明らかだ。どうやら暇を飽かして、近所中にある本という本を漁りつくしてしまったらしい。

 シリーズものの時代小説から巷で流行ったドラマの原作、果ては新書に料理本まで積み上げられた山は、どれだけの時間を無為に過ごしたかを示している。それほどに冬ごもりの間はすることがないのだ。

 青年は何とも無しに、冬の間に農民が暇を飽かして子供を作ってしまう気持ちを理解してしまった。本当にすることが無いのである。それこそ子供のように、モチが膨らむに合わせて頬を膨らませて遊ぶほど。

 しかし、熱い熱いと呟きながら無精してモチを指で持ち上げようとする青年の後ろには、皮肉が多い女は最早居ない。咎められることが無ければからかわれることも無い。そうなれば、人間は結構簡単に堕落して頭が悪くなるものなのだ。

 主人の背後で熱のおこぼれを貰う犬は、当然主が無聊を慰めるために取った奇態に感想を零したりはせず、ただ黙して丸まるのみ。犬に人間の堕落を咎め留めろというのは、些か酷な話であろうか。

 とはいえど、醤油に浸して海苔を巻いたモチを正月以来飽きずに貪る青年が、暇を飽かして頭を変にするのも、同じ体験をすれば理解できるだろう。

 贅沢な話ではあれど、暇とは本当に人間を狂わせるのだから。

 銃器の手入れなぞ元よりマメにやっていたが故、正月二日目にして全て片付いてしまったし、筋トレは無駄に腹が減るので物資を考えると好ましくないとして、開始から五日で断念した。

 かといって細々とした作業も残っておらず、リボルバー用のフルムーンクリップは最早一生分作ってしまったのでは無いかという勢いで、繕うべき服も無くなってしまう。

 庭でカノンと遊ぶのも、筋トレと同様で断念した。追いかけっこなどしようものなら、テンション上がった従僕に押し倒されて相当の消耗を強いられるのだ。腹が減った後の食事は美味いが、節約しなければならないのに沢山食うのは阿呆のやることである。

 故に今、カノンの運動はもっぱら青年が投げたボールを取ってくることくらいだ。空きっ腹と節約の意志に挟まれ、一晩煩悶し続けるのは流石の本人も懲りたらしい。

 現在の楽しみは一日二回の食事と、雪が止んだ後の散歩くらいのものとなっていた。流石に一月以上建てば近隣の建物は漁り尽くしてしまっているし、雪の重みで倒壊する建物も多いので行ける場所も少なくなってしまったが。

 雪下ろしにもいい加減慣れてきて、近所の家から失敬した物でちょっとした贅沢を味わうほど、青年は冬ごもりに慣れてきた。このようなご時世で、昨年の正月に余った物とはいえパックの角餅を食べたり、小豆缶でぜんざいなんぞを仕立てて食べるのは、本当に得がたい贅沢である。

 だが、度を超した慣れと暇は人を腐らせる。丁度こんな具合に。

 どんな具合に暇を潰すかと考えつつ、だらけきった青年は口を大きく開き、モチを放り込んだ…………。










 何処かの暖かな部屋とは違い、薄暗い裸電球だけがぶら下がる部屋があった。コンクリート打ちっ放しの冷ややかな床と、掃除して尚も臭気が抜けきらぬそこが何処かを、椅子の上で拘束された少女は知っていた。

 捕虜の収容部屋だ。少し前まで、此処には一人の捕虜が転がされていたが、今や彼は雪の下。そして、こんどは代わりに彼女が座らされているという訳だ。

 散切り頭も痛々しい彼女は、どうしてこうなったのだろうと首を傾げた。

 少女が食料庫に押しかけてきた暴徒を一人射殺した直後、慌てた自警団員が数人やってきた。短機関銃を担いだ自警団が二人と、89式小銃を持ったおやっさんの部下が一人。

 彼女は彼らを見て、来るのが遅いよ増援がーと暢気に手を振ったのだが、彼らは撃ち斃された避難民と少女を見比べると、泡を食ったように無線機に話しかけ始めた。

 短いやりとりが数度繰り返された後、銃器の暗い口が少女へ向けられる。武器を棄てて跪け、という警告と共に。

 少女には何の事かは分からないが、銃口が二つ向けられている状態ではどうしようもない。抗議しても受け入れられず、このままグチグチ言っていると本気で撃たれそうだったので、彼女は銃を棄てて大人しくお縄を頂戴し、今に至るというわけだ。

 「……拙ったかなぁ。でもなぁ、一人撃ち殺した位じゃなぁ」

 悪びれも無く言って肩を竦めようとしたところ、金属が擦れ合う音が一つ。腕が上がりきらない理由が、手首にぶら下がっていた。

 手錠で拘束されているのだ。以前ここにぶち込まれていた離反者と同じように。

 とはいえ、前の捕虜と違って目隠しはされていないし、右手右足をパイプ椅子に繋がれていれど被服は着ているので、待遇はずっとマシなもの。

 しかしながら、拘束されているという事実は、それだけでストレスとなる。むしろ喜んで縛られるような性癖でもなければ、誰にとっても負担でしかないだろう。

 「あーあ、やらかしたかなぁ……」

 できることと言えば、一人で聞く者の居ない愚痴を吐く程度のこと。正直あれくらいならおとがめ無しだろう、と軽く見ていた自分を悔いるばかりである。

 いや、まだこの後に申し開きの機会も与えられるだろうし、何とかなるだろうと少女は踏んでいた。どうせ人手も足りないのだからという打算と、味方を救ったという大義名分があるからだ。

 咥え煙草に慣れたせいで、何も咥えていないと手持ちぶさたでしょうが無いなと足をぶらつかせながら待っていると、暫く経って緩やかに扉が開かれた。

 「ああ、遅いよおやっさん」

 鉄扉の向こうに居たのは、苦虫をグロス単位で噛み潰したような渋面をした男だった。壮年の皺が刻まれ始めた顔を憎々しげに歪め、咥えた煙草は怒りを示すかのようにフィルターが噛み締められている。

 「やってくれたな、お前……」

 「やってくれたって……私、銃向けられたんだけど?」

 彼の言葉を聞いて、流石の少女も心外だとばかりに表情を歪めた。珍しく笑みを消した少女を見ても、おやっさんは別段反応を示すことなく、懐へと手を突っ込む。

 そして、勢いよく引き抜き、取り出した物を少女へと突きつけた。

 「……わーお、粛正されんの、私」

 電球の光を鈍く反射して、金属の塊が不気味にぎらついた。38口径弾を5発装填できる輪銅拳銃、つい先ほど少女が向けられたのと全く同じ形式の拳銃、ニューナンブだ。

 38口径は威力に些か不安があり、ともすれば頭蓋の丸みによる天然の被弾経始効果で脳みそまで届かないことがあるが、それもこの距離なら心配あるまい。

 元の持ち主に銃口を向けた暴徒と同じく、鮮やかな脳症をぶちまけられる筈である。

 「アホが、見えてんだろ、お前にも。これは現場で拾ったもんだし、誰も弄っちゃいねぇ……」

 撃てねぇ銃を向けられて、ビビるタマか? おやっさんはそう言ってから、親指で撃鉄を降ろした。

 そして自然な動作で引き金に指がかけられる。軍人教育を受けた人間が引き金に触れるのは、本気で発砲する時だけだ。

 少女は笑った。普段の満面の笑みを形作り、濁って無機質になった目を見つめ返す。殺人者の目、職業軍人の目だ。やはり、この壮年の男は普通の人間ではなかった。

 彼女は自分が理解できないから、おやっさんを狂人では無いと思っていた。だが、彼は立派に狂っていたのだ。防人という立場に。

 防人。自らの意志を殺して、誰か別の人間の命令で他人を殺せる、ある種の狂人。愛国者や善人という名の狂人だ。

 大儀と法の正義に支えられた暴力装置。役割に徹するのには、やはり狂気が必要なのだ。正気で大儀は抱えられぬ。特に、誰かを殺す必要がある立場であれば尚のことだ。

 負荷を受けて引き金が軋みを上げる。ついに指の力に耐えかねたのか、引き金が絞られ、拘束されていた撃鉄が落ち……甲高くも空しい、金属を打つだけの音が響いた。

 不発であったのだろうか。否、最初から弾が入っていないのだ。

 「暴発防止と、奪われた時のために最初のシリンダーには弾を入れてねぇってのはお前も知ってんだろうが。忘れたとかヌカしたら、本気で撃つぞ」

 「あはー、バレたか」

 笑う少女を鬱陶しそうに眺め、おやっさんは拳銃を懐へと戻した。

 自警団では世情が荒れる昨今、万一銃をと発敵に奪われたとしても、何とか取り返せるように対処法を取っていたのだ。ランヤードリングを活用するだけではなく、最初の一発に弾を入れないことで使われるまでの時間を短くし、奪い返すチャンスを作ろうというのだ。

 自警団が素人に毛の生えたような集団であるとするのなら、避難民達はずぶの素人だ。相当の銃器マニアでも無い限り、適正な拳銃の扱いなど知りようも無い。

 ニューナンブはシングルアクションでもダブルアクションでも撃てる拳銃なので、極論引き金を絞るだけで弾が出る。その上、構造上セーフティらしいセーフティもなく、弾さえあれば簡単に使えるのだ。

 今日日のドラマになれた人間なら、相手に向けて引き金を引けば撃てる程度の知恵はある。そうなれば、何かしらかの安全策が必要だろうということで、最も単純な手を取ったまでの話だ。

 弾が無ければ撃てないのは、全ての銃に言えること。ならば、一手間加えなければ発射できぬようにすれば、実質的なセーフティになりうるという話だ。

 リボルバーは初弾をシリンダーから抜いておけばよく、拳銃は薬質に弾丸を送らぬ状態で携行する。ただそれだけで、銃の扱いに慣れぬ素人相手であれば十数秒は時間が稼げるという寸法だ。

 後は殴り倒すなり投げ飛ばすなりして無力化すればよい。実にシンプルな図式である。問題が一つあるとすれば、タコ殴りにされては稼いだ時間も使いようが無いということだろう。今回の事件が良い教訓となった筈だ。

 「トーシロがシリンダに弾入ってるかなんざ確かめるはずもねぇし、お前なら膝なり手なり幾らでも撃てただろ」

 この対策にも一応欠点はある。撃つ前にシリンダーの中身に弾丸が入っているかを確認されたり、きちんとスライドを引く手順を取られると意味が無いことである。が、逆を返せば、その手順を視認できていれば撃たれると察せられるのだ。

 つまり少女には、十分相手を無力化できるだけの時間が与えられていた。相手が満足に銃器を扱えたにせよ、扱えなかったにせよ。

 だからこそ、彼女はのんびりと銃を向けられた後から抜いて、撃たれる前に茹だった脳みそを空中散歩させてやれたのだが。

 「えーと、手とか当てるの難しいし……」

 「頭よりずっと楽だろうが、ダァホ。それで言い訳してるつもりだったら吊すぞテメェ」

 少しずつだが口調が荒くなっていく。きれいな標準語を使えるおやっさんだが、イントネーションが少女の耳慣れたものになってきた。

 こりゃガチで怒ってるなと察して、少女は目線を逸らす。対応を考える時間が欲しかったのもあるが、怒りなどの激しい感情からは逃げてきた彼女にとって、目の前で激怒している人間の目というのは直視し難いものでもあったのだ。

 「まぁいい、どのみち独房入りだ。簡単に出てこられると思うなよ」

 「はい?」

 唐突な宣言を受けて、少女には驚いた声を出すことしかできなかった。思わず逸らしていた顔を戻し、顔色をうかがってしまう。

 おやっさんは、全くの真顔であった。どうやら冗談でも脅しでもないらしい。

 「え、独房入りて、マジで? いやいや、確かにやらかしたけど、アレは絶対今後必要だったでしょ!?」

 無期限営倉入り。彼女としても、この処遇には納得がいきかねた。あの場での射殺はやり過ぎかもしれなかったが、必要な処置でもあったのだ。

 今後の事を考えると、避難民達をつけあがらせる訳にはいかなかったのである。暴動を起こしても、一人二人が痛い目に会って解散させられるだけでは、ただでさえ舐められている自警団の立場が下がりすぎる。

 一体誰が怖くも無いボス猿の意見を聞くというのか。権力とはある種の暴力に裏打ちされる性質を持つが故に、暴力を喪失したならば権力も同様に霧散してしまう。

 今、暴力を行使しても最低限の風紀を保つという姿を見せねば、どうして治安を守れようか。何のための自警団だという話になる。

 最低限の秩序すら維持できぬのなら、早々に誰か別の連中に権力を明け渡した方がマシというもの。それこそ、さっさと店舗の屋上に白旗でも掲げてやればいいのだ。

 後がどうなることなど知った話ではない。要するに、民衆が求めたものは、そういった結末に繋がるのだから。

 「だろうな。今後幾らかやりやすくなるだろうよ。度を超した馬鹿は死ぬって良い例を用意してくれたからな」

 「だったら……!」

 だが、と少女の声を遮り、おやっさんは根元まで灰になった煙草を放った。燻る煙草が、感情を込めて踏みにじられる。

 「やっちゃならなかったんだよ、俺達は。俺達がそれをやっちゃ、いけなかったんだ……俺達は自警団であり国家権力でもなきゃ暴力装置でもねぇ。分ってものがあったのさ」

 「……その分ってやつには、死んでまで護る価値があるっての? おやっさんには」

 もう少女には、何を言っているか分からなかった。彼が兵士であることは分かっていたが、この発言は何だ。まるで、兵士として殉じようとしているかのようではないか。

 センチメンタリズムに浸り、周囲を巻き込んで自爆するタイプではない。ではないはず……である。今や、彼女にはそれを自信を持って信じることができなかった。

 「俺はあると信じてた。だから、分を護った戦いを考えちゃいた……だが、それもご破算だ。取りたくなかった戦法を、取らせてくれてありがとよ」

 「私には、これ以外に生き延びる方法は思いつかなかったんだけど?」

 「お前の中にある図案と、俺の中にある図案は違ったってだけの話だ」

 少女は大きく吐息した。腹の中身に貯まった物が金属か何かに変換された後、呼気に姿を変じて吐き出されたかのように重い重い嘆息。

 しかしおやっさんは、ため息の重さに斟酌すること無く新しい煙草を咥えた。

 「お前の図案は、避難民を統制しての総力戦だろう? ああ、もうそうするしかなくなったから、そうしてやるさ……だが、実行するためには民意を味方に付ける必要もある」

 「なるほどね、私を罰することで自警団への非難を逸らそうって訳」

 否定も肯定もしない沈黙であったが、無言であるが故に雄弁にその通りだと答えが示されていた。

 少女が前々から考えていたのは、逃げ出せないなら自警団が強権を振るえるようし、一致団結して敵の撃退を狙うことだった。

 それこそ銃を与えて戦力化することは難しくとも、戦略目標を果たすための囮にはなるのだ。物資が減り補給が難しい今では、口減らしにもなっていい。

 なんと身勝手な思考であろうか。元より彼女はこうだったが、命を賭けたとしても、すりつぶされる側の命に自分を勘定していない。考えるだけで醜悪で、おぞましい戦略であった。

 避難民を囮に敵を漸減し、此処を攻め落とすに見合わないと思わせて掴む勝利。打って出て戦うだの、少数の戦力で味方に怯えながら戦うよりずっとマシではあるものの……あまりにも独善的で血生臭すぎる。

 戦いを挑むことそのものが人倫に反するとはいえ、あまりにもあまりだ。後に残るダメージは大きく、下手をすると自警団員も壊滅するだろう。その後、ここに残るのは瓦礫と何になるのであろうか。

 しかし、かといって勝ち目の薄い戦いを無理して挑むのもまた、無意味でしかない。相手は容赦を知らぬ略奪者なのだから。

 であるならば、勝てば良いのではない。勝つしかないのである。

 彼女は戦略目標をそこに置き、そうなればいいなと考えて行動した。ならば、自分が勝利の礎石として小便臭い独房へぶち込まれた所で、一体どうして命令者を誹ることができようか?

 因果応報。自分が為したことは巡り、最終的には帰ってくるのである。この冷たい独房に放り込まれるのは、少女が殺した数多の人間が憎悪の結実と言い換えられよう。

 「……で、待遇は?」

 「飯は一日一回。風呂は無し、トイレはバケツでやれ。飯の前に取り替えてやる」

 「わーお、ガチじゃん……セメントじゃん……」

 何なら全員の前で跪かせて、後頭部に弾丸を叩き込んでもいいのだが? とまで言われては、さしもの少女も黙るしかない。所謂、詰みというやつだ。

 時折、予測もしない方向から王手は飛んでくる。今回もまた、こうなると分かって実行した訳では無い。されど、考えてみればむべなるかなという話でもあった。

 要は自分が手を考えていたのと同じように、おやっさんの中にも何かしらの絵図が描かれていたのだが、それを知らずに絵の具を下書きの上にぶちまけた……。

 別に誰が悪いという話でもない。単に自分が作ったプランに誰もが誰かを乗せようとして、結果的にしわ寄せが二人ともに押しつけられた。それだけのことなのだ。

 敢えて言うなら、責任を負える立場に立ったのが悪いというところだろう。

 「…………じゃあ、私はここで待っていようかな。自分の選択が上手く行ったかどうかを」

 「ああ、待ってろ。そんで後悔しろ。直に銃声が聞こえてくるぞ、クソガキ」

 おやっさんは吐き捨てるように言って、半ばまで残った煙草を放り投げ踵を返す。そして、電灯のスイッチを切り、部屋を後にした。

 「野郎、当て付けかよ……この煙草くっさい……」

 明かりの落ちた部屋で、立ち上る煙に対する悪態と扉が閉まる音が響くのは、殆ど同時のことであった…………。












 田舎の家というのは、探してみれば色々な物が見つかる。部屋を暖める古めかしい石油ストーブだとか、今は昔のスキーブーム時に買われた板などがあったが、他にも発掘されたものがあった。

 冬場をずぼらに過ごす者の愛用品として有名などてらだ。分厚い綿入りのどてらは外衣として大変優秀で、保温性にも耐寒性にも優れ大変暖かい。欠点と言えば、その身なりくらいのものだろう。

 もこもこした外観と、ずんぐりしたシルエットは何とも滑稽でスタイリッシュさとは無縁だ。完璧に家の中で、ただ暖かさを一身に受け止めようとする為だけのものであるし、それも仕方がない。

 しかしながら、誰憚ること無く身につけられる状況にあれば、デザインの不格好さは問題とはならない。

 こと人の目線など全くなければ、あったとしても知ったことかと無視する人間であれば特に。

 「下手すると外より冷えるな……何でだ」

 青年はどてらを着込んだ、どうにもみっともない姿で愛車の中に居た。大学から逃げる足に使い、自衛隊に装甲化されながらも自分の手元に帰ってきた、蒼色のキャンピングカーに。

 物資の多くを借宿に移したこともあり、生活していた時は酷く手狭に感じた車内が広く感ぜられた。一時期は、ここに大量の物資と無駄にデカい道連れと二人で暮らしていたのだから、今から考えると中々無謀なことをしたものだ。

 このクソ狭い空間に大の大人が二人。しかも一人は、無駄に嵩が高かった。プライベートスペースもへったくれもあったものではない。

 それでも不快であったかと問われれば……否だったのが不思議な所だ。今のがらんとした光景の方が、生活するにはずっと楽であるだろうに。

 食料も武器も凍結すると傷むので、深夜や朝方ともなれば零下一〇℃を軽く下回る環境に置いておけず引き上げたのだが、これほど広いものだったのかと感じ入る。

 そして、ふと思い出すのだ。殆ど全てをひっくり返して尚、やはり自分のエアライフルは出てこなかったなと。

 自分で言うのもなんだが、青年は物持ちが良い方だ。実家のデスクなど小学生の頃から使っているし、ペンケースも三年生の頃に買い換えた物を大学二回生になっても使い続けるほどに。

 確かに火器が充実した現状、エアライフルは火力不足であり、携行する必要性を感じない代物だ。だが、かといって棄てるかと問われれば否だ。

 鳥を撃って食料にしたり、使い処は幾らでもある。それに、人間相手であれば十分に用を為すのだ。ならば、用途が残っている物を棄ててしまったのだろうか。

 どうにも謎であったが、考えてもなくなった理由を思い出せないので、青年はどうでもいいかと思考を切り上げた。別に分からないままにしておいて不具合が出る訳でもなし、頭を使っても得る物が無いなら、深く考えたところで仕方有るまい。

 もそもそと体を丸めながら、青年は久しく動かしていない運転席へと向かった。そして、どてらの袖に隠していた手を引っ張り出す。

 「たまにはエンジンかけてやらんと臍曲げるしな……」

小さな手には、車のキーが握られていた。バッテリーが駄目にならないよう、車のエンジンをかけに来たらしい。定期的に動かさないと、どうしても車は駄目になってしまうのだ。

 ここでバッテリーがあがって、足止めを喰らっては笑えない。青年でもバッテリーの交換くらいはできなくもないが、そもそも規格が合う品が無いので、もしも駄目になった場合はなすすべが無いのである。

 キーをイグニッションに合わせると、巨体を動かすに見合った大型のエンジンが不機嫌そうに鳴動を始める。幾らかの耳障りな空回りの末、鋼の獣が久しぶりに息を吹き返した。

 「よしよし、機嫌は良さそうだ……せめて春まで保ってくれよ。拠点さえ築ければ、後は普通車でもいいんだからな」

 青年がこの車に執着するのは、単に移動しながら生活するのに便がいいからであって、拠点が別にできたなら窮屈な思いをしながら車中泊をする必要は無くなる。

 それこそ、探索で町中を彷徨くのであれば、小回りが利く軽自動車や単車の方がずっと便利なのだから。

 「……そういえば、暫く連絡を取ってないな」

 エンジンがかかり、暖気してやっている間に運転席を見回せば、うっすらと埃を被った車載通信機が目に入った。元の持ち主である、旅研の教授が乗せた昔懐かしのレトロな通信機だ。

 娯楽が少なかった時代は、トラッカー達がこれで連絡を取り合い、馬鹿話なり愚痴なりを言い合って時間を潰したらしいが、今では通信に応じる者は絶えて久しかった。

 「丁度昼時だな」

 移動を始めた当初は、もっとアマチュア無線などで色々と通信が入ったものだ。周波数を変えれば、救援を請う泣き言だとか、世界が滅んでも音楽は滅ばんと頑なにロックを流し続けているようなチャンネルがあった。

 しかしそれらも大阪を出る頃には途絶え、応じる者はもうただの一人となってしまった。

 青年を名無し氏と呼び、興味も無いから名前すら聞いていない自称女子校生の少女。冬営を始めてから、一度も連絡を取っていなかったと思い出す。

 別段彼女を助けようとか、人との触れ合いに餓えているのではない。ただ、文明が生き返っているかを知る指標の一つであっただけだ。

 別のコミュニティと連絡を取っていれば、どこかで自衛隊が人間の生存権を取り返したというようなミラクルが起こった場合、知ることができるであろうと間口を残したに過ぎない。

 その指標も、殆ど倒れて朽ちた残骸でしかなくなってしまったが。十ヶ月も経てば、奇跡への期待も失せようというものだ。

 それでも何となく、本当に何とも無しに青年は電源を入れてみた。生きて囀るなら情報を得られるかもしれないし、出ないなら出ないでいい。大阪が危険であることが分かるだけだ。

 スイッチを弾き、周波数はそのままにしてあるのでダイヤルには触らない。マイクを手に取り、通話ボタンを押しながら声を掛けてみる。

 しかし、二度三度と繰り返し、暫し待ってもみたものの、返信はなく、ただ空電音が空しくスピーカーから返ってくるだけであった。

 「……くたばったかな?」

 電源を落とし、マイクを戻す。普通であるなら、ここで安否を気遣って心配の一つもするのだろうが、口をついて出たのは心底興味の薄そうな感想だけだった。

 いや、別におかしなことではない。元よりこうなのだ。目の前で誰かに助けを求められ、それが絶世の美女であったとしても、それで一体自分が生き残るのに何の得があるのだと切り捨てる異常者である。

 彼が人を見捨てるのは、完全に自己保全のためであり、別段悪意はないのだ。進んで殺人に手を染めようとは思わないが、必要とあらば果断かつ過剰に実行に移せる。その上で、まぁ多少の良心の呵責というより、可愛そうな事をしたかもしれないと思いはすれど、その程度で全てが片付けられる。

 だからこそ、彼は異常なのだ。自分の生存に関わること以外は、結局の所“ふーん”の一言で始末がついてしまう。つけられてしまうのだ。

 彼女のことも、結局は「何だ、死んだのか」の一言で終わる。大事なことですら、思い出せないならそれでいいと忘却しきる男だ。一体どうして、通信相手が消えたことくらいを気に病もうか。

 極論、この男にとっては自分の生き死に以外は全てが些事であり、納得ができること。今回もまた、何度となく自分の中で納得をつけたのと同じように処理をするだけである。

 青年は一つ伸びをすると、無線にも、そして無線の向こう側にも一切の関心を喪った…………。
 終わる終わる詐欺ではなく、本当にクライマックス直前です。あと少しですが、宜しければ完結までお付き合いください。Twitterや感想での誤字報告、ありがとうございます。返事ができておりませんが、纏めて文章を校正するときに活用させていただきます
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