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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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少女とエコーと煙草

 さくり、と降り積もった雪が踏みしめられる音が狭い街路に響いた。トラックがどうにかすれ違える程度の道幅がある道の両脇にはシャッターが降りた商店が建ち並び、等間隔で立つ街灯を兼ねたアーチには商店街の名前を刻んだプレートがぶら下がっていた。

 雪は止んでいるが、積雪のせいで足下から這うように伝ってくる寒さに少女は白い息を吐いて身を震わせた。見上げるような長躯の少女は、片手にM4カービンライフルを携え、片手には双眼鏡を握っている。

 「いないねぇ、死体もなにも」

 双眼鏡は軍用の堅牢な造りの品で、オリーヴドラブに染められていた。そのレンズには、ただ虚ろで人気の無い雪染めの街だけが映し出されていた。

 「だが、この辺りの筈だ」

 少女の一歩半後ろで、彼女の視界をカバー出来る位置に立った壮年の男性が言う。白髪交じりの短く刈り込んだ頭をテッパチとも呼ばれる自衛隊のヘルメットに包んだ男性は、皆からおやっさんとの愛称を受けるコミュニティの自警団長だ。

 おやっさんの側面には、彼を守るように一人の自衛官が89式小銃を携えて立っていた。精悍そうな顔つきの三曹だった。

 そのほかに、二人の青年と一人の中年男性がMP5A5が付近で警戒しながら控えている。警察の特殊部隊が携えている短機関銃は、戦闘を想定してかガムテープで止められたデュアルマガジンが装填してあった。

 新雪が足首まで降り積もった商店街は沈黙に覆われている。ここ最近、彼等が新たな物資の回収場所として活用していた隣町の商店街だ。此処には未だ漁りきっていないスーパーや個人商店が残されており、時たま生き残った車で自警団員達が調達に訪れていた。

 そう、訪れていたのだ。本来ならば、四日前に帰ってきていなければおかしいはずの自警団員達が。

 四日前、深々と降り続いていた雪が止んだ合間を見計らって自警団員が組織した物資調達部隊、合計六名が元配達用トラックに乗って出かけていった。各々、死体に対抗するために短機関銃一に近接武器二のスリーマンセルで行動する部隊を組んで。近接武器担当も拳銃は携行するという念入りな構成でだ。

 部隊長はおやっさんの部下だった自衛隊員で、おやっさんが二士と呼んでいた為に皆からも階級で呼ばれていた実直な青年だ。当人は旧軍なら二等兵だけどな、と自衛隊員の友人にからかわれて嫌そうにしていたが。

 副隊長には由来の分からぬ愛称、エコーと呼ばれる軽薄そうなイケメンが付いていた。編制としては信頼に厚く実力が高い面子で固まっていたのだが、その彼等が突然消息を絶ったのだ。

 自警団が使っている通信機は狭域用の短波無線機で一町分も離れたら当然通じないし、固定周波に応答する業務用なので少女が管理するアマチュア無線の電波も普通では拾えない。ただし、何かあった時に急を知らせるために照明弾は持っていたのだ。

 高く打ち上げられる照明弾は光量も相まって隣町のホームセンター、その屋上からならば発見は可能だ。だから一応の連絡手段はあったにも関わらず、彼等は何の前触れも無く連絡を絶った。

 帰還を促す照明弾にも反応せず、近場に出た数名の偵察員でも見つけ出すことはできなかった。そして、その夜、十数名の若者がコミュニティから姿を消した。自警団に反抗的だった構成員ばかりがだ。

 誰もが察した、ああ、やはりと。要は、早いか遅いかの問題だったのだ。元より、この前の一件より彼等は既にコミュニティの構成員ではなく反逆者というカテゴリに纏められていた。手を出さなかったのは、強引にぶつかって恐怖政治に突入するのを避けたかったからに過ぎない。遠からぬ内に、何からの理由で粛正はなされたであろう。

 しかし、時期を見ている間に事は起こってしまった。調達部隊の連絡途絶に未帰還と彼等の出奔、二つの事象に何の因果関係もないとは白痴であっても思うまい。

 だが、誰もここまで彼等が強硬に走るとは思ってもみなかったのだ。だからこそ、悠長に時期を見ていたとも言えるが。

 武器は精々拳銃数丁と頼りない弾数で、どうして訓練を積んだ人間までいる短機関銃で武装した相手に強攻策を取れよう。十中八九、ささやかな抵抗を揉み潰されて死ぬのが目に見えている。故に、自警団は自分達の武力に彼等が怯えて大人しくしているだろうと予測、いや、高をくくってしまった。

 忘れていたのだ、追い詰められた者は、時に予測もできないことに走ると。無謀であれ無茶であれ狂気であれ、実際にことは起こり、恐らく最悪の事態を引き起こしてしまった。

 死体に追われて何処かに避難している可能性、屋上の見張りが急を報せる信号弾を見逃した可能性などを加味して、失踪から一日様子を見た。

 その間に行方不明となった調達部隊と親しかったコミュニティ参加者や彼等の親族や恋人に説明して場を落ち着けるのには、更に二日の時間が必要だった。

 それもそうだろう、二〇人以上の人間が忽然と消えたら気付かない人間は居ない。その上、自警団の六人は元より親しかった人間に物資調達に出ると伝えて見送りまでされていたのだ。帰ってこないのを不信に思わない筈がなかった。

 未だに完全な納得は得られぬままだが、事態がある程度収集し、自警団員が消えた大凡のポイントを少数の偵察員で探り出すまでに掛かった時間は四日。

 誰もが調達部隊の生存を絶望視しながら、この場に立っていた。

 「何があれかって言えばさ、足跡無いのがしんどいよね」

 双眼鏡を下ろして少女が言う。この四日間、大雪が降ることは無かったが、それでも少しは降ったし風の影響もある。四日前にできた足跡など、全く残ってはいなかった。

 「斥候が弾痕を見つけてる。確か……ああ、ここだ」

 おやっさんがメモ書きを見ながら周囲を見回して、一件の肉屋、その壁面に複数の弾痕を見つけた。塗料が劣化した壁に小さな穴が開き、僅かに周辺が崩れている。小指を入れてみると、自然に明いたとは思えない深い穴であった。

 今の所、この近辺で激しく銃を撃ったことはなかった。少し前まで彼等を大いに悩ませていた死体が、不思議と見つからなかったからだ。取り残されたように彷徨っていた死体を数体始末はしているが、それは近接武器だけで事足りる。調達部隊が発砲したという報告も無いので、間違い無くここ最近できた弾痕だ。

 「ふむ、十字路か……確かに、ここなら囲まれると武装してても辛いか」

 「あ、おやっさん、地面にもあるよ、弾痕。分かりづらいけどコンクリート抉れてる」

 積もった雪を手でかき分け、地面を観察していた少女が言った。言うとおり、凹凸に紛れて分かりづらいものの確かな弾痕が見受けられる。その上、少女が指先に何かを摘んでいた。

 真っ白な親指の先程ある欠片、歯だ。僅かにヤニで黄ばんだと思しき歯は、強引に引き抜かれたのか歯根に血がこびり付いていた。ヤニ汚れしかなく、中の神経が腐って変色していないので死体の歯では無い。生者から抜け落ちた歯だ。

 「やはり、交戦地点はこの辺か」

 「クロスファイアだろーねー。市街地は地形的にも起伏があるから、やりやすかったんじゃないかな」

 少女の声に反応し、随伴していた自警団員達は俄に周囲を見回し始めた。怯えているのだ、自分達も急に何処からか撃たれるのではないかと。

 市街地は伏撃にはこれ以上無いほど適した地形だ。家屋、小路、辻、違法駐車の車、ありとあらゆる場所に潜伏して敵を攻撃できる。その上、建物の二階など高所を非常に取りやすいときている。人間は得てして首から上にはあまり注意が行かないものだ。上からの奇襲にはプロの軍人でも対処は難しい。

 「怯えるな。奇襲かけるなら、もう喰らってる位置だ。それに、二匹目の泥鰌は流石に狙わんだろう」

 当然、味方が攻撃を受けた地点となると、次にやって来る部隊は奇襲を警戒する。万全に装備を調えた相手が警戒しながら進んでくるとなると、奇襲の効果は半減だ。それくらいの事は相手も考えているだろう。

 裏の裏をかいて、と言い始めたらきりが無くなるが。

 「二手に分かれるぞ。基本方針は同じ、二人が前後、一人が上を警戒しろ。良いな? 三曹、左の路地を調べろ。俺たちは店舗を探す。五分だ」

 「了解、行くぞ」

 平素よりタクティカルベストを分厚くした三曹が腕を振りながら随伴員を纏め、路地へと向かう。普段は死体相手に戦うので機動性を求めて防弾プレートを入れていないのだが、今回は事態が事態なのでしっかり前後にプレートを装備しているらしい。

 「あーい」

 少女は三曹の後に続く。おどおどと怯え、周囲に矢鱈目線をやっている若者もおっかなびっくり彼女の背を守るように追従する。

 入り込んだ路地は軽自動車でも通るのが難しそうな一方通行道路で、先程の辻への出口に肉屋と青果店があった。どちらもシャッターは閉まっており、青果店の方は殆ど剥がれかけた貸店舗というポスターが見える。

 その奥には、これまたシャッターの閉まった鍵屋が一件だけあり、それ以後は民家だけが続いている。元々何かの小店だったような店は見受けられるが、店じまいして久しいのか日よけの骨組みしか無い所が殆どであった。都市部へ人が流出した結果、立ちゆかなくなった商店の亡骸であろう。

 街路にはうっすらと雪が残り、踏み荒らされた形跡は全く無かった。これだけ見ると人を探すのには要素不足で苦労しそうに思える。

 「んー、死体を隠すとなると、遠くには置けないよねぇ。何より重いしさ」

 死体、と聞いて若者が体を跳ね上げさせた。露骨ではないものの、三曹も眉を顰めている。それもそうだろう、仲間である自警団員が死んでいると決めつけて話が進めば気分は良くない。少しでも可能性があるなら、良い方を信じたいのが人間というものだろう。

 だが、少女の言う事も間違っていなかった。既に生存が絶望しされる状況だ、死んでいると念頭において探索した方が効率的だというのも、また事実なのである。

 死体は重いので運搬は非常に難しい。何日も死体を燃やすために運び続けた彼等は、その重さが骨身に染みて分かっていた。

 死体は死にたてであれば死後硬直も起こっておらず柔らかく、可動部が多い故に何処を掴んでも重力に惹かれて動きまくる。何よりも大きいので持ちづらいのだ。

 同じ六〇kgの質量でも、死体と米俵ならば持ちづらさは断然前者が上だ。持ちやすいようにバランスを取ってくれる生者ならまだしも、死体や気絶した人間を運ぶのは凄まじく大変なのである。

 そんな死体を、突然動く方の死体に襲われる危険性を負ってまで遠くへ運ぶとは考え難い。彼等としては、精々数日間発見が遅れるだけでいいのだ。ならば、隠すならば交戦現場の近くで足りるはずだ。

 「それこそ、灯台もと暗しで、この肉屋とか……ん?」

 冗談めかして笑う少女だが、勝手口を見るとドアノブがもげていた。不思議に思って足で雪を払うと、近くにドアノブが落ちている。盛大にひしゃげていることから、明らかに自然に脱落したものではなさそうだった。

 これが雑貨屋などであれば、誰か物資を求めて押し入ったのかとも思うが、肉屋だ。当然、まともに食べれる肉など残ってはいまい。収穫が期待できない所に押し入る者は少なかろう。

 「……あれ、もしかしてこれ、一発で当たり引いちゃった? マジか、宝くじ買おうかしら」

 「馬鹿言ってるな。調べるぞ」

 すっとぼけた事を言う少女に三曹は眉を顰めるから明らかに顔を顰める所まで怒りをランクアップさせる。剰りにも場に似合わぬ言動だ、怒られても当然であった。

 「ぬ、動かん」

 しかし、扉は開かない。直ぐそこが道の勝手口なので内開きなのは間違いなく、蝶番を見れば明らかだ。ドアノブは機構部諸共大破しているので、鍵が掛かっているということもあるまい。

 「手伝おうか?」

 「ああ、頼む。何か引っかかってるらしい」

 三曹がドアを押し込むと、少しだけ動くが、そこで止まるのだ。少女は、あ、何か嫌な予感、と思いながらドアに身を寄せた。

 「いくぞ……押せっ!」

 「んにっ……!」

 少し間の抜けた声を上げながら力を込める少女。二人分の力を込めて、扉は抵抗を押しのけながらやっとのことで奥へと開いた。

 扉が開く際、何やら地面と物が擦れ合う音が鳴っていた。扉を何かが塞いでいるのに間違いは無いらしい。少女には、その何かが予想できて凄く嫌そうな顔をしていたが。

 「ふぅ……暗いな、ライト……」

 灯りが無く暗い玄関をL型ライトが照らし出す。次の瞬間、明るみに出た物を見て、三曹は小さく呻きを上げた。

 少女もひょっこりと顔を覗かせて中を伺う。若者も、やはり気になるのか背後の警戒そっちのけで背伸びして中を覗き込んでいた。

 「ああ……」

 しかして、冷たい土間に転がっていたのは七体の死体であった。全てが雑然と捨て置かれ、死者の安寧や尊厳など何処にも見当たらない。

 呻き声や音は聞こえない。死んでいるのだ、本当の意味で。死後も魂を無くし、ただ虚しく徘徊するのに比べれば、放置されるだけなのは幾分マシに思えるが、それでも仲間の死体を粗末に扱われて気分の良い者は居まい。

 「あーあー、こりゃもー……」

 光が入らない上、地面が向きだしのコンクリートだからだろうか、外よりも冷たく感じる土間に少女は踏み込む。後ろから投げかけられるライトだけが頼りの場所で、彼女は見慣れた姿を認めた。

 エコーだ。ぼんやりと目を見開いたまま横たわっている。ただ、その胴体には黒く変色した血が滲み出しており、首はあらぬ方向にねじ曲げられていたが。

 「あちゃー……エコー、このイメチェンはないよ……こんなんなっちゃってまぁ……」

 他の二人が固まっているのを余所に、少女はエコー……いや、かつてエコーであった肉の塊に手を添えた。彼の体は酷く冷たく、生命の余韻は何処にも無い。命の熱を失った肉体は、冷えた土間に長く放置されたこともあって淡く凍結していた。

 「んー……こりゃ、下手に動かしたら折れちゃうかなぁ。ごめんねエコー、前は向かせてあげられそうにないよ」

 表面が軽く凍ってしまった髪の毛を撫でながら、少女は心の底から申し訳なさそうに告げた。しかし、感情豊かであった瞳は虚ろ褪せて色を宿すことは無く、何時も溢れていた軽口が飛び出すことも二度と無い。

 「ま、先にあの世で煙草でもゆっくり吸ってなよ。極楽が禁煙ってことはないだろうしねぇ」

 少女の笑みは歪んでいた。仮面の如く貼り付けた満面の笑みはなりを潜め、眉根が下がった寂しげな笑みになっている。

 「三曹、おやっさん呼んできてよ。エコー達、見つかったよって」

 エコーの他に転がっている死体達も、全員見覚えのある者達だった。妻と一緒に避難してきた者、大学の入学式が近かったのにと話していた少年、食べ物に余裕が出来たら彼女と子供を作りたいと語っていた男。生前の輝きを失った空虚な肉が暗闇にぼんやりと浮かんでいる。

 四肢があり得ぬ方向を向き、後頭部から打たれたのか顔面が殆ど無くなっている野戦服の男は二士だろう。酷く痛めつけられたのか、体は原型を保たぬほどに歪んでいた。

 小さな悪態を零しながら駆けていく三曹を見送り、少女はエコーの死体を見聞する。胸の辺りに二発、腹に一発と足に一発、雑な狙いだが四発当たれば上等だ。距離でも開いていたのか、エコーが着込んでいたからか分からないが弾は貫通していない。

 死因は首ではなく弾丸だ。胸からの出血が激しいが、腹はそうでもない。恐らく即死だろう、一瞬で心臓が止まったのだ。だからこそ、惚けたような表情をしているのだろうか。

 首は、死体として蘇らないよう折ったようだ。無理に曲げたせいで折れた骨が付きだし、皮膚に裂傷が見られるが出血は少ない。生活反応がないので、死後できた傷だ。

 装備は全て剥がれていた。拳銃もナイフも短機関銃も、弾の一発さえも残っていない。それも当然だろう、殺してそのまんまにしておく訳が無い。

 ジャケットから出てきたのは、古びた革のパスケースとよれよれの煙草に一〇〇円ライターが一つだけ。煙草に手を出さなかったのは、まき直したシケモクだからだろう。

 パスケースを開くと、中には運転免許証と写真が挟まっていた。写真は、エコーが背の低い女性の肩を抱いて万博公園にある太陽の塔をバックに映っているものだ。若く可愛らしい印象のある女性の手にバスケットが握られていることから、ピクニックにでも来ていたのだろうか。

 取り出して裏を見ると、撮影の日付と「ふたりで」という可愛らしい文字がマーカーで書き付けられている。エコーの字では無い。最早、想像するしか彼女はエコーの恋人だったのだろう。

 「へー、エコー、こんな名前してたんだ」

 運転免許証に書かれた名前を見て、少女は呟く。仏頂面ではあるが、今の蝋のような蒼白ではない彼が、そこに居る。

 おやっさん達が駆けつける足音を聞いて、少女は静かにパスケースを畳んだ…………。











 土間に死体が並んでいる。雑然と積まれていた死体が、それぞれ邪魔をしないように頭を並べて揃えられ、少しでもまともに見えるよう衣服の乱れだけは整えられていた。

 だが、その中から外れて一人だけが外に放り出されている。薄汚れた被服に疲れ果てた顔、そして包帯が巻かれた右腕……かつて、少女に返り討ちにされた男であった。

 この男は体に弾を相当数受けていた。腹、胸、手足、そして顔。それが意味するのは、囮として放り出されたということだ。注意が一人に向いた瞬間、全員で飛び出して調達部隊を討ち取ったという寸法だろう。きっと、役割を果たしたら、また仲間に入れてやるとでも言って釣ったのだ。その結末が、ご覧の有様という訳だが。

 小さなすすり泣きが聞こえる。少女と一緒に居た若者が泣いているのだ。そういえば、彼は地元の友人と一緒に逃げてきて、その友人は一〇年来の親友だと言っていた。死んだ彼等の中に、その友人が居るのであろう。

 「……どうしますか?」

 三曹がおやっさんに問いかける。しかし、おやっさんは応えないで二士の傍らに跪いたままであった。

 ヘルメットを脱いで小脇に抱え、沈痛な面持ちで親でも見分けが付かなくなってしまった顔を見ている。顔は分からずとも自分の部下だ、おやっさんには体型や髪型から、これが間違い無く二士であると分かったのだろう。

 無骨な指で首元を探ると、チェーンに繋がれた認識票が出てきた。ステンレススチール製で二枚一組の認識票には、レーザー刻印でうっすらと彼の情報が刻みつけてある。

 指先が、ゆっくりと名前の刻印を撫でる。一度、歯を強くかみ合わせる音だけが響いたが、おやっさんは努めて口を噤み、ただの一言も発する事はなかった。

 誰も何も言わない。いや、言えなかった。少し前まで自警団の詰め所や談話スペースで笑い合った仲間が死んでいる。目の前に居るのに、二度と笑い合うことも酒を酌み交わすこともできない遠くに行ってしまった。

 小さな音が響く。チェーンが引きちぎられた音だ。おやっさんが二士の認識票、その一枚を引きちぎっていた。

 それを大事そうに懐にしまうと、やっとの事で立ち上がる。体温で溶けた雪が滲み込む足下を払いながら、ヘルメットを深々と被るとおやっさんは他の面々を見回した。影になっていて表情は伺えない物の、口は真一文字に結ばれ、頬は乾いたままであった。

 「四名、残って警戒しろ。責任者は三曹、お前だ。私は戻ってトラックを持ってくる……こいつらを野ざらしには出来ないからな」

 言うだけ言うと、答えを待たずにおやっさんは背を向けて、ここに来るまでに乗ってきたバンへと戻ってしまった。向こうには車の見張りで二人残っているから、一台では死体を運びきれないのだ。

 少女がどうしようかと思っていると、親友を亡くした若者がふらりと後に続く。足取りは疎かで、目の焦点が合っていないように思えた。唇から小さく、何て報告すれば良いんだよと声が溢れている。彼の親友も、誰かを遺してきてしまったらしい。

 遠ざかる背を見送りながら、彼女はよれた煙草のパッケージを取り出す。エコーが愛飲していたオレンジ色のパッケージには、シケモクにまざって、たった一本だけ新品の煙草が残されていた。

 そういえば、エコーは何時も好きな物は最後に食べていたな、と思いつつ形の良い唇に煙草を咥えた。シケモクと共に入れてあったからか、仄かに香る灰の臭いに耐えながら少女は一〇〇円ライターのフリントを回す。火花が散り、儚い灯りが一つ産まれた。

 あれだけ煙草を嫌っていた彼女が何故? という顔で周囲は見るも、意に介さずフィルターを吸って火を灯す。

 煙草の吸い方を知らぬ少女が無理に吸ったが故に、強く呼気を吸い過ぎた煙草の先端に灯る火は不格好に大きく広い。それでも、たなびく紫煙は真っ白に天へと伸びていく。

 「いやぁ、やっぱりいいもんじゃないねぇ」

 煙たさと辛さで燻された喉が苦痛を伝えてくる。少女は目尻に浮いた涙を拭ってから、煙草をエコーの軽く開いた口に添えてやった。白いフィルターは微かに開いた口に引っかかる様な形で保持される。

 「待ってる間の一服くらいは見逃して差し上げましょう。外だしね」

 冷え切った空気に煙が漂う。まるで、儚い人間の命のように立ち上った煙は、弱い風に吹かれてかき消える。それでも、煙草の燃焼は止まらず、続く限り煙は立ち上ってゆく。

 なんだか、今の人類のようだ、そう感じながら、少女は嗤った…………。
 私です。間が開いていないのは、それほどに息詰まっているからだとお察しください……。

 いよいよ佳境です。ちょっとずつ風呂敷を畳まないとね……。いつも感想・誤字訂正ありがとう御座います。今暫しお付き合いお願います。
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