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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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青年と犬と敵対者

 若干のグロがあります、苦手な方はお気をつけ下さい。
 一台のキャンピングカーが寂れた県道を静かに走っていた。運転席と後部居住区画が一体化しているキャンピングカーであり、一人でのんびり旅を楽しむには十分過ぎる資材を積み込める立派な代物であった。

 しかし、その風情は少々以上に常軌を逸していた。

 車体の全面を装甲する板金の追加装甲。フロント、サイド共に硝子に直に触れられないようフェンスが張り巡らされた窓。極めつけに、タイヤの側面を護るスカートと車体前方の障害物を蹴散らす為のドーザー。

 全て板金を溶接して改造された粗末な物であるが、ゆっくり旅行を楽しむ為には全く必要の無い装備が凶悪性を誇示するが如く、中天にて輝く陽光に照らされて鈍く輝いていた。

 そんな改造が激しく、元の青い地金がガソリンタンクを乗せた屋根くらいにしか見えなくなったキャンピングカーを操るのは矮躯の、特にこれと言った身体的特徴の無い青年であった。

 黒いシャツに黒いスラックス、そして同色のベストを纏って全身を黒で固め、脇にはニューナンブをスリングホルスターで吊している。

 何処までも平坦で、走っていても何のおもしろみもない道路を一定速度で走り続ける。車を走らせる者は自分しかおらずとも、時速は40kmで固定されているが、これは手入れされていないが故に道路に裂傷が生じている事を警戒しているからである。

 小さな裂傷によるスパイクであったとしても、速度が出ていれば勢いが付いて、驚くほど呆気なく横転する事がある。なので、軽々に速度は出せないのだ。

 このような巨体が横転せしめれば、復帰する事はどう足掻いても不可能であるし、下手をすれば屋根のガソリンタンクに引火して爆発炎上する危険性もある。

 そうなってしまえば、必死にかき集めた財産は愚か、自分の命すら亡くしてしまう。

 故に、例え道路が空いていて我が道を行くような状態であったとしても、安全運転は欠かせなかった。

 極めて暇そうにハンドルを手繰る青年は、そういえば大型の免許は持っていなかったから、最初は普通に走るだけでも随分と苦労したなと思い返す。

 普通の乗用車であったならば、前輪の位置はアクセルペダルから三〇cm程前方に位置しているので、それを意識して曲がらなければならない。

 だが、青年が操るキャンピングカーのようなトラックタイプの車は、タイヤの位置が殆ど座席の真下にあるので、曲がるタイミングが一般乗用車とは大きく異なるのだ。

 もしも曲がる場所を間違えれば、車は脱輪して動けなくなる。教習所のように溝の無い場所であれば復帰は容易だが、町中で溝に嵌まろうものならば、最早その巨体は他の車の手助け無しに復帰することは叶わない。

 最初は普通の角を曲がるのもオドオドと気をつけながらであった。特に、これを初めて動かして大学から脱出した時には背中に脂汗を搔きっぱなしだったなと思い出す。

 運転をしくじって擱座すれば、自分は死体の海の中に取り残され、そのまま枯死する事が確定しているのだから当然だろう。

 人並みの道徳観という物を以前より持ち合わせていない青年であったとしても、死を恐れる感情はある。ただ、彼の抱く価値観が他とは大きく異なっているだけの事に過ぎないのだ。

 とはいえ、流石に八ヶ月以上運転を続ければ嫌でも慣れる。交通ルールなんぞ気にする必要は無いので、感覚さえ合えば走る事に何ら子細は無い。

 精々、狭い路地に入れないのが不便に感じる程度だが、大都市には近づくつもりは毛頭無いので、本当に困る事は希だ。田舎の町には其処まで細い路地というのは無い。農道もトラクターなどが走るために広く取られているので不便は無かった。

 しかし、今自分は大阪に向けて車を走らせている。そろそろ滋賀県に入ろうとしている辺りで、後一時間も走れば県境と言った所であろう。

 大阪、彼の生まれ故郷であり、人生の殆どをそこで過ごした。かつては天下の台所と呼ばれ、長らく都の経済を潤した商業都市である。

 東京に遷都され、皇族が御所より移り住んだ後も、大阪が大都市である事は変わらなかった。しかし、長く済んでいたとしても特に何の感慨も無い街だ。

 父母や両祖父母、そしてあの人が街の何処かで眠っていると思っても、深くは立ち入れない。無数の放置車両と蠢く死体共に阻まれ,彼等に再会することは叶わないからだ。

 今はただ、日本の全国を放浪し、使えそうな物資を回収して旅をしている。その途上で、再び故郷に立ち寄り、ほんの少しだけ旅の整理を付けようとしただけだ。

 深い意味など無い、断じて。青年は自分に言い聞かせるように思考を続けた。このような状況下においては、感情など心の贅肉でしかないのだ。

 しかし、道は殆ど一本道で、ハンドルを動かす必要は無いので極めて暇である。幾ら考え事をしていようと、単純作業は心を疲弊させる。青年は小さく欠伸をかみ殺し、目尻から涙を僅かに滲ませた。

 零れた声に反応して、青年の座する運転席の隣、助手席にて身を屈め丸まっていた質量のある大きな毛玉が身を起こした。

 整った細長い顔に、ツンと頭頂付近にて立つ二等辺三角形の耳が一対。そして、深い金の瞳と透き通った蒼い瞳が揃ったオッドアイ。

 堂々たる体躯に黒銀の毛並みを誇る雌犬、シベリアンハスキーのカノンであった。

 主人が運転に集中しているのを害さないため、彼女には丸まったとしても少々狭いであろう助手席で大人しく寝ていたのだ。態々狭い所に待期し、ベッドで寝ないのは万一気になる物を感じ取った際に直ぐさま主人に報せる為であろう。

 この犬は主人に全幅の信頼を置いており、影も踏まぬというような忠犬中の忠犬である。それこそ、並の人間よりも賢く、義理堅いのでは無いかと思える程だ。

 「ああ、何でも無い、寝ていて良いぞ、カノン」

 賢き忠犬は主人が僅かに漏らした声を察知し、浅い眠りから跳ね起きたようだ。しかし、彼が発した音声には何の意味も無かったので、そのまま寝ておくように促す。

 確かに時折寂しくなってカノン相手に愚痴を言ってみたり、話しかける事は多いが、流石に何時までも聞かされれば彼女とて鬱陶しく感じるだろう。

 暇なのであったら音楽でも流せば良い。この間、完全に人が失せてしまったが故に死体も居なくなった抜け殻の街でしこたまCDを仕入れてきた。好きなアーティストの楽曲は大抵アルバムで揃えているので、再生しておけば慰めにはなる。

 青年の言葉を受け、再びカノンは体を丸め、自分の前足の上に顎を載せたが、瞑目することなく此方を静かに見つめている。月は蒼いとも表現される事があるが、蒼と金が並んでいる様は、正しく二つの月を奪って嵌め込んだかの如き美しさである。

 横目で見ているが、本当に美しい。獣の瞳とは濁り無く、本当に純粋に見えた。では、自分はどうであろうか?

 ちらとサイドミラーを見やる。この車は巨体なのでバックミラーは役に立たないので、後ろが見えるようにカメラが仕込んであり、それを頼りにバックするように出来ていた。

 流れゆく景色の中に、無表情を貼り付けた自分の味気ない面が映り込んでいた。瞳は、眼病を患っている訳では無いので特段目立つほどの変化は無い。数十人文の眼球を刳り抜いて並べても、どれが自分の物か区別は付くまい。

 しかし、自分にも分かる程、その瞳は濁っていた。外見的な意味では無い、目に宿る光が濁っているのだ。

 目は口ほどに物を言うとは良く言った物であるなと思いつつ、青年はハンドルを僅かに切って路肩に落ちていた岩を避けた。恐らく小規模な地滑りでも何処かで起こって転がってきたのであろう。

 目を見てると人が何を考えているか、思っているかを何となく分かることがある。目の動き、瞳孔の収縮など、それらを含めて目の色や目の光りという。それが、何も言わないでも感情を伝えてくるのだ。

 青年のそれは、長らく停滞した水が腐れ、汚泥と化した沼のような色をしている。

 諦観、達観、諦め、それら全てをない交ぜにして煮詰めたような暗い色だ。人から見たら異質に映り、ともすれば物狂いと思われても仕方がないであろう。

 人が人を値踏みする時、目というのは大切だ。一瞥しただけで印象が大きく変わる。私はきっと、他の人間の目には恐ろしく冷徹で気味の悪い生物に見えることであろう。

 いかんな、考えが悪い方に入っている、そう思って小さく頭を振り、片手で髪を掻き上げた。そういえばかなり伸びてきている、そろそろ長さを何とかするべきであろうか。

 髪が長くなったと感じると、その都度ナイフで適当に切っている。その為に青年の頭は不格好とまではいかないものの、散切り頭であった。

 あまり鏡も見ず,鬱陶しいと感じた所をざっくり切って、否、最早刈っていると言った方が正確だろう。なので、頭髪が整っているとはお世辞にも言い難い。

 昔なら見窄らしい容姿をしていれば周りから浮いてしまうので、美容院に行けば良いのだが、残念ながら現状では生きている人間に対価を支払ったとしても、切ってくれるのは髪では無く首だろう。

 別に誰に見せる訳でも無し、一向に構わんのだがね、逆に開き直って青年は風呂に入れないが故に油が絡んだ髪を手櫛で梳いた。

 人里について、水が大量に確保出来そうであるのならば、久しぶりにシャワーを浴びたい所だ。可能ならば、田圃の真ん中とかでよいので汚物槽の始末もしておきたい。

 便利ではあるが、やはり柵も整備も必要ではある。都合の良いことばかりではないなと嘆息しつつ、ただ青年は静かにキャンピングカーを走らせた…………。











 数時間後、県境である事を表示する標識が車に突っ込まれて地面に倒れている所を通り過ぎ、滋賀県の田舎町の外縁に到着した。

 日本一の湖である琵琶湖を抱える滋賀県だが、流石に県を越えたばかりでは湖も伺うことは出来ないが、少し車を走らせればかつての観光名所を巡ることも出来ただろう。

 今も其処には人がいるのだろうか。キャビンのあるボートならば、湖の中央でも物資さえ有ればある程度持ちこたえられそうなので、もしかしたら誰か生きているかもしれない。

 とはいえ、流石に八ヶ月も経過した現在では、その可能性も限りなく零に近いのだろうが。そして、別に生き残りが居たからと言って青年はどうこうしようというつもりは無い。

 相手方が此方に武器を向けてこない、という但し書きは付くのだが。その場合は持てる限りの火力を持って迎撃し、手を出した事を後悔させ、死人には無用の長物を頂戴するだけである。

 青年は街を遠く望む路上にて車を止め、双眼鏡片手に天窓から屋根に登った。しかし、上に上がれる訳でも無いのにカノンも態々付いてくることは無かろうに。

 屋根に上がると十二月の冷たい風が体を突き刺すようにすり抜けていく。上着がベストだけの上に、車内ではエンジンを付けるついでに暖房も動かしていたので、寒さが骨身に染みるようである。

 無精せずにジャケットくらい羽織るべきであったなと若干後悔しつつ、下に取りに戻るのは面倒くさいので我慢して双眼鏡を構えた。

 日本では農家が減少していると騒がれているが、地方にはまだまだ農地が残っている。問題は、その殆どが休耕地や放置されて荒れていることなのだが。農地はあっても農家は少なく、今となってはほぼ確実に〇であろう。

 県道の両サイドには長らく放置された元農地や、古びたバラックのような倉庫が建ち並んでおり、随分ともの悲しい雰囲気を醸し出している。

 立ち枯れたススキがその辺で穂を散らし、黄土色になった茎で地面を隠していた。もう何年もすれば、ここの道路も荒れ果てて一面のススキが生い茂る野原へと回帰することだろう。

 道路の遙か向こう、幾許かの起伏の彼方に望む街は、人口が一万人に届くか届かないかという小さな街であり、完全に独立した村のような場所では無い。

 どこまでもうっすら住宅が続いており、その向こうには隣の町が、その更に向こうには隣の町が、と並んでいく現代の住所区分によって街と認識されているだけの都市の外れである。

 大都市は避けるべきであると認識していたが、逆にこういう街は結構狙い目である。青年はそれを半年以上に渡る経験から学習していた。

 死体は人の気配に惹かれてひたすらに移動する。直近から人がいなくなれば、一体何を頼りにしているのかは分からないが、はるばる数十キロをノロノロ歩いて人の居る所にまで移動していくのだ。

 それを裏付けるように、数日前に滞在した街は人が失せた為に死体も移動し、完全に活動を停止した屍のみが残る抜け殻の街と化していた。

 連中は食欲の赴くがままに動くので、唯一の欲求を満たす対象が無くなれば移動を始めるのは極めて分かりやすく単純な原理である。人間も知恵浅き猿であった頃には斯様な生活を送っていたのだから。

 双眼鏡で街を睥睨する限り、死体の姿は見えない。連中は負の走光性があるらしく、明るい内は日陰になる家屋の中で行動を停止している事が殆どだ。

 だが、それでも物音に反応して外に出てくる奴らは居るので、もしも街に死体が居るのであれば、数体は寝ぼけたようにフラフラと這いだしているはずである。

 しかし、今はその姿は、かなり離れた路上からでも伺う事は出来なかった。つまり、全く居ないか、極めて少ない、そう判断できた。

 それは都市の形態による所が大きい。現代の都市は中心部から人口密度を薄めながら地方へ地方へと伸びているものの、街が完全に途切れて次の街まで何kmも進まなくては辿り着かないなど、相当の田舎でも無い限り殆ど無い。

 それ故に、地方は中央に間接的に接し続けているとも言える。そして、人が最も多い場所は中央なのだ。

 人が多ければ、それだけ死体からの襲撃が苛烈であったとしても、まだ生き残って抵抗している可能性が出てくる。生き残りが頑張れば頑張るほど、人が少なくて死体も少なくなる地方から人は早々に失せるのだ。

 だが、地方で死体が少ないからこそ籠城が成功しやすいという見方もあるにはある。されど、疾病予防センターや大規模な病院などは中央に多く、騒ぎがあったら大抵の現代人は中央の方へと助けを求めるだろう。警察の数や、他の設備なども地方と中央では比べるべくもない。

 騒ぎが始まってから、少なくない地方の住民が中央へと避難したか、脱出していったのだろう。真偽は分からないが、この辺りは殆どもぬけの空と見える。

 とはいえ、気を抜いたら即座に死体共の昼餉になって、自分も仲間入りした挙げ句、誰ぞを貪る事になってしまうのだろうが、と気を引き締めながら青年は双眼鏡を下ろした。

 まだ物資には余裕があるが、二本あるガソリンタンクの内一本は中身が尽きている。偵察の結果、比較的都市が安全でガソリンスタンドが使えたならば補給を行いたい。

 それに、運が良ければ自衛隊員の死体から9mm弾や5.56mm弾を奪える事もあるし、警察官の死体から38スペシャルをせしめる事も出来る。また、他にも思いつかないだけで生活の助けになりそうな物がきっとあると筈だ。

 少々リスクを背負ったとしても、探索は決して無駄にはならない。死にさえしなければ、儲け物とも言えるが。

 青年は天窓から車内に戻り、再び運転席に戻ってキャンピングカーのエンジンを起こした。適当に時期を見てバッテリーなどを交換した方が良いだろう。

 可能ならばタイヤも交換しておきたいが……スカートを剥がさないとならないので、きっと自分だけでは不可能だろう。これが走れる内にある程度定住する場所の目処を付けねば。

 車を走らせ、細い側道に入った。向かうのは放置されたトタン製の大型車庫だ。扉が開け放たれて放置され、酷く荒れているが、暫く車を止めるだけなら問題は何も無い。

 態々車庫に車を止めるのには理由がある。一つは、そこら辺に堂々と放置して、他の生存者に奪われないようにするため。無論鍵は掛けるが、車の鍵なんぞ工夫すれば外せるし、キーがなくても直結すればエンジンを始動させる事は出来る。

 どちらも知識が無ければ出来ないだろうが、逆に言えば知識があれば出来るのである。偶然生き残った相手が、そんな技術を持っていないとは言い切れないのだから、手を抜く訳には行かなかった。

 このキャンピングカーと、中の物資は文字通り青年の生命線であるのだ。無碍に扱って、駄目になったといったら、最早残された手段は銃口を咥える事くらいになってしまう。

 青年は適当な作りの車庫に慣れたハンドルさばきでキャンピングカーの巨体を飲み込ませ、どこもはみ出ていない事を確認してからエンジンを再び停止させ、紛失防止の為に鈴を付けているキーを引き抜く。

 それを大切そうに懐へとしまい、後部へと向かった。始めるのは戦支度だ。

 ベストを脱いでタクティカルベストを着込み、ポーチにマガジンを詰めていく。今日は89式小銃とM37エアウェイト、そしてレッグホルスターに9mm拳銃をねじ込む。大規模な戦闘には発展しないだろうが、どのようなシチュエーションにも対抗出来るような装備である。

 カノンは既に扉の前で待機していた。静かに命令を待ち、何時でも戦えると此方に示すように二色の月が如き瞳を輝かせている。

 暫しそれを押しとどめさせ、青年は屋根から畳んで積載していたクロスバイクをロープを使って下へと下ろし、出発の完了と成した。後は自転車に収穫物を載せる為のバックパックを背負うだけで出発出来る。

 「何にも無ければ幸いなのだがね」

 誰に聞かせる訳でも無く呟いて、青年は89式の槓桿を引いて初弾を装填した…………。










 道があった。中央に広いスペースを有し、四方へと新たな道を広げる道、四つ辻である。

 その四つ辻を構成する道の車幅は中々広く取られており、片側二車線と日本の道路事情にしては随分と余裕を持って作られていた。土地に余裕がある田舎ならではの道であろう。

 この道は幹線道路であり、都市の中央へと長い道のりの末に繋がっている。今は放置車両が無数に並んでいるだけであるのだが、かつては移動の動脈であったのであろう。

 その中央にて青年は少しだけ不機嫌そうに周囲を見回していた。足下には首を不自然な方向へとねじ曲げられた腐敗死体が転がり、不快な臭いを放つそれから鼻先を逸らすようにしてカノンが座っている。

 「……碌な物がなかったな」

 吐き捨てる様に放たれた言葉のとおり、この街の然程深くない場所で探れる所には、殆ど何も役に立ちそうな物は見当たらなかった。

 ガソリンスタンドは災害時でも動くものだったので、やれうれしやと確かめてみれば、どういう訳かタンクは全くの空っぽになっていて使えなかった。

 誰がどうやってガソリンを根こそぎにしたのかは不明だが、店内にて売られていたであろうオイルなども略奪され尽くしていたので、相当の人数が小出しか一度にかは知らないが奪っていったのだろう。

 しかし、ガソリンスタンドの店舗スペースには埃が厚く積もっていたので、それなりの期間人が出入りしていないことが伺えた。その事から、誰も近くに住んでは居ないと思われる。

 あくまで住んでいないだけだろうから、まだ気は抜けないのであるが。悠長に構えすぎて、知覚する間もなく頭をふっ飛ばされたら気分の良い物では無い。

 自分は漫画の主人公では無いので、微細なノッチ音を雑踏で感じ取って回避するような芸当や、スコープ越に視線を感じ取って狙撃を回避するような真似は出来る訳もないので、常に気を張っていなければならないのだ。

 しかし、この辺に人が少ないのも事実なのだろう。だからこそ、彷徨っている死体の数も少ない。正直、拍子抜けに感じる程だ。

 一時間近く探索しているが、その間に無数の死体を引きつける為の目覚まし時計を使った事は無いし、破壊した死体も片手の指で足るほどだ。今足下に転がっている物は、足払いで転がした後にサッカーボールキックで頸椎をねじ切って始末した。

 しかし、死体が少ないのは良いが、実入りも相応であった。役に立つかな、と思った物は多目的ポーチに入っている単三電池が四本入り一パックのみなっている。

 コンビニやスーパーなど、目に付いた場所は大抵探してみたのだが、その何れもが略奪されつくしていた。運んでいる最中に零れた、この電池のような物以外には腐敗して食べられないような物しか残されていなかった。

 雑誌まで持ち去られていたのは、いざという時にトイレットペーパーか火種にでもするつもりだったのだろう。青年のように一人だけなら消費は緩やかだが、大勢だと一巻きを一日で使い切ることもある。

 余程運が良くない限り、あの抜け殻の街の如くノーリスクハイリターンの探索は望めまいか。今回は上がりは無い物の、危険は無かったので良しとしよう。ここまで死体が少ないなら、あの畑に集積タンクの中身を捨ててきても良い。死体が少ないのなら、安心して探索をする事が出来る。

 さて、そろそろ戻るかとカノンに提案しようとした時、彼女の耳が不意に立ち、俄に鼻を動かし始めた。

 何かの気配を感じ取ったのだ、それも、ここまで反応が大きいと言うことは単なる死体ではあるまい。青年は弾かれたように反応して身を低く屈め、89式のセレクターを操作してフルオート射撃の位置に合わせた。

 暫し彼女は鼻を鳴らしていたが、その内気になる臭いの出所を探知したのであろう、其方に顔を向けた。声を出さないのは、目立つのを嫌ったからであろう。

 今青年は四つ辻の中央、放置車両に囲まれるようになった場所に立っている。遮蔽物には苦労しないポジションであり、高所を取られない限りは護りが硬く、苦にはなならない。

 手近なクラウンタイプの乗用車に身を寄せ、カノンが示した方向を覗き込むと同時に、手真似で身を寄せるように指示する。即座に豊かな体毛に体が埋もれるのを感じた。

 遠くで何かが動いた気がする。あれは、人であろうか? 死体にしては動きが機敏であった。更に、此方が頭を上げるのに反応して路地に飛び込んだようにも見えた。死体ならば、あのような挙動はすまい。

 ……参ったな、そう思いながら青年は小銃の銃把を握り直した。

 どうやら、このまま帰る訳にはいかないようだ。少なくとも、此方についているトラッカーを撒かねば車には帰れない。

 外で狙われるより車に居る所を狙われる方が辛いからだ。相手が銃火器を所有しており、万一流れ弾がタイヤにでも当たれば車は走行不能に陥ってしまう。運悪くエンジンルームに直撃して、可能性こそ低いものの爆発などしたら青年は破滅だ。

 最初から相手を無視してのんびり帰るという選択肢は無かった。それに、交渉を目的としているのなら、あのようにコソコソと此方を伺ったりはすまい。

 相手の規模は分からないものの、少なくとも単独ではないだろう。一人で銃火器に向かっている度胸のある人間は、少なくとも日本人には希であろう。訓練を積んだ軍人なんぞ全く居ないのだろうから。

 しかし、何処からどのように狙って生きているのかは分からない。カノンも大きな反応を見せないと言うことは、そこまで大勢を確認出来ては居ないのだろう。

 ただ、この街にも腐臭は少なからず残っており、彼女の鼻の鋭敏さを阻害している。そこまで長距離の索敵とはなっていない筈だ。臭いに敏感であっても、遠くの臭いまで分かる訳では無いのだから。

 全く、どうした物かと思いながら青年は自転車に目をやった。少なくとも、暫くはこれで移動は出来まい。頭の位置が高くなってしまうし、目立つ上に咄嗟の回避行動も取れないと来ている。後で回収する他無いだろう。

 面倒くさいなと思いながら、青年は車の影から影へと移動する最適なルートを頭の中に思い浮かべてから……そっと、地を這うような姿勢で走り始めた。

 体は屈めたまま、足の動きは最小限であるが、歩数を多く践むことによって距離を稼ぎ、体の露出を可能な限り収めながら次の車の影へと滑り込む。

 狙いは、最初に男が見えた道、確か方角的には北であっただろうか。そちらに東から大きく回り込み、別の路地を経由して到達しよう。愚直に真っ直ぐ進んでは、敵の火線に晒される危険性がある。釣り野伏を狙っている可能性が無いとは言い切れないのだ。

 土地勘は無い物の、狭い小路でも無い限りは大抵の道は何処かしらで繋がっている。若干の遠回りにはなるかもしれないが、真っ直ぐ阿呆の如く進むよりはマシだ。

 車の影を縫うようにして進み、道を回り込む。四つ辻から抜け出し、人が見えた場所へと東側から進む。

 腰を落としたままの小走りを続け、車が疎らに残る道を通って目的地の至近へと達したその時……青年の首筋に嫌な汗が伝った。

 車が並んでいた。丁度、北側へと続く道と西側へと続く道を塞ぎ、最初に居た四つ辻へと通じる南側への道も疎らにだが車があり、真っ直ぐ素早く逃げるという事は出来そうに無い。そして、自分が回り込んできた道も同じような状態にある。

 いかん、これは……。

 そう思った瞬間、通りの向こうの車、その影から人が出てきた。死体ではない、薄汚れた服を着ているものの、何処も腐って等いない普通の人間だ。

 現れた人影はそれだけではなかった。別の車の影から、やって来た道の曲がり角から、死角の、それも遠くから続々と現れる。最終的に、その数は八人にも達した。

 全員が薄汚れた格好をし、男女の性別差はあるものの、皆が武装していた。その内三人は拳銃を持ち、一人が猟銃を持って居る。弾が入っているかどうかは分からないが、入っていないと断じる事は尚早であろう。

 嗚呼、糞、嵌められた。青年は内心で毒づきながら、自身の状態を再確認する。

 自分は今、二方を完全に封鎖され、そして残った二方は障害物が多く配された辻の入り口で車の影に隠れて居る。しかし、既に存在は相手に知られていた。

 味方はカノンのみであるが、相手が飛び道具を持って居る状況ではちと部が悪い。全力で走る犬に普通の人間であればまともに弾丸を叩き込むことは、ほぼ不可能であるとも言えるが、万が一の紛れ当たりが無いとも言い切れないのだ。

 それに、もしも誰かに噛みついたら動きが止まる。動きが止まれば良い的でしかない。そして、自分が持って居る銃はコンディションは良く弾も籠もっているが、一人しか居ないので同時に攻撃できるのは一人だけだ。

 アクション映画のヒーローのように、走りながら銃を乱射したとしても命中は期待出来ない。あんな激しい動きをしながら弾を当てられるのは、天賦の才を持ち訓練された軍人か、創作世界の人物達だけだ。自分にはそんな離れ業は望むべくも無かった。

 手榴弾も使えるには使えるが、後には続かない。もしもガソリンタンクに破片が突き刺さり、爆発しようものなら巻き込まれる可能性も高く、他の車に鉄片が跳ね返って飛び込んでくる懸念もあった。

 後は、流石に何も見ないで目標のど真ん中に手榴弾を投げ込めるだけのスキルが自分には無い事もあった。

 手榴弾は火薬と金属の塊で、その中に鉄片を多く抱えているので、言うまでも無くかなりの重量がある。野球選手であっても、遠投で五〇m程投げるのが限界なのだ、相手と距離がある状態で、どうにか出来る自身は全く無かった。

 破片手榴弾の有効範囲は広いが、流石に遮蔽物が多すぎる。そして、場所が場所なので効果も発揮しづらかろう。相手は全員自分と車を挟んで対峙しているので、一掃は事実上不可能であった。

 今戦闘をするのは得策ではない。銃の射程や精密性では此方が勝るが、相手がもしも火炎瓶でも持って居て、投げ込まれたら目も当てられない。後は蒸し焼きにされるだけだろう。

 相手の人数が完全にこれだけであるとは言い切れない。そして、遠くに狙撃手が配されている可能性も否定は出来ない。

 つまり、この状況に陥った時点で青年は詰んでいた。より有利な地形に持ち込む事を怠ったからか、それとも周囲の状況を読み切れなかったからか……どちらにせよ、自分はドジを踏んだのだ。

 出来る事は、可能性の低い奇跡を望みながら戦いを挑むか……降伏することくらいであろう。

 さて、どうしたものかねと平静を崩すこと無く青年は物陰で考える。勝率は低い、流石に状況が悪すぎるし、不確定要素が多い。最善を期待すれば無傷で撃退する事もできそうだが……希望的観測に基づいて口火を切った軍隊が勝利を収めた例しは無い。

 頭を捻ろうとも策は出てこなかった。逆立ちしてもそれは変わるまい。最悪を想定するならば……まぁ、結果的に死ぬだけか、と自嘲気味な笑みが出てきた。

 カノンが不安そうに此方を見ているのが見えた。青年は暫し考え込んだ後に、懐に手を差し込んである物を取り出した。

 小さな鈴を括り付けてある、キャンピングカーのキーであった。彼はその鈴をむしり取ると、千切れた紐を使ってカノンの首にそれを括り付けた。

 彼女は不思議そうにしているが、不快そうではない。首が苦しくない程度ではあるが、何かに引っかかるほどの剰りを作らず結んだので呼吸を邪魔はしていないだろう。

 「隠れてないで出てこい。勿論、両手を挙げてだぜ」

 隠れて居る青年に辟易としたのだろうか、辻の向こうから声が掛けられた。まだ若い男の声だ。精々二〇代前半という所だろうか。

 青年はカノンを幾度か撫でてやり、顔を寄せて小さな声で呟く。

 「いいか、合図したら向こうに逃げろ。そして、何処かに潜んでいるんだ。いいな?」

 それに彼女は小さく頼りなさそうな鼻声を上げる。主人から離れたくないのだろう。

 良いな、と更に言い含めてから、青年はゆっくりと立ち上がった。両手は緩く挙げ、小銃はスリングで腕にぶら下がっているだけとなる。

 今になってやっと相手の姿をまともに視認した。数は八だと思っていたが、向かいの家の塀の上に一人座っている。手に持っているのは競技用のクロスボウだ。何処で手に入れたかは知らないが、現状で銃の次に嫌らしい武器だった。

 「ゆっくり一歩ずつ前に出な。変な真似したらぶっ殺すからな」

 丁度対面に位置する場所に立つ男が先程から青年へと声を投げかけている。どうやら、アレが首魁なのだろう。

 年齢は二〇代の頭。中肉中背だが人相は悪く、頭を短く刈り込んでおり、ファッションのつもりかそり込みを入れていた。身に纏うのは血や泥などの得体が知れない何かで汚れたジャージ。そして、此方に狩猟用の散弾銃を向けていた。

 散弾銃は見た感じモスバーグ社系列の一般的な狩猟用の物で、口径は12ゲージだろう。ポンプアクションのセミオートタイプ、改造の後は見られないので装弾数は国内規制に則った三発であろう。

 だからそれが何だ、と歩を進めながら内心にて毒づいた。相手の武器のスペックを確認出来た所で、この距離なら意味を成さない。

 それどころか、散弾を打たれたら回避出来ない事が分かっただけではないか。元より戦闘を開始するのが最悪手と化していた時点で諦めてはいたが、やはり口惜しい。

 「おっと、そこで止まれ。動いたら撃つからな」

 対峙した距離は車を挟んで約四mと言った所か。一息で詰められなくも無い距離ではあるのだが、残念ながら他の銃にも補足されているので、それは自殺行為だ。

 「まずは武器を置けよ、全部だ」

 男はニヤニヤと笑っている。嫌な笑みだ、青年はそう思った。鏡で見る自分の濁った瞳よりも汚らわしい物がこの世にあるとすれば、まずはアレだろう。

 絶対的優位な立場にあり、そして目の前の弱者を虐げる事に慣れた者の目である。

 世界がこうなってから、青年は多くの人間を見て、殆ど同数と敵対してきた。此方から望んで殺しに掛かった事もあるが、大抵は向こうから銃を向けてきた。

 その中でも、我欲と生への執着のために襲いかかってきた連中は、あんな目をしていた。他を踏み台としてしか見ておらず、必要とあれば殺す人間の目だ。

 自分と違う所と言えば、必要の有る無しに関わらず殺す、そこだろう。

 ……なんだ、大きな違いはないではないか、そう考えながら青年はスリングだけを掴んで小銃を外し、地面にゆっくり降ろした。映画のように放り投げると暴発したりフレームが歪む心配があるからだ。

 余計な事を考えながらも、青年の頭は実に冷静であった。相手の全員が、銃にのみ視線を注いでいるのが分かる。好機は今しか無いだろう……。

 「行けっ!!」

 腹から絞り出した怒声、敵は一瞬驚いた様に身をすくめたり、動きを止める。別に反応まで見越した訳では無いが、好都合だ。

 青年が張り上げた声に反応し、車の影よりカノンが飛び出した。黒銀の毛並みが躍動し、一筋の残影となって車の間を掛けていく。誰かが、小さく毒づくのが聞こえた。

 「クソッ!!」

 自分に散弾銃を向けていた男がカノンに銃口を向けようとしている。もしも散弾が一発でも当たれば……。

 青年は咄嗟に太股に固定したホルスターから9mm拳銃を抜き放ち、相手の手を狙って引き金を絞った。

 凄まじい速度で行われたクイックドロウ、集中がカノンに逸れている事もあり、それに反応できた者は皆無だった。

 銃声が律儀に二度鳴り響き、連続した振動が手を襲い、銃口の先端にて眩いマズルフラッシュの閃光が産まれた。

 そして、刹那の後に猟銃を構えていた男の右手と、散弾銃が半ばより砕かれるのが見えた。

 青年は会心の笑みを浮かべる。クイックドロウの上に体勢も崩れたシングルスタンスだったので当てる自信はそこまでなかったが、見事に狙い通りの所に当たってくれた。

 あれでもう散弾銃は驚異でなくなった。暴発もしていない、カノンに驚異が及ぶことは無かろう。

 が、上手く行ったのは其処までだった。青年は左肩の方に強い衝撃を受け、よろめく。倒れる程では無かったが、次の瞬間、焼け付くような激痛に襲われた。

 痛みに歯を食いしばるも、苦痛の呻きが無意識に零れた。銃を放さぬままに左を見やると、二の腕にカーボン製の矢が深々と突き刺さっているのが見える。撃たれたのだ。

 今度は右側から誰かが駆け寄ってくるのが見えた。即座に銃を向けるが、何かの長柄武器で弾かれた。指が何本か纏めて拗くれ、弾かれた銃のトリガーガードに巻き込まれて人差し指が嫌な音を立てるのを感じた。

 手から抜けた銃が鈍い音を立てて、放置車両ののボンネットに転がるのが視界の端に見える。自分の右手を打擲した相手を見ると、まだ一〇代も半ばという幼さが残る少年であった。手に持っているのは……モップだ。しかし、力を込めて殴られれば痛い事に違いはあるまい。

 青年は一差し指があらぬ方向を向いた手を庇うこと無く左脇へと向け、ナイフを引き抜いた。そして、突き出されるモップの先端を身を屈めてかいくぐり、相対速度に従って激突した少年の腹に切っ先を突き立てた。

 腹部は柔らかい、未成熟な少年には十分な腹筋が備わっていないのだろう。マットブラックに塗られたナイフの鋭利な先端が、被服諸共皮膚と筋肉を突き破り、柔らかな臓腑の中へと潜り込む。

 痛みで何処か遠ざかりつつある音の中、少年の幼い悲鳴と、少し離れた所から、がなり声の絶叫が聞こえる。それら全てを意識の埒外へと押しやりながら、ナイフの先端を捻り上げた。絶叫が一段と大きくなった気がした。

 青年が本格的な戦闘を始めたのは、自棄を起こしたからではない。最早、死を避けられないと悟ったからだ。

 カノンを逃がすために男を撃った。これで、最早戦闘は不可避となった。しかし、彼処でカノンが逃げられなくなるという事は青年にとって敗北を意味する。自分が生きる上で絶対に必要であるキャンピングカーのキーを持って居るのはカノンなのだから。

 だからこれは、自棄を起こしたのではなく……攻撃に対する抗議でしかない。そう思いつつ、青年は捻ったナイフを真横へと滑らせた。筋繊維に従って腹が横に裂け、血と臓腑、そして糞尿が溢れた。

 至近距離でそれらを下半身に浴びながら、青年は振り抜いたナイフを手から放して一瞬滞空させ、直後に刃の先端を起点として握り直した。

 肘で少年の体を押しやり、此方に向かって鉄パイプを振り上げていた別の青年へ向かってナイフを投擲する。距離は四mと少し……ナイフは与えられたベクトルに従って飛翔するので、回転しつつ飛ぶ。つまり、突き刺さるには刃が着弾の瞬間、相手の方へ丁度に向くように調整して投げなければならない。

 この距離で必要なのは約四回転ほどであろう。痛みでままならぬ思考を制御しつつ投ぜられたナイフは、見事に青年の左目へと突き立った。深さを見るに、恐らくは脳を破壊したと判断できる。

 次は……、次は誰を、そう思ってスリングホルスターのM37へと手を伸ばそうとした時、後頭部に衝撃が走った。

 そして、気がつくと目の前には壁がある。いや、これは壁では無い、地面だ。どうやら自分は殴り倒されたらしい。

 動いても居ないのに視界が前後し、耳鳴りが頭を埋め尽くしている。気持ち悪かった、今にも吐きそうだ。

 視界の端に赤い物が見える。それはゆっくりと地面に広がっているのだが、恐らくは血液だろう。誰の物かは分からない。

 「殺せ! 殺しちまえ! 義隆の仇だ!」

 「いやぁぁ! 返事して! 返事してよぉ!!」

 そんな声が、何処か遠くの世界から届くかのような響きで聞こえてくる。多分、自分は殺されるのだろう。

 ……別に文句は無い、今まで生き延びるためにさんざ殺してきたのだ。これも因果という物だろう。殺しているのだ、それは殺されもするだろう。自分だけが殺されるのが嫌なんて、そんな考え通る訳も無い。

 自分が何となく好きであったゲームのキャラクターの台詞を思い返しながら、青年はそっと目を閉じ、意識を闇の其処へと沈めた…………。










 気絶した青年を囲む七人の男女。何人かが倒れ伏す彼を殺すために武器を振り上げているが、それを一人の男が制した。

 脱いだパーカーで右手を押さえている、頭にそり込みのある青年、彼等の首魁だ。

 「なんで止めるんだよ!」

 「うるせぇ! 殺すなっつってんだろうがボケッ!! 此奴が犬逃がしたの見えただろっ!!」

 犬が何なんだよ! と怒鳴る仲間を、男は無事な方の手で殴りつけた。芯に入った感覚があるが、加減してるので歯は折れていないだろう。

 「態々あの状態で逃がしたって事は何かあるってこったろうが! 分かれよそれくらい!! ……くっそ、イッテェ……いてぇよぉ……指が駄目になっちまったじゃねぇか畜生……」

 手をくるんでいるジャージは出血で真っ赤に染まっていた。失血死するほどでは無いが、軽傷とは冗談でも言い難かった。そんな事を言えば、直ぐさま拳が飛んできて殴られる事だろう。

 「それ抜きにしても、楽に殺してたまるかよ……俺の指と仲間を殺しやがって。痛めつけて痛めつけて、死体の餌にして、死体になって蘇ってからもう一回ブチ殺してやる」

 確かな怒りを瞳に燃え上がらせながら男は呟いた。ただ、煮えたぎったタングステンの如き凶悪な恨みだけが心の中で渦巻いている。

 彼は仲間に青年を運ぶように命じ、死んだ仲間二人の死体は“処理”して置いていく、そう宣言した。

 抗議の声を止める為、溢れる殺意と憎悪の籠もった怒号を上げる。

 その声が、街に染みいる頃、彼等はそこから姿を消していた…………。  
 所がどっこい生きてます、私です。学園祭とか一体誰が得をするのだろうか。というか仕事が忙しすぎてどうしようもないのですが。

 作中で青年が生きた人間を殺すのがこれが初めてでしょうか。しかし、私には戦闘シーンなんて書けないと言うね。全くもって分かり易い描写のやり方なんて思い着かないよ。どうすればいいのやら……。

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