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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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無線機とアンテナと暇人と

今回はグロはありません。でも、大した動きもありません。

……何時ものことか
 さして広くも無い部屋があった。

 光源は机上に置かれたライトスタンドだけという非常に薄暗い部屋で、部屋の側面には入り口と平行して大きな窓があるのだが、それには暗色の遮光カーテンが掛けられていて、外からの光も全く入ってこない。

 また、狭い部屋を圧迫するように棚が部屋をくまなく囲っていた。縦に長い六畳ほどの部屋の入り口側を右側面とすると、後ろの壁と左の壁に背の大きな書類棚が並んでおり、それらには無数の書類が詰め込まれている。

 そして、残った正面には古ぼけたスチールデスクがあり、更にその上には無数の機材が雑然と並べられていた。縦に積み上げられた三台のブラウン管テレビと、巨大な無線通信機……。

 アマチュア無線機と呼ぶには本格的過ぎる機材にはアンテナが無く、その代わりに結束バンドで束ねられた無数の太いコードが小さな天井の穴から外へと伸びていた。

 そのコードを辿っていけば、建物の外壁を通って屋上へと達していることが分かるだろう。そこには巨大な、元からあったとは思えない、巨大で粗雑なアンテナが無理矢理打ち付けられ、冷たい風に吹かれながらそびえている。

 屋上から望めるのは広い駐車場だった。車が幾台も放置され、人気は一切無い。そして、縁より見下ろせば眺められるのは明かりを失った電光看板だ。

 不自然なまでに巨大なアンテナを屋上から生やした建物は、三階建ての巨大なショッピングセンターであった。一階には大きなホームセンター、二階には広大な食品売り場を持つスーパー。そして、三階には三つの家電量販店が入った非常に大きな複合販売店だ。

 露天駐車場には二〇〇台以上の車を飲み込むことが出来る巨大な店舗。その店舗の側には大きな建物は無く、転々と民家や広大な田圃が広がっている。

 都会の中に出来た空隙のような土地にそびえる建物。屋上より望む風景の遙か遠くには複合大学と列車の駐車場を望むことが出来る。

 複雑な立地故に成り立った、中途半端に寂れた街の流通を維持する巨大な店舗は、今はその機能の殆ど全てを失って、また新たな役割を得ていた。

 現在この建物には大勢の人間が詰め込まれている。死人が人を襲うようになったあの日から、生き延びる為に逃げ込んで、立て籠もった人々だ。

 最初に逃げ込んだ十数人から、新たに逃げ込んできた避難民を抱き込んで、シェルターと化した店舗の居住者は二〇〇を上回り、現在は店舗の中を無理に改造して生活している。

 水や電気が供給されなくなって久しく、今彼等は店内の物資を使って生活をしていた。ホームセンターや食料品店があるので食料や飲料に事欠くことも無く、発電機やガスコンロ等も足りているから、数ヶ月は生活に困窮することも無かった。

 だが、半年以上が経った今、常況は立て籠もり始めた頃から大きく変わっていた。

 彼等は元々、この事態が国によって、さして時間が掛からずに解決されると目論んで立て籠もっていたのだ。それ故に、食料は長くて半年で出られると見て配給制限を掛けていた。

 それが現在、四月に事態が始まって十二月である。当然、中の人々は半年でどうにかなりそうにないと途中で感づき、食糧配給はゆっくりになったが、時は既に遅く、その配給制限も後の祭りであった。

 今すぐに枯渇すると言うほど困窮している訳では無いが、現代的な生活に慣れた人々に一日二食で、満腹には到底なり得ない食事は酷い苦痛であろう。

 また、当初は国が事態を解決すると誰もが思っていたので、コミュニティの中でも理性的な行動を取る者が多かったのだが、現在となっては国家が事態を収拾できる以前に、政府が残っているかどうかすら疑わしい。

 そうなると、どうなるであろうか。

 閉鎖的で狭いスペースに押し込まれ、満足とも言えぬ食事しか与えられないというストレスが、法や刑罰の枷によって押し込められていたが……その枷が、外されると言う事だ。

 現在は自治をしようという一団が武器の管理と食料庫の警備を担っているので、危ういところで避難所の治安は保たれているが、それも限界が近い。

 そんな、悲惨な未来が少しずつ見え始めた脆い避難所の屋上で、真冬の薄ら寒い空の中天にて控えめに輝く陽に照らされて、一人の女がフェンスの外れた縁の一角に腰を降ろして外を眺めていた。片手には軍用と思しきオリーブグリーンの双眼鏡が握られている。

 「ん~、増えてるにゃあ」

 口から零れたのは明るく、軽い調子の声だ。声の持ち主は、声の雰囲気とは似合わぬ容姿をしていた。いや、そう言っては語弊があるだろうか。

 すらりと伸びるバランスの良い長身。黒いカーゴパンツに覆われた発達した氈鹿のようなしなやかな足に、真っ赤なタンクトップシャツの下からでも存在をうかがわせるうっすらと割れた腹筋。腕にもたるみという様な物は無く、しっかりと引き締まっていた。

 その鍛え上げられた体はフェンスと対比すると、180cm程はあろうかという女性らしくない長身だ。

 が、恐ろしいのはそれほどの長身を誇りながらも、しっかりと胸が発達していることだ。下着のサポートも無しに、タンクトップに包まれた胸部はしっかりと存在を主張している。

 まるで外国の女軍人かハリウッドスターもかくやと言った風体だが、その体の上に乗る顔はと言うと、どちらかと言うとあどけない印象を受ける。

 緩くつり上がった猫目と、それを彩る緩い弧を描く眉に、鼻筋ははっきりとしているものの小さい鼻。唇は小ぶりで、パーツそのものは全て整っているが、どこか幼い印象を受ける。

 その印象の理由は、顔に貼り付けた緩い笑みであろう。何がおかしいのかは分からないが、常に笑みを顔に張り付かせ、遠くを見つめている。

 不意に、一陣の風が吹き、女性の長い髪が巻き上げられた。薄い栗毛の髪は乱雑に切られたせいか毛先がちぐはぐで、量が多くボリュームのあるシルエットから見る者に犬の毛並みを彷彿させる。

 近寄って見れば分かることだろうが、この髪は染めた物では無い。その証拠に毛の根元から全てが綺麗な栗色で、髪染めなど出来ようも無い此処ではあり得ないものだかったからだ。

 局所を見れば彼女の調子は酷くちぐはぐだが、改めて全体を観察すれば、その本来かみ合わないパーツ達が精緻なバランスで組み合わさり、活発で健康的な美を醸し出していた。

 「おおうっ、さびい……」

 女性は風に撫でられた体を抱きかかえ、一度身を大きく震わせた。運動して搔いた汗が風で冷やされ、体が冷え始めている。

 いそいそと傍らに重しを乗せて置いてあった真っ黒いフライトジャケットを取り上げ、それを着込んで前を深く合わせた。外されたフェンスに立てかけられたジャケットの重しにしていた黒い鉄が、鈍い音を立てる。

 先ほどまでジャケットの重しに使われていたそれは、プラスチックと鉄の混合物……M4カービンライフルであった。米軍の一部部隊が愛用するカービンライフルで、伸縮ストックや広い拡張性を与えるマウントレイルが特徴だ。

 そのM4には中・遠距離用のスコープがマウントされ、アンダーレイルにフォアグリップとライトが装備されており、サイドレイルにはレーザーポインターまで設けられていた。

 どう見てもショッピングセンターの備品ではないが、それを女は何て事もなさげに扱い、ジャケットを羽織ると自然に抱きかかえた。

 「んん、しっかし、どうしたもんだかねぇ…………」

 「何かあったのか?」

 屋上で黄昏れるように冷えた空を眺める女に、遠くから声が掛けられた。それに反応して振り返ると、下へと続く階段がある小部屋の扉の前に一人の男が立っていた。

 年の頃は四〇の半ばと思しき男性で、角張った厳めしい顔をした中年の男だ。その身に纏うのは、自衛隊員がの迷彩服であった。腰元にはホルスターで9mm機関拳銃がぶら下げられていることから、通常の陸戦隊員ではないのであろう。

 「おお、おやっさん。ちっと体動かしてただけだよ」

 「なら構わんがな。様子はどうだ」

 「あー……増えてる。近いうちに掃除しないとまずいかもねー」

 暢気に言いながら女は視線を前に戻し、屋上の向こう……高いフェンスで阻まれた向こうを見た。

 フェンスで囲まれた駐車場には入り口が二つ設けられていて、そこには本来簡単な入場門と駐車券発行機が置かれているのだが、現在は道を塞ぐように車がバリケードのように他の板などと組み合わせて置かれていた。

 そして、そのバリケードやフェンスに群がる影がある……歩き回る死者達だ。意味の無い呻き声を上げながら、ただ単調にバリケードやフェンスに拳を叩きつけている。

 強化されたフェンスや、堅牢なバリケードはただ殴っただけでは壊れず、殴る度に死体達の肉が削げ、骨が折れるだけだ。だが、それでも彼等は諦めること無く叩き続ける……。

 「流石にここまで多くなるとねぇ。一応バリケードもフェンスもかなり強化してるから今すぐどうこうって事にはならないだろうけど……如何せん、雨だれが岩を穿つことだってあるし」

 「壊れても修理は出来るし、その為の資材はまだまだあるが……一度壊れて進入されるとコトだからな」

 女の背後にまでやってきていた壮年の自衛隊員は、現有戦力で対処できるかどうか、と辛そうにはき出してから首を振った。

 「まぁ、その時はその時だよ、おやっさん。死ぬ時は何してたって死ぬしねぇ」

 硬い髭が生えた疲労も色濃い四角い顔に、女は満面の笑みを浮かべていった。その目に曇りは無く、この台詞が皮肉や諦めから吐かれている物で無いことを雄弁に語っていた。

 それを見て、男は一瞬軽く身を引きかけ、それを意志で制した。これまで辛い訓練を積んできたであろう男であっても、この女が吐いた台詞は何とも異質な物であった。あまりにも、達観し過ぎている……本当に、17歳の高校生が、極限状態で言える言葉なのだろうか。

 「……お前、本当に十代か?」

 「ええっ、おやさんまで酷いっ!? みんなして名無し氏みたいな事言うっ!」

 憤懣やるかたないと言うように頬を膨らませる様は、確かに体格を除けば年相応と言っても良いだろう。女……いや、少女はその身に余るであろうライフルを抱えながら不機嫌そうな視線を男へと注いだ。

 男はそれに何も応えられず、後頭部を幾度か掻きむしって困ったよな表情を作る。掻き毟った後頭部から、雪のように雲脂が飛び散り、女が叫んだ。

 「うわぁっ!? 汚いよおやっさん!! 女の子の前なんだからさぁっ!!」

 「ん、おお、スマン。何かお前が女って気がしなくてな……」

 「……どーいう意味?」

 笑いながら握り拳を掲げる女に、男は少しだけ笑いを取り戻す。そして、胸の前に諸手を挙げて降参の意を示しながら戯けて見せた。

 「つってもなぁ、そのカービン使ってるとはいえ、一〇〇メートル先の死体のドタマ吹っ飛ばされるとなぁ……WACでもそこまで出来る奴ぁそんなにいないぞ」

 おかしむようとも、呆れたとも取れる調子の言葉に、少女は誇らしげにライフルを抱えた。そして、華が咲くような笑みを浮かべてみせる。

 「これでも十歳の頃からエアライフルを嗜んでおりますから」

 「……エアライフルと本物を同列に語られてもな」

 「狙って撃って当てる、やってることは一緒だよ。ただ、それがプラスチックのターゲットか動く肉かどうかってだけでさ」

 こともなげに言うが、一〇〇メートルも離れた先の、しかも不安定に揺れる死体の頭をライフルで穿つのは至難の業であろう。だが、それをこの少女は簡単だとあっさり言ってのける……これが正規の部下だったらな、と男はまた頭を搔こうとした。

 が、頭を搔くと雲脂が飛び散って怒られるなと腕を降ろそうとして、ふと時計が目に入った。地味な銀色の本体の時計の文字盤上にて踊る二本の針は、そろそろ正午を示そうとしている。

 「なぁ、いいのか、そろそろ昼だぞ」

 男のその言葉を聞いて、少女は文字通り身を跳ね上げた。ともすれば屋上から転落しかねない勢いで身を持ち上げ、ライフルのスリングを肩に通し、急いで背に回しながら叫んだ。

 「うぇっ!? マジっ!? やばっ、ちょっと警備室戻ってるよっ!! 待ってて名無し氏ーっ!!」

 そして、脱兎の如く凄まじい勢いで駆けだした。男は頭の片隅で一〇〇メートル十秒台にはなるかな……等と考えながら、振り返ること無く下へと続く扉に向っていく背中を見送った。

 乱暴に開かれて、叩きつけるように閉じられた鉄扉が立てる抗議するかのような耳障りな音に耳を苛まれつつ、男は煙草を懐から出した。何処にでもある普通の煙草で、避難所内で手軽に手に入るストレス発散道具だ。臭いだの煙たいだのと日頃から騒ぐ少女の手前我慢していたが、居ない今ならどうしようと自分の勝手だ。

 自分の隊が混乱で本隊から離れ、少数の部下とたどり着いた此処だが、実際に自分たちが守りの要になっていることを男性は理解していた。戦闘経験があり、技術を持っている人間なんぞ、日本には彼等くらいしか居ないのだから当然であろう。

 だが、自分達は結局彼等の日常を守る事が出来なかったと、軽く歯がみをしながら、男は咥えた煙草に百円ライターで火を灯した。紫煙がくすぶり、苦味が口腔内に広がり、薫り高い煙が肺へと取り込まれる。

 それで誹りを受けることは未だに多く、真実なのだから甘んじて受け入れよう。だが、せめてここだけは護りたいと男は思っていた。避難所には女子供、老人も多く居り、自分の役目は彼等を護る事だったのだから。

 だが、長い圧迫と持続して解放されないストレスが中の雰囲気を悪くし、少しずつ足りなくなっていく食料が不安を煽る……。

 最初は避難所を警備する為に編成した戦える大人を集めた部隊も、保守的な人間の方が多かったのは過去のことで、少しずつ血気盛んな青年達に煽られて食料を確保する為に表に出ようという機運が高くなっている。

 確かに何時までもここに引きこもっては居られないだろう。要塞化して拠点にするのに何の異論も無いが、いずれ食料は無くなってしまう。何時か必ず、外に出て食料を集めなければならなくなるだろう。

 発電機を動かす為の燃料も、駐車場の車から取って賄ったりしているが、その残りはもう殆ど無いし、人間が生きていく上で絶対必要な水も足りなくなってきている。

 屋上には幾つもの盥や漏斗を口に嵌めたペットボトルが置かれているが、ここ一月ほどは全然雨が降らない。水の安定した供給が無く、貯蔵も少ないというのは死活問題だ。

 しかし、まだ早いと男は見ていた。

 青年達は近くで放置されている警察車両から少量の火器を拾えて気が大きくなり、何でも出来ると考えているが、アレ等と実際に間近で交戦した男からすると、拳銃だけでは心許ない等と言う話ではない。

 完全武装で小銃まで持った自分たちでさえ、連中の対処には酷く手間取らされた。撃たれながらも前に向かってくる上に、ふらふら動き的が定まり憎い頭を潰さないと連中を無効化する事は出来ない。

 おまけに、殺傷力を低めるという理由で拳銃にも小銃にも大抵はホローポイント弾ではなく、フルメタルジャケット弾が装填されているというのも、死体相手の戦闘難度を上げていた。

 如何せん、フルメタルジャケットは硬い物を穿つ為に使われる弾丸だ。防弾装備をしていない連中を撃っても、容易く貫通してしまう。これが、体内で潰れて破壊力を増すホローポイント弾であるのならば、当たった時の威力も素晴らしいので足止めにもなるが、貫通しては標的を押す力には乏しい。人間相手であれば、弾が貫通した苦痛で倒れる事が望めるが……連中は痛みを感じない。

 そんな物を、効果の薄い弾を装填した拳銃やら、簡単な武装だけをしたロクに訓練もしていない連中が、バリケードも無しに相手をすれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。囲まれ、武器が尽き、櫛の歯が欠けるように少しずつ殺されていくだろう。

 だから、せめて連携して動く訓練をし、連中の攻撃にも耐えられる車を用意する事程度はしていなければならない。そして、出来る事ならば連中に対して有効な戦術も見つけ出すべきだ。

 今のところは、一対三で事に当たり、一人がさすまたで敵を転倒させ、一人が棒で抑え、残った一人が鈍器で頭を潰すという戦法をとらせているが……これは、確実で安全だろうが、全方位から敵が大量に押し寄せる外では通用しないだろう。

 故に、それらの問題点を全てクリアしてから物品を外に探しに行くべきなのだ。頼りなくなってきたとはいえ、まだ食料が尽きた訳では無いし、雨だっていつかは降るはずだ。

 だが、若い者達はそんな事を聞きはしない。幾ら戦闘訓練を受けたプロの自分達が口をすっぱくして言っても、彼等からすれば自分達自衛隊は“役割を果たせなかった役立たず”なのだから。今は、それを真っ向から否定できない自分が歯がゆい。

 それでも、諦める訳にはいかない。このまま諦めて若者達を好きにすれば、大勢の死人が出る。彼等が外で死んで防衛戦力が落ちれば、バリケードが壊れた時に防ぎきれずに突入される危険性が増し、また、下手をすれば外に出る為にバリケードを開いた時にやられることだって予測できる。

 まだ早いのだ……早すぎるのだ。しかし、血気にはやる若者達は自分達の言葉に耳を傾けてはくれない。諦めはしないが……望みは薄いだろう。

 煙を吐き出しながら、男は今頃下の警備室でアマチュア無線機をいじくっているであろう少女の顔を思い出した。せめて、あれくらいの力量がある人間が自分達以外に何人かいれば、事態はもう少しマシになったかもしれないのになと。

 長距離の立位で行うライフル射撃は、女性の安定した骨格の方が向いているとはいえ、あの少女はかなりの腕前だ。移動目標に一〇〇メートルも離れた場所から弾を当てるなど、至難の業だろう。しかも、フルオートで弾をばらまいてならまだしも、単射での一射一殺だ。その腕前は見事と言わざるを得ない。

 そして、あの少女が飽きもせずしきりに話題に出してくる青年……名前を教えて貰っていないので彼女は彼の事を“名無し氏”と呼んでいるが、その名無し氏は車で移動しながら生活しているらしい。

 こんな状況下で車上生活の上、街をぶらついて物資を集めるとは中々のサバイバビリティだと関心させられる。それに、聞くところによれば射撃の技術もあるようだ。そんな人物が頑丈な車と一緒にここへ来てくれれば、どれほど心強い物であろうか……。

 だが、少女が言うには、彼も一人で一杯一杯だと言い、此処に来てくれる可能性は殆ど無いらしい。望み薄な期待だが、彼女はまだ諦めていないようだ……それでも、少なくとも自分は外部の人間に過剰に期待を寄せるべきではないだろう。焦りで血が上って前が見えてない奴が多いのだ、せめて自分くらいは冷静でいなければ。

 しかし、冷静に考え、何とかしなければなとは思うが、明確なプランは無い。血気に盛る若者を諫める方法も、上手く外で物資を探す方法も……男には全く思いつかなかった。

 結局、士官だの幹部だのと言っても出来る事はこの程度だと、自嘲気味に顔をゆがめながら、かなり短くなった煙草の最後の一口を深く吸い込んだ。

 紫煙が喉を燻し、肺に重い物を残してはき出され、肺より回された煙が血液に乗って脳に達し、少しずつ思考を鈍化させていく。今は、この酸欠による思考力低下が何よりも愛おしい慰撫だった。自衛隊に入ってからはやめていたが……今はこうでもしないとストレスが発散できない。

 恋人が居る連中は日頃人の少ない物陰で飽きる事を知らぬというように盛っているが、独り身には辛い環境だ。ストレス発散は、暴れるか異性との肉体的接触が一番手軽だというのに。

 答えの見つからない思考を続け、その内考えがループしている事に気付いた男は、諦めたように頭を掻きむしってからすっかり短くなった煙草を屋上から放り捨て、新しい一本をパッケージから取りだした…………。










 アンテナから伸びるコードを辿ればたどり着く警備室は、元々は深夜に警備員が一人で詰める小さい場所だ。ここは裏口の警備を目的に設けられた場所なので規模は小さい。ショッピングセンター全体を管理する、もっと大きな警備室が三階にはあるのだが、そこは自警団の本部になっているので少女のテリトリーではなかった。

 手狭は警備室は、蛍光灯の明かりに照らされて、その雑多な様相を露わにしていた。リノリウムの床には足の踏み場も無いと思うほど様々な物が散乱している。この部屋は警備室であると同時に、無線機を置いた少女の部屋だったのだ。年頃の少女であることと、特殊な技能を有していることから少女はこのコミュニティ内で優遇されて一人部屋を与えられている。主にこの部屋で少女が行うことは、有線で無理矢理増設した駐車場のバリケードの監視と、無線で外と連絡を取ることだ。

 有線の監視カメラは元々電化製品売り場のパソコン周辺機器の棚で手に入れたWebカメラで、強引にコードを繋いでここに引いたのだ。少女は半日近くここに籠もって監視カメラを眺めながら無線で生存者を探す仕事をしている。それがコミュニティに所属することによって与えられた役割なのだ。

 それ故に、狭くて物だらけだが、ここは少女の領域であり、小さい要塞なのだった。

 が、手狭な部屋は御世辞にも綺麗とは言えなかった。灯りが落ちていたときは暗くて床は見えなかったが、灯りが付くことによって部屋の惨状が明るみになった。

中央に一番スペースを占領している薄汚れたシュラフの周囲に食べ終わった缶詰やカップラーメンの後や、読み古された雑誌や漫画が散乱し、その合間にパラパラと空薬莢やゴミが放置されている。

 とてもでは無いが、年頃の少女が生活するスペースだとは思えなかった。どちらかというと、その部屋の様相は下宿生活で堕落しきった男子大学生のそれだ。

 窓を開けると危ないからという理由でろくすっぽ換気されていない部屋の空気はこごっていて、かなり過ごし辛そうだが、椅子に座って無線機を操作しながら部屋の主である少女は何にも気にしては居なかった。つまみを回して周波数を調整し、普段の周波に合わせた。時間が時間だ、そろそろ無線機が繋がった屋上のアンテナに電波が引っかかり、通信が聞こえてくる事だろう。

 アマチュア無線機は、アンテナさえあれば最後のマイクロチップまでが消滅した世界でさえ通信を可能とする、最後にして最も堅牢で確実な通信手段だ。昔にそんな話しを聞いてから、少女は手慰みの趣味として無線を自作したりしていた。

 屋上のアンテナも、ショッピングセンターの資材を使って作った自作の物だ。大きかったのでかなり手間だったが、自警団の人たちに外と連絡を取る為の物だと話すと快く手伝ってくれた。今屋上に鎮座しているアンテナのおかげで、かなり遠くから飛んでくる電波でも受信できている。

 しかし、通信は殆ど入らない。偶に通常無線で離している自衛隊員同士の会話が混信してくるが、それは個人無線を用いた部隊同士の連絡だ。基地同士での無線には何か傍受できないように細工が為されているのか聞けた事は無い。

 無作為に助けを求める無線を放出することもあるが、一切のレスポンスが無い事を鑑みると、自衛隊も自分達を助けに来る余力などもう無いのだろう。絶対に傍受は出来ているはずだろうが、反応が無いというのはそういう事だろう。

 色々と大変だにゃぁ、と他人事のように、何とも間抜けた独り言を吐き出しながら、少女は椅子を思いっきり背後に傾けた。机の下部で突っ張らせた足が外れたら、そのまま少女は背後のゴミ溜めへと倒れ込む事になるだろう。

 「はーやくかけてこないかなーっと」

 ぎこぎこと椅子を動かしながら、少女は呟いた。ただ、猫のように大きな目を楽しそうにたわめながら…………。
投稿間隔が遅くて申し訳ない……色々と忙しくて

まだ続きますが、そんなに目だった動きは直ぐには無いと思います。あと、近い内にまた別の没を食らったネタを放り投げようと思います。今流行のネットゲーム物ですが、何故か当時は受けが悪かったなぁ……。

最後になりましたが、今年もよろしくおねがいします。
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