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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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青年と少女と、大晦日

 例えどんな状況であろうと、年末年始のお祝いをしたいと思うのが人情というものなのだろう。例え世界が、神も何も無い有様に成り果てていたとしても。

 師走の最終日、いわゆる大晦日に避難民が詰めかけているホームセンターでは、ちょっとした祝いが催されようとしていた。

 病に倒れる者が続出し、自警団内のまとまりが些か欠けて慶事もへったくれも無さそうな空気だからこそ、祝うことで空気を入れ換えようとしているのだ。

 ささやかながら物資が放出され、甘い物や酒が振る舞われると同時に料理の腕に覚えのある者達が腕を振るう。作られるのは、生物や肉が無いが故に品目を欠くが、精一杯の形を整えたお節料理や豚汁、後は酒粕を用いて作られた甘酒だ。

 些か見窄らしくはあるが、ホームセンターで売られていた多彩な食器や、豆を潰して作った代用肉のような物でカバーされ、慎ましやかな生活を送っていた彼らには十分華美に映る。

 暗く沈んでいた空気も、少しはマシになろうというものだ。皆、辛い寒さや病魔を忘れようと精一杯騒ぐ。それが空元気であったとしても、賑やかなのは良い物だ。

 「あ、これ美味しいね」

 できる限りの華やかさを作り出した宴席で、少女は鶏肉のように見える何かを摘んで言った。タレが絡んだそれは、確かに鳥の照り焼きに見えなくもないが、鶏など影も形もないので鶏肉そのものでは無かった。

 「さよか。まっ、紛い物でも凝ったらそこそこ食べれるもんにはなるわ」

 彼女の感想に答えたのは、片手に持ったカップ酒が妙に似合うエプロン姿の中年女性。気っ風と面倒見の良さから、お袋さんと呼ばれて親しまれている女性だ。

 この鶏肉もどきは、彼女の手によるものであった。大豆を潰し、色々と混ぜ込んで肉に見せかける精進料理の手法を真似た一品である。鶏肉は淡泊でタレの味に負けやすいので、濃い口に作れば確かに鶏肉の照り焼きと思える味だ。

 実際、もどきと分かろうと分かるまいと、舌は彼女の作品を美味であると判断している。少女は頷きながら、次の鶏肉にも手を伸ばした。

 「ほんまなら田作や煮染めも作りたかったんやけどな……魚もにんじんもあらへんからしゃーないわ」

 しかし、これほどの物を作った当人は不満顔である。今時珍しく、彼女は自宅でお節を作り続けていたようで、食材の不在によって腕を存分に震えなかったのが不満なようだ。

 「熱帯魚じゃかまぼこは作れないしねぇ」

 西洋人に近い外見の少女が肩を竦めると、大仰な動作でも妙に様になっている。事実、彼女は自分の外見で、どのような動作が映えるか分かってやっている節があった。

 しかし、お袋さんには全く通用しなかったようだ。笑うでも同意するでも無く、彼女は不機嫌そうに鼻を一つ鳴らしてみせる。

 外したかな? と思いつつ、少女は何処かがらんとしたペットコーナーへと目線をやった。

 最近の大型ショッピングセンターには、大抵ペットコーナーが設けられている。犬猫を売っていることは珍しくなく、熱帯魚や齧歯類などの小動物のラインナップが豊富な店も多い。

 このショッピングセンターも、その例に漏れず犬猫と熱帯魚、そして齧歯類とは虫類のコーナーが設けられていた。だが、それらの維持には電気が必要で、発電機はいつでも使える訳ではない。燃料は貴重だし、発電機も酷使すれば潰れてしまう。到底、二四時間動かさねばならないエアーポンプなど使い続けられなかった。

 結果的に、今のホームセンターには熱帯魚はいない。残っているのは荒い環境にも耐えられる、いくらかの金魚くらいのものだった。

 率先して殺しはしなかったし、有り余る餌を与えはしたが、熱帯魚は繊細なのだ。その内、空気も足りねば温度も低い環境に適応できずに死んでいった。

 死んだ熱帯魚は、誰かが野菜を育てているプランターに埋めれば下手な肥料より効果があると主張したこともあり、命の循環にもなるとして肥料に転用されて、今では全て土の中だ。

 暖かな室内であれば辛うじて育つ、二十日大根などの栄養源として今も活用されていることだろう。

 犬猫は、幸いにも数が少なかったので、今も生きて飼われている。それもこれも、餌となる商品が大量に存在する環境だからこそ許された娯楽だ。今でもペットコーナーの一角に置かれたケージに彼らは入れられており、一時の癒やしとして愛玩されている。

 齧歯類なども似たようなものだ。維持コストがさして掛からず、手間にならないものは精神安定の維持を目的に飼育が推奨されている。ペットフードに手を出すほど彼らは困窮していないし、そんな事をするくらいならば動物を可愛がって精神の均衡を保った方がマシだと判断した結果だ。

 幸いにも大型犬や牧羊犬種などが不在で、御座敷犬にするような犬種ばかりだったので今のところ大きな問題は出ていない。これが下手にダックスフントやコリーなんぞが混じっていたら、大変だっただろう。

 前者は猟犬であるし、後者に至っては牧羊犬だ。必要とされる運動量は凄まじいもので、この環境ではもてあますことは必定である。本当にこのホームセンターは、ある意味で多種の幸運に恵まれているのである。

 まぁ、いざとなった時の保存食ってことでもあるんだろうな、と内心で考えつつ、少女はもう一つと照り焼きに手を伸ばそうとした。

 「こらっ、濃い味のもんばっかり食べなさんな! きっちり色々食べ!!」

 「あだっ!!」

 しかし、その手は素早く飛んできたお袋さんの手に叩かれ、偏食しかけていた箸の侵攻は阻まれる。こういった所にも口出ししてくるのが、お袋さんと呼ばれる所以なのであろう。

 「あだだ……ごめんお袋さん、美味しいからつい……」

 「味の好みで食うたらあかん! バランスよく食べぇ。バランスよくな」

 母親とは全く違うタイプの女性なのに、妙に母を感じられて、少女は不思議に感じた。ステロタイプな母親像というのは、誰にでもすり込まれている物なのだろうか?

 そういえば、おやっさんですらお袋さんには頭が上がらなかったな、と彼女は思い出す。年齢でいえば、二人はそこまで大きな開きはないはずであるのに。ともすれば連れ合いといっても、まぁ違和感は無い外見である。

 それ程に母親という存在への認識は強いのだろうか。いまいち理解が及ばず、少女は首を傾げながら黒豆の代わりに入っている金時豆に手を伸ばした…………。










 数日街を彷徨ってスキー移動に慣れた青年は、久方ぶりに武装を整えていた。

 減音機を装着したMP5とM37エアウェイト、使い慣れた何時もの面々を手にするが、それ以外のサイドアームを持たなかったり弾倉の数も平素の半分ほどに抑えたりと、随分と控えめな装備である。

 これは過剰なまでに万全を求め、愛する青年にしては希な事だろう。

 確かに万全の装備というのは心強い。だが、どうにも重すぎて行動を阻害してしまう側面もある。歩くのに負荷の少ない街路ではなく、雪面を行かねば成らぬのであれば我慢も必要であった。

 物資回収のために飽きるほどスキーを使って町を徘徊した青年だが、慣れた所で限界はある。この程度が彼の身体スペックを勘案した上での最適解だったのだろう。

 それに、今日は普段と違って武器だけを持っていけばいいわけでは無いのだ。何故なら、待ち一つ分の距離を隔てた広域避難所を目指さねばならないのだから。

 青年はあれから暫く考えたのだが、一度避難所とやらを見ておくことに決めていた。人が居たらいたで注意しなければならないし、既に内部の避難民が全滅していたなら、それはそれで重要な物資を得る機会だからだ。

 生きていたら諦め、身を潜めつつ一冬を超せば良い。全滅しており、何か残っていたらしめた物だ。持てるだけ物資を持ち帰り、祝勝会としゃれ込めば良い。

 その点を考えるのならば、武器に割ける重量の問題はよりシビアな問題となってくる。

 道は雪に埋もれ、移動が大変なだけでなく方向感覚まで奪い去る。そして、スキーが遺した轍も長くは残らず、自分が歩いた道をたどることすら困難にすることだろう。

 頼りになるのは家捜しの時に手に入れた地図と方位磁石。後は雪中であっても元気に駆け回れるシベリアンハスキーのカノンだけだ。

 そんな不安な条件が重なるのなら、武器以外にも持っていくべき物が幾らでもあった。

 背負った背嚢には、万一に備えて自衛隊の水を入れれば食べれる戦闘糧食や、水を凍らせず持ち運ぶための水筒。それと暖を取らねばならない段階に至った時のため、断熱シートと毛布までもがねじ込まれていた。

 これだけ持ち歩くと、武器に割ける重量を減らさざるを得なかったのは、理解に硬くないだろう。小柄な青年は、積載量も小さいのである。

 もしも銃器を持った人間と遭遇する事を考えると些か心許ないが、それもやむなし。可能性が低い方から切り捨て、より危険度が高い方を重視しなければならない。

 ある程度は果断に切り捨てていくことも、生きていく上では必要なのだ。

 アンダーウェアどころか防寒具まで重ね着し、貼り付けるタイプの懐炉をぺったぺったと太い血管が通っている付近に何枚も貼り付けた青年は、更にポンチョタイプの雨合羽を被った上でウィンタースポーツ用ゴーグルを装着し、やっとの事で準備を終えた。

 こういう時、身一つで防寒準備が全て整う従僕がうらやましく感じられる。出かけると分かっているからか、犬なのに何処か勇ましい表情をした彼女を見て、青年はふとそう感じた。

 とはいえ、文明の力で散々に暖まっているのだから、あまり文句は言えない。カノンとて寒さに強いのであって、平気なのではないだろうから。

 頭から指先までを完全に覆って、青年は午前の輝かしい陽光が照らし出される街へ出た。玄関には庇があるからよいものの、昨夜降った雪が更に積もったせいで門扉を開けるのは一苦労であった。

 北海道の耐雪設計が為された家と違い、この辺りで此処まで雪が降るのは希らしく、家は然程耐雪性を重視してはいないようで酷く不便だ。

 もう誰も来そうにないし、門も開け放していて良いのでは無かろうか? などと無精な事を、必死扱いてスコップで雪を払った青年は考えていた。

 とまれ、何とか出立する準備は整った。晴れた日を待ち、午前中から出かけられるタイミングを見計らっていたら思い立ってから随分と時間が経ってしまった物である。

 出かける前に時計のカレンダーを見やれば、表示は十二月三十一日となっている。大晦日、普段ならば家族に連れられて田舎を訪ねているか、小旅行にも出ている季節だ。

 もしも世界がまともであったら、今頃自分は温泉宿か田舎の阿呆みたいに広い家の風呂で、気持ちよくおっさん臭い声でも出していたのかと思うと感慨深い。今では望めない事だが、もう一度堪能できるのなら、どれほど気持ちよかっただろうか。

 されど、焦がれども最早手に入らぬ物だ。あんまり未練がましく浸った所で、どうしようもあるまい。青年は鼻と口を護るマフラーをきつく巻き直すと、スキー板を装着して通りに一歩踏み出した。

 新雪がスキー板に踏みしめられる小気味の良い音が、死んだように静まりかえった町にただ一つ響き渡る。雪が音を吸い込むせいか、一人と一匹が雪中を藻掻くように進む音だけが妙に彼らの耳に残った。

 二本の轍と四つの足跡を残しながら、白い静寂を汚して主従は進む。隣町、山一つ超えた先が目指す旅路の先は長い。

 元より疎らで余裕をもって立てられていた民家が、更に疎らになる町の外れに辿り着いた時、不意に背後から酷く不快な音が投げかけられた。

 それは、木材が負荷に負けて撓みながら裂け、遂には折れ曲がる断末魔の絶叫だ。緩慢に振り返って見やれば、古ぼけた民家が一軒、雪の重みに負けて緩やかに傾いている所であった。

 その家は二等辺三角形に屋根が葺かれていたので、広い面に荷重が集中したせいで傾いたのだろう。一度決まった趨勢は覆されることなく、やがて家の傾斜は強まっていき、最後には腹の底に響く重い音を立てて家屋は潰れた。

 あまりの大音響に近辺の家で積もっていた雪が落ちたり、惰性で立っている電信柱が震える。音に驚いたのか、勇敢なカノンでさえも体を竦めていた。

 「大丈夫だカノン。遠いから影響は無い……山の中でも無いから雪崩も心配もないしな」

 分厚い手袋越しにではあるが、主人に撫でられて彼女は落ち着きを取り戻したらしい。それでも、何処か不安そうな面持ちをしているように見えるのは、青年の思い過ごしではなかろう。

 此処数日、雪の重みに耐えかねてか、あんな具合で潰れる家を青年は幾らか見てきた。最初は夜中の寝入っている時に潰れた物だから、酷く慌てたのを覚えている。

 すわ強盗が手榴弾か何かでも使ったのかと枕元から拳銃を引っ張り出してくれば、なんてことは無い、斜向かいの家が潰れていただけ。

 怪我も無ければ借宿に被害も無い。強いて言うなら、酷い醜態を晒したと後で軽く悶えたくらいだ。道連れが口を聞ける相手だったら、からかわれるネタとして後を引いたであろうことは想像に難くない。

 とまれ、一緒に驚いてくれる相手が今の道連れであったのは幸いなのだろうか。先に驚いてくれる者が居るから、青年は何度聞いても慣れそうにない音を聞いても平静を保てている。

 しかし、雪の重みは馬鹿にできないとは分かっていたが、凄まじいものだ。時に耐雪構造の家ですら押し潰すというが、普通の家屋がこうも容易く倒壊するとは思っても居なかったのである。

 元々古い家屋が多かったからというのもあるが、凄まじいものだ。この調子でいけば、春が来て雪が去る頃には周辺には瓦礫しか残らないのでは無かろうか。

 そして、自分たちが去った次の年には、借宿もなくなり、残った瓦礫も風化したり土に還って消えていく。後に残るは無人の野のみ。

 人間が脈々と築いてきた文明も脆い物だ。この何百人もが生きて、その何十倍もの思いと過去を受け止めてきた町もたった一冬で消え失せる。

 実に脆く、呆気なく、無情だ。

 「最近、感傷的になりすぎだな」

 崩れた勢いで巻き上げられた雪の粉が、霧のように舞う様は幻想的だ。家に籠もっていた物が、雪に交じって天に昇っていくかのようでもある。

 家は家族の器であり、個人が帰り着く場所。そこが潰れた時、割れた殻の中に込められていた様々な物は何処に行くのか。

 最早遠い過去の遺物になってしまった我が家の事を思い浮かべながら、青年は背を背けた。

 やがて野に還り行く、当て所なき思いの集合体に…………。










 少女は普段通りの屋上で、雪の水分が滲んで湿気った一斗缶の焚き火相手に奮闘していた。

 新聞紙の火種を手に、どうにかこうにか火を熾して見張りの間の熱源を確保しようとしているのだが、臍を曲げてしまった燃料は言うことを全く聞いてくれない。

 これが完全に濡れていたら諦めがつくのだが、無事な部分が目につくのが始末に悪い。下に新しい燃料を取りに行くのも億劫なので、そろそろ日が陰ってきた冷え込む屋上で悪あがきを続けてしまうのだ。

 「うぐぐ、おのれぇ、ライターオイルでもぶっかけてやろうかっ……!」

 遂に火種としての役割を果たせず燃え尽きた新聞紙を放り捨て、少女は業を煮やしたのか鞄に手を突っ込んで探り始める。オイルライターの消費は思ったより早いので、持ち歩いているのだろう。

 「アホか、無精すんな」

 しかし、一歩間違えば火事になりかねない暴挙は、新たに屋上にやってきた者によって阻止された。薪代わりの木材を持ってきたおやっさんだ。

 「あ、おやっさん」

 「前の交代で火が一旦消えたって聞いたから、新しく持ってきてやったぞ。少し降ったから駄目になっただろうと思ってな」

 丁度良いタイミングで運び込まれた新たな燃料と湿気った燃料が入れ替えられると、火種の火は直ぐに木材に移った。建材に使ったりするための木材は乾燥が進んでいるので、生木と違って良く燃えるのだ。

 小さな火種から熱を移された薪は、直ぐに燃え上がって賑やかに残留した水分を弾けさせる。夕焼けが去って、薄紫の闇が覆い被さりかけた屋上へ闇に逆らうように朱が差していった。

 「ふぃー、あっちゃかいあっちゃかい……」

 「銃気を付けろよ。たまに近づけ過ぎる奴が居て、危なっかしいんだ」

 「そんなんしないよ……これでいて、きちんとインストラクターから講義受けたことあんだから。暴発したら死ぬって分かってんだし、気を付けてるって」

 少女は今更何を、というように笑うが、あまり銃器に慣れていない者は未だに扱いが不慣れなようだ。焚き火に熱を頼るようになってから、暴発事故への危惧は益々高まりつつあった。

 ただでさえ人員を漸減されているのだ。下らない理由で死人が出るのは、何があっても避けねばならない。マンパワーの低下という意味でも、士気の維持という意味でも。

 「やぁ、しかしお節美味かったね。明日の本番は、もっと食べていいんでしょ? 楽しみだよ」

 「そうだな、俺も熱燗が出るのが今から楽しみだ……下は賑やかにやってるしな」

 お節の試作品などを用いたご馳走を昼に振る舞い、夜はそば粉や乾麺を放出しての年越し蕎麦を食べるイベントや避難民による紅白歌合戦が実施されている。少女もお蕎麦はご馳走になったが、流石に見張りまでお休みとはいかず人員の抽出が必要だったので、歌合戦という名を借りたカラオケ大会は遠慮してきたらしい。

 そして、組織の長が進んで嫌な役割を買うというのはお約束らしく、おやっさんも不寝番に出てきたのだろう。少女は、そういえば今晩のシフトは揉めていて、自警団詰め所のシフト表が埋まっていなかったなと思い出した。

 誰だって大晦日くらいは笑って過ごしたいだろう。自警団とて、家族や友人、ここに来て良い関係になった相手くらい居る。そんな者とささやかながら幸せな気分になり、新年に希望を抱いて眠りたいというのは、極めて自然で普通の願望だ。

 その希望が存在しうるかどうかは、さておくとして。

 他の者が楽しんでいる時に面倒な役を買って出て見張りにつくのは、大抵この二人という図式ができあがりつつある。以前は、ここにエコーも加わっていたのだが、彼はもう灰と成って天に帰った。今頃は、あるとしたら何処か別の所で一息入れている頃だろう。

 おやっさんが苦労を買って出るのは、人柄と立場と前職があるのだろうが、少女が此処まで骨を折るのは、他人からしたら少し奇異に映るだろう。

 だが、少女は少女で自分の微妙な立場というものを理解しているのだ。自警団員ではないが、銃器を携行し外部との連絡を取る役割を担っている。これは、相当におかしなことなのだ。

 そんな立場にありながら、受け入れられて認められるには相応の労を要する。こと面倒な仕事において、少女は誰よりも手を上げることにしていた。それが、受け入れられるのに一番手っ取り早いと分かっているから。

 銃器という安全と、自分が助かる可能性の切符たる外部連絡役は、そこまでして手に入れるに見合うと判断したのだ。楽に生きる事に敏感な彼女の感覚が。

 そして、目が良く長距離射撃を得意とする彼女は、見張りに向いているので誰も見張り役を買って出ることに異論を唱えない。だからこそ、自然に彼女は貢献し、受け入れられているのだ。

 焚き火から熱を貰うと共に煙草に火を譲って貰った二人は、そこそこ距離を開けて夜闇に沈んだ町を観察した。

 夜は見張りを難しくするというが、現状においてはそうではない。何せ、昔と違って街灯の明かりが一つとしてないのだ。家々から零れる明かりも無ければ、忙しなく行き交う車のヘッドライトさえも無い。

 頼りになるのは、地上からの照り返しが無くなったが故に明るさを増した月と姿を現した星々であるが、それも極めて弱いもの。悪路の市街地を抜けるには、頼りないという言葉すら余る。

 その上、今日は曇って月が出ていないとくれば、最早地上は闇の蟠りでしかない。見下ろしたなら、まるでホームセンターが奈落の中央に建っているように錯覚することであろう。

 どれほど目を開こうと、映り込むのは闇ばかり。己の手すら満足に見る事は叶わない暗闇だ。

 となると何かしらの光源を用いねばならぬのだが、完全な闇の中でただ一つ光る存在は、どれほど目立つだろうか?

 数百メートル離れた所であろうと、ネオンサインで喧伝するかの如く位置を報せてくれる筈だ。そして、少女の目もおやっさんの目も、それを見逃すほどめしいてはいない。

 敵である事が確認出来たなら、打ち下ろしの軌道で5.56mmの熱烈な口づけが贈られよう。一度狙われたなら、避ける事は叶わぬ少女からの強いアプローチが。

 これらの事情もあって、夜半の見張りは随まで凍り付く寒さと戦う時間であり、見えぬ敵に怯える時間ではなかった。夜目が利こうがどうしようもない暗さは、時に敵すらあぶり出してくれる。どれほど慎重に明かりを隠した所で、周辺で一番高い建物には誤魔化しようもあるまいて。

 それで尚、気付かれずに近寄ろうとするならば、相応の装備が不可欠だ。そして、今の世の中には斯様な装備を持った集団など居ない。居た所で伊丹や舞鶴などの遙か遠方。彼らはこんな小集団にかかずらう暇などないだろうから、気にする必要は無い。

 その上、小銃や拳銃と違っておいそれと拾える物でも無いとくれば心配は無用だ。

 二人の見張りは暗闇を見るともなしに眺めつつ、筋肉が冷えて固まらぬように足踏みを続ける。此処まで来ると、もう単純に環境と精神の戦いだ。帰りたくなる気持ちを抑えて見張りを続ける、己との争いとなる。

 誰だって、こんな寒い夜には屋上で立哨なんぞしたくないだろう。どうせなら、三階の窓から適当に外を眺める見張りの方がずっと気楽だ。屋内と屋外は、正しく天と地ほどの差があるのだから。

 吹きすさぶ風に首をすぼめ、マフラーで寒さを濾過して肺が冷えるのに耐えるより、暖かな寝床に転がりたい。こたつにでも潜り込み、甘いココアでも啜りたいと思う。

 そんな誘惑に耐えるのが仕事だ。

 「ちっくしょう、寒いな……初詣の時も、これほどじゃなかったぞ」

 ガタガタと震えて合わぬ歯の根に舌を挟まぬよう注意しながら、少女は火に手を晒して熱を吸収しようと、屋上の縁から離れて焚き火へと向かった。

 丁度同じく、寒さに耐えかねたのかおやっさんも足を焚き火へ向けていた。小銃には、触りたくも無いというようにスリングを動かして背面へと押しやっている。金属部品の多い銃器は、身に纏っているだけで熱を吸い取ってくるのだ。

 「うあー、さむさむ……」

 「気を付けろよ、下手したら凍傷になるぞ……」

 「そりゃこんだけ寒けりゃ凍傷の一つや二つ起こすよ」

 「もう既に一人が足先やってんだ。お前も気ぃ付けろよ」

 額をつきあわせるように焚き火を囲み、手袋を外して冷え切った手に熱を送る少女におやっさんが警告する。

 しもやけといえば可愛らしいが、凍傷は決して軽く見てはならない。痒くなるだけでなく、重篤ともなれば指や耳、時には鼻すらもが腐って落ちる。定期的に四肢へ熱を行き渡らせるのは、夜間の立哨においては怠っては成らぬ事の一つであった。

 その点、片足が不自由なので足踏みが出来ない上、貧血と女性故の低体温に悩まされる少女にはきつい物がある。それを堪えて印象の為に仕事を買って出るのだから、並々ならぬ意志力の持ち主と賞賛されて差し障りあるまい。

 それが、奇妙な価値観と狂気に後押しされての行動でなければの話だが。

 暫し、寒い寒いと気温に悪罵を吐き続けていた二人だが、おやっさんがふと時計を見て言葉を止めた。

 「どったの?」

 「後五分で年が明けるぞ」

 「ほほう」

 悪態を吐いていようと寒さに震えていようとも時間は過ぎる。そして、大晦日が来た以上は元日もやってくるというわけだ。あと少しで何もかもが狂った年が終わり、何も鴨が終わった年が明ける。

 恐らく、下では示し合わせたように「新年明けましておめでとう」というのだろうが、少女にはとてもでは無いが新しい年を言祝ぐ気分にはなれなかった。

 どうした所で好転は望めない。雪が溶けたらどうなるか。勝手に死体が凍り付けになって機能を停止してくれるなどと、希望的観測も望めまいて。

 ああいった存在は、何があっても自然には崩れないのがある種の“お約束”なのだ。実際には都合良く行かないと言う者も居るが、現実が既にフィクションの領域に足を踏み込んでいるのだ。

 だのにどうして、全てが物語のように予定調和にはならないと言い切れるのか? それなら、最悪を想定している方が何かが起こった時にも精神的負担は少なくて済む。

 よしんば寒さで永遠に機能が停止したというのなら、この地を捨てて北にでも逃げて農業でもやれば良い。さすれば、緩やかなれど人類の文明は再び蘇ることであろうて。

 明るい気分にはなれず、口の端を歪めて笑みを崩した少女を無視して、おやっさんは懐を漁っていた。そして、目的のものを見つけたのか、小さく笑みを浮かべた。

 新しい筈なのに妙に草臥れたコートのポケットから出てきたのは、一つの四角く薄いアルミの箱だった。

 赤々とした炎に照らし出されるのは、メタリックブルーの荘厳なパッケージ。中央に鳩の意匠が踊るそれは、知らぬ者であっても高級感を感じさせる豪奢な造りとなっていた。

 「探索中に見つけて、一個がめといたんだよ。慶事だからな、開けるなら今だろ」

 「おおー……おぬしも悪よのぉ、おやっさん」

 「お前も、その悪事に荷担するんだよ越後谷。お年玉だと思ってとっとけや」

 炎の赤を浴びて蠱惑的な紫に輝く缶を開き、黄金の封を破れば姿を現すのは扇情的に白く細い紙巻きの上質な煙草。木材が燃える臭いに負けず、微かに甘く薫り高い芳香が立ち上る。

 未だ煙草の香気と美味を舌が若いが故に感じ取れぬ少女なれど、その香しさは理解出来た。上等な菓子のような、それでいて高級な洋酒のような筆舌に尽くしがたい香り。

 工芸品でも扱うような手つきで、おやっさんは煙草を一本取り出して少女に渡した。

 至極今更ではあるが、未成年だとかどうとかという問題は頭に無いらしい。

 ついで自分の分を取り出すと、厳かな仕草で咥え、慎重に箱を閉じて懐へ返す。

 少女は気合いを入れて火を付けようとライターを取り出すが、おやっさんはそれを手で制した。

 「まぁ待て、こういう上等な煙草はオイルの臭いを移すのは勿体ない。こういう時はだな……」

 彼が煙草の代わりに取り出したのは、どこかの店舗から失敬してきたであろう店名入りのブックマッチであった。

 オイルライターには補充すれば何度も使えるという利点があるが、軸に滲んだオイルを用いて点火するということもあり、どうしても火に混じってオイルが煙草に付着し味が濁る。

 普通の煙草であれば気にならないレベルだが、これが上質な煙草や葉巻であれば、どうしても気になる雑味として舌を刺す。どれ程美味な料理であっても、卵の殻が混ざってしまえば台無しだ。それと同じく、些細な臭いも雑味に感じる繊細な煙草には、マッチを使うのが最良である。

 マッチにしても硫黄を少なくした葉巻専用のマッチというのもあるのだが、煙草であれば普通の物でも大事は無い。

 おやっさんは時計を見ながら片手で器用にマッチへ火を付ける。そして、煙草を咥えながら言った。

 「日付が変わると同時に付けよう。あと二〇秒……」

 「おお、何か年越しっぽい」

 「そうだな。お前、絶対年越しの瞬間にジャンプして、地上に居なかった、とか言ってた口だろ」

 「残念、親の里帰りでアメリカ行ってたから、日本に居なかったってどや顔してたんだよ」

 時計の針を見ながら、親子ほども年の差がある男女が下らないやりとりをする。凝視される中、少しずつ秒針は動いていき、やがて一二に至り三本の針全てが抱擁を交わす。

 しかして、爆裂の轟音が市街に響き渡った…………。 
ちょっと長くなったのとキリが良い所で切りたかったので、元々一話の予定だったものを二つに割っています。青年の所が宙ぶらりんなのはご了承下さい。私のプロット調整力不足です
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