小さなラブレター
暖かい日差しとミツバチの羽音は、緑色の妖精が運ぶ小さな贈り物となるのだろう。
贈り物を受け取った色とりどりの花達は、互いに惹かれあい寄り添いながら、風に鮮やかな香りを乗せて飛ばすだろう。
ふと気づけば、ベンチに座る僕の横に小さなお客さんが一人。足をぶらぶらさせながらちょこんと座っていた。
「お散歩ですか?」
「いいえ、デートですの」
麦わら帽子から覗くにこやかな笑顔は、正面の花畑を見つめている。
時折吹く心地よい風に揺られて、少女の着ている白いワンピースから小さな光の粒が溢れ出していた。
コバルトブルーの空を見上げる。辺り一面、雲ひとつない。広い空を独り占めしているような感覚がして、腕を伸ばし大きな伸びをする。すると、どこからかあくびの音が聞こえた。
少女の方を振り向くと、眠たそうな目で笑いかけてきた。
「お寝坊さんなの」
「じゃ、僕も」
ポケットから文庫本を取り出し顔の上にのせた。
「お寝坊さんなの?」
少女が僕に問いかける。
「ちょっとだけね」
目を瞑り浅く呼吸する。すると、ふわふわとしたもやがかかりながらさっきまで視界に広がっていた花畑の残像が見え始めた。
おもむろに少女が鼻歌を歌い始める。
誰もが知っている童謡だったが、僕の目を瞑った世界では春の夜長に開かれる小さなオーケストラのコンサートのように聞こえた。
心地よい声に耳を預けながら、しばらくゆっくりとした時間が流れていった。
「お腹すいた」
コンサートは突然お開きとなった。
僕は文庫本を顔からおろしポケットにしまう。代わりにポケットから小さなクッキーの袋を取り出した。
「クッキーでも食べますか?」
すると少女は満面の笑みで
「いただきますの」と言った。
クッキーを受け取った少女は、半分を口に入れ、もう半分を小さなポシェットの中にしまった。
その一部始終を見ていた僕は少女に「食べないの?」と聞くと「ママにあげるの」と答えた。
クッキーを食べ終えた少女は、ポシェットからかわいい便箋とクレヨンを取り出した。
「お絵描きですか?」
「クッキーのおれいにお手紙を書きます」
そう言うと少女は一生懸命に手紙を書き始めた。
しばらくその姿を見ていたが、人の手紙を覗くのはヤボだと思い読書にふけることにした。
「できた」
少女の言葉で、夢中になっていた文庫本から顔を出す。
「ラブレターです」
恥ずかしがりながら、ハート型に織られた便箋を差し出してきた。
僕が「ありがとう」と受け取ると、少女は「さようなら」と言って走って帰って行った。
ラブレターを広げてみると「みんな大好き」と書いてあった。
僕はそれをハート型に織り直すと、ポケットにしまい立ち上がる。
辺りはすっかりオレンジ色に染まり、花達は昼間とは違う大人びた顔を覗かせていた。
どこか妖艶な雰囲気に、肩をすくめ帰り道を進んでいた僕だったが、ポケットに手をやると春の暖かな日差しとあの優しいコンサートがすぐ近くに感じられた。