不機嫌先生と個人授業。(9/25)縦書き表示RDF


不機嫌先生と個人授業。
作:森本エリ



第9話


「じゃあ、教科書、百二十二項を開け」

先生はソファに身体を投げ出して頬杖をつきながら、片手で教科書を掴んでいる。視線は紙に落ちている。

こんな調子で“じゃあ、足を開け”なんて言われたら、あたしは恥ずかしくて死にかけながらも、言われたとおりにしちゃうんだろうなぁ。
その時の視線はあたしから外さずにいてほしいものだ。
そんなことを考えながら、あたしは項をめくっていく。

「太文字んとこの前後の文章とか、覚えとけよ。それから百四十九項まで出るからよく読んでおくように」

先生は教科書を閉じて、息を吐いた。

「それだけですか?」

「生物のテストはな、教科書読んで暗記すりゃ、答えでるから。水澤はおとなしく読んでなさい。俺、シャワー浴びてくるから」

「実技?!」

「アホか。汗かいて気持ち悪いんだよ」

先生は煙草をくわえて、さっさと浴室へ向かった。

「ちぇ、なんだ」


あたしは教科書に目を落とす。蛙かメダカかの卵子が分裂していく図が書かれているのを見る。

最初は教科書を目で追いながら繁殖やら分裂やらイマイチぴんとこない単語の意味を考えていたのだが、神経がどんどん浴室に向かっていく。

次はあたしの番よね?
他に誰もいないし。いたとしても芸大生の霊くらいで、奴は湯浴などしない。

実は同性愛者で先生の入浴シーンを覗いているかもしれない。
つーか、性別も聞いてないのになんで男と思ったんだろう?女だったら?
どっちにしろ、見えないからって、ちゃっかり同棲してるなんて許せん。
淺井先生の寝顔とかみてんじゃん、あんた。
あたしはいるのかも定かではない芸大生の霊に向かって嫉妬を焼いている。

一瞬、何かの気配を感じてあたしは振り向いた。
……まさかね。
あたしはまた教科書に視線を落とす。

花って性器なんじゃん。まぁ、イカガワシイ。
あたしを始め、みんなこんなもの貰って感動してるわけだ。
人間に置き換えるとグロい。
花をプレゼントするのは実はめちゃくちゃセクハラってこと?
世の純情女性諸君。騙されるなよ。密かにセクハラされてるうえに、近いうちにヤられちゃうかもしれない。あたしは淺井先生なら大歓迎だけど。

なーんて、いちいちこんなふうに腐敗した思考を持って花を贈ったりする人などいない。いたらあたしくらいだ。
貰う側もそんな思考にいきつくがはずない。
淺井先生に花を贈っても、そんな下心、たぶん解らないだろう。

「水澤ぁ!スエット!寝室にあるから取ってきて!」
浴室から先生の声がして、あたしは思考を切り替える。

「夏樹って呼んでくれたら取ってきてあげますよぉ!」

あたしは教科書に落書きをしながら応えた。

騒々しい物音をたてながら先生が浴室のドアを開け放つ。

ち。素直じゃないな。

心の中で悪態を吐きながら顔を上げると……腰にバスタオルを巻いただけの先生の裸体が。

「あ、ぅあ……せ、ん、せぇ」

あたしは全身が熱くなるのを感じた。
茹であがる、あたしの腐敗した脳みそ。

天然パーマが強調された濡れた髪から水滴。

キング・オブ・セクシィの座を恣にしている。

無言の仏頂面。 冷たい目線になぶられるあたしの下心。

荒々しい足音を立てて先生は寝室に向かう。
風呂上がりの男ってセクシィ……。

色気もくそもない教科書の生殖についての説明は一気にあたしの記憶から消え去った。

いかん!あたし満点取るって啖呵切ったばかりだ。
抹殺しようと努力しても、鮮明に焼き付いた先生の半裸体。
ていうかそんなにあたしの名前呼ぶのが嫌だったのか?
へこむ。水澤夏樹なんて、めちゃくちゃ涼しげで清涼感の溢れた氏名なのに。

「俺はいつから、お絵描きの先生になったんだ?」

「ひぃぃっ!!」

耳元で先生の低い声がしてあたしは一瞬高血圧になった。慌ててノートに突っ伏して呼吸を整えた。

「まったく……。おとなしく教科書読んでるかと思ってたら」

み、耳元ッ……!い、息!吐息!ペパーミントの匂い。

この瞬間、あたしの好きな香がペパーミントに決定。あたし息できない。近すぎて、緊張しすぎて、心臓の音がヤバいってば。

「妖怪か?水木○げるに弟子入りすれば?」

妖怪って……。これ、淺井先生書いたつもりなんだけど。
あたしは教科書の端に書いた先生の似顔絵を確認する。……先生が妖怪なら、吸血鬼とかがいいなぁ。
やっべ、血、吸ってくれ!献血の注射はヤダけど、淺井先生なら大歓迎!
ハマりすぎ!吸血鬼ってなんかエロいし、あたしの血液が淺井先生の身体の一部になるなら全部捧げる。

「寝た振りすんな。水澤。お前、今さっきまで起きてただろうが」

先生があたしの後頭部をこついた。

「……先生が近すぎて顔上げられません」

あたしの答えに先生が吹き出した。

「あ、そ。そりゃ悪かったな。俺コンビニ行ってくるから留守番よろしく」

「帰らなくてもいいんですか?」

あたしは突っ伏したまま、ニヤニヤして聞いた。

「どうせ言っても聞かないんだろ?朝はお前が先に行けよ。六時に起こすからな」

淺井先生はあたしの後頭部を指先で弾いて玄関に歩いていった。

「そういや、お前、明日から夏服って知ってたか?」

「えっ!嘘?!そんなこといつ言ってました?!」

「結構前から言ってたろ?あーあ。担任の話し聞いてないからこんなことになるんだぞ。制服、せんたっきの中いれとけよ。乾燥機ついてるから明日にはきれいになってるぜ」

先生はそういうと部屋を出ていった。

わーい!よかったー!って、いや、あたしの着るものなくなるじゃん!やだ!今夜は裸族?!イコール、実技?!淺井先生ったら、策士なんだから!あたしは一人で興奮して、机を叩きまくる。
ボディケアは万全。やっててよかったボディケア!今月の合い言葉。はい、復唱!って誰もいないけど、構いやしない。
ブラボー個人授業!
(復唱してない)

あたしは浮かれまくって、テラスで夜景と語らう。
夜って素敵ね。
あたしがそう景色達を誉めてあげると、誇らしげに輝く電飾と星達。
なんて可愛らしいのかしら?
あたしは手摺りに頬杖をつきながら、うっとり溜息をもらす。
恋って素晴らしい。
小さな親切。大きなお世話だけど、この喜びを皆にばらまきたい。

でも、教師と生徒って禁断の定番じゃん?秘密よ、秘密。やべ、秘密の恋っていい。よだれが出る。

教師と生徒って字面がエロい。
エロスって精神なんたら先生は言ってたけど、つまりは妄想力にて味を増すわけか。妄想力があればなんでもエロスになる!
発情期なら特に。
人間はいつでも発情期だから妄想力肥大になるのだ。脳みそは自由だから、あたしはいつでも淺井先生に脳内セクハラができる。
ちょっと根暗だけど、妄想しはじめるとブレーキが利かない。
ごめんね、先生。 あなたはあたしの頭ん中ではエロエロよ。
そのクールさを駆使してあたしを辱める。
たまらない。実況中継は十八歳未満の為に割愛させて頂くが、あたしの身体は火照りっぱなし。

早く現実になりますように。
お星さまにお願いなんて、あたしってば、まったくロマンチックな乙女だぜ。
んなワケない。たまに読む雑誌のちょいエロコーナーに載ってる体験談になぞらい、レディコミのような台詞を吐きまくった妄想のどこがロマンチックだ。

あたしは気持ちを落ち着かせ、深呼吸をした。
暇つぶしには妄想が一番。部屋に入ると先生はソファで煙草を吸っていた。

「おかえりなさいまし」

「いないかと思ったけど、テラス覗いたら一人でニヤニヤしてっからほっといた」

「いや、呼びましょうよ。そこは」

あたしは恥ずかしくて思わずツッこみを入れた。

「ちょっと観察したけど、あんまりヘラヘラしてたから邪魔すんのも悪いかなと思ったんだよ。はい」

先生は煙を吐きながら、ビニル袋をあたしに差し出した。

袋を受け取り、あたしはその中身を確認して昇天する。

「お泊りセット!!」

あたしが叫ぶと先生は顔を真っ赤にして不機嫌そうに口を歪めた。

「替えの下着だ!すごーい!」

「困るだろうと思って……どんだけ恥ずかしい思いをしたか」

「歯ブラシまである!」

「いるだろ。普通に」

「ありがとうございます!これ、あたしの宝物にします!初めてのプレゼントが下着なんてなかなかないですよね!」

「しなくていい。捨ててしまえ」

淺井先生はばつがわるそうに視線をそらす。

これを購入している淺井先生の姿を想像する。
めちゃくちゃ不機嫌そうに顔しかめてたんだろうな。

あたしはますます先生を好きになった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう