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青年と犬と、もう一人 作者:Schuld
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青年と犬と来訪者

 若干の盛り上がりに向けて……

 全国行脚中の描写は……私的な第一部が終わってからになるやもしれません。筆が遅くて申し訳無い。
 手狭な部屋が合った。壁際に据え付けられたベッドに、その対面に置かれた大きなソファーと硝子製のローテーブル。そして、少し離れた所にキッチンやシャワー室にトイレユニットが設けられている。

 随分と狭いスペースに多くの機能が詰め込まれているが、見た目だけならば手狭なアパートの一室に見えなくも無い。

 そして、その部屋の家具の合間などには無数の木箱が積み上げられており、木箱の内部では黒光りする鉄の集合体や食料品が几帳面に整頓されて並べられている。

 大抵の物が対角線上で角がぴっちりと合うように置かれており、綺麗に固定されているので部屋には物が多くても雑然とした雰囲気は無い。

 そんな部屋で、一人の青年がソファーに腰掛けてその上に置かれている物に視線を注いでいた。ソファーに腰を深くかけ、完全に力を抜いて体を預けている。

 青年の足下では彼の革靴を枕にするようにして一頭の犬が寝そべっている。堂々たる体躯を誇る立派なシベリアンハスキーの雌犬だ。

 硝子製ローテーブルの天板、普段は専ら食事や武器の整備に使われているそこで、一つの機械が稼働していた。

 古びて褪色した銀色の本体をオイルランプの光で照らされた折りたたみポータブルDVDプレーヤーだ。今、その画面では歩く死体が蠢いており、殆ど弾の残っていない拳銃を持った女を追い詰めている。

 血や泥で美貌を酷く汚した女優が蒼い顔をしながら必死に逃げ回っているが、青年が画面越しにそれを眺める瞳は実に冷ややかだ。ブラウンの瞳には特に何の感想も感慨も浮かんでは居ない。

 それでも青年はこんな態度でいて、この映画を結構楽しんでいた。元々ゾンビホラーは彼の趣味の一つではあったのだが……今となってはあまり笑えない冗談である。

 現在滞在しているこの愛知県の一地方集落にはある理由より動き回る死体が存在していないが、それでも少し先に行けば幾らでも本物を見る事が出来るだろう。

 壁際に追い詰められ哀れな悲鳴を上げるヒロインを眺めながら、青年は実際こんな反応してられないよなと思う。人間は真に恐ろしい時は叫ぶ事が出来なくなり、完全に追い詰められた場合は得てして諦めるか狂うものなのだ。

 今まで似たような場面を幾度か見てきたが、このように逼迫した顔で叫んだ人間は少なかったなと過去の記憶を掘り起こす。偶に新鮮な反応を見せつけてくれる者も居たが、大抵はよく分からない内に食いつかれ、引き倒された後で初めて叫んでいた事が多い。

 女優はノーマルスタンスで拳銃を構え、数発発砲してゾンビを数体殺す事に成功するが、囲んでいるゾンビの数はそんな物では無い。結局、持っているオートマチック拳銃のマガジンを一度引き抜き、最早チェンバーに入っている弾だけになった時、女優は絶望の表情の後で拳銃をこめかみに押し当てた。

 まぁ、賢い選択肢ではあるな、と青年は思った。自分ならば死んだ後に意志も記憶も無くして腐り果てながら街を彷徨うのなぞご免だ。それなら自分で最後の一発を有意義に使いたい。

 だがそこで女優は、自分に一番迫っていた死体にその最後の一発を撃ち込んだ後で、最後まで諦めてたまるもんですかと大声で死体の群れに罵倒をぶつけ始めたのだ。

 諦めは悪い方が生き残る機会は増えるのだろうが、ここまで悪いというのも考え物である。とはいえ、これは映画だ、そろそろ……。

 そう思い始めると同時に、ヒロインが背を預けていた壁の上から飄々と雰囲気の薄汚れたイケメンが顔を出し、臭い台詞を言いながら腕を伸ばす。そして、ヒロインは俄に顔を笑顔に変えて手に飛びつき、死体の歯が彼女の体に食い込む前に男が壁の向こうに引き上げた。

 そりゃそうなるわな、と無感動に思いながら青年はあくびを一つ漏らした。ふと腕時計に目をやると、そろそろ短針は一〇の表示にまで達しようとしていた。普段からすると些か夜更かししていると言える時間帯であった。

 青年はあの後、街から拠点であるキャンピングカーまで真っ直ぐ帰還し、荷物を纏めて缶詰の夕食を済ませた。それから折角回収してきたのだからとDVDを見る事にしたのだ。

 だが、作品のチョイスを酷く間違ったかもしれないと最初の十五分で思い、三十分を過ぎた頃には半ば諦めた。現状と比較するとみていて阿呆臭くなるのだが、こうなる前は好きだったのでそのまま見続けることにした。

 もうこんな時間かと思いつつ、再開と無事を喜び合う二人を実にくだらなそうに眺める。実際ならばこんな死体溢るる絶望的な常況に飛び込んでまで一目会っただけの女を助けには飛び込まないだろう。例え、類に無いくらいのイケメンのタフガイであってもだ。

 しかし、映画までなんでもかんでもバッドエンドにすれば良い物では無い。物語には希望が必要だし、幸福な終演というのも良い物だ。

 薄ら寒い会話をしながら、それだけの弾を何処から出したのだと突っ込みたくなる程撃ちまくりながら死体が埋め尽くす通りを駆け抜ける二人を見て青年はそう思った。

 その後はお約束だ。二人は街の通りを抜けて、街から溢れる死体の群れに追いかけられて息切れを起こし、あわやゾンビの餌に……と思わせた所で、一両のピックアップトラックが颯爽と彼等の前に現れる。

 そのピックアップトラックの荷台には五〇Calが据え付けられてテクニカル化されており、その急ごしらえの銃座には鬱陶しいほど筋肉を纏い、噛みついてくる死体が山ほど居るのに何故か半袖の軍服を着た黒人兵士が着いている。また、運転席には愛嬌たっぷりの笑いを浮かべた背の低い白人がつまらない冗談を言いながら座っていた。

 それに二人は乗り込み、一同は死体の群れを一気に引き離す。そして、背景のゾンビ達からピントが外れて四人の姿がしっかり映り、笑いながら走り去っていく。

 これまた車上にて臭いやりとりをしている背景で、数分後に彼等が逃げ出した街が爆弾で吹き飛んだ。多分あの噴煙の上がり方からして、ナパーム弾を特殊効果のモデルにしているのだろう。

 それを眺め、終わったんだなと呟く主人公と、その主人公の胸にもたれ掛かって肯定するヒロイン。だが、その直後にヒロインは少しだけ訂正を入れた。

 「私たちは始まったばかりでしょう?」

 そう言って唇を深く会わせ、主人公もそれに応える。そこからカメラの位置は固定され、走っていくテクニカルはどんどんと遠くなっていった。

 何とまぁベタな演出にベタな台詞にベタな終わり方なのだ。ここまでベタ、というよりも手垢の付きまくったネタを使ったというのであれば……。

 主人公達が乗るテクニカルが殆ど地平の彼方に消え去った瞬間、画面の下から顔をドロドロに溶かしたゾンビが過剰な叫びと演出を帯びながら飛び出してきて、数瞬の後に暗転してエンドロールが流れ始めた。BGMはスラッシュメタルとでも表するのが妥当な旋律とだみ声の歌だ。

 ここまで王道を践みまくるのも今時珍しかろうに。青年は今見終わった映画に対してたったそれだけの感想を零してから興味を全て失い、ボタンを操作してエンドロールを最後まで見る事無く再生を終えた。

 蓋を開いてディスクを取り出す。おどろおどろしいフォントのタイトルの上に、レンタルビデオ店が貼り付けたのか新作というシールが貼られている。持ってきていないが、パッケージを見た限りは世界が狂う二週間前にレンタルが開始されていたようだ。

 適当にケースにしまいながら、青年は国土院発行の立派な地図が入ったラックの隣に放り込んだ。本来雑誌ラックだが、雑誌はもう読まないので殆ど空っぽだったのでこれからはDVDケースに使う予定だ。そして、多分これはもう二度と手に取る事は無いであろう。

 青年は長い間ソファーに腰掛けて居た為に腰が固まったので大きく伸びをし、更に一度小さな欠伸を零して目尻から涙を零した。欠伸の際に零れた小さな声にカノンが反応し、足から頭を退けた。

 目尻に溜まった涙の滴を拭いながら、二時間近くを無駄にしたなと思いつつソファーから体を引き剥がす。籠もっていた体温が後ろ髪を引くようであり、離れた瞬間に部屋の冷えた空気が背中を撫でていった。

 今までソファーに完全に張り付いていたが故に上がっていた体温が急激に下降し、体を軽い震えが襲う。とはいえ、暖房器具なんて上等な物は使えないし使わない。一々発電機を動かすのもガソリンを付けるのも非経済的だし、危険だ。

 なので、眠い時は早々に寝るに限るという事だ。スラックスとシャツから分厚いスェットに着替えて毛布を二枚重ねて掛け布団を敷き、更にカノンまで上に乗った蒲団ならば寒さなど何する物ぞである。

 しかし、暖かいのは良いのだが数時間もすると暖かくなりすぎて辛いのが問題だが。蒲団を跳ね上げると汗が冷えて風邪をひき兼ねないので油断は出来ない。昔なら薬を飲んで寝ていればいいだけなのだが、今の世だと死に繋がりかねないのでオチオチ寝ても居られないのである。

 室内は暖房が無い為に冷えているので、青年は体が軽く震えるのを感じながら手早く服を着替えた。今まで来ていたスラックスとシャツにベストはハンガーに掛けて適当な所に引っかけておき、寝床の足下に畳んで置かれていたスラックスを着込む。かなり分厚いスラックスで、何処かの量販品店から回収してきた生地の分厚い物だ。

 断熱素材でも使っているのか、かなり暖かいスウェットを着込み、青年は寝床に潜り込む。しかし、僅かにだが体を動かした瞬間、仄かに汗の臭いがした。

 自分の臭いという物は感じ取りにくい物であり、その汗臭さは一瞬で霧散して感じなくなったが、どうやら長く着すぎたようだ。これはそろそろ洗うなり新しい物を下ろした方が良いだろう。

 まぁ、明日には見つけた井戸で水を汲んで汚物槽の掃除をやろうと思っていたのだ。そのついでに手洗いになるが洗濯をやってもいいだろう。冬なので酷く手が冷たいし乾くのも遅いだろうが、折角なので後一日だけ滞在する事にしよう。

 あまり長々と滞在して時間を浪費するのは好ましくないが、この街ではまだまだ使えそうな物が見つかるかも知れない。とりあえず、明日はタンクに水を補給して汚水槽を綺麗にしよう。あの庭に穴を掘らせて貰って流し込めば良いだろう。

 後はガソリンスタンドに寄って何とかガソリンを補給出来るか確認してみるのもいい。こういった地方都市の場合はなにがしかの場合にインフラが死んだら困るので、ガソリンスタンドは震災時でも動くようになっていると聞いた事がある。ならば、完全に電気が断たれた今でも使えるかもしれない。

 屋上に括り付けられた二つの半月型ガソリンタンクはまだ一本が殆ど満タンのまま残っている。あまり無理をしなければまだまだ保つ量だ。だが、一本はもう殆ど空なので、回収しておくに超した事は無い。次に何時まともなガソリンスタンドが見つかるとも限らないのだから。

 明日の予定を簡単に組み立てた後、青年は携帯電話のアラームがきっちりセットされている事を確認してから枕元に置き、そっと目を閉じた。

 明日もまたしっかりと働くとしよう…………。









 ふと、青年は耳朶を何かが掠めたような気がして覚醒した。惚けた思考のまま、目を開くとまだ何も見えない。暫し目を瞬かせて居ると、少しずつピントが合うと同時に目が慣れてきて、寝そべった状態からでも視界に入るソファーやローテーブルの輪郭が朧気に見えるようになってきた。

 意識が覚醒するにつれて、何の音か理解出来なかったのが少しずつ理解出来るようになってきた。連続した小さな打音、室内に響き渡るそれは屋根を叩く何かが発する音だ。

 小さく連続したそれは、死体や人間が車体を叩いている物では無い。そうだった場合は既にカノンが反応して自分を起こしているはずだ。

 軽く上体を擡げ、足下を確認するとカノンは安らかな寝息を立てていた。少し体温が上がりすぎたのか体を伸ばし、伸ばされた青年の足に寄り添うような体勢で寝転んでいる。

 と、言う事は外敵がやってきた訳では無い。そして、ここまで動けばどれだけ呆けていても理解出来る。

 雨だ。

 青年が夜闇に慣れてきた目で天窓を見ると、雨を浴びた為か幾筋も水の流れが産まれている。急ごしらえの天窓だが、しっかりとパッキンが嵌まっている為に水が漏れてくる事は無いが、やはり少し五月蠅かった。

 少しだけ手を伸ばして枕元の携帯を取り上げ、サイドのボタンを押してバックライトを起動させて時計を見た。午前三時、まだまだ夜も深く、言うまでも無く普段ならば眠りこけている時刻だ。

 携帯を枕元に戻してから、青年は一度大きな溜息を吐いた。雨が降ると視界が制限され、体が冷えるので活動効率が落ちるし、あまり作業に集中する事が出来ない。

 そして、穴を掘ろうと思っていたのだが、流石に雨が降っている中に掘るのはよろしくないだろう。

 雨で地面が緩むので幾分掘りやすいだろうが、それでも掘った穴に水が溜まるし、柔らかくなって掘っている最中に転げ落ちたりしては笑えない。

 仕方が無いので穴を掘って汚物槽を掃除するのは諦めよう。容量には余裕があるし、また別の場所で十分できるとも。何も焦ってやる事は無いのだ。

 そのまま目を閉じて、青年は直ぐに眠りに落ちた。雨の音は聞きようによっては心地よく、酷く眠気を誘う物である。

 車内に雨音が響き渡る中、青年はそれを心地よく感じながら再びまどろみの中へと沈んでいった。










 翌朝、青年は普段通りの時間に何一つ変わらず携帯電話のアラーム音に叩き起こされ、大儀そうながらにもゆったりと覚醒した。

 頭を掻きむしりながら体を起こした。外からはまだ降り注ぐ雨だれが車体にぶつかってはじけ飛ぶ音が響き続けている。夜中に起こされた時に聞いた音よりも激しさが増していた。かなり強い雨だ。

 普段なら部屋は差し込んでくる朝日で明るいのだろうが、雨が降っているのもあり室内はかなり薄暗い。そして、大気が普段より冷え切っている為に室内も否応なく冷やされ、室温がかなり下がっていた。

 普段ならばさっさと蒲団から抜け出すのであるが、上体を起こして蒲団が僅かにはだけただけでかなりの寒さを体感し、青年の動きが一瞬止まった。そして、数秒間硬直した後に、ゆっくりと体が蒲団に沈んでいく。

 何だこの寒さは、雨とは言え寒すぎるだろう。仮にも室内だぞと青年は思いながら蒲団の中に籠もった暖かさに身を委ねる。

 キャンピングカーの居住区画はある程度の快適性を保つ為にしっかりと断熱処理がされているし、窓を開けるなどすれば通気性も保たれる。だが、やはり一切の暖房設備を使わず、雨まで降ると流石に断熱性の許容域を超えてしまう。

 故に部屋の中は普段でもかなり寒いというのに、それ以上に冷え切っていた。流石にこの環境で服を脱ぎ捨てるのは若干戸惑われた。温度計は部屋に無いのだが、あったとしたらまず一〇℃は軽く切っているだろう。

 ああ、かといって何時までも籠もっていればまた眠ってしまう。そろそろ覚悟を決めて着替えねば。そう思いつつ青年は蒲団の裾を握り、軽く気合いを入れる。一気に蒲団を引き剥がし、外に出てさっさと着替える構えである。

 それを起き出したカノンは珍妙な物を見るような目で観察し、その内興味を失ったのか体を起こしてベッドから降りた。元々雪が降りしきる寒冷地に適応した種類だ、寒さは全然気にならないようである。

 自前の毛皮があるというのは羨ましいなと思いつつ、いざ蒲団を退き剥がさんとしたその瞬間、毛繕いをしていたカノンが耳を一度ひくつかせ、急に顔を部屋の奥へと向けた。

 正確にはシャワーユニットが存在する側ではなく、更にその向こう、外で何か音が響いたのだ。

 青年にはまだ何も聞こえないのだが、彼女の聴覚は確かだ。自分の能力を遙かに超えるスペックを有しており、遙か遠くの音でも敏感に察知する。そして、今まで何でも無い音に意味も無く反応した事は無い。

 蒲団の中で覚悟を決めるという端から見たら単なる茶番劇を早々に切り上げ、青年は迷う事無く蒲団を跳ね上げ、床に降りて直ぐさま寝間着のスェットを脱ぎ捨てた。もう寒さは気にならない。死んでしまえば寒さは感じられないのだ、ならばそんな事を厭うている暇は無い。

 素早く着替えを済ませ、枕の下からニューナンブを引っ張り出す。シリンダーを確かめると、しっかり五発の38スペシャルが収まっている。手首のスナップだけでシリンダーを元に戻し、耳を欹てた。

 黙りこくって神経を聴覚に集中させてみても雨音しか聞こえない。だが、人間の耳という物は思っているよりも低機能であるし、雑音が酷い。そのまま微動だにせず待ち続ける。

 数分間ほどそうしていただろうか、雨音に混じって小さな駆動音が耳を掠めるようになってきた。

 低く連続した唸りのような音。これは、随分久しぶりに聞いたが、このキャンピングカー以外の車のエンジンが発する駆動音だ。雑音が多い事もあるが、まだ距離はある。

 青年は音の原因がエンジン音であると判別すると同時に木箱に立てかけてあった89式小銃に手を伸ばした。そして、弾倉が詰まっている木箱を跳ね上げ、保存用油脂の上に置かれているマガジンを一本取り上げた。一番上に置かれている弾倉は直ぐに使えるように弾を装填してある。

 弾倉を装填し、鋼管を退いて薬室に初弾を装填した。まだ安全装置は外さない。そこまで準備を済ませた後で、一度小銃をベッドに立てかけて防弾ベストに手を伸ばした。

 ふと再び意識を耳に傾けると、音が増えていた。エンジン音が二つ、三つ、四つ……似たような響きの物があるが、音の大きさからして大型車両が一両あるようだ。

 気を引き締めながらベストを纏い、マガジンポーチにマガジンを放り込んでいく。そして、多目的ポーチにお守り代わりに手榴弾を二個ねじ込む。無為に殺されるぐらいならば最後に纏めて死んでやるという覚悟の表れであった。

 何故ここまで青年が他の人間を警戒するというと、やはり世の中の事情の変遷に依る物だ。普通ならば、困難な事態は大勢で助け合って克服するべきであろうと考えるのだろうが、それはやはり平和な時に出来る発想である。

 実際に天変地異の大災害が起こり、自分が食べるのですら困難するほどの食料しか手元に無い状態で、縁もゆかりも無い人間が大勢やってきて助けてくれと言われて、その食料を手放せるだろうか?

 きっと手放せないだろう。聖人君子か余程の馬鹿でも無い限り。

 それが無くなれば自分は餓える事になり、最悪死に至る。だが、食料を与えてやった相手が自分に報いてくれるとは限らないのだから。それどころか、一度優しくしたら付け入れられる事の方が多い。

 人は逼迫した常況に追い込まれれば何処までも利己的になれる生き物なのだ。自分は槽では無いという人が居るのであれば否定はしないが、他人までそうである事を期待するべきではない。

 それこそ、生き残る為ならば同族の肉を喰らって血を啜る事までする人間だっている。現代でタブーと化している事など、文明が消し去れば紙幣よりも軽く吹き飛ぶ事になる。

 青年はそれを今までの八ヶ月間で嫌というほど思い知らされてきている。彼だけでは無いのだ、生き残った人々は。そして、その殆どに彼は敵対的な行動を取られてきた。

 そして、向こうが殺す気なら此方もそれを仕返すだけである。

 相手がそうで無い事を祈りながら青年は“対人戦闘用意”を整えた。

 89式小銃の先端に正式採用型の銃剣を装着する。誰とも知らない自衛隊員の死体から失敬した物であり、弾が切れたとしても対人戦闘でつかうのであれば心強い代物だ。

 死体を銃剣で殺そうと思うのであれば、眼窩に突き込むなりして脳を破壊しなければならない。だが、そこまで強く突き込むと衝撃で機構や銃身が歪む事もある。

 しかし、人間相手であればそこまでする必要は無い。軽く首筋を撫でるように突き込むだけで無効化できるのだ。万が一近接戦闘になった場合はかなり心強い。古びた戦法だと思われがちだが、現代戦でもしっかりと使われる事もあるし、市街の遭遇戦では未だに効果的なのだ。

 銃剣のついた89式小銃、弾が詰まった弾倉を装填した9mm拳銃。そしてM360を胸のホルスターに収め、よりソールが分厚い鉄板入りブーツに履き替え、ヘルメットを被る。

 鉄の基礎に緩衝材が敷かれ、迷彩の布が張られたヘルメットは、やはり自衛隊員の亡骸から失敬した物である。気休めにしかならないが、それでもやはりあると心強い。

 そして、ヘルメットを被ってからオリーブグリーンのポンチョ型レインコートを羽織る。外は雨なので雨具が必要だ。だが、間抜けに傘なんて差しては居られない。かといって銃を濡らす訳にはいかない。思わぬ装填不良や排莢不良に陥る可能性があるからだ。

 現代の銃は精密機器であり、泥を噛みながらや濡れながらでも稼働できる代物は少ない。水に耐えるくらいなら出来る物も増えたが、全体が水浸しになるとやはりパフォーマンスは落ちる物である。

 青年は外のコンディションに舌打ちしながら、ある物を取り出した。桃色の薄いゴム製品、俗に言う明るい家族計画という物である。

 人間は自分しか居ないので使う機会は全く無いのだが、青年はこのゴム製品を一箱は保存していた。

 別に、避妊の為に作られたからと言って、避妊にしか使えない訳では無いのだ。青年は封を切ると、その桃色のゴムを銃身にかぶせた。

 青年はとある本で読んで避妊具の多様性を知っていた。例えば、十分な強度を保ったままで1Lまでの水を入れて持ち運べる簡易水筒になる事や、雨天時に銃の銃身に被せて雨を防げる事などだ。

 銃口から雨が入り込むと銃のコンディションは悪くなるので、こうやって水の侵入を完全に防いでやればコンディションの低下を未然に防ぐ事が出来る。

 雨天時に外に出る準備を完了し、青年は再び耳を欹てた。まだエンジン音は少し遠いが、どうやら止まっているようだ。恐らく感覚的には街の真ん中くらいであろうか?

 さて、動いていないのであれば……そう思いながら青年はポンチョの上からスリングを通して小銃を背中に背負い、暫く開けていなかった細長い木箱を一つ開けた。小銃などが何挺も大鋸屑の中に保存されているが、その中に一つ異質な物があった。

 狙撃銃である。

 自衛隊では対人狙撃銃の名称で調達されているが、実際はアメリカはレミントン社のM24ボルトアクションライフルである。そして、上部には高倍率のテレスコピックサイトが設けられていた。

 所謂スコープであり、光学式の立派な代物だ。双眼鏡よりも視界は狭いのだが、ピンポイントに狙えるところが魅力である。

 青年はサイトにしっかりとカバーがされている事を確認してから7.62mm弾が四発収納出来る専用マガジンを装填し、初弾を押し込んだ。そして、同じように避妊具を先端にはめ込んだ。

 サプレッサが無いのが不安であるが、それでも遠距離から一方的かつ安全に攻撃出来る手段というのは貴重だ。死体相手であれば無用の長物と言えるが、人間相手ならこれ以上心強い武器は無いだろう。

 自分が警官や自衛隊員の死体から銃器を拾い集めていると言う事は、相手もそうしている可能性があるし、銃意外にも遠距離攻撃が出来る武器はある。少しでも自分に危険な要因は前もって排除しておきたかった。

 マガジンポーチにケースからバラの7.62mm弾を取り出し、多目的ポーチに放り込む。四発あれば狙撃としては十分なのだろうが、それでも用心に超した事は無い。

 あって困るという事よりも、持っていなくて困るという事の方が多いのだから。

 青年が静かに外へ降りる扉を開くと、カノンが背後に続く。そして、出来るだけ足音を立てないように地面に降り立った。

 普段履いている物よりもソールのゴムが分厚い、踏み抜き防止用に入っている鉄板の音が響かない新しいブーツに履き替えているので足音は非常に静かであった。

 カノンが外に出てから扉に鍵を掛けた。自分の拠点を離れるのは少し気が引けるが、中に居る時に撃たれたり乗り込まれるよりはマシだろう。

 雨脚は強く、殆ど斜めに向かって降り注いでいる。レインコートのフードを目深に被っても目に少し掛かるほどだ。これほどの雨で視界が悪いので早々見つかる事は無いが油断は出来そうに無い。

 青年はそのまま足音も静かに歩き始める。水が少し跳ねるが、降り注ぐ雨の音よりは幾分静かだし無視しても問題あるまい。

 姿勢を低くし、建物の影に隠れるようにして先へと進んだ。街の中心部と思しき、名ばかりの市民会館が建っている場所を目指して…………。









 二階建ての大きな建物があった。小さな建物ばかりの街の中で頭一つ、とまでは行かないが半分ほど大きな建物で、区民会館との看板が掲げられた施設だ。

 完成したのが比較的近年の事であるらしく、壁の色はまだ白く、施設の周囲を完全に囲む壁にも傷は無い。そして、手入れされていないが故に伸び放題であるが、壁の向こうに餓えられた植え込みも一本たりとも枯れないで青々としている。

 市民会館は壁に囲われており、少し広めの駐車場を備えていた。貼り出した屋根付きの中央入口前に設けられたそこには最大で三〇台の車を止める事が出来るが、今止まっているのは放置されて古びたマイクロバスが一台だけであった。

 だが、それはほんの十数分前までの事であっり、今は合計四台の車が止停まっている。

 二台に荷物を満載にした軽トラックに、某有名運送業のトラックが二台。そして、日本という道路の狭い国に不釣り合いに大きなハマーが一台停まっていた。

 5.7Lの大型エンジンを全長4.7Mの巨躯に飲み込んだ立派な4ドアワゴンであり、降りしきる雨の中で黒い車体を光らせていた。

 初期型のハマーであり、族にH1タイプと呼称される型の物である。だが、今は鉄板や硝子に直接触れられないようにする為に工事現場から失敬してきたフェンスなどが貼り付けてあり、外見上は酷く不格好な物になっていた。

 そこから降り立ったのは、見上げるほど背の高いがっちりした男性だ。厳つい顔つきに、鋭い目つき、黒くて硬い毛並みの髪の毛は伸び放題であり、大型犬の威容を連想させる

 髭も伸びるがままに任されており、もみあげと繋がって鬣のように見える。身に纏うのは薄汚れたカーゴパンツと分厚い皮のジャケットだ。前腕部には何の補強か知らないが、白いプラスチックの板が当てられていた。

 そんな男の前に、トラックから降りた一人の男が話しかける。此方も酷く汚れた運送会社の服を着た若い男であり、彼も髪は伸びて無精髭を生やしていた。

 「リーダー、ここ全然ゾンビが居ませんよ」

 「そのようだな。雨の日なら音に駆られて通りを埋め尽くしている筈だが、一匹も居ない」

 リーダーと呼ばれた髭の大男は降り注ぐ雨で垂れてきた髪を鬱陶しそうに掻き上げ、市民会館を見上げた。正面入り口の扉は開け放たれており、勝手に扉が閉じないように近くにあった傘立てが置いてあった。

 その入り口から一人の男が出てくる。動きやすいようなジャージを着た中年太りの男で、片手に紐が付いたままのニューナンブを握っていた。

 「リーダー、中も空だ。死体は何個か転がってるが、ゾンビは居ない」

 ふむ、と男は呟いて顎髭をなで上げた。硬い髭が波打ち、皮脂を帯びているからか雲に阻まれた弱い光を反射した。

 「建物も頑丈だし、塀もある。食べ物も安全に集められそうだな……」

 男は独りごち、少し考え込んだ後で。

 「よし、一旦此処で休憩にしよう。みんなをトラックから降ろしてやれ、流石に後部に二日間鮨詰めは辛かっただろうからな」

 配送業者の服を着た男は即座に了解と応え、自分が運転していたトラックの後部へと向かっていった。どうやら後ろには人と物資が纏めて積み込まれているようだ。

 その男の背を見送りながら、男は再び呟きを零す。

 「…………今の俺たちに此処を見つけた事が幸福と言えるのだろうかね」

 大きな男の小さな呟きは、降りしきる雨にかき消され、誰の耳にも届く事は無かったが……その声に深い憂いが含まれている事もまた、誰にも知られる事はなかった…………。
 最近どうにも忙しくて泣きそうです……誰か私に時間を下さい

 やる事が多い割に助けてくれる人はおらず、その割にやる事ばかり増やされるという。その内失踪するぞ色んな所から。ああ、ここからではありません、書き始めたからにはしっかり最後までやります。

 とはいえ、流石に私の筆が遅いのと展開自体が遅いので何なのですが……さて、少しは盛り上がってきたと言えますでしょうか。

 折角感想を沢山頂いたので、何とかして返信もしたいのですが……上手く行きませんね。申し訳ありません、近い内に次の話と纏めて一気に行わせていただきます。

 これからも感想や訂正など、お待ちしております。よろしければ長い目で見てやって下さい。
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